中学生のときに自転車でレースをして遊んでいた公園

2019年8月31日(土) 23:58 | 日記

8月11日の夜から14日の朝まで、里帰りということで愛知県高浜市の実家にいました。

ふらりと実家の近所の公園に立ち寄ってみました。僕が中学生のときに、公園内の道をサーキットに見立てて、みんなで自転車のレースをして遊んでいた場所です。

碧海GP(高浜市・碧海公園)

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高浜市の碧海公園。図書館や体育館の近くにある小さな公園です。ここの外周がサーキットでした。
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地図をトレースして、サーキットの路線図を書いてみました。右上と右下のコーナーがやや急なので、ここをいかにスピードを落とさず抜けられるかがタイムを削るポイントとなります。
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公園の入り口のところがスタート。
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しばらく行くとゆるやかな右コーナーがあります。左に見えるのは公衆トイレです。
路面にはところどころ芝が生えていて、歩いてみたらかなり凹凸がありました。レースをしていた1990年には平らな道だったのですが。
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コーナーを抜けたらバックストレート。気持ちよく加速していきます。
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右手側に東屋が見えます。公園らしい風景です。
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東屋の奥は、細かいコーナーが連続するシケインです。
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まずは右に曲がり……。
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すぐに左に曲がります。砂場が見えます。
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難所の右コーナー。奥に見える茶色い建物は図書館です。
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短いストレート。最終コーナーに向かいます。
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最終コーナー。
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ホームストレートに戻ってきました。これで1周です。

西端GP(碧南市・油ヶ淵公園)

続いては、碧南市の油ヶ淵公園です。
油ヶ淵というのは複数の川が合流する湖沼で、かつては日本一水質が汚いくらいな言われ方をしていましたが、近年この地域では、油ヶ淵の水の浄化を進めながら、周辺一帯に「油ヶ淵水辺公園」という、碧南市と安城市にまたがる大規模な公園を造営しています。さすがは全国有数のお金持ちな自治体です。
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公園の全景の写真を撮るのを忘れてしまったので、まずはサーキットレイアウトから。トレースできる地図がなかったので、フリーハンドで書いています。
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ここがスタート地点です。
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路面のひびが目印。
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西端GPは碧海GPと違って左回りのコース。公衆トイレのところがヘアピンカーブです。
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行き先は右奥の道ではなく、トイレの右にある茂みを回り込むようにします。
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別角度から見るとこういう感じです。
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トイレの裏の道はゆるやかに左方向のカーブになっていますが、ほぼ直線なので全速力で漕いでいく場所です。
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このへんは直線。ここでがんばってタイムを稼ぎます。
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当時はカラーコーンなんてありませんでした。
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バックストレートを抜けると左コーナー。ここはトイレのところと違ってゆるやかなので、スピードを落とさずに曲がっていきます。
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コーナーの入り口。
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コーナーを抜けて、ホームストレートに戻ります。
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ホームストレート上にベンチ。これも当時はありませんでした。自転車で全速力で走ってコーナーを抜けたところにいきなりベンチがあったら危険です。
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ストレートの先に小さなコーナーがありますが、そこがスタート地点です。
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これで1周終わりです。

F1に影響された中途半端に本格的なレース

この2つのコースを中心に、油ヶ淵公園の近くにある別の公園や、ときには公道を使ってレースを楽しんでいました。
最初はみんなママチャリで走っていましたが、3年生になるとみんなマウンテンバイクを親から買ってもらい、なぜかオンロードなのにマウンテンバイクでレースをしていました。
レースの内容は中途半端に本格的で、本物のレースのように、予選をして1周のタイムを計測してスターティンググリッドを決めて、5周のレースで順位を決めるというルール。いちおうドライバーズポイントを数えたりもしていました。当時F1がはやっていたので、その影響です。
僕はそんなに速くはなかったのですが、油ヶ淵のコースだけは得意で、何度か勝った記憶があります。

2人チームで1時間耐久レースをやったこともあります。油ヶ淵では快調にトップを走っていたところ、レース終盤で片足がつってしまい、これはまずいと思ったらすぐにもう片方の足もつるというアクシデントに見舞われたけれど、どうにかピットに戻り、ドライバーを交代して1位のまま逃げ切ったという、個人的にはとてもドラマチックなレースです。

以上、僕も中学生らしくアホなことをしていたという話でした。

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