10代の頃から日本のフォークソングが好き。
メジャーな曲からマニアックな作品まで幅広く語ります。

布谷文夫さんのことはあまり知らなかったのですが

2012年1月21日(土) 11:12 | フォーク


外で音楽を聴くときは、その日の気分でアルバムを選ぶわけですが、今朝はなんとなくカルメン・マキ&OZの歌が聴きたくなり、かなりひさしぶりに「日本ロックの逆襲」というコンピ盤にしました。
70年代のロックを集めたアルバムで、マキオズ以外には遠藤賢司さんやPYGの曲も入っています。

その中に「台風13号」という曲があります。
ロックな曲調とダミ声に聞き覚えがなく、誰だっけと思ってウォークマンを取り出してみたら、布谷文夫という人でした。
そっか、これが布谷さんなんだ。

URCレコードの復刻版を買いまくっていた時期があって、フォーク関連の書籍もいろいろ読んでいたので、布谷さんの存在や「Dew」というバンドの名前は知っていました。
確か1998年頃に、東芝EMIからDewのライブ盤が復刻されて、金山のサウンドベイで売っていたのですが、当時21歳だった僕にそこまで手を出す余裕はありませんでした。今では中古のCDが定価以上の値段で取引されているみたいです。

布谷さんが今でも活動しているか気になり、ネットで調べました。
そこで初めて、今年1月15日に布谷さんが亡くなっていたことを知りました。

1970年前後にデビューした人たちは、1950年頃に生まれているので、ほとんどみんな60歳を超えています。マキさんもエンケンさんもそうです。
時の流れには逆らえません。
今年は、なるべくいろんなライブを見に行こうと思いました。

先週の金曜日、バラーズのライブへ行った話

2011年6月10日(金) 21:57 | フォーク

1週間も前の話題で申し訳ありませんが…。

先週の金曜日、ライブへ行きました。
場所は、都営新宿線曙橋駅の近くにある「バックインタウン」。演者は、京都の女性フォークトリオ「バラーズ」の皆さんです。

ご本人から直接お誘いがありまして、昨年いらした時は仕事が忙しくて見に行けなかったのですが、今年は時間ができたので、行くことができました。
お会いするのは、2009年夏の「椛の湖フォークジャンボリー」以来です。
バラーズの皆さんは自分の母親と同じ世代なんですけど、今も月に2回以上は歌っているそうで、時にはこうして東京まではるばるやって来る、そんなバイタリティをついつい自分の母親と比べてしまいます。自分があまりにもだめな子供で、普通の家庭の10倍くらい子育てで苦労しただろうし、ほかにもいろいろつらいことがあったから、遠くへ旅行したり遊びに行ったりする気力や好奇心はもう残ってないのかな…。そう思うと、やり切れない気持ちになります。本当なら60代前半なんて、楽しいことにどんどんチャレンジできる時期なのに。

「フォークギターを弾いて歌う女性3人組」というのは、1970年当時はかなり珍しい存在だったと思います。というか、おそらく今にいたるまで、プロのミュージシャンで目立った人はいない気がします(デュオなら「メンボーズ」とか「花*花」なんかが思い浮かぶのですが)。
学生の頃に「中津川フォークジャンボリー」のライブCDに入っていた曲を聴いて「これいい!」と思ったのが、バラーズを知ったきっかけでした。それからずいぶん後になって、今も歌っていることを知り、初めてライブを見に行ったのが2008年、場所は京都のKBSホール。「やっぱりいいなぁ」と思いました。
(そのときのことを当時の日記に書いているので、ぜひご覧ください)

フォークソングという音楽は、歌い手の思いを音に乗せて聴き手に届けるもの。主役は言葉です。でももちろん、音そのものが心地よくないと聴き手の心には届きません。やさしい言葉、楽しい言葉、ときには辛辣な言葉が、軽快なギターの音やきれいなハーモニーとともに伝えられるから、聴き手は言葉に共鳴し、音楽に心を動かされるわけです。
バラーズの歌もまさにそうです。長く生きてきて、いろいろなことを乗り越えてきた人じゃなければ言えないこと。言葉のままだと重いかもしれないけど、きれいな音楽に乗せることで、自然に心の中に入ってくる感じ。

最近では、昔からの仲間が亡くなり、追悼コンサートを行う機会が増えているとのこと。「生きている人が、いない人の分まで楽しまなくちゃ、と思うようになった」ということをおっしゃっていました。このところ自分は生きることに対してあまり積極的になれなかったのですが、この言葉を聞いて、「楽しむ」ということを励みにして生きていこうと、少しだけ前向きになれました。今はあんまり幸せじゃないのに、これから楽しいことをしないで死んでたまるかよ。

ライブでは、数組のミュージシャンがゲストとして参加しました。その中のひとりが、かつてシューベルツにいたおちゆうじさん。自分にとってはシューベルツの一員というより、「1968京都フォーク・キャンプ」のCDで杉田二郎さんといっしょに歌っていた方というイメージの方が強かったりします。大昔のCDでしか知らないミュージシャンが目の前にいて、昔の歌(シューベルツの「風」も歌いました)だけでなく、新しい歌も聴かせてくれました。
フォークを「懐メロ」だと思っている人がいたら、それは間違いです。40年前のフォークブームを支えた歌い手の多くは、今もなお「現在」を歌っています。当時の歌を、今の時代にも通用するメッセージとして歌うこともあれば、生まれたばかりの言葉を歌うこともある。そりゃ中には懐古趣味一色の「フォークコンサート」もあるし、テレビの地上波でたまに放送されるのはそういうものばかりだけど、本当のフォークはそうじゃない。昔も今も、今という時代を生きる人間の思いを伝える音楽なのです。
フォークファンのひとりとして、このことをより多くの人に知ってほしいと思います。

春一番の思い出

2011年5月12日(木) 01:30 | フォーク

手ぬぐい
遅くなりましたが、今年も大阪の服部緑地で開催された「祝春一番2011」について書きます。
このライブは2006年から毎年見に行ってまして、今年で6年めになります。
1971年に第1回が開催されてから、今年でなんと40周年。会場で買った手ぬぐいにも「40」という文字が見えます。今回も出演した大塚まさじさんや中川イサトさん、中川五郎さん、加川良さんは、第1回から今までほぼ毎回参加しています。

ずっと東京にいると、東京の価値観になじんでしまって、いつの間にか「東京イコール日本」という錯覚に陥ってしまいます。
関西には、東京とは違った価値観や常識があります。たまに大阪や京都へ行くと、東京のだめなところ、間違っているところ、ゆがんでいるところが見えてきます。春一の出演者の言葉や奏でる音楽、会場全体の空気に触れると、特にその思いを強くします。
別に、大阪が正しくて東京が悪いと思っているわけではありません。大阪と東京のどちらに住みたいかと言われたら、迷わず東京を選びます。大阪には僕の好きな文化がたくさんありますが、僕の肌に合わない文化もたくさんあります。ただ、東京のメディアや企業、あるいは個人が「自分が日本の中心なんだ」というふるまいをして、それがやたらと鼻につくことが多いんですよね。東京に来る前は、今以上にそういう思いを強く抱いていました。
日本の中にはいろんな文化があり、いろんな価値観があり、いろんな人がいるということを肌で感じたいために、こうして毎年「春一番」を見に行くわけです。

今年は東日本大震災があり、福島の原発がたいへんなことになりました。
春一番のステージは東京と違って、東京電力や財界に対して及び腰なマスコミやレコード会社はいません。害悪は容赦なく叩く。当たり前のことが、当たり前のように行われていました。
ステージに立った遠藤ミチロウさんは福島出身。石原慎太郎を再選させた東京都民に失望したと言っていました。東京都民のひとりとして、申し訳ない気持ちになりました。
ハイライトは三宅伸治さんのステージ。春一ではめったにないアンコールが起きたのは、三宅さんに歌ってほしい歌があったからだと思います。
RCサクセションの「サマータイム・ブルース」。
清志郎さんが生きてたら、どんな言葉で歌っていたでしょうか。

宮里ひろしさんは2年ぶりに見ましたが、今回も楽しませていただきました。
おくむらひでまろさんの酔っ払いぶりには、往年の高田渡さんを思い出しました。
加川良さん、あいかわらずかっこいいです。良さんのステージでは、いとうたかおさんも1曲だけ参加しました。
客席では、歌い終わった加川良さんや、この日は出番のなかった大塚まさじさんが、お客さんのサインに応じていました。
中川五郎さんとミチロウさんが談笑している姿もありました。
いつもの春一の風景でした。
今年はスケジュールの都合で1日しか見られませんでしたが、来年はもっとたくさんの歌を聴ければと思います。

最後に、こちらが過去5年分の春一のレポートです。興味があったらぜひご一読ください。

祝春一番2006・3日目レポート(2006年5月6日)
5月4日、「祝春一番2007」を見る(2007年5月18日)
あらためて「祝春一番2008」第3日のこと(2008年5月10日)
「祝春一番」5月3日のレポート(2009年5月8日)
「祝春一番」5月5日のレポート(2009年5月9日)
祝春一番、初日のラストはあの名曲でした(2010年5月1日)

今年の春一番も終わり

2011年5月 5日(木) 20:17 | フォーク

8時間半におよぶ野外ライブ。楽しい一日でした。
春一では珍しいアンコールが起きたのは三宅伸治さんのとき。歌ったのは清志郎さんの「サマータイムブルース」でした。主催の風太さんも、やっぱりこの歌を歌ってほしかったんでしょうか。

詳しいことは、家に帰ってから書こうと思います。

祝春一番2011最終日

2011年5月 5日(木) 10:43 | フォーク


春一の会場がある服部緑地公園です。
2006年から6年連続でここに来ています。

今年は震災などいろいろなことがあったので、いつもとは違ったライブになると思います。3日には中川五郎さんが震災のことをつづった、渡さんの「銭がなけりゃ」の替え歌を歌ったとのこと。見たかった。

友部正人さんのCDを買いました

2011年3月22日(火) 01:53 | フォーク

友部正人/あれからどのくらい
ひさびさにフォークなお買い物。
友部正人さんのライブ盤「あれからどのくらい」を、吉祥寺のディスクユニオンで買いました。
吉祥寺のユニオン、前までは「70年代コーナー」があったと思うんですけど、なんかCDコーナーそのものが全体的に縮小された感じで、今はジャックスも村八分もはっぴいえんども全部J-POPコーナーに混ぜられてしまいました。
もっとも、きのう買った友部さんのアルバムは2003年のライブを収録したものなので、いずれにしてもJ-POPの棚に並べられていたと思われます。

友部正人さんのライブ盤といえば、1999年頃に買った「はじめぼくはひとりだった」という2枚組のアルバムを持っています。こちらは1987年の、デビュー15周年記念コンサートを収録したものですが、「あれからどのくらい」はデビュー30周年記念コンサート。15年の時を隔てた2枚のライブ盤。僕自身も友部さんの歌に出会ってから、ちょうど15年が経ちます。

両方のアルバムに収録されている「6月の雨の夜、チルチルミチルは」という曲で、

知らないことでまんまるなのに/知ると欠けてしまうものがある

という詞のところで、ホーンとストリングスとリズムが静まるところは、いつ聞いてもぞくぞくします。

友部さんの歌は、東京や京都や大阪で何回か生で見たことがあるのですが、ソロライブは一度も見たことがありません。機会があったらぜひ見に行きたいと思いました。

音感

2010年12月13日(月) 23:59 | フォーク

morris
僕の部屋に置いてある愛用のギターです。
実はこの「フォーキー☆カーニバル」のタイトルの右側にあるギターの画像も、このギターをデジカメで撮った写真を加工したものです。

初めてギターを買ったのは、僕がまだ16歳だった1993年。バイトでためたお金を使って通販で買った安物でした。
写真のギターは二代目です。買ったのは確か、僕が大学2年生だった1996年でした。モーリスという名の通ったブランドの、そんなに安くないギターです。
学生のころは毎日のようにギターを触っていた気がします。スリーフィンガーピッキングという弾き方を覚えて、誰もいない部屋で高田渡さんや吉田拓郎さんなどの弾き語りをしていました。でも、当時の僕はあまり歌を知りませんでした。学生だから買えるCDは限られていたし、周りに同好の士もいませんでしたし。
卒業後は、ほとんど弾かなくなってしまいました。もともとうまくなかったギターが、さらに下手になりました。今も手が届くところにギターを置いているのですが、実際に弾いてみるのは月に数回程度です。

その「月に数回程度」のうちの一日がきのうでした。
パソコンの音楽プレイヤーでフォークソングだけをランダムで流して、かかった曲に合わせてギターを弾いていました。学生のころと比べると、曲数は何十倍にもなりました。100回以上聴き込んで、歌詞をすべて暗記してしまった曲もあれば、数回聴いただけであまり印象に残っていない曲もあります。それでも、とりあえず弾いてみます。フォークはコード進行が単純なので、耳コピも簡単です。あまり知らない曲でもなんとなく弾けてしまいます。

音感はそこそこいい方だと思っていました。曲のさわりを聴けば、すぐにキーがわかったものでした。「これはF#mだから2カポで弾こう」とか。
でもきのうは、ある曲を半音ずれたままでずっと弾き続けてしまいました。曲の終わりごろになって、ようやく違和感に気づきました。
たまにしか弾かないようになったせいか、音感が鈍ってしまったようです。
これって、訓練で直るものなのでしょうか。あるいは年齢による衰えなのでしょうか。
できれば音感を取り戻して、もう少し弾き語りがうまくなって、また機会があれば人前で歌ってみたいと思うのですが。