ドラマティックでもエキサイティングでもない、
日常のできごとや思いを淡々とつづった日記です。

続・新型コロナウイルスワクチンの集団接種の記録

2021年9月13日(月) 00:12 | 日記

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武蔵野市の集団接種。ファイザーのワクチンです。1回めは8月19日の朝9時でした。
1回めの予約のときに、自動的に2回めの接種の予約が3週間後の同じ会場、同じ時刻に入れられる仕組みのため、2回めの接種は9月9日の朝9時となりました。

新型コロナウイルスワクチンの集団接種の記録

場所は前回と同じく市民会館ですが、写真のようにこの日の朝は雨が降っていて、自転車で行くわけにはいかず、武蔵境駅までバスで行ってそこから歩きました。ムーバス(武蔵野市のコミュニティバス)がちょうどいい時間になく、15分ほど早く着いてしまいました。開場は8時50分という案内がありましたが、係の人が早めに中に入れてくれました。先に入っていた人が3人いて、僕は4番めでした。

接種までの流れは1回めと同じです。入り口で検温をして、接種券と本人確認書類を提示して、椅子に座って待ちます。
予定どおり9時ちょうどに接種が始まりました。待ち時間ゼロですぐに中へ呼ばれます。医師の簡単な問診を経て、看護師に注射してもらいました。ほとんど痛みもなく、あっさりと終わりました。

接種した時刻が9時5分ということで、9時20分まで待機室で待つことになります。1回めの接種では右手の指先に若干のしびれを感じましたが、今回は特にそういったこともなく、代わりに接種した左肩の違和感が1回めより大きかった気がします。
帰りもちょうどいいバスがなかったので、自宅まで歩いて帰りました。平日なので、このあとは在宅勤務です。

問題は副反応です。ちょうどこの日、前日接種した社員が発熱で休むという連絡がありました。これまでにもさんざん副反応でつらい思いをした人の話を聞いていたので、やはり2回めは無事ではいられないのかなと不安が強くなりました。

帰宅後、1時間ごとに体温を測りました。平熱は36.7度で、この日の朝はなぜか体温がいつもより低い36.2度でしたが、帰宅後は少しずつ体温が上がっていきました。ただ体調を崩したり気分がだるくなったりすることもなく、いつもと同じ午後を迎えました。

副反応は接種してから6時間から12時間後に出てくるという話もあり、6時間後にあたる15時がひとつの山場でしたが、体温は最高でも36.9度で、倦怠感なども一切なく、左肩に多少の痛みがある程度で、この日は普通に夜まで仕事をしていました。

翌日も発熱など一切ありませんでした。
2回のワクチンの接種を通じて、副反応がどんなものかを体験する機会がなく終わってしまいました。
振り返ると、最後に高熱を出して寝込んだのは今から20年前の2001年頃で、もはや熱が出ることがどういう感覚なのかすら忘れてしまいました。健康なのはいいことですが、たまには病気の経験をしておかないと、それこそ「どこの医者へ行けばいいのか」というところから話を始めることになるし、いざというときに何をしていいのかわからなくなりそうでちょっと不安です。

ともかくこれで無事に2回のワクチンを接種できたので、2週間後の9月23日頃には免疫ができあがっていると思われます。ワクチンを接種しても他人に感染させる可能性はあるので感染対策は続けますが、仮に感染しても苦しい思いをしたり、後遺症が残ったりする可能性がほぼなくなったのは安心です。

新型コロナウイルスワクチンの集団接種の記録

2021年8月30日(月) 23:17 | 日記

市民会館

少し前の話になりますが、新型コロナウイルスのワクチンを接種してきました。
武蔵野市の集団接種で、ワクチンはファイザー製です。
現時点では接種は1回のみで、2回めの接種はまだですが、ここではワクチンの予約を入れるまでの流れと、1回めの接種の様子とその後の副反応について記録しておきます。

接種の予約

40歳以上の集団接種の予約は7月9日に始まりました。当時は「家族がいる人が優先すべきだ」と考えて予約は控えました。それでももし枠が空いていればと思って、この日の昼前に接種券番号などを入れて予約サイトにログインしてみたのですが、やはり予約は満杯になっていました。

二度めの集団接種の予約日は8月3日でした。7月中旬あたりから東京都でデルタ株の拡大がいよいよ本格化して、オリンピックが始まる頃には「自宅療養」という言葉がニュースを賑わすようになりました。東京都の医療はひっ迫し、1か月前とは前提条件が大きく変わりました。
こうなると、家族がいる人なら体調が急変しても同居人がすぐに気付いて対応してくれて、入院の手続きを進めることもできますが、僕のような単身者は、一度動けなくなったら誰も助けてくれず、最悪の場合は孤独死までありえます。次のワクチンの予約は絶対に取ろうと決意しました。

8月3日、予約が始まる朝8時30分の直前からパソコンの前で待ち構えて、5秒おきに予約サイトにアクセスしました。無事にサイトに接続できて、予約を入れることに成功しました。
予約の手順は、まずは3か所の接種会場の中からひとつを選び、その会場内で空きがある日付が選んだあとで、最後に時間帯を選ぶというもの。時間帯は30分刻みで、1枠につきおそらくは30人ほどが割り当てられていました。

あとで知ったのですが、5分そこそこで予約は埋まったそうです。そのとき予約を受け付けていた集団接種の人数は確か3000人弱で、武蔵野市の40~59歳の人口は5万5千人ほどなので、すでに接種した人や個別接種、職域接種の分を除いても、おそらくは10倍を超える競争率です。
ちなみに8月30日9時時点で、武蔵野市民の1回以上接種率は約61%とのことです。残り4割の大半が59歳以下で、特に39歳以下の接種はほとんど進んでいないと思われるので、少なくとも9月までは接種権の争奪戦になりそうです。

副反応への準備

すでに接種を終えた人から、副反応の話をいろいろと聞かされていました。
ほとんどの人が高熱で苦しんだようで、副反応が出なかった人はかなり少ないようでした。
もうこれは覚悟を決めるしかないと思い、ドラッグストアへ行って解熱剤を買ってきました。テレビの影響なのか、アセトアミノフェンの薬は売り切れていましたが、薬剤師さんの話だと、イブプロフェンやロキソプロフェンも効果があるとのことで、眠気を誘わないタイプの薬を選んでもらいました。

薬

それに先立って、ヨドバシカメラで体温計を買いました。東京に引っ越してもうすぐ16年になりますが、風邪もほとんどひかず、今までずっと体温計のない生活をしてきました。
自分の平熱が36.7度ということを初めて知りました。意外に高くて驚きましたが、このくらいが日本人の平均的な体温のようです。

体温計

接種会場の様子

武蔵野市の集団接種会場は全部で3つあります。人口は15万人弱なので、5万人に1か所という割合です。
場所は吉祥寺南町コミュニティセンター、武蔵野総合体育館、市民会館で、それぞれ最寄り駅が吉祥寺、三鷹、武蔵境ですが、体育館は三鷹駅からかなり離れています。
僕は武蔵境が最寄り駅なので市民会館を選びました。自宅から自転車で5~6分のところです。

市民会館の外ではスタッフの人たちが案内していました。予定時刻の直前に到着し、入り口で検温や消毒をしたあとで、係の人に接種券を提示します。このへんは選挙の手続きに似ています。

接種券の確認が終わったら、ロビーに並べられたいすに、到着した順に座っていきます。先客が10人ほどいて、僕の後ろからもどんどんやって来ます。来場者はやはり40~50代ばかりでしたが、2人ほど若い人の姿もありました。武蔵野市の接種スケジュールを見ると、12~18歳の集団接種の予約も40~59歳と同日だったので、運よく予約できた人もいたようです。
武蔵野市では19~39歳の人が集団接種の受け付けが最も遅くて、初回が8月16日でした。

接種の際には問診票が必要で、問診票は接種券に同封されています。きちんと自宅で記入してきました。

前の人から順番に、奥の接種スペースに呼ばれていきます。予防接種なんて小学生以来です。着いてから10分足らずで、僕の番が来ました。

接種

接種スペースは、確か5つくらいの場所に分けられていたと思います。注射を打つ看護師の人と、書類を確認するスタッフの人がいました。完全にパーテーションで仕切られていて、ほかの人たちの様子は見えません。
肩を出して、消毒液を塗られて、注射してもらいます。プロなので手慣れた作業です。筋肉注射は少し痛いと聞いていましたが、ぜんぜんそんなことはなく、ほとんど痛みを感じることなく終わりました。看護師さんの腕がよかったのかもしれません。

接種後、肩にパッチを貼って終了。接種から15分後の時刻を書かれた紙を受け取って、待機室に通されます。急な副反応に備えて、待機室で15分間座って待つことになります。いすは縦に8人分ほど、3列並べられていました。

接種直後はスマホをいじっていたのですが、注射していない方の右手の指先が震える感覚があり、フリック入力がしづらくなりました。やはりワクチンを接種したら無傷ではいられないのかなと思い、スマホを触るのをやめて、座ったままじっと15分が経つのを待ちました。
幸いなことに、その場で体調を崩すようなことはなく、市民会館をあとにしました。ほかの人たちも、変わった様子はなかったようです。

接種後の副反応

「アイソトニック系飲料があるといい」という話があったので、帰りにアクエリアスを買って飲みました。
当時、とある事情で整形外科に通院していて、接種後はまっすぐ家に帰らずに病院へ行き、けがの治療をしていました。病院で測った体温は正常で、頭痛などの症状もありませんでした。接種の直後に感じた指先の震えもなくなっていました。

この日は在宅勤務で、家に帰ってからは仕事をしていました。
副反応は接種してから6時間くらいしてから表れるという話があり、身構えていたのですが、それらしい症状は一切表れませんでした。
体温は平熱で、頭痛や倦怠感もなく、接種した部位の筋肉痛もありませんでした。次の日も健康そのものでした。
ファイザー製ワクチンで、1回めだからということもあるのでしょうが、ここまで何もないと逆に拍子抜けしまいます(もちろん、副反応がないからといってワクチンの効き目がないわけではありません)。

あと「接種後には猛烈にお腹がすく」という体験談も見かけましたが、そういうことも特になく、いつもどおりの食欲でした。

2回めの接種に向けて

2回めの接種は、1回めからちょうど3週間後の9月某日に決まっています。
最近モデルナ製のワクチンに異物が混入していたことが問題になっていますが、ファイザーについては今のところそうした報告はなく、予定どおりワクチンを接種することになりそうです。
次は副反応を警戒して、仕事も調整しておこうと思っています。

需要は一切ないと思いますがDvorak配列のシールを作ったので公開します

2021年7月 5日(月) 00:27 | 日記

(2021/7/8更新 Dvorak配列シールを改良してアップし直しました)

過去にこの日記でも何度か書いていますが、僕はパソコンのキーボード配列を、圧倒的大多数の人が使っているQWERTY配列ではなく、「Dvorak配列」にしています。タイピングのスピードを上げるための試みで、もはやDvorak配列を使っている期間の方が長くなりました。

QWERTYからDvorakに切り替えた15年前の記録もこの日記に残っていました。

さようならQWERTY、こんにちはDvorak
Dvorak奮闘記2日目
Dvorak奮闘記4日目「本気です」
Dvorak奮闘記5~7日目
Dvorak奮闘記18日目「ようやく慣れてきた」

このときにキーボードに貼るDvorak配列用のシールを自作しまして、一時期この日記でPDFファイルを公開していたのですが、あとで考えると使ったフォントとか作成したソフトとかが大人の事情的なことでいろいろまずそうなことに気づいて、公開を取りやめました。
それを、会社のパソコンのキーボードを新調することになり、新しいDvorak配列のシールが必要になったのを機に、あらためて公開しようと思います。
今回のシールの作成にはOpenOffice Drawを使い、フォントはWindowsに入っているものなので、権利的な問題はないはずです(DrawとかPowerPointとかを使っていると、Adobe Illustratorのすぐれた操作性をあらためて思い知ります)。

Dvorak配列シール(通常用)
Dvorak配列シール(テンキー付き)
Dvorak配列シール・元データ(OpenOffice Draw)

画像だとこんな感じです。母音のA、O、E、U、Iが左側の3段めに集中しているのがDvorak配列の最大の特徴で、ローマ字入力の際に母音と子音を交互に打鍵することが多い日本語では、入力がスムーズになります。
QWERTY配列も右下に載せています(ショートカットキーを使うためにCtrlやAltを押したときの挙動はQWERTY配列に準拠するため)。かな入力の表示はスペースがないので割愛しています。

Dvorak配列シール

キー配列は純粋なDvorak配列ではなく、個人的に使わせていただいているこちらのアプリに準拠した配列です。

DvorakJP64のダウンロードリンク(notepad.exe *32)

「DvorakJP」については下記に詳細な説明と、IMEやATOKのローマ字定義ファイルがあります。

DvorakJP

シールは13.5mm四方で作っています。印刷する際はお使いのキーボードのサイズに合わせて、適宜拡大・縮小していただくとよいかと思います。
また、上記の「テンキー付き」は、個人的に使っているマウスコンピューターのノートパソコンでNumRockを有効にしたときのテンキーを表しています。パソコンによってキーの配置は異なると思うので、そこは元データで編集していただければと思います。そもそものキー配列の位置も修正できます(OpenOfficeで作ったファイルですが、LibreOfficeでまともに開くかどうかは未確認です)。

また、いずれのファイルもメタデータは消したつもりですが、間違って個人情報の痕跡が残っていたらご一報いただけるとありがたいです。

東京を歩いて回って48万歩

2021年6月30日(水) 22:55 | 日記

新型コロナウイルスのせいでいろいろなイベントが中止になったり、開催してもいろいろな制限が加わったりするようになって、外へ出かけて体を動かす機会が減ってしまいました。
このままではまずいということで、健康のために「都内の街巡り」をひとりで企画して、ひとりで活動しています。すぐにめんどくさくなって飽きるかなと思っていましたが、意外にもいままで続いています。

これまでは都内の駅を起点にして、線路に沿うように歩くルートを選んでいます。これは急に足が痛くなったりしたときに、すぐに駅へ行って家まで帰れるようにするためです。

以下、ここまでの街巡りの全記録です。
歩数はスタートからゴールまでの道のりだけではなく、スタート地点へ行くまでの道のりや、ゴール後にお店へ寄ったときなどの歩数も含む、その日歩いたすべての記録です。

1月31日 渋谷~自由が丘(1万9355歩)

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自由が丘駅前のシャレオツな街並み。
この日の詳細は過去の日記で書いています。
なんとなく渋谷から自由が丘まで歩いてきた

2月6日 新橋~東京タワー~霞ヶ関~千駄ヶ谷(2万8847歩)

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この日のみ既存の路線沿いに歩くのではなく、不規則なルートにしました。新橋から浜松町を経由して東京タワー、そこから虎ノ門ヒルズへ行って霞ヶ関の官庁街。さらに赤坂御所を経て国立競技場という道のりでした。
東京タワーに初めて登りました。よせばいいのに登りも下りも階段で。この日がいちばん体力を使ったかもしれません。

2月13日 渋谷~二子玉川~溝の口(2万8626歩)

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東急田園都市線の旅。ついに東京を超えて神奈川県まで歩きました。
写真は駒沢オリンピック公園。体育館には「東京オリンピックメモリアルギャラリー」があったのですが、休館日でした。

2月14日 秋葉原~浅草~北千住(2万5615歩)

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3万歩近く歩いた翌日にもチャレンジ。浅草にはたくさんの観光客がいましたが、通行人の「いつもの休日より人が少ない」という会話が聞こえてきました。

2月21日 田無~西武新宿(3万4996歩)

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都心から郊外ではなく、郊外から都心へ向かうルート。西武新宿線の旅です。
1日の歩数では今のところこの日がトップです。高田馬場あたりで足がかなりつらいことになっていました。

2月23日 高田馬場~赤羽~岩淵水門(2万5051歩)

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埼京線の旅。写真の岩淵水門は、赤羽駅の北の赤羽岩淵駅のさらに北にあります。
この水門のそばにある、荒川沿いの茂みは知る人ぞ知る名所らしいですが、わざわざ立ち入ることはしませんでした。

2月28日 品川~京急蒲田(2万3896歩)

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京急本線に沿って蒲田まで。写真は「しながわ水族館」です。
このあと立ち寄った平和島公園の近くの一角も、先ほどの岩淵水門と同じ意味で名所らしいですが、わざわざ立ち入ることはしませんでした。

3月7日 目黒~田園調布~蒲田(2万8217歩)

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東急目黒線と東急多摩川線の旅。写真は田園調布駅です。
東京工業大学にも立ち寄りました。国立大なのにアナーキーな立て看板が見当たりませんでした。

3月14日 狛江~新宿(3万14歩)

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小田急線に沿って、郊外から都心の旅です。
写真は下北沢で、野外で古着を売っているところ。見ていこうと思いましたが、荷物を持って新宿まで歩くのはつらいのでやめました。

3月20日 早稲田~王子~三ノ輪橋(3万1879歩)

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都電荒川線の旅。写真は改装中のあらかわ遊園の観覧車です。
スタート地点は東西線の早稲田駅で、そこから早稲田大学を通って都電の早稲田駅へ行ったのですが、やはり個人的には早稲田大学の雑ぱくな風景の方が、東京工業大学よりしっくりきます。

4月3日 浜松町~天空橋(3万1007歩)

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東京モノレールの路線にそって歩きましたが、昭和島駅から整備場駅へは人間が渡れる橋がなかったので、駅を踏破するには、いったん天空橋の手前あたりから北上して整備場前へ行くという遠回りを強いられることになりました。
羽田空港が近いので、飛行機を0ズレで取りました。

4月18日 渋谷~吉祥寺(3万494歩)

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京王井の頭線。井の頭公園では、このようにベンチや遊具に人が立ち入らないようにしていました。

4月24日 五反田~蒲田(2万5900歩)

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東急池上線の旅。戸越銀座など歩いてきました。写真は洗足池。
東京では緊急事態宣言の直前で、お店でお酒が飲めるのはいったん最後となってしまう週末でした。

5月4日 武蔵大和~国分寺(1万6458歩)

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「都内の街巡り」の舞台は、これまであまり行ったことがない都心の駅が中心でしたが、この日は特別編ということで、ふと思い立って郊外の西武多摩湖線沿線を歩いてみました。

5月30日 三軒茶屋~下高井戸~明大前(1万4710歩)

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前回から時間が空いてしまったので、無理をせず短めの距離を歩くことにしました。東急世田谷線全線と、下高井戸から明大前まで。
写真は松陰神社の松下村塾のレプリカ。過去には山口県萩市の方の松下村塾にも行ったことがあります。

6月12日 保谷~池袋(2万6604歩)

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西武池袋線。江古田の古めかしい街並みを撮ってきました。

6月20日 池袋~和光市(3万396歩)

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前週のゴールだった池袋をスタートに東武東上線を歩き、ゴールは埼玉県の和光市駅。
和光といえば理研。外環道の上に、原子番号113の「ニホニウム」のモニュメントがありました。

6月26日 上野~京成高砂~金町(3万197歩)

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直近の街巡りがこちら。京成本線から京成金町線の旅です。スタートの上野公園ではアイドルのライブをやっていましたが、残念ながらフリーライブではなかったので見られませんでした。
柴又に着いたのが午後5時頃で、帝釈天参道のお店がいっせいに閉まるタイミングでした。残念。

以上の全18回の街巡りで、歩数の合計は48万2262歩となりました。距離に換算すると約360kmで、だいたい東京から名古屋まで。1日平均20キロですから、そんなにたいした運動ではありませんが、これでも1000kcal以上のエネルギーの消費にはなるみたいです。

一方で、都内を360km歩いてもなお、まだまだ知らない場所、行ったことがない街がたくさんあって、東京はどれだけ広いんだよとあらためて思い知らされます。いつか東京から別のところへ引っ越す前に、少しでも多くの街を巡りたいと思っています。

今回載せた写真のほかにも、印象的な写真をたくさん撮影してきたので、機会があれば1日ずつ詳しく紹介していきたいと思います。

「もう誹謗中傷をしない」と言えない心理と「本音至上主義」の考察

2021年5月31日(月) 22:00 | 日記

過去の行いを明確に否定しない態度

なんとも興味深いニュースがありました。

ネット中傷の啓発団体「この指とめよう」小竹代表、自らの暴言ツイートが問題視され謝罪(弁護士ドットコムニュース)

この「この指とめよう」というのは「SNSでの誹謗中傷を減らすことを目標とした一般社団法人」ということなので、その代表者が過去にしていたなかなかにひどい誹謗中傷について、何かしらのメッセージを発することは当然でしょう。
問題は、そのメッセージが適切だったかどうかですが、個人的には適切ではなかったと思います。

過去の行為に対して、本人は「自分の未熟さを後悔し、反省しております」とは語っています。
でも、それだけじゃ足りないんじゃないの?

自分の過去は消せません。反省は今からでもできるかもしれませんが、それより重要なのは「これからどうするのか?」です。
「SNSでの誹謗中傷を減らす」という活動をしているのであれば、今後は自分から誹謗中傷をしないことを誓うのが筋ですよね。
そして、過去の行いに対しては、「あのときの自分の行動と考え方は間違っていた」と、明確に否定すること。
このふたつが最低ラインであろうと思っています。

だけど、この小竹海広という人は、どちらもしていない。
今やるべきことは「猛省を深め」ることではなくて、「もう誹謗中傷をしないという表明と、そのための最大限の努力」だと思うけど、そこを本人は意識的に避けているように見えます。
そして、「反省」「猛省」という抽象的な言葉だけを並べて、「過去の自分を否定すること」も意識的に避けている。
「私は誹謗中傷をしない」「過去に誹謗中傷をした自分は間違っていた」とは言えない。言いたくない理由があるんでしょうね。

他人を傷つけても「本音」を優先したがる利己的な態度

ではなぜ小竹海広という人は、「私は誹謗中傷をしない」と言えないのか。

ここから先は、完全に想像ですが。

ある界隈の人たちの特徴に、「本音で生きることはいいことだ」という価値観があるように思います。
本音を隠すのは、自分にうそをつき、他人にうそをつくことだから良くない。人間は常に正直であるべきだ……。本音至上主義とでもいうのか、とにかく「思ったことを言わないでいること」に耐えられない。言いたいことはがまんせずに言うのが、人としてあるべき姿だと思っている。
だから、悪口であったり、差別であったり、他人の心を傷つけるような言葉でも、「人間は常に正直であるべきだから」という理由で、平気で発してしまう。

たぶん、この小竹海広という人も、「本音で生きたい人」なんだろうと想像します。
自分の思うままに、欲望にあらがうことなく、他人を傷つけるような発言もしてきた。そんな過去の発言が蒸し返されたときに、自分自身の過去を否定することを拒んだ。
彼が頑なに拒んでいるのは、「本音で生きたいという自身の価値観を否定すること」なのでしょう。なんとなくそんな気がします。

そして、未来に対する「誹謗中傷をしない」という誓いも、それが必ず「本音で生きる」という価値観と衝突してしまうと感じて、できなかった。
たとえ誹謗中傷によって誰かを傷つけてしまうとしても、「本音で生きたい」という自分の都合を優先しようとする。しかも、自分が誹謗中傷を受ける側になるのは許せない(だから「この指とめよう」を立ち上げた)。きわめて利己的で、身勝手で、傲慢な態度だと、僕には思えました。

「本音で生きないこと」が誹謗中傷や差別をなくす

誹謗中傷や差別、あるいはいわゆるポリコレのような問題は、「本音」というやつとは相性が悪いものです。

人間として長く生きていれば、「嫌な奴」のひとりやふたりいても当然だし、ある属性の人たちに対して差別的な感情を持つこともあるでしょう。
だけど、その「嫌な奴」に対してSNSなどで不当な攻撃を行えば「誹謗中傷」とみなされるし、差別的な感情を公の場で表明した時点で、それは差別行為です。
そして、どちらも本人にとっては「本音で生きた」結果です。本音を隠すのは嘘をつくことだから良くないと考えて、正直な感情を表明した結果です。

「本音」を大切にする社会では、誹謗中傷や差別が発生しやすくなります。
逆に言えば、誹謗中傷や差別を減らすためには、「本音を隠す」ことが求められます。
「本音で生きたい」という自分勝手な都合のために、関係ない人を傷つけていいはずがありません。

誰かを不当に叩きたい、差別したいといった「本音」があるなら、それを表明せずに隠し続ける、つまり「本音で生きない」ことが、「この指とめよう」という団体が求める「SNSでの誹謗中傷を減らす」ことにつながります。
場合によっては本音を隠すこと、本音で生きないように努めることが、良い社会につながります。

本音で生きないことは、自分を偽ることかもしれませんが、それは決して他人を偽ることではありません。「差別をしたい自分」が本心であっても、他人に見せる顔は「差別をしない自分」であるべきだし、それで誰も困ることはありません。自分がちょっと言いたいことをがまんして抑えて、それで誰も差別されず、傷つく人がいなくなるのなら、それは全面的に良いことです。

「いつでも本音で生きたい」というひとりよがりの欲求を捨てて、他者に危害を与えうるような本音があるならそれを偽って生きることを、すべての差別主義者たちに求めたいと思っています。

「本音」をありがたがるのは、もうやめましょう。

「さびしい」という感覚の欠落

2021年5月30日(日) 21:16 | 日記

足の指を柱にぶつけたり、カッターナイフで間違えて指を切ったりしたときに「痛い」と感じるのは、肉体への衝撃は場合によっては生命の危機に直結するから、それを避けるために備わっている人間の本能です。
同様に、孤独なときに「さびしい」と感じるのも、人間は集団で生きる社会的な存在であり、孤独は場合によっては生命の危機に直結するから、それを避けるために備わっている人間の本能なのかもしれません。もっと言うと、「さびしい」という感情は「種の保存」を実現するための本能でもあるのかもしれません。

その「さびしい」という感情が、いつからかずいぶん鈍ってしまいました。
どうしようもないさびしさを感じた最後の記憶が19歳くらいの頃で、大学生になってひとり暮らしを始めて1年ほど経ったあたりです。週4で時間も長めのアルバイトを入れるなど、環境を変えてさびしさを紛らわせた記憶があります。

2005年の終わりに東京へ引っ越して、学生以来のひとり暮らしを始めて、それからずいぶん経ちましたが、「さびしい」と感じたことはほとんどありません。
いわゆる浮いた話など一切なく、仕事中以外はほぼひとりで過ごしてきたのですが、それでもこの生活が嫌になったりはしませんでした。
たぶんほかの人なら、出会い系のアプリでいい相手を見つけようとしたりして、実際にそれで相手を見つけた人も周りにいたりするのですが、それはきっと「さびしい」というネガティブな感情と、そのネガティブな感情から逃れようとする行動が、結果として自分の幸せにつながったりするわけです(もちろん、うまくいかずに何度もくっついたり離れたりを繰り返す人もいますが)。

「さびしい」という感情や、さびしさを嫌って何かを始めようとする行動力も人間のひとつの才能というか、持って生まれた重要な資質なのかもしれなくて、なぜか自分にはそれが欠落している、もしくはどこかの段階でなくしてしまったのはいったいどうしてなんだろうと、ときどき考えたりします。

もちろん、ひとりで家にいるときにいちいち「さびしい」と感じていたらたいへんなので、いつでも平穏な心でいられるのはありがたいことでもあるのですが、果たして10年後、20年後も(もし生きていたら)同じことを言っていられるのかと思うと少し不安になります。

子供の頃は本当に性格が悪くて(今も決して良くはありません)、他人を怒らせるようなことを言っては殴られて泣かされた思い出があります。
その苦い経験から「思いのままに生きていたら、自分は嫌われる」という自覚に至って、20代になっても対人関係でいろいろ失敗しているので、今も積極的に他人と関わろうとは思えず、「いかにひとりの時間を快適にするか」という考え方で今まで生きてきました。
「さびしい」という感情が薄いことは、悪い性格に生まれてしまった自分への「神様の贈り物」なのかもしれません。性格が悪いうえにさびしがりだと、やたらと他人に絡んではうざがられて敵を増やすばかりのつらい人生になってしまいます。

性格が悪いのなら、せめて他人との関わりを最小限にする。今のところはなんとかそれができています。でも、世の中はひとりでできることには限りがあるし、自分だけがひとりでいることがつらくなる瞬間もありますが、それは仕方ないことです。高望みしないよう、自分を戒めることにします。

長時間歩くと足に魚の目やタコができるのをどうにかしたい

2021年4月29日(木) 23:08 | 日記

1月末にこんなことを書きました。

なんとなく渋谷から自由が丘まで歩いてきた

実はこの後も、日頃の運動不足を解消する目的と、近所だけどほとんど行ったことがない都内の街を歩いて観光気分を味わおうと、週1くらいのペースで長時間の歩行を続けています。
だいたい4時間前後、トイレ以外の休憩はなしで、歩数にして2万~3万歩くらいを一気に歩きます。
直近だと、先週末に「東急池上線の沿線を歩こう」という企画を立てて、ひとりで五反田から蒲田まで歩きました。

洗足池
洗足池は緊急事態宣言の前日なので、ボートは営業していました。

実際にいい運動になるし、東京の街を歩くのは決して退屈しないのですが、毎回困ってしまうのが足の痛みです。
1月に買ったばかりの靴を履いて歩くと、決まって左足の人差し指の付け根あたりに魚の目ができます。最初の2時間くらいは何ともないのですが、それを超えるとだんだん足の裏が痛むようになってきます。

足に魚の目などができる原因は、合わない靴を履いていることだといわれます。靴のサイズと自分の歩き方の問題で、左足の特定の場所によけいな圧力や摩擦が加わってしまうんですかね。
それじゃあ靴を変えてみようということで、先週は古い靴を履いてみたら、左足の魚の目の跡は痛みませんでした。やはり靴の影響は大きいんですね。ただ、そのかわり今度は左足の親指と小指の外側が擦れて痛くなりました。ひもをきつく締めすぎたせいかもしれません。

5時間くらい歩いても魚の目やタコや擦り傷ができないような、自分の足と完全に合う靴があればいいんですけど、こればかりは良さそうな靴を当たりが出るまで試すしかないですかね。

東京は緊急事態宣言が出てしまいましたが、この「東京都内ウォーキング」という試みは電車で移動する以外はひとりで黙って歩くだけなので、安全なレジャーです。