F1始まりましたねぇ

2006年3月11日(土) 17:26 | スポーツ

いよいよ2006年のF1が開幕しました。
エンジンがV10からV8になって排気量が減るなど、レギュレーションが大幅に変更された今年のF1。各チームのマシンが未来的というか、「90年代のマンガに描かれていそうな未来の車」になっていたのはびっくりしました。去年のルノーを超えるような、複雑な曲線で構成されたシャーシ。トヨタもホンダもフェラーリも、ずいぶんと様変わりした感じです。
今、CSでフリー走行の生放送を見ています。今年の第1戦はバーレーンですが、コース上に砂が乗ってて、とてもまともに走れるような状態ではありません。本番はどうなるのでしょうか。

話題のスーパーアグリも出走します。
グリッドにマシンが並ぶだけでもすごいことです。何周遅れになろうが、もしマシンが壊れずに完走できたらそれだけですごいことです。もし今回初めてF1を見るという方がいましたら、今回のレースだけを見て「佐藤琢磨ダメだなぁ」なんて思わないでください。井出有治は…まあ、今年一年は暖かく見守ろうと思います。

予選はこの後7時50分から。今日は家で引きこもって、テレビを見ようと思います。

カテゴリー表示をしてみました

2006年3月12日(日) 01:09 | 日記

日記のタイトルの横に、カテゴリーが表示されるようになりました。多少は分かりやすくなったのではないかと思います。

せっかくなので、シーサーブログでタイトルの横にカテゴリーを表示するにはどうすればいいかを皆さんにもお教えしようと思います。
とはいえ、シーサー以外のブログには全く応用できませんが。

まず、管理画面の「デザイン」を選び、「コンテンツ」を選びます。コンテンツ一覧の中から「記事」を選び、「コンテンツHTML編集」に進みます。
HTMLの編集画面が出てきたら、内容を一度テキストエディターか何かに貼り付け、その中から「h3」を検索します。
「h3」の後ろは、次のような文字列になっていると思います。

<h3 class="title"><a href="<% article.page_url %>">…

この、<h3 class="title">の直後に、以下の文字列を挿入します。

<a href="<% article_category.page_url %>">[<% article_category.name %>] </a>

これで、日記のタイトルの前にカテゴリー名が表示されるようになります。
あとはお好みに応じて、この前後を<span>で囲んでクラスを設定して、スタイルシートで文字の色や大きさなどを変えれば完成です。
シーサーブログユーザーの皆さん、ぜひ試してみてください。

今年のF1は面白そう

2006年3月12日(日) 23:40 | スポーツ

1990年の日本GPから、かれこれ15年以上F1を見続けています。
セナがいて、プロストがいて、マンセルがいて、ピケがいて、中島も亜久里もいたころからF1を見続けています。
アレジが後藤久美子と結婚したり、ミカ・サロが遠藤賀子と結婚したり、アレッサンドロ・ナニーニが実業家として日本に料理店を出したりする前からF1を見続けています。
ローランド・ラッツェンバーガーの悲劇も、アイルトン・セナの悲劇も、リアルタイムで見ました。
鈴木利男や野田英樹がF1マシンをドライブしているところも、リアルタイムで見ました。

まあそんな昔の話はどうでもいいのですが。
アロンソも強かったですが、ミハエルも強かったですね。ようやくルノーと戦えるようになったみたいで、今年はこの二人の対決が面白そうです。
マクラーレンも相変わらず速いようで、ライコネンもチャンピオン争いに加わってきそうですね。
レースによってはホンダやウィリアムズがトップ争いに食い込んでくるでしょう。今年はさまざまなバトルが見られると思います。

佐藤琢磨も完走しました。開幕戦に間に合っただけでもすごいことなのに、最後まで壊れずに300kmを走り切ったことは快挙です。しかし、僕が初めて見たF1で表彰台に乗った鈴木亜久里が今やF1のチームオーナーになるとは。時の流れを感じます。
そして、僕がF1を見始めた直後の91年夏にデビューして、それ以来ずっとトップドライバーに君臨し続けるミハエル・シューマッハーは偉大ですよね。
バーレーンGPでは、その健在ぶりを見せつけてくれました。

ちょっと先の予定ですが愛知県へ行きます

2006年3月14日(火) 01:06 | 日記

実家の車を車検に出しました。
すでに18万9千キロも走っている14年落ちの車にまだ乗ってやろうなどという無謀な奴は僕だけで十分です。部品を交換すればまだ問題なく乗れるのですが、こちとら財布の中身は春一番どころかいまだにブリザードが吹き荒れておりまして、もはや車検を通すだけでもいっぱいいっぱいなわけです。部品の交換は断念しました。
最悪の場合、運転中に止まってしまうことがあるそうです。その時僕一人ならいいですが、隣に女の子を乗せてたりした時はどうすればいいのでしょうか。そもそもそれ以前に、隣に女の子を乗せてどこか遠くへ行ったりするにはどうすればいいのでしょうか。知らないですかそうですか。

まあそういうわけで、久々にオンボロ車が僕のもとに戻ることになりました。
3月24日の金曜深夜に、新宿から夜行バスで名古屋へ向かいます。着くのは早朝。そこから実家に戻り、車に乗って愛知県内を回ります。
新規設置店舗、一宮のラウム。
同じく刈谷のラウンドワン。
久々にかつてのホームだったマミー半田、準ホームのポート24幸田を経由して、蒲郡のルート23。
そんな感じで25日の土曜日を過ごし、実家で一泊。
日曜は午前中に高浜市を出発。静岡県内のゲーセンに寄れるだけ寄りながら、できるだけ一般道を使ってのんびりと武蔵野市に帰ります。

すでにバスのチケットは入手しました。3900円でした。JRの在来線よりずっと安いです。
上記の日程はほぼ、というか99%確定です。関係各位の皆様にはまたあらためてご連絡を差し上げようかと思っておりますので、よろしくお願いします。

仕事で遅くなりました

2006年3月15日(水) 00:02 | 日記

会社から飯田橋駅に向かう途中、歩きながらカップ麺を食べている若者3人組とすれ違いました。そのうちひとりは女の子でした。
よく歩きながら食べられるなぁ。
スープが残ったら、やっぱりドブに捨てるのかなぁ。
せめてカップは道に捨てないでくれよ。

急に仕事が増えたので、帰りが11時過ぎになりました。
今日は新聞広告と新聞社のサイトに掲載するための文章を書いていました。当然、この日記のような駄文とは比較にならないクオリティが求められます。
文章とはいっても、セミナーで話した内容を文字にするだけで、ゼロから文章を書き起こすわけではありません。とはいえ、喋り言葉を分かりやすい活字にして、なおかつその内容を要約しなければいけないので、これはこれで大変です。新人なので処理速度が遅く、今日の夕方から11時過ぎまでかけてやっと3分の1進んだ程度です。
まあしかし、いい歳だからいつまでも新人ヅラはできないわけで。こうした仕事を早くさくさくとこなせるようにならないとね。
その頃には、この日記のクオリティも格段にアップしていると思います。

日記といえば、いくつか面白いネタを考えているのですが、なかなか実行に移す暇がありません。本当は、もうちょっと楽しい日記にしたいんだけどな。

中野から、大月行きの中央特快に乗り換えました。次は三鷹で各駅停車に乗り換えです。深夜の中央線は混むから嫌ですね。
でも隣に立っている、会社の同僚っぽい男女が面白い話をしてるから退屈しなくてすみます。女性の方はわりと美人なのに、最近いい話がないみたいで。なぜだろう。ちょっと興味がわいてきます(笑)。

明日も忙しいので、帰ったらさっさと眠ろうと思います。

電車に閉じ込められたわけだが

2006年3月15日(水) 22:32 | 日記

JRの中央特快が、三鷹駅の手前で止まっています。なんか事故があったとかで。
あぁ暑い。
かれこれ10分以上止まって、今ようやく動き出しました。
これだから中央線は嫌です。

中央線でのできごと

2006年3月16日(木) 00:20 | 日記

ことの始まりは、東小金井か武蔵小金井あたりで停車した電車の、ホームと反対側のドアが少しだけ開いたことでした。
その時僕は中央特快に乗って、西荻窪あたりを通過するところでした。
問題の電車は安全確認のため、しばらく停車して原因を確認。ほどなく問題は解決したようです。
これで問題なく電車が動くかと思ったのも束の間、今度は三鷹と武蔵境の間を走る電車で緊急ベルが鳴り、武蔵境で停車。原因究明のため、電車はそのまま駅にとどまりました。
この時、僕らを乗せた中央特快は吉祥寺を過ぎ、停車駅の三鷹に差しかかろうとしていました。
しかし、無情にも電車は三鷹駅の前でストップ。三鷹の次の駅である武蔵境はホームが1本しかなく、先の電車が線路をふさぐ形になってしまいました。その後ろに続く2台が、両方とも三鷹のホームで立ち往生。さらに後ろに続いていた中央特快は駅に入ることすらできなかったため、線路の上に止まって待ち続けるしかなかったわけです。もちろん線路上でドアを開けるわけにはいかず、僕ら乗客は電車の中に閉じこめられることになりました。

友人同士やカップル、あるいは仕事の同僚。にぎやかな話し声だけが車内に響きます。一人の僕は、ただ黙って待ち続けるしかありませんでした。できることといえば、携帯で日記を書くことくらいです。
時々、車内アナウンスで事故の経過を説明していましたが、同じことを繰り返すだけで何の進展もありません。人の熱気で暑くなった満員の車内で、コートを脱ぐこともできない僕は汗をせっせと拭きながら、ひたすら電車が動き出すのを待ちました。

「お待たせいたしました。発車します。まもなく三鷹、三鷹です」
電車が止まってから、15分ほど経っていました。ああ、やっと帰れる。
しかし、電車はなかなか動き出しません。
さらに3分後。ようやく発車しました。

武蔵境で停車していた電車の非常ベルが鳴ったのは、車内に気分の悪くなった人がいたからだそうです。おそらく最初の事故で一時的に車内に閉じこめられ、そのせいで気分が悪くなってしまったのでしょう。
それにしても、なぜ20分近くもかかったのか。JRに不手際はなかったのか。疑問が残ります。

三鷹駅で中央特快を降り、向かいのホームで待機していた各駅停車に乗り換えます。
ホームで一人倒れていました。さっきの電車で気分が悪くなり、失神していまったようです。窮屈な満員電車に閉じこめられたまま電車が止まるという、日常ではあり得ない状況に耐えられなかったのでしょう。
もしかしたら僕の後ろに続く電車に乗っていたかもしれない会社の先輩、平気だったのかなぁ。倒れたりしてなければいいけど。

電車は三鷹から武蔵境へ。考えてみれば「JR中央線の電車が三鷹から武蔵境までの2キロ弱を走る」という行為そのものが、ものすごく絶妙なバランスの上に成り立っているというか、何かがひとつでも狂ってしまったらたった2キロの移動すらままならないというか、「当たり前のことだけど、実は奇跡的なこと」なのかもしれませんね。かなり大げさな言い方になりますが。

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