選択的夫婦別姓を拒む心理の考察

2020年1月29日(水) 23:53 | 日記

本当にいつになったら選択的夫婦別姓が実現するんですかね。

「結婚したらどちらかが姓を変更しなければならない」という法律が、20年近く前の自分にとっても、結婚に対する決して小さくない障壁でした。
相手に姓を変えてほしくないし、自分も変えたくない。
いつしかそういう相手もいなくなり、気づいたらずいぶん年を取ってしまったので、もはや選択的夫婦別姓は自分にとって差し迫った問題ではないのですが、「改姓で仕事に支障が出て困っている」「改姓すると困るから結婚を思いとどまっている」という話を見るたびに、政府は早くしてくれよと思います。民主党政権ならやってくれると思って期待したんですけどね……。

理不尽な理由で選択的夫婦別姓を拒む自民党の女性議員たち

先日は、自民党の杉田水脈衆議院議員による国会でのヤジが話題になりました。

杉田氏、夫婦別姓ヤジは「玉木氏がひどいこというから」(朝日新聞デジタル)

この人は衆議院議員になってからも、準強姦の被害者である伊藤詩織さんを侮辱するような発言をインターネットの動画配信でしていたり、LGBTの人たちを「生産性がない」と見下すような言説を開陳したりと、人の尊厳を踏みにじることが大好きな劣等感まみれの欠陥人間で、なおかつ自らの発言に責任を負わず逃げ回る臆病で卑怯な人間であることは以前から知っていたので、いまさらこれくらいでは驚かないのですが。
今回の杉田議員の主張と行動は、当然ほとんどの人に支持されませんでした。

そんな杉田水脈議員を非難すらしない自民党が、選択的夫婦別姓に反対するとんでもない言説を参議院で行っていて、こちらもネットの一部で話題になっています。

選択的夫婦別姓の法制化反対に関する請願:付託された同趣旨の請願一覧:参議院

請願を出したのは、ネットの一部で有名な自民党の山谷えり子議員。「審査未了」とあるので、実際に法務委員会の主要な議題として扱われたわけではないみたいです。
10年以上前の請願とはいえ、思い込みと決めつけが病的なレベルで、あまりのひどさにいちいち突っ込みたくなりますが、今回の本筋から外れるのでやめておきます。
ひとつだけ指摘するなら、「山谷」は結婚前の姓であり、通名です。

誰の権利も侵害しないはずなのに

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

一般の国民にも、選択的夫婦別姓に反対する人が一定の割合で存在します。ただ個人的な印象としては、「家族の絆」などを理由にしている人はごく少数だと思っています。
実際に誰かから聞いたわけでもないしデータがあるわけでもないのですが、日頃ネットを見ていると、家族の絆がどうのこうの言う人は特定の界隈の人たちだけで、最近ではほとんどの人が「選択的夫婦別姓は選択肢が増えるだけで、同姓も今までどおり選べるのだから誰も損をしない」という認識で、法制化に賛成しています。

実際に、選択的夫婦別姓に賛成する人が増えているという調査結果もあります。

選択的夫婦別姓、賛成69% 50代以下の女性は8割超(朝日新聞デジタル)

「選択的」であるから、誰の権利も侵害しません。
結婚後に夫婦の姓を同じにしたい人も、変えたくない人も、どちらも認められるわけですから、反対する理由はどこにもないように思えます。それこそ前述の「家族の絆」みたいなめちゃくちゃな論理でも持ち出さない限り。
実際に多くの国で夫婦別姓が認められていて、当然親と子の姓が異なる場合もあるのですが、そういう国で不和を抱える家族が多いといった調査結果はないそうです。「家族の絆」なんて言いがかりでしかないし、「親と子の名字が別々になった子供がかわいそう」というよその子に対する感情も、根拠のないおせっかいにすぎません。

そういう事情を踏まえて、ネットでは
「選択的夫婦別姓に反対する論理的な理由などありえない」
「反対するのは、他人の家族のあり方に口出ししたいという身勝手な欲求だ」
という意見が大勢を占めているように見えます。

僕自身も、大筋ではそのとおりだと思います。
でも一方で、選択的夫婦別姓にまつわる議論は、そこまで単純化できない、もう少し入り組んだものだとも思っています。

別姓を強制するわけではなく、同姓か別姓かを選択できる制度なのに、反対する人、つまり「選択肢が増えるのを拒む人」が24%もいるのは、上記の理由では説明がつきません。
夫婦の姓に関して「家族の絆」的な思考をする人が24%もいるとはとうてい思えません。
そういうカルトやオカルトとはまるっきり別の、選択的夫婦別姓を拒む人たちにとって「合理的な」理由があるはずなのです。

選択的夫婦別姓が認められても、夫婦同姓を望む人はこれまでどおり同姓を選べるから、以前と何も変わらない。選択的夫婦別姓を認めても何の支障もないはず。
そう考える人は多いと思います。
でも、本当に「何も変わらない」のでしょうか?

「常識」が「選択肢のひとつ」に変わる

「強制された同姓」と、「自由選択の結果としての同姓」。このふたつには、とても大きな違いがあります。

従来の日本の民法では、日本人同士が結婚したら、必ずどちらかの姓に合わせることが義務づけられています。
そして日本社会の現状として、95%以上の夫婦が男性側の姓を選ぶと言われています。残り5%のほとんどは特殊な事情がある場合です。
つまり、特殊な事情がなければ「結婚したら女性は男性の姓になる」という慣習が、顧みられることすらない常識として長年扱われてきました。

それが、選択的夫婦別姓が導入されると、夫婦が同姓になること、女性が男性の姓に変えることが、新たに追加された「別姓」と同列の「選択肢のひとつ」になるわけです。

夫婦同姓が「選択肢のひとつ」になると、何が起きるか。
たとえば、結婚して姓を変えた女性や、パートナーの姓が変わった男性が、友人や同僚に「なんで同姓を選んだの?」と聞かれる。
聞かれたら、その理由を答える必要に迫られる。別姓と同姓のふたつの選択肢のうち、同姓を選んだ理由を用意しておかなければいけない。
つまり、夫婦が同姓を選ぶのに、明示的な理由や根拠が求められるようになる。
今までは結婚すれば強制的に姓が変わったので、理由も根拠も求められなかったのに。

一方、別姓という新たな選択肢を選ぶ夫婦にとっては、「なぜ別姓を選んだか」の理由は明快だし、誰に対しても堂々と説明ができます。
当然、別姓を選ぶことで生じうるわずらわしさ、たとえば子供の姓をどうするかといった問題は、自由な選択に伴う責任として、覚悟を持って受け入れるはずです。

その「自由な選択に伴う責任や覚悟」が、同姓の夫婦にも平等に課せられてしまう。
今まではすべての夫婦が同姓であり、夫婦同姓は「選ぶもの」ではなかったから、選択の結果に伴う責任も覚悟も発生しなかったのに、選択的夫婦別姓が認められることによって、有無を言わさず選択に伴う責任を負わされる。夫婦別姓を望む人たちが出しゃばったせいで。
人によっては、以前と何も変わらないどころか、心理的に重大な変化が起きることになります。

このような抵抗感が、選択的夫婦別姓が「選択的」であるのにも関わらず、根強く拒まれる理由のひとつではないかと考えています。

もしかしたら、ものの10年で夫婦同姓がマイノリティになるかもしれない。同姓を選ぶことで、社会から奇異な目で見られてしまう。そんな不安を抱く人も出てくるかもしれません。
別姓を選ぶ人にとっては、たとえ夫婦別姓がマイノリティであるとしても、別姓のメリットを重視して、確固たる意志で別姓を選ぶわけだから、ほとんどの夫婦は自分たちが少数派かどうかなど意に介さないはずです。
このような夫婦同姓と夫婦別姓の「覚悟」についての非対称性や、これまでマジョリティだったゆえのマイノリティに転じることへの不安も、夫婦同姓を選んだカップルが「自分以外の夫婦が別姓を選べる状況」を拒む背景になっていると想像します。

同姓を一方的に望むのが「わがまま」とみなされる

選択的夫婦別姓を拒む理由としてもうひとつ考えられるのは、結婚を考えているカップルが、片方が別姓を望み、片方が同姓を望んでいる場合に、調整が必要になるという点です。

現行の法制度であれば、選択肢は夫婦同姓しかなく、あとはどちらの姓にするかを選ぶだけ。
例として、男女のカップルの男性側は「相手も自分の姓になってほしい」と思っているけれど、女性側は「夫婦別姓を選んで、通称だけでなく本名も今までの姓にしたい」と思っている場合、大半のケースでは女性側が妥協を強いられることになります。
ところが選択的夫婦別姓が認められると、男性側にとっては相手の姓を変えてもらう根拠を失うことになります。女性側が姓を変えたくないと言ったとき、男性側が一方的に拒んだら、自分勝手なわがままとみなされます。

もちろん、子供の姓をどうするのかなどの問題もあるので、同姓か別姓かを選ぶのは決して簡単なことではないのですが、少なくともパートナーが別姓を望むのを頭ごなしに否定することは許されなくなります。きちんと対話をして、両者の合意のもとで姓をどうするかを決めなければいけません。
そういうわずらわしさを避けたいから、選択的夫婦別姓を認めたくないという人も一定の割合でいると考えられます。

同姓を強いられる困難こそ早急に解決すべき

こうした考え方がありうる可能性を踏まえたうえで、僕はやはり早急に選択的夫婦別姓の制度を作るべきだと考えています。

理由は明快です。「選択肢が増えると困る」と考えて選択的夫婦別姓を拒む人が、選択に伴う責任を負わされて困ると感じる度合いに比べて、現状で改姓を強いられる人が改姓に関連して実際に困っている度合いの方が、比べものにならないレベルで大きいからです。

職種によっては姓が変わることでさまざまな不利益を被る人もいるのですが、1980年代頃までは「結婚に伴う決まりだからどうしようもない」と、その不利益があまり顧みられることはありませんでした。かつては結婚を機に仕事をやめる女性が多かったという事情もありました。
ところが90年代あたりから、バブル経済の崩壊による経済の停滞、個人主義の広まりや少子高齢化という社会問題の深刻化など、社会の風潮が徐々に変わってきました。女性も働き続けないと子供の教育費がまかなえない状況になっても、結婚に伴って事実上女性だけが困難を強いられる状況が放置され続けました。

それから四半世紀が過ぎて、いまだに政権与党である自民党が愚にもつかない理由で選択的夫婦別姓に反対している現状にはあきれるほかありません。少子化は国難などとどの口が言うのかという話です。
自民党が主張する「夫婦の姓が別々だと家族の絆が生まれない」などという与太を信じて、それを他人に押し付けようとする人は少ないと思いますが、先に挙げたような理由で反対している人、端的に言うなら「めんどうなことを増やしてもらいたくない」という人は少なからずいると考えられます。

でも、その「めんどくささ」よりはるかに大きな困難を抱えている人が実際にいるし、その困難によって会社や研究施設などで不利益を受けたり、あるいは困難を避けるために結婚を思いとどまる人がいます。
その困難が、選択的夫婦別姓を認めるだけで解消されるのなら、ある程度のコストをかけてでも解消する価値があります。その価値に比べたら、夫婦同姓が「常識」から「選択肢のひとつ」に変わったことで生じる「選択に伴う責任の重さ」なんて、本当にささいなことです。そのくらいは世のため人のためにがまんしていただきたいですね。

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