10代の頃から日本のフォークソングが好き。
メジャーな曲からマニアックな作品まで幅広く語ります。

「幻のフォークライブ傑作集/加川良ライブ/中津川フォークジャンボリー'71」というレコードを買いました

2010年1月11日(月) 23:11 | フォーク

加川良ライブ/中津川フォークジャンボリー'71
ひさびさにアナログ盤を買ってみました。
ディスクユニオン新宿本館の地下1階で見つけたレコードです。
「幻のフォークライブ傑作集」というタイトルで、内容は加川良さんが1971年の中津川フォークジャンボリーで歌ったときのライブ音源。
こんなレコードが出ていたなんて、知りませんでした。

帰って「日本フォーク紀コンプリート」という本で調べてみると、このレコードはSMSという会社から1978年に出された、URCレコードに保管されていた音源を初めてレコード化したものだということ。制作にはURCを立ち上げた秦政明さんも関わったそうです。
「幻のフォークライブ傑作集」のシリーズは、加川良さんのほかにも、高田渡さんや岡林信康さんや五つの赤い風船などが中津川で歌った音源が出ているそうです。フォークジャンボリー以外のライブ、たとえば高石友也さんや遠藤賢司さんのワンマンライブ、さらには泉谷しげるさんのライブ盤まで出ていたりします。
ただし、このシリーズはほとんどCD化されていません。作品のラインナップを見ると、このまま人知れず埋もれてしまうのはあまりに惜しいと思うのですが…。

加川良さんのレコードの話に戻ります。

A-1 姫松園
A-2 教訓I
A-3 僕とボビー・マギー
A-4 求めます
A-5 お前と俺

B-1 ウサギとカメ
B-2 木枯らしエレジー
B-3 教訓III
B-4 戦争しましょう
B-5 伝道

大半の曲の音源はすでにCDなどで持っているのですが、聴いたことがなかったのがB面の「ウサギとカメ」と「教訓III」。この2曲のために、中古のアナログ盤に1050円も払いました。いや、CD化されていないアルバムが1050円というのは、むしろ安いというべきかもしれませんね。

「ウサギとカメ」は、「もしもしカメよ…」で始まる童謡の、ちょっとエロい替え歌でした。曲の前のMCも含めて、良さんのちょっと意外な一面が見えました。
「教訓III」は、良さん本人による「教訓I」の替え歌なのかなと思っていたら、岩井宏さんがバンジョーを弾いていたこと以外は「教訓I」と全く同じでした。歌の前に「先に『教訓II』を歌われましたので、『教訓III』で勝負したいと思います」と言ったことで、A面の「教訓I」と区別する意味でも、タイトルの表記が「教訓III」になったものと思われます。
蛇足ですが、「教訓II」はなぎら健壱さんが歌った「教訓I」の替え歌です。

意外だったのが、A面の「僕とボビー・マギー」。これは加川良さんではなく、中川五郎さんの歌です。良さんのステージの最中に五郎さんを呼んで、まるで良さんのライブに呼ばれたゲストのような感じで五郎さんが歌っているんですよね。この曲そのものの音源はずっと前から持っているのですが、歌の前にこういうやりとりがあったなんて知りませんでした。

「求めます」「木枯らしエレジー」(加川良さんのセカンドアルバムに入っている「こがらし・えれじぃ」と同じ曲)、「戦争しましょう」と「伝道」の4曲も、フォークジャンボリーでの音源を聴くのはこれが初めてです。同じステージで歌った「ゼニの効用力について」は収録されなかったんですね。
A面の「姫松園」や「教訓I」「お前と俺」は、CD化されているフォークジャンボリーのライブ盤でも聴くことができますが、このレコードにはCDには収録されていない良さんの語りが入っていて、当時の中津川の空気をより鮮明に伝えてくれます。

ジャケットや盤の状態があまり良くないのが残念ですが、それを差し引いてもいい買い物だったと思います。

セメント・フォーク大全集

2009年12月11日(金) 02:11 | フォーク

セメント・フォーク大全集
昔のフォークソングやニューミュージックの曲ばかりを集めた楽譜の本です。
最近、自分の中でひそかな弾き語りブームが到来しています。年末で忙しいのに、夜寝る前にひとりでギターを弾いて歌を歌うのが日課になりつつあります。そんな浮かれた気分にまかせて、ついついこんな本にも手を出してしまいました。
「セメント・フォーク大全集」には531曲、「セメント・フォーク大全集II」には419曲が掲載されています。
内容は、昔の「新譜ジャーナル」という雑誌に掲載された楽譜をそのまま転載したものです。

ところで、「セメント・フォーク」のセメントって何なんでしょう。
プロレスでセメントといえば「真剣勝負」を意味するので、てっきり「本気で硬派なフォークソング」ということかと思ったのですが、実際に本を見てみたら、この場合のセメントという言葉は「こてこて」という意味で使われているようです。
確かに曲目を見てみると、いい具合にこってりしています。昔の雑誌にはこんな曲の楽譜も載っていたんだと思うと、とても感慨深いです。

というわけで、こってりした大全集の中身を少しだけ紹介してみます。
こちらは「セメント・フォーク大全集」に載っていた、いとうたかおさんの「あしたはきっと」。
あしたはきっと
もし1973年の日本の20代が100人の村だったら、この曲を知っている人は、たぶんひとりかふたりだと思います。いい曲なんですけどね。

続いて、岡林信康さんの「流れ者」。
流れ者
日雇い労働者のことを歌った曲です。初版には載っていなかったのですが、第2版で追加されました。
選曲にはアルフィーの坂崎幸之助さんも参加したようですが、この曲を選ぶなんて渋すぎます。
岡林さんでいえばこのほかに「手紙」「がいこつの歌」「くそくらえ節」と、公共の電波に乗せるのが難しいような曲の楽譜が載っていました。すばらしいです。

最後に「セメント・フォーク大全集II」から、加川良さんの「戦争しましょう」です。
戦争しましょう
こういう曲が当たり前のように載ってるんですよね。ほかには泉谷しげるさんの「戦争小唄」とか。
これ以外にも紹介したい曲が山のようにあるのですが、きりがないからこのあたりでやめておきます。

これまでは耳コピでフィーリングにまかせてコードを鳴らしていたわけですが、これがあれば正しいコードがわかるので(といっても、ここに書いてあるコードや楽譜自体が編集者やライターの耳コピというケースも多そうですが)、僕の弾き語りライフもより充実しそうです。
「弾き語りライフ」といっても、壁に向かってささやくように、隣の住人の迷惑にならないようにひとりでこっそり歌うという、ものすごーく寂しいものなのですが…。本当はもっと大きな声で、自由に歌いたいのに。

中川五郎さんと古川豪さんの講義

2009年10月26日(月) 02:39 | フォーク

『埋み火の記憶を辿る・知られざる「日本フォーク」秘史』というイベントに参加しました。
中川五郎さんと古川豪さんが講師になって、日本のフォークの歴史などについて講義するという内容です。古川さんからご連絡をいただいて、とてもおもしろそうな内容だったので、行ってみることにしました。
会場は池袋の豊島区民センター。ほかのお客さんは、主催者や出演する方と何かしらつながりがある様子で、僕だけが一般参加という感じでした。

まずは日本のフォークソングの歴史について。アメリカでヒットしたフォークソングの模倣から始まり、やがて英語ではなく日本語訳で歌い始める人が現れて、さらにはオリジナル曲を歌う人が現れて、というフォークの歴史を、その歴史を切り開いたパイオニアのひとりである中川五郎さんが語りました。
昔のできごとについては本を読んだり、テレビで見たりしてなんとなく知っていましたが、時代を作った張本人のお話を聞いて、当時のことをより深く理解することができました。
「関西フォーク」がたくさんの人に支持されて、既存の流通市場とは異なる形でレコードを売ったりコンサートを開くことができたのは、歌い手や聞き手だけではなく、プロモーターや放送局のディレクターなど、たくさんの人が支えてくれたからだと古川さんは言いました。「帰って来たヨッパライ」や「受験生ブルース」のヒットで始まった日本のフォークが、そのままメジャーでのムーブメントになったのではなく、URCというインディーズレーベルで、少なくとも1970年までは非メジャーで展開していったことは、それを裏側で支えてきた人がいたからだったんですね。

次に語られたのは、中川五郎さんの「わいせつ裁判」について。僕はあまりこの裁判について知らなかったので、とても興味深くお話を聞かせていただきました。その話の前段として、「春歌」について古川さんが語っていたのが印象的でした。今では「春歌」が死語になってしまったのが残念だ(うちのパソコンは「しゅんか」が変換できない!)、みんなで歌うことがなくなったことが寂しい、そんなことを語っていました。

フォークは1970年に終わった、と五郎さん。今、世の中で語られている「フォーク」とは、70年以降の、形だけが受け継がれた音楽だと言います。今年8月に中津川でフォークジャンボリーが行われたのですが、マスコミの受け止め方は「昔を懐かしむ」というものであり、そういう風潮がもどかしいと、ご自身のホームページでも語っています。僕もその日は中津川にいて(参考…椛の湖フォークジャンボリーを振り返る・後編)、元ガロの大野真澄さんが「学生街の喫茶店」という曲を歌っていたのを見ましたが、あの曲が評判だったと五郎さんが言ったときは、僕も苦笑してしまいました。
NHKのドキュメンタリーはまだ見ていないので、見たら感想を書きたいと思います。

講義は2時間半以上にもおよび、たくさんの貴重なお話を聞くことができました。これまで見たり聞いたりしたいろいろな事実から昔のことを想像したりしていたのですが、実際にその場にいた方のリアルなお話を聞いたことで、フォーク黎明期の時代背景やムーブメントについて、よりくっきりとした輪郭が浮かび上がってきました。
ただ、せっかくいろいろなことを聞いたのに、周りにフォークファンがいないので、誰とも話題を共有できないのが残念です。ここでお話の一部を紹介することしかできないのがもどかしいところです。

「第4回フォークキャンプコンサート」のLP盤を買いました

2009年9月19日(土) 03:01 | フォーク

第4回フォークキャンプコンサート
これ、CDではなくレコードです。
「第4回フォークキャンプコンサート」のLP。オークションで8000円出して買いました。
1969年の夏に、京都の円山公園で行われたライブの実況盤です。

このアルバムは、1969年10月に、URCレコードというインディーズのレコード会社から出されました。
2003年に、一度だけCDがエイベックスから限定生産で復刻されましたが、当時はフォークをのんびり聴くような余裕がなかった時期で、CDが出ていたことすら知りませんでした。買えばよかったと猛烈に後悔しています。今ではCD盤にもプレミア価格がついています。
ただ、復刻版のCDには、オリジナルに入っている岡林信康さんの曲が、版権の関係で収録されていません。そのうちの1曲が「ヘライデ」で、歌詞の中に「皇太子殿下」や「美智子妃殿下」という言葉が出てくる、まず間違いなく公共の電波には乗せられない曲です。
そういう意味でも貴重なレコードなので、かなり値が張りましたが、買うことにしました。
レコード自体、買うのがたぶん10年ぶりぐらいです。

ひさびさにターンテーブルを回して、聴いてみました。
半分近くが聴いたことのない音源。その中でも僕が特に聴きたかったのが、当時20歳だった豊田勇造さんが歌う「労務者とはいえ」という曲でした。
古いレコードだけあって全体的に雑音が多いのですが、この「労務者とはいえ」は特に雑音がひどい感じでした。以前のオーナーが、この曲ばかり何度も聴いたのかもしれません。
第4回フォークキャンプコンサート
「第4回フォークキャンプコンサート」は、これまでに買ったレコードの中で2番めに高価でした。
ちなみに1位は五つの赤い風船の「ゲームは終わり」で、なんと10000円もしました。買ったのは11年前の1998年です。

ところで、さっきネットで調べてみたら、同じレコードが別の場所で5800円で売られていました。
買うときにもっと調べればよかったなぁ。
やっぱり、心が疲れているときには重大な決断をすべきではないですね。熱くなることを抑えて、心の平静を取り戻すことに全力を傾けるべきだと思いました。

日本フォーク紀コンプリート

2009年9月13日(日) 19:13 | フォーク

日本フォーク紀コンプリート
先日、高田馬場の本屋さんへ行ったときに偶然見つけたものです。
1992年に発行された「日本フォーク紀」という本のリメイク版。絶版になっていた同書には復刻を望む声が根強かったのですが、まさか本当に復刻されたなんて。
「日本フォーク紀コンプリート」は6月に発行されたのですが、出ていたことすら全く知りませんでした。たまたま仕事で必要な本を買うために立ち寄った書店で、なぜか目立つ場所に置いてあったから気づいたわけですが、この書店のオーナーがフォーク好きなのか、あるいは高田馬場にフォーク好きが多いのか、どちらなのでしょうか。
日本フォーク紀
こちらが、元祖「日本フォーク紀」です。
確か1996年に、京都の北白川にある丸山書店という本屋さんで買いました。1992年に発行された初版です(たぶん初版しか出ていないと思います)。ちょっと前まで、ネットのオークションではプレミア価格がついていました。
持っているだけで自慢したくなる、貴重な本です。

この「日本フォーク紀」は、黒沢進さんという方が1985年から86年ごろに行った、フォーク関連の重要人物へのインタビューを中心に、当時のイベントやコンサートの回顧や、フォークやその周辺のシングルやアルバムのディスコグラフィーで構成されています。
URCレコードを作った秦政明氏や、エレックレコードを作った永野護氏へのインタビューは、今となってはあまりにも貴重な資料です。
URCディスコグラフィー
復刻された「日本フォーク紀コンプリート」は、上記の内容に加えて、2009年までに復刻されたフォーク関連のCDのディスコグラフィーが載っていて、しかも当時のレコードのジャケットがすべてカラーで掲載されています。紙質が「日本フォーク紀」より良くなっているので、写真も鮮明です。
早川義夫
ただひとつ、「日本フォーク紀」にあって「コンプリート」にないのが、この「早川義夫インタビュー」です。
早川さんの意向でインタビューそのものが「コンプリート」から割愛されてしまったとのことですが、ものすごく濃い内容なので、これを読むためだけでも「日本フォーク紀」を買う価値があります。

椛の湖フォークジャンボリーを振り返る・後編

2009年8月 9日(日) 23:13 | フォーク

最後の中津川から6年後の、1977年に生まれました。
物心がついたときには、すでにフォークは「懐メロ」でした。
10代の終わりに、テレビの懐メロ番組では決して流れないフォークに触れてから、フォークが好きになりました。
フォークジャンボリーのライブ盤も学生のころに買いました。僕が知るフォークジャンボリーは、CDから聞こえる音がすべてでした。
2009年8月1日、38年ぶりのフォークジャンボリー。夢でしかなかったはずのステージが、僕の目の前にありました。

最初の演奏はアーリータイムスストリングスバンド。ここでものすごい大雨が降ってきました。僕は構わず、ステージの目の前の地べたに座りました。かっぱを着ていたので上半身は濡れずにすみましたが、靴は土まみれでびしょびしょ。そんな中、アーリーの皆さんは「僕の家」などを演奏。渡辺勝さんの美声が雨空に響きました。
メンバーでは、渡辺勝さんがはちみつぱいで、村上律さんが「アテンションプリーズ」の一員として71年のジャンボリーに出ているんですよね。

続いてはいとうたかおさん。土砂降りの中、新しい曲と古い曲を織り交ぜて数曲。最後はアーリーの皆さんを従えて「あしたはきっと」を歌いました。
YouTube - いとうたかお 高田渡 / あしたはきっと

この後、雨はいったん止みました。
2時半ごろからは茶木みやこさん。「一人の道」という曲を聴いたのは、1994年に「BSフォークソング大全集」を見て以来。懐かしい。
キーボードには柳田ヒロさん。当時のフォーク・ロック界の重要人物のひとりです。生で見るのは初めてでした。

次の中川五郎さんのところで、また大雨。年に一度あるかないかのすごい雨です。
かつてのジャンボリーでも歌った「腰まで泥まみれ」を歌うとき、ベトナム戦争の時代の懐メロではなく、今の時代にも通用してしまう、と五郎さんは言いました。あれから40年、ちっとも平和ではない世界に僕らは生きています。争いを憎む心は、僕もステージの上の皆さんと共有しているつもりです。
YouTube - 腰まで泥まみれ / 中川五郎

村上律さんのソロでは、70年のフォークジャンボリーでも歌ったアテンションプリーズの「南京豆」を演奏。まさか、この曲を生で聴けるとは。

次の「猫」も、生で見たのは初めてでした。「地下鉄に乗って」などの懐かしい曲や、新しい曲を演奏しました。
その猫のメンバーとともに歌ったのが、現在も「六文銭」で活動する四角佳子さん。かつてのジャンボリーでも六文銭の一員として、小室等さんや及川恒平とともにステージに立ちました。
驚いたのは、吉田拓郎さんとのデュエット曲「春の風が吹いていたら」を歌ったこと。この曲、新しいアルバムにも収録されているんですね。
屋台と地面
雨はやみましたが、地面は水びたし。歩くのもたいへんです。
ここでいったんサブステージへ。バラーズの皆さんを見に行きました。2曲だけでしたが、とても楽しめました。女性のハーモニーが好きということもありますが、何十年も人生を重ねてきたからこそ歌えることがあって、そういう言葉が若い僕の心に響くわけです。
歌い終えたあと、テレビのインタビューを受けていました。

メインステージに戻ると、大野真澄さんが歌っていました。ガロ時代のヒット曲「学生街の喫茶店」を歌いましたが、あの曲の作曲者は今や平和を冒涜し、暴力を推進する側の人間ですからねぇ。ちょっと複雑な気持ちになりました。

続いては早川義夫さんと佐久間正英さん。かつてのジャンボリーでも歌った、ジャックス時代の「堕天使ロック」「からっぽの世界」「ラブ・ジェネレーション」に、ソロ曲「サルビアの花」。佐久間さんのギターも絶品で、ジャックスの荒っぽいサウンドとは違った、円熟した音がたまりませんでした。
YouTube - からっぽの世界 / ジャックス

早川さんの次はあがた森魚さんでした。あがたさんを見るのは確か2006年の「ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル」以来です。
「冬のサナトリウム」は曲中に「サルビアの花」が入るのですが、出番が早川さんの直後ということをあがたさんは知らず、とまどってしまったそうでした。71年のジャンボリーでも歌った「赤色エレジー」も聞かせてくれました。
YouTube - 赤色エレジー / あがた森魚

なぎら健壱さんは、まだ自身が高校生だった70年に飛び入りで歌った「一円玉」や、いとうたかおさんとともに「昭和の銀次」を歌いました。でも、いちばん心に残ったのは「労務者とはいえ」という曲でした。ボブ・ディランが歌った古い歌ですが、さっきの「腰まで泥まみれ」のように、2009年でも色あせていないのが悲しいですね。
YouTube - 昭和の銀次 / なぎら健壱

次は五つの赤い風船の予定でしたが、順番が変わって、先に加川良さんが出てきました。
最初に歌ったのは、風船の西岡さんが作った「こがらし・えれじぃ」。「戦争しましょう」では、歌い終えた後に「戦争はいけません」と良さん。もしかしたら、そうやって言わないと本気にしてしまう人がいるのかもしれませんね。代表曲「教訓I」を歌った後は、高田渡さんの「生活の柄」を、良さんをジャンボリーのステージに立たせた渡さんと岩井宏さんに捧げました。
YouTube - 加川良 / 教訓I

五つの赤い風船も、生で見るのは初めてでした。10年以上前に西岡たかしさんのステージは見たことがあるのですが、当時は風船が再結成する前でした。この日は風船として、昼にも出演した青木まり子さん、アーリータイムスストリングスバンドで何度も出演した竹田裕美子さん、オリジナルメンバーの中川イサトさんがいます。
「血まみれの鳩」では、西岡さんのアルトリコーダーを見ることができて感激でした。最後はもちろん「遠い世界に」。いつものように、西岡さんが歌詞を先読みして、客席全員で大合唱。40年前と同じ光景です。

そして遠藤賢司さん。ニューアルバムの新曲の後は、かつてのジャンボリーでも歌った「夜汽車のブルース」「カレーライス」を熱演。ギターの表面がえぐれているのはエンケンさんだけです。
ジャンボリーで歌うミュージシャンたち。それを支えるスタッフの人たち。「ちゃんとやっている人」を讃えるエンケンさん。毎日を真剣に生きているとはいいがたい自分自身を振り返り、恥ずかしくなってしまう。僕もちゃんと生きよう。エンケンさんのようにはなれないけど。
「夢よ叫べ」を歌い終えた後、客席に降りてきたエンケンさん。僕の目の前で仁王立ちするエンケンさん。かっこいい。
YouTube - 夢よ叫べ / 遠藤賢司

時刻は夜9時。ずっと止んでいた雨が、また激しく降り出しました。
最後は地元のバンドが1曲ずつ歌い、トリは笠木透さん。最後はみんなで、高田渡さんの「生活の柄」を歌って大団円となりました。

僕にとっては、歴史上のできごとでしかなかったフォークジャンボリー。
伝説のミュージシャンとともに、歴史の地に立てたことが何よりの喜びです。

椛の湖フォークジャンボリーを振り返る・前編

2009年8月 9日(日) 23:09 | フォーク

前日に東京から車で来ていた僕は、8月1日の朝8時に実家を出発し、中津川へと向かいました。
豊田南ICから東海環状自動車道を経由し、中央道の中津川インターで下車。市街地を抜け、国道19号をひたすら北上すると、左手に小さな旗が見えました。フォークジャンボリーが行われる、椛の湖オートキャンプ場への道順を示す旗です。
案内板
このような旗と案内板が、交差点ごとに立てられていました。カーナビのない僕にはとてもありがたいことです。スタッフさん、ありがとうございました。

着いたのは10時過ぎ。開場まで1時間以上あります。駐車場は、会場から最も近い第1駐車場は満車でしたが、そこから少し離れた第2駐車場は空いていました。
スタッフの方に案内され、車を止めて外へ。驚いたのは、ほかのお客さんの荷物。まるでキャンプ場でも行くかのように、大きめのリュックサックやクーラーボックス、折りたたみ型のいすなど、かなり大がかりな荷物を持っています。僕は小さなバッグひとつだけ。なんだか場違いな感じでした。
行列
会場はそれほど遠くないのですが、駐車場からバスが出ているので乗ることにしました。
降りたのは会場の入り口から離れた行列の最後尾。並んでいる人たちはみんな50代かそれ以上の世代で、30代以下はほとんどいません。
行列の様子を、東海テレビのカメラが撮っていました。テレビ局の人が僕の前で、お客さんにインタビューをしていました。そうしたらお客さんが盛り上がっちゃって、「私の青春の歌です」なんて言って、五つの赤い風船の「遠い世界に」を歌い出しました。周りの人たちも乗ってしまい、みんなで合唱。インタビューを受けたおじさんが、西岡たかしさんに倣って歌詞の先読みをしたり。これが70年代だったら、みんな絶叫して大合唱になったんでしょうね。

会場からは、早川義夫さんの歌声が聞こえてきました。ジャックス時代の曲でした。リハーサルなのかCDの音なのか判別がつきませんでしたが、周りのお客さんが無反応なのが意外でした。リアルタイムのフォークファンには、ジャックスはやはり異端だったのでしょうか。僕のように、「フォーク以降の歴史」といっしょにフォークを知った人にとっては、ジャックスは当時の最重要バンドのひとつなんですけどね。
ペンダント
開場は11時の予定でしたが、30分繰り上がることになりました。
僕が会場に入ったのは11時40分ごろ。入場券と引き替えに、木製のペンダントを受け取ります。
メインステージ
メインステージの前には、ビールのケースに木の板を置いただけの客席。ステージはすべて手作りです。
客席の後ろには屋台が並んでいます。焼きそばやお好み焼き、ホットドッグ、焼き魚などが売られています。Tシャツも売られていましたが、開演前にソールドアウト。僕も記念に2枚買ったのですが、Mサイズなので少しきつそうです。
サブステージ
奥の方にはサブステージ。ここでは主にアマチュアの人が演奏します。
サブステージの裏で売られていた「あじめカレー」を食べたのですが、これがなかなかおいしかったです。
全日本フォークジャンボリー資料館
さらに奥に行くと、「全日本フォークジャンボリー資料館」と書かれた小屋がありました。
椛の湖では過去3回、1969年から71年までフォークジャンボリーが行われました。小屋の外には当時使われたPOPが展示されていて、中には当時の写真が飾られていました。
テレビでは、70年の第2回フォークジャンボリーの記録映画がビデオで放映されていました。20代の小室等さんや及川恒平さん、四角佳子さんが「ゲンシバクダンの歌」を歌っていました。
この映像、YouTubeにもありました。当時の中津川の様子が分かる、貴重な映像です。
小室等と六文銭 - ゲンシバクダンの歌@中津川

そして、当日の日記(フォークジャンボリーの会場から)でも書きましたが、資料館にはバラーズの皆様も来られていました。
フォークジャンボリーのブログ(’09 椛の湖 FOLK JAMBOREE)に、資料館の3人の写真が載っていますが、この撮影のあとに少しだけごあいさつさせていただきました。

会場には東海テレビとNHKのカメラ。後で聞いたのですが、このフォークジャンボリーは、NHKでドキュメンタリーとして放送されたそうで。もしかしたら、僕もテレビに映っていたかもしれません。
当日は雨の予報でしたが、ここまで心配された雨は降らず、12時の開演を迎えました。