日本人なのにトランプ大統領が好きすぎて「不正選挙だ」と叫ぶ人たちの動機を想像してみる

2020年11月30日(月) 23:18 | 日記

トランプ大統領の周辺が敗北を認める発言をするようになり、ようやく下火になってきた感じはありますが、一時期はTwitterもYahoo!ニュースのコメント欄も本当にすごかったですね。
どちらがアメリカの大統領に選ばれようと、日本人だから自分の暮らしと直接関係ないのに、なぜあんなにトランプに執着するのか。まっとうな人なら誰が見ても荒唐無稽な「不正選挙だ」という必死のアピールを、なんでこんなことをやってるのかと不思議に思っていた人も多いと思います。僕も不思議です。

なぜトランプに執着する日本人がいるのか、自分なりに理由を考えてみました。

1. バイデン氏を支持している人たちが大嫌い

これがいちばん多いんじゃないかと思います。日本の政党で言うと立憲民主党や共産党がトランプのやり方を強く批判し、バイデン氏を支持していると信じているので(実際は自民党の姿勢とそこまで違いはないと思います)、「敵の敵は味方」の論理でトランプを支持する人たちです。

2. トランプ=親日・反中、バイデン氏=反日・親中だと本気で信じている

確かにトランプは拉致被害者に言及したり、中国に対しては対立する姿勢を強く打ち出したりしていますが、いろいろ見たり聞いたりしている限りだと、バイデン氏も中国への態度は基本的にトランプとたいして変わらないようですね。
最近、仕事で右寄りの某エコノミストに取材する機会があったのですが、香港やウイグルの人権問題に関してはバイデン氏はトランプ以上に強硬な態度でのぞむのではないかとも言っていました。

心配は杞憂に終わると思います。それどころか、手のひらを返してバイデン氏の礼賛までありそう。

3. トランプへの支持をアピールすることによる、ポリコレや反差別を主張する人たちへの嫌がらせ

トランプやジュリアーニ元ニューヨーク市長が主張していた「不正選挙」は、まともな根拠が一切示されず妄想にすぎないと、アメリカの右派メディアさえもずいぶん前から指摘していたけれど、むしろトランプの訴えが嘘や理不尽であればあるほど、「それでもトランプを支持する」という意志は、強いメッセージとして力を持つのかもしれません。

デマを根拠にしてまでトランプを熱烈に支持する人の多くは、トランプを「反ポリコレ・反反差別」の象徴だとみなしており、そうした態度を世界最強の国家の元首自らが示していることを、支持者たちは自身の「正しさ」(その中身はただの醜悪な差別心)の拠り所としているように見えます。トランプへの支持の表明そのものが集団的な示威行為かつ自慰行為として、ひとつの目的になっているというわけです。
つまり、「ポリコレや反差別を憎む人は世の中にこれだけいるぞ」とアピールして、僕らのような差別に反対する立場の人たちにプレッシャーを与えたいという思いと、そういう人たち同士でおたがいの承認欲求を満たし合いたいという思いがあるんでしょうね。はっきり言っちゃうと、実におぞましい光景です。

総理大臣の菅義偉がバイデン氏と電話会談をしたり、首相官邸ホームページでバイデン氏を「バイデン次期大統領」と表記したりするのを見て「失望した」とコメントするとか、極右文化人がトランプの荒唐無稽な発言を「荒唐無稽だ」と言ったら罵声のようなコメントを浴びせるとか、最も振り切れちゃってるのがこの人たちです。

そこまでしてポリティカルにインコレクトな発言や行動をしたくてたまらない人は、それだけでろくでもない人間だと断言できますが、本人たちも好きで「ろくでもない人間」になったわけではないので、そう思うと少しだけかわいそうな気持ちになります。だからといって、どんな事情があろうと差別表現で人を傷つけることが許されるはずがないので、決して容赦はしませんが。

4. 「目に見えない力が存在する世界」であってほしいという願望

不思議だなぁと思ったのが、トランプの陰謀論を真に受ける人が極右だけでなく、極左寄りの人たちの中にもいたことです。
これはどう説明したらいいものかと思案したところ、これってスピリチュアル系、もっと言えばニセ科学やニセ医学を信じたがる心理と共通しているのではないかという仮説を思いつきました。

アメリカ大統領選挙の結果は、各州の政府によって厳密に運営されているから、そこには疑いをはさむ余地はない。そういう風潮に、ある種の息苦しさを感じたのかもしれません。陰謀論者が言うような、投票システムを運営するドミニオン社が全米レベルで不正を行っていて、実はトランプの方が得票数が多かったという結果が出たら、その光景を見て安心するような人なんでしょうね。

世間では新型コロナウイルスという理不尽な感染症が猛威をふるっている最中で、感染症の専門家たちは口をそろえて「マスクと手洗いが大切です」「不要不急の外出は避けましょう」「今のところ特効薬はありません」と言うばかりで、それが医学的には正しいんだけど、希望も何もありません。
その閉塞感が、一発逆転を求めてスピリチュアル系に飛びつく要因になったりするんでしょうけど、トランプの陰謀論もそこに組み込まれてしまったのかもしれません。科学や常識を超える「何か」がこの世界に存在してほしい、という願望。

かつてのオウム真理教を思い出させる「信者」たち

いずれにしても、遠く海を越えて、少なからぬ日本人の心を動かしたトランプという人間のすごさを思い知りました。「狂った超大国のトップ」が存在するだけでいろんな人を勇気づけてしまうし、そのカリスマが選挙で敗れて醜態をさらすほど、その醜態の中にこそ(自分にとって都合がいい)意味を見出そうとする姿は、かつてオウム真理教が珍妙なパフォーマンスで信者を増やしていったことを思い出させます。
いろいろと考えさせられるできごとでした。

嘘が許容される社会

2020年10月31日(土) 22:58 | 日記

保身とメンツのためにすぐばれる嘘をつくような権力者が支持される社会の中で、自分はどう生きていけばいいか。
むしろ正直な人の価値が相対的に高まりそうな気がするので、これまでと同じように嘘を憎み、誠実さを意識しながら生きていこうと思います。

それにしても、自分の生活に関係ないところで嘘をついて裏切る人間が、どうして自分の生活に関係があるところでは裏切らないと思えるのか。裏切るに決まってますよね。そんな人間を信用できるのがとても信じられません。

新総理大臣の菅義偉は人格的にも能力的にも凡庸だと以前から思っていましたが、まさか安倍晋三よりひどいとは想像できませんでした。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・後編

2020年9月30日(水) 23:34 | 日記

約18年ぶりに京都をバイクで走る

2019年5月5日の日記の最終回です。これまでのお話はこちら。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・前編
2019年5月5日に京都を散歩した思い出・中編

さて、叡山電鉄に乗って行った先は宝ヶ池駅でした。
写真は撮っていないのですが、駅から北へ行って高野川を越えたところにあるハーレーダビットソンのお店へ行ってきました。
そのお店はレンタルバイクの窓口も兼ねていまして、今回初めてバイクのレンタルを利用したというわけです。
京都をバイクで走るのは、確か2001年の夏頃に名古屋から京都までバイクで旅行したとき以来なので、18年ぶりのことです。

借りたのはこちらのバイク。カワサキのNinja250です。
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ほぼ新車で、ボディはぴっかぴか。いつも乗っているぼろぼろのZZRとは大違いです。

ところで、普段バイクに乗っている人も、自分のものと異なるバイクに乗る機会は少ないと思います。四輪ならレンタカーやカーシェアでいろいろな車種に乗ることはあっても、バイクでは一般的ではありません。そして、特にこの手のバイク(スクーターやアメリカンではない、SSなどの安定性が相対的に低いバイク)だと、乗り慣れていないマシンに初めて乗るときはとまどうものです。このNinjaでも、いつものZZRのような要領で発進しようとしたら思いのほかパワーが少なくて、思わず立ちごけしそうになりました。

まず向かった先は、東山山頂公園。将軍塚のあるところです。
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実は学生時代、わりと裕福だった僕はすでにバイクに乗っていまして、スズキのGSX-R250というマシンでした。1996年の秋にバイト代で買って、4気筒の高音がとても気に入っていたのですが、1998年の夏に実家の近くで前方不注意の自動車にぶつけられて廃車という悲しい別れとなりました。
将軍塚へは自動車の山岳教習で一度、そのGSX-Rで一度行ったくらいで、20数年ぶりの訪問となりました。

琵琶湖の温泉街で大人の遊戯場を眺める

ここから京都市内の観光地をツーリング……ではなく、向かった先はこちらでした。
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京都から山を越えて、大津の雄琴へ行ってきました。
大津市の中心部から琵琶湖添いの県道を北上すると、右手にこの「ゴールデンゲート」が嫌でも目に飛び込んできます。駅で言うと、湖西線の「おごと温泉」のすぐ近くです。
その名のとおり温泉街なのですが、ここの一角に、大人の男性向けの施設が集まるエリアがあります。

ここの横を通ったことは何度もあるのですが、現地を歩くのは初めてでした。名古屋の大門や東京の吉原なんかと違って、少し人里を離れたところにこういうお店だけが集まっているというのは、なかなかの異世界でした。
入浴はしませんでした。今後もすることはないと思います。

ところで雄琴から京都へ戻るときに、国道161号の西大津バイパスを走ったのですが、妙に道がでこぼこして乗りにくかったことを強烈に覚えています。京都市内の道路も心なしかバンピーな印象を受けました。東京や名古屋の道をバイクで走るときにはあまり感じなかったのですが、これが滋賀や京都の道路の特性なのか、あるいはバイクのサスペンションがやたらと硬かっただけかもしれません。

ゴルフ場跡地に「新エネルギー大学院大学」?

そして、僕がバイクでひさびさに走りたかったのが、東大路通りの今熊野から山を越えて山科区の椥辻方面に抜けていく「滑石越」という道。京都に住んでいた頃、自宅から至近の山道らしい山道ということで、よくバイクで走っていました。景色も良く、180度コーナーもあり、とてもエキサイティングな公道です。

その滑石越の途中で、変な光景に出会いました。
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ゴルフ場の跡地。「太閤坦CC」と書いてあります。こんなのあったっけ。
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柵に近づいてみると……。
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「学校法人則天学園 新エネルギー大学院大学……」とあります。最後の2文字は「用地」ですかね。
破たんしたゴルフ場の土地をどこかの学校法人が買い取った、ということですかね。

気になって調べてみたら、なんともきな臭い話が出てきます。

太閤坦カントリークラブ・民事再生法を申請
京都東山観光事件に元警察官房長が介入(敬天新聞)

2012年の段階でゴルフ場は閉鎖されて、2019年時点でもそのまま放置されているみたいですね。新エネルギー大学院大学が開校される日は来るのでしょうか。

滑石越を抜けたところに、僕が二輪免許を取った「洛東自動車教習所」がありました。2016年に閉鎖されたことを最近(2019年時点)知って、今はどうなっているんだろうと気になって見に行ったら、跡地で工事をしていました。
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写真には「(仮称)京都生協山科計画」とあります。今は「コープ山科新十条店」が営業しています。
今日の時点でGoogleのストリートビューを見たら、現場はまだ工事中の写真でした。ところが、大通りから少し横道に入ると、なぜかタイムスリップして洛東自動車教習所の建物が現れました。いずれも近いうちにコープの写真に差し替えられるんでしょうけど。

時刻は16時20分を回りました。バイクの返却は17時です。山科区役所あたりから宝ヶ池まで、バイクとはいえそこそこ時間がかかるのですが、最後のツーリングを楽しもうと、帰りは西大路から北大路を回って北山通りに出るという大回りをして、それでもどうにか時間に間に合わせました。

250ccのバイクを4時間借りて、料金は12000円オーバー。なかなかのぜいたくです。
二輪車は四輪車と違って、ちょっと転んだり壁にこすったりするだけですぐにパーツが破損するので、高めの料金設定は仕方ないんでしょうね。

大行列のマルシン飯店で天津飯を食べる

宝ヶ池からバスに乗って、東山三条まで戻ります。
前からずっと行きたかった、このお店へ行ってきました。
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マルシン飯店。大型連休ということで、長い行列です。
学生時代にここの近所に住んでいたときもお店はありましたが、ここまででもなかった気がします。当時は餃子の持ち帰り用の窓口はありませんでした。

学生時代にも中には一度も入ったことがなくて、ここで食べたのはこのときが初めてだったのですが、このマルシン飯店には忘れられない思い出があります。
あれは1998年のこと。自転車で東大路通りを北上して、路上にいたタクシーの右を抜けようとしたところ、急にタクシーのドアが開き、左手を強く打って転んでしまいました。指に深い傷を負って、今もそのときの跡が残っています。
その現場がちょうどマルシン飯店の目の前で、店員さんが様子を見に来て、警察を呼んだりしてくれました。
個人的にお世話になったお店なので、恩返しではないですけど、一度は訪れようとずっと思っていて、それがようやく実現しました。

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ショーケースに並ぶ中華料理。
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名物の天津飯と、麻婆豆腐に餃子。おいしくいただきました。

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夜の鴨川をのんびり眺めたあと、京都駅から新幹線で東京へと戻りました。

翌5月6日は東京でライブを観覧

余談ですが、京都から帰ってきた翌日はこちら、新木場のスタジオコーストへ行ってきました。
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「ギュウ農フェス」というライブイベント。アイドルがたくさん出演していました。
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撮影可のライブから、元Especiaで現在はソロシンガーの脇田もなりさん。かわいいですね。

そんな1年前のゴールデンウィークの思い出でした。早くわけのわからない感染症が消えてなくなることを願います。おっさんたちが密集するライブが懐かしいです。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・中編

2020年9月27日(日) 15:35 | 日記

20年前に卒業した大学の学生寮を眺める

以下の日記の続きです。もう1年以上前の、コロナウイルスのコの字もなかった平和な時代のお話です。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・前編

七条駅から京阪電車に乗り、神宮丸太町駅で降ります。
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丸太町といえばメトロ。僕が学生だったときからあったライブハウスですが、実は一度も行ったことがなかったりします。

京都大学の熊野寮。一般の皆さんの中では「過激派のアジト」という印象があるかもしれませんが、実際はいたって普通の学生寮です。
建物の中に入ったことは数えるくらいしかありません。
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おなかが空いたので昼食を食べます。東大路通り沿いにあるカレー屋さん。
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日本で最も古い学生寮としても知られる吉田寮です。
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実に古めかしい木造建築ですが、ちゃんと人が暮らしています。

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連休中でしたが、学生がなにやら看板か何かを作っています。写真の右側は人間・環境学研究科の建物で、柵の左側が吉田寮です。

立ち入り禁止とかブラック企業とか

その人間・環境学研究科と総合人間学部の正面玄関はこちら。
当時とは景色が変わりましたが、僕が4年間過ごしたところです。
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でも、入り口の門や守衛の建物は古いままです。
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敷地内に出禁というなんとも穏やかじゃない告知。
よく見ると撮影する筆者が映り込んでいます。僕も部外者なので、どちらかというと不審人物ですが。

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民青(共産党系の学生組織)の講演会。僕が学生だった1990年代後半は、「ブラック企業」という言葉はなかったように思います。インターネットが普及して、就活にネットが普通に使われるようになってから急速に広まったイメージです。

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新型コロナがあって新入生が学校に来ない状況で、サークルの勧誘とかどうなってるんですかね。

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こちらが京都大学の本部。先ほどの人間・環境学研究科とは道をはさんだ向かいです。

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京都大学の正門の前の道を東へ行くと、吉田神社の鳥居があります。
この奥には吉田山という標高105mの山がありまして、そういえば一度しか登ったことがないからひさびさに登ってみたいと思ったのですが、その後の予定のために断念しました。

立て看板のない東大路通り

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吉田寮の近くにはこういう看板があったのですが……。

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東大路通り添いの壁はきれいなものです。
壁の奥が京都大学の本部。ここの壁にはいつでもびっしりと立て看があったのですが、2018年頃にいろいろあって撤去を命じられ、学生と大学当局のいたちごっこが繰り広げられていました。今はどうなってるんですかね。

参考として、2018年春に京都大学へ行ったときの日記も紹介します。

去年のゴールデンウィークの思い出2・京都大学の立て看板

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京都大学といえばこちらも外せない名所が西部講堂ですね。写真右側の建物は確か留学生のための住居ですが、昔は何もない広場でした。
2006年と2007年の秋には、ここで開催された「ボロフェスタ」を見に行きました。大学を出て7年も経ってからの初西部講堂。当時は現地から一日何度も日記を更新していました。

ボロフェスタまもなく開演(2006年10月8日)
ボロフェスタ初日、始まります(2007年10月6日)

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西部講堂の近くの生協ショップあたりで見つけた、印象的な貼り紙。立て看問題がホットだった時代の記録。

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京都大学の近所の不動産屋さん。画像が小さくて見づらいかもしれませんが、学生向けのワンルームの相場はこれくらいのようです。

というわけで京都大学の散策はこのくらいにしまして、元田中駅から叡山電鉄に乗って北上します。
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前に乗った観光列車とすれ違います。2017年のゴールデンウィークに鞍馬へ行ったときのやつ。
写真の奥には山が見えます。まさに京都って感じですね。

不運の鈴(2017年5月のことを書いた日記)

時刻は午後1時になろうとしています。
このあと、僕にとっては初体験となる、とあるレジャーに挑戦しました。続きはまたいずれ。

安倍政権が終わるからそろそろあれを再開しようか

2020年8月30日(日) 18:39 | 日記

8月28日午前まで安倍首相が辞めるのか辞めないのか情報が錯綜していて、自分もまだ辞めないだろう、辞められないだろうと思っていたのが、やっぱり辞めるってことになって正直驚きました。これまで権力を使ってかろうじて抑えてきたものが、総理大臣の地位を失うことで歯止めが利かなくなり、自身が罪に問われることを恐れていたと思うのですが、そんなことを言っていられないほど体調が悪化したんでしょうかね。
官僚や経済界やマスコミの中には、安倍首相に辞められると本人以上に困る人がたくさんいると思いますが、今までさんざんいい思いをしてきたはずだし、そこからの急降下のスリルはなかなか味わえない体験なので、せいぜい楽しんでもらいたいと思います。

個人的には大嫌いな為政者だったので、辞めるのが決まったこと自体は喜んでいます。喜びを何か行動で示そうと思って、その日の夜にはひとりで某イタリアンファミレスへ行ってワイン750mL(デカンタ250の赤1本と白2本)を飲んでいました。
僕が安倍晋三を嫌う理由はいろいろありますが、すべての理由は「嘘をつくこと」に行き着きます。個人的に、嘘をつく人間はいちばん苦手です。
自分がついた嘘と現実のつじつまを合わせるために官僚が忖度し、公文書の改ざんを部下に命じたために、その部下が自死を選んでしまったことについては、病気に関係なく、彼が事実と向き合うまで追及し続けなければいけません。

ほかにもいろいろ思うところはありますが、安倍晋三について語ることは本題ではないのでこのくらいにします。
最後に、安倍晋三への評価に関して自分が思っていたことと近い文章を見かけたので、その記事を紹介します。

壊すだけ壊して何も成し遂げなかった7年半だった(はてな匿名ダイアリー)

ここからが本題。何を再開するのかという話です。

以前に、銀や原油のCFDという金融商品に投資をしていたことがありました。CFDというのは、簡単に言うと「株価指数や貴金属などの価格を対象にしたFX」です。
始めたのは、東日本大震災直後の2011年春。当時、銀の価格が史上最高値に迫る勢いで急上昇していまして、「これは絶対に暴落する」と思ってショートを仕込んでいたら、5月の大型連休中についに暴落し、数十万円の利益を出しました。
その後もしばらく好調が続き、利益の総額は新車を1台買えるくらいの金額になりました。その中から、東日本大震災の被災者に向けて50万円募金したりもしました。

ところが、2012年に民主党政権が終わり、自公政権に戻ったあたりから風向きが変わりました。
2013年の後半に、銀も原油も暴落しました。暴落への対応を誤ったために損失がふくらみ、車1台分のプラスが、車1台分のマイナスになってしまいました。
その後も細々と続けていましたが好転せず、2015年頃に完全にあきらめてしまいました。

別にCFDでやられたことと安倍政権とは何の関係もないのですが、縁起というかジンクスというか、「政権交代してからうまくいかなくなった」という思いもあります。
今回は政権交代ではなく自民党内での総理大臣の交代にとどまりますが、個人的にまったく相容れない為政者が失脚することは、お金の流れが好転するきっかけかもしれないので、ひさびさに相場に手を出してみようと思っています。

新型コロナで相場が壊れたときに銀を全力で買っておけばすぐに数十万円の利益が出せたのに、失敗の経験があったから及び腰になってしまいました。証拠金取引が怖いならETFでもよかった。本当に悔やまれます。
安倍晋三が失脚することを追い風にして、そろそろ重い腰を上げなければと思いました。

サイトのデザインをちょっとだけ変えた記録

2020年7月29日(水) 00:57 | 日記

7月の4連休にひさびさにこのウェブサイトの仕様をいろいろ見直しまして、実際に仕様を変更したところと、変更を検討したけど変えなかったところがあったので、今後のために記録しておきます。

当サイト(ブログ)の主な仕様

CMSはMovable Type Pro(個人向け無償ライセンス)の最新版。2007年1月からMovable Typeを使っています。バージョン3.3からの長いお付き合い。WordPressなどに浮気することもなく、今にいたっています。
サイトのデザインは既存のデザインテンプレートではなく、ほぼオリジナルです。Movable Typeのタグを自分で書いてカスタマイズしています。
さくらインターネットのレンタルサーバーで運営していて、プランは「スタンダード」です。月額約500円。

変えたこと

・PCサイズでの右のナビゲーションの横幅を250pxから300pxに拡張

標準的なバナーのサイズに合わせて拡張しました。当面AdSenseなどを入れる予定はないのですが、気が向いたらいつでも入れられるようにしました。
メインの記事部分の横幅は640pxで変わらないので、右側が広くなったぶん、左右のバランスが悪く感じてしまいます。

・右ナビゲーションの拡張に伴い、PCサイズでのサイトの横幅を1020pxから1060pxに拡張

実際にコンテンツが格納されている部分(白いエリア)は横1040pxで、四方に10pxずつのマージンを取ってあります。この10pxの範囲内にドロップシャドウを入れています。
近年、デスクトップパソコンは横3840pxとかの高解像度ディスプレイを使う人も増えてきましたが、その場合はスケーリングを150%にするのが普通なので、PCでの横幅はこれまでの1920pxが主流だった時代と同じでよさそうです。

・記事のタイトルと見出しを拡大

PCでもスマホでも、各記事のタイトル(h3タグ)をひとまわり大きくしました。ついでにタイトルの左にあるギターのピックの絵も少し高解像度にしました。
文中見出し(h4タグ)もこれまでより2px拡大しています。

・画像に「loading="lazy"」の属性を追加

前回の記事など画像が多くて、一気に全部の画像を読み込むとサイトの表示が重くなってしまうので、画像の遅延読み込みを有効にするため、imgタグに「loading="lazy"」の属性が自動で付与される設定を追加しました。
実装には、Movable Typeの「MT NativeLazyLoad」というプラグインを使いました。
現状で「loading="lazy"」が有効なブラウザーは限られているようですが、スマホの主要なブラウザーではほぼ対応しているようだし(Chromeはimgタグの属性に関係なく、元から遅延読み込みをする仕様)、これで多少はページの読み込みが早くなるんじゃないかと思います。

変えようとしたけど断念したこと

・ウェブフォントの導入

さくらインターネットのレンタルサーバーで使えるウェブフォントや、Googleのウェブフォント「Noto Sans JP」を試しに入れてみたのですが、どれもしっくり来なかったので、フォントはこれまでと同じくWindowsではメイリオ、Macではヒラギノ角ゴとしています。
Windowsだと游ゴシックのサイトが増えていますが、これも個人的にしっくり来ませんでした。当面はメイリオのままにしようと思います。

・デザインをさらにシンプルにする試み

最初は「note」というブログサービスのデザインを拝借しようとして、外枠や背景色をなくして全面白にしようと思ったのですが、背景や罫線を完全になくすとかえって見にくかったので、こちらも現状維持としました。

サイトの基本デザインは、かれこれ10年以上不変です。過去には背景色が緑色だったり水色だったり茶色っぽかったりした時期もありますが、このくらいの適度なシンプルさが個人的には気に入っています。

なぜか印刷用CSSにこだわる

これは今回変更したことではなく、昔からの仕様なのですが、印刷用のCSSをかなりきめ細かく作っています。
興味のある方はぜひパソコンで記事ページを開いて、印刷プレビューを見ていただきたいと思います。右ナビゲーションなどは表示されず、記事部分だけがいい具合に、実にいい具合に印刷される仕組みになっています。
このサイトの記事を印刷したいという需要は皆無だと思いますが、もしこのサイトのデザインを、印刷用CSSも含めてご自身のサイトにも応用したいという奇特な方がいらっしゃいましたら、当サイトの仕様を参考にしていただければ幸いです。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・前編

2020年7月28日(火) 00:55 | 日記

観光客であふれる在りし日の京都駅

こちらの日記の続きです。

2019年5月4日夜、コロナなんてなかった大阪の思い出

新型コロナウイルスの感染がいよいよ危機的な状況になってきまして、僕もこの4連休はほとんど家に閉じこもっていました。遠くへ遊びに行きたい願望をぐっとこらえながら、せめて楽しかった1年前のことを振り返ることにします。

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動物園前から御堂筋線に乗って梅田駅。そこからJRの大阪駅へ行きます。
そういえば去年の秋に阪急の梅田駅が「大阪梅田」という名前に変わりましたけど、むしろ大阪駅が「JR梅田」に改名した方が分かりやすい気がしなくもないです。

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着きました。京都駅。こちらは北口(烏丸口)のロビーですね。

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大型連休中だしいい天気だし、わけのわからない感染症も流行していないので、京都駅は朝から観光客がいっぱいです。

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駅前のバス停にも人がいっぱい。手前のバスは僕が学生時代にお世話になった206系統ですね。三十三間堂と清水寺らへんを通って、昔僕が住んでいた八坂神社らへんを通って、京都大学方面へ行くバスです。

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この日は本当にいい天気でした。横方向にやたらと大きい京都駅。

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京都駅に背を向けて北を向くと、京都タワーが見えます。
過去の日記をさかのぼってみたら、12年前にここに登った記録がありました。

京都タワー展望台
たわわくんがいっぱい
こんにちは、たわわくん

24歳の頃の記憶

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京都駅から北上したところにある烏丸七条交差点。北西側に見えるのが東本願寺です。

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京都駅と東本願寺の間の区画には、ホテルや旅館が並んでいます。ヨドバシカメラの向かいあたり。
あれは2001年だったか、当時いっしょに住んでいた人をバイクの後ろに乗せて名古屋から一般国道で4時間ぐらいかけて京都へ行って、事前にホテルの予約をしてなかったから丸太町駅あたりの電話ボックスで電話帳を見て適当に宿を探して、このへんのホテルに泊まったことがありました。当時24歳。若かった。

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先ほどの場所から少し東へ歩くと、京都で有名なラーメンチェーンの「新福菜館」と「第一旭」の本店が隣同士に並んでいて、連休ということもあって行列ができています。
今まで何度か深夜バスで京都に来たことがあるのですが、ここのラーメン屋さんは早朝から営業していて、朝6時でも人が並んでいたりします。
ちなみに新福菜館は東京だと秋葉原などにあって、第一旭は新宿御苑前にあります。

「崇仁新町」という屋台村と「再開発」

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この施設は初めて見ました。場所は先ほどの新福菜館と第一旭から、道をはさんだ向かいあたり。空き地に現れた「崇仁新町」という屋台街です。調べたら2018年の春にはすでにあったようですが、前年に京都を訪れたときはこの近くを通りながら、その存在に気づきませんでした。
朝10時なので、さすがにどこも開いていませんでした。
京都駅から至近という地の利もあって、かなり賑わっていたようですが、調べたら今年の5月をもって営業を終了したそうです。

「崇仁地区」と呼ばれるこのあたり一帯は大規模な再開発をしていまして、京都市立芸術大学がここに移転することが決まっています。なので屋台村の閉鎖は新型コロナウイルスのせいではなく、最初から決まっていたことです。

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去年の春の時点ですでに工事は始まっていまして、壁にはこんな紙が貼られていました。
ここに大学ができたら、京都駅からの距離は札幌駅から北海道大学と同じくらいの近さになりますね。

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大学だけでなく音楽ホールなども造られるようです。

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この地域にはもともと小学校があったのですが、何年か前に廃校になりました。京都駅からほど近い場所に広い土地が空いたことが、ここに大学が移転することになった直接のきっかけとなりました。
ただ、小学校の廃校はあくまできっかけであり、京都市がこの地域一帯の再開発に乗り出すことになったのには、深い事情があるわけですが。

ここで去年書いた日記のリンクを貼ってみます。2018年5月に京都を自転車で散歩したときの話です。日記の後半で、この地域のことに触れています。

去年のゴールデンウィークの思い出3・京大から京都駅らへんまで

最後に、この地域で去年撮影した写真をいくつか紹介します。

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柳原銀行記念資料館。気安く語ることのできない郷土の歴史です。

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僕が1995年に大学受験で京都を訪れたとき、新幹線の車窓から見て衝撃を受けた光景と何も変わりません。今回の「再開発」で、古びた街並みも消えてしまうことになるんですかね。それは果たしていいことなのか、どうなのか。

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僕が学生のときには、こんなにきれいな水辺は見た記憶がありません。「再開発」はすでに進んでいます。

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塩小路橋から見る鴨川とJRの線路。橋の落書きが放置されているのが残念ですが、これでもずいぶんきれいになりました。鴨川も七条大橋あたりまでは昔からきれいだったのですが、このあたりは普通にゴミが流れていた記憶があります。

京都駅界隈の散歩はそこそこにして、鴨川を渡って七条駅から京阪電車に乗ります。続きは後編で。