2019年5月5日に京都を散歩した思い出・中編

2020年9月27日(日) 15:35 | 日記

20年前に卒業した大学の学生寮を眺める

以下の日記の続きです。もう1年以上前の、コロナウイルスのコの字もなかった平和な時代のお話です。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・前編

七条駅から京阪電車に乗り、神宮丸太町駅で降ります。
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丸太町といえばメトロ。僕が学生だったときからあったライブハウスですが、実は一度も行ったことがなかったりします。

京都大学の熊野寮。一般の皆さんの中では「過激派のアジト」という印象があるかもしれませんが、実際はいたって普通の学生寮です。
建物の中に入ったことは数えるくらいしかありません。
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おなかが空いたので昼食を食べます。東大路通り沿いにあるカレー屋さん。
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日本で最も古い学生寮としても知られる吉田寮です。
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実に古めかしい木造建築ですが、ちゃんと人が暮らしています。

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連休中でしたが、学生がなにやら看板か何かを作っています。写真の右側は人間・環境学研究科の建物で、柵の左側が吉田寮です。

立ち入り禁止とかブラック企業とか

その人間・環境学研究科と総合人間学部の正面玄関はこちら。
当時とは景色が変わりましたが、僕が4年間過ごしたところです。
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でも、入り口の門や守衛の建物は古いままです。
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敷地内に出禁というなんとも穏やかじゃない告知。
よく見ると撮影する筆者が映り込んでいます。僕も部外者なので、どちらかというと不審人物ですが。

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民青(共産党系の学生組織)の講演会。僕が学生だった1990年代後半は、「ブラック企業」という言葉はなかったように思います。インターネットが普及して、就活にネットが普通に使われるようになってから急速に広まったイメージです。

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新型コロナがあって新入生が学校に来ない状況で、サークルの勧誘とかどうなってるんですかね。

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こちらが京都大学の本部。先ほどの人間・環境学研究科とは道をはさんだ向かいです。

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京都大学の正門の前の道を東へ行くと、吉田神社の鳥居があります。
この奥には吉田山という標高105mの山がありまして、そういえば一度しか登ったことがないからひさびさに登ってみたいと思ったのですが、その後の予定のために断念しました。

立て看板のない東大路通り

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吉田寮の近くにはこういう看板があったのですが……。

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東大路通り添いの壁はきれいなものです。
壁の奥が京都大学の本部。ここの壁にはいつでもびっしりと立て看があったのですが、2018年頃にいろいろあって撤去を命じられ、学生と大学当局のいたちごっこが繰り広げられていました。今はどうなってるんですかね。

参考として、2018年春に京都大学へ行ったときの日記も紹介します。

去年のゴールデンウィークの思い出2・京都大学の立て看板

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京都大学といえばこちらも外せない名所が西部講堂ですね。写真右側の建物は確か留学生のための住居ですが、昔は何もない広場でした。
2006年と2007年の秋には、ここで開催された「ボロフェスタ」を見に行きました。大学を出て7年も経ってからの初西部講堂。当時は現地から一日何度も日記を更新していました。

ボロフェスタまもなく開演(2006年10月8日)
ボロフェスタ初日、始まります(2007年10月6日)

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西部講堂の近くの生協ショップあたりで見つけた、印象的な貼り紙。立て看問題がホットだった時代の記録。

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京都大学の近所の不動産屋さん。画像が小さくて見づらいかもしれませんが、学生向けのワンルームの相場はこれくらいのようです。

というわけで京都大学の散策はこのくらいにしまして、元田中駅から叡山電鉄に乗って北上します。
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前に乗った観光列車とすれ違います。2017年のゴールデンウィークに鞍馬へ行ったときのやつ。
写真の奥には山が見えます。まさに京都って感じですね。

不運の鈴(2017年5月のことを書いた日記)

時刻は午後1時になろうとしています。
このあと、僕にとっては初体験となる、とあるレジャーに挑戦しました。続きはまたいずれ。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・後編

2020年9月30日(水) 23:34 | 日記

約18年ぶりに京都をバイクで走る

2019年5月5日の日記の最終回です。これまでのお話はこちら。

2019年5月5日に京都を散歩した思い出・前編
2019年5月5日に京都を散歩した思い出・中編

さて、叡山電鉄に乗って行った先は宝ヶ池駅でした。
写真は撮っていないのですが、駅から北へ行って高野川を越えたところにあるハーレーダビットソンのお店へ行ってきました。
そのお店はレンタルバイクの窓口も兼ねていまして、今回初めてバイクのレンタルを利用したというわけです。
京都をバイクで走るのは、確か2001年の夏頃に名古屋から京都までバイクで旅行したとき以来なので、18年ぶりのことです。

借りたのはこちらのバイク。カワサキのNinja250です。
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ほぼ新車で、ボディはぴっかぴか。いつも乗っているぼろぼろのZZRとは大違いです。

ところで、普段バイクに乗っている人も、自分のものと異なるバイクに乗る機会は少ないと思います。四輪ならレンタカーやカーシェアでいろいろな車種に乗ることはあっても、バイクでは一般的ではありません。そして、特にこの手のバイク(スクーターやアメリカンではない、SSなどの安定性が相対的に低いバイク)だと、乗り慣れていないマシンに初めて乗るときはとまどうものです。このNinjaでも、いつものZZRのような要領で発進しようとしたら思いのほかパワーが少なくて、思わず立ちごけしそうになりました。

まず向かった先は、東山山頂公園。将軍塚のあるところです。
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実は学生時代、わりと裕福だった僕はすでにバイクに乗っていまして、スズキのGSX-R250というマシンでした。1996年の秋にバイト代で買って、4気筒の高音がとても気に入っていたのですが、1998年の夏に実家の近くで前方不注意の自動車にぶつけられて廃車という悲しい別れとなりました。
将軍塚へは自動車の山岳教習で一度、そのGSX-Rで一度行ったくらいで、20数年ぶりの訪問となりました。

琵琶湖の温泉街で大人の遊戯場を眺める

ここから京都市内の観光地をツーリング……ではなく、向かった先はこちらでした。
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京都から山を越えて、大津の雄琴へ行ってきました。
大津市の中心部から琵琶湖添いの県道を北上すると、右手にこの「ゴールデンゲート」が嫌でも目に飛び込んできます。駅で言うと、湖西線の「おごと温泉」のすぐ近くです。
その名のとおり温泉街なのですが、ここの一角に、大人の男性向けの施設が集まるエリアがあります。

ここの横を通ったことは何度もあるのですが、現地を歩くのは初めてでした。名古屋の大門や東京の吉原なんかと違って、少し人里を離れたところにこういうお店だけが集まっているというのは、なかなかの異世界でした。
入浴はしませんでした。今後もすることはないと思います。

ところで雄琴から京都へ戻るときに、国道161号の西大津バイパスを走ったのですが、妙に道がでこぼこして乗りにくかったことを強烈に覚えています。京都市内の道路も心なしかバンピーな印象を受けました。東京や名古屋の道をバイクで走るときにはあまり感じなかったのですが、これが滋賀や京都の道路の特性なのか、あるいはバイクのサスペンションがやたらと硬かっただけかもしれません。

ゴルフ場跡地に「新エネルギー大学院大学」?

そして、僕がバイクでひさびさに走りたかったのが、東大路通りの今熊野から山を越えて山科区の椥辻方面に抜けていく「滑石越」という道。京都に住んでいた頃、自宅から至近の山道らしい山道ということで、よくバイクで走っていました。景色も良く、180度コーナーもあり、とてもエキサイティングな公道です。

その滑石越の途中で、変な光景に出会いました。
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ゴルフ場の跡地。「太閤坦CC」と書いてあります。こんなのあったっけ。
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柵に近づいてみると……。
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「学校法人則天学園 新エネルギー大学院大学……」とあります。最後の2文字は「用地」ですかね。
破たんしたゴルフ場の土地をどこかの学校法人が買い取った、ということですかね。

気になって調べてみたら、なんともきな臭い話が出てきます。

太閤坦カントリークラブ・民事再生法を申請
京都東山観光事件に元警察官房長が介入(敬天新聞)

2012年の段階でゴルフ場は閉鎖されて、2019年時点でもそのまま放置されているみたいですね。新エネルギー大学院大学が開校される日は来るのでしょうか。

滑石越を抜けたところに、僕が二輪免許を取った「洛東自動車教習所」がありました。2016年に閉鎖されたことを最近(2019年時点)知って、今はどうなっているんだろうと気になって見に行ったら、跡地で工事をしていました。
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写真には「(仮称)京都生協山科計画」とあります。今は「コープ山科新十条店」が営業しています。
今日の時点でGoogleのストリートビューを見たら、現場はまだ工事中の写真でした。ところが、大通りから少し横道に入ると、なぜかタイムスリップして洛東自動車教習所の建物が現れました。いずれも近いうちにコープの写真に差し替えられるんでしょうけど。

時刻は16時20分を回りました。バイクの返却は17時です。山科区役所あたりから宝ヶ池まで、バイクとはいえそこそこ時間がかかるのですが、最後のツーリングを楽しもうと、帰りは西大路から北大路を回って北山通りに出るという大回りをして、それでもどうにか時間に間に合わせました。

250ccのバイクを4時間借りて、料金は12000円オーバー。なかなかのぜいたくです。
二輪車は四輪車と違って、ちょっと転んだり壁にこすったりするだけですぐにパーツが破損するので、高めの料金設定は仕方ないんでしょうね。

大行列のマルシン飯店で天津飯を食べる

宝ヶ池からバスに乗って、東山三条まで戻ります。
前からずっと行きたかった、このお店へ行ってきました。
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マルシン飯店。大型連休ということで、長い行列です。
学生時代にここの近所に住んでいたときもお店はありましたが、ここまででもなかった気がします。当時は餃子の持ち帰り用の窓口はありませんでした。

学生時代にも中には一度も入ったことがなくて、ここで食べたのはこのときが初めてだったのですが、このマルシン飯店には忘れられない思い出があります。
あれは1998年のこと。自転車で東大路通りを北上して、路上にいたタクシーの右を抜けようとしたところ、急にタクシーのドアが開き、左手を強く打って転んでしまいました。指に深い傷を負って、今もそのときの跡が残っています。
その現場がちょうどマルシン飯店の目の前で、店員さんが様子を見に来て、警察を呼んだりしてくれました。
個人的にお世話になったお店なので、恩返しではないですけど、一度は訪れようとずっと思っていて、それがようやく実現しました。

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ショーケースに並ぶ中華料理。
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名物の天津飯と、麻婆豆腐に餃子。おいしくいただきました。

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夜の鴨川をのんびり眺めたあと、京都駅から新幹線で東京へと戻りました。

翌5月6日は東京でライブを観覧

余談ですが、京都から帰ってきた翌日はこちら、新木場のスタジオコーストへ行ってきました。
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「ギュウ農フェス」というライブイベント。アイドルがたくさん出演していました。
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撮影可のライブから、元Especiaで現在はソロシンガーの脇田もなりさん。かわいいですね。

そんな1年前のゴールデンウィークの思い出でした。早くわけのわからない感染症が消えてなくなることを願います。おっさんたちが密集するライブが懐かしいです。

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