劣等感と承認欲求と権力とモラルと嘘

2019年11月30日(土) 23:59 | 日記

昔から僕は「嘘」が苦手でした。
その場を取り繕うために、いいかっこうをしたいために軽い気持ちで嘘をついたとしても、どこかで必ずつじつまが合わなくなり、最後には嘘がばれて誤りを認めなければならなくなります。嘘をついたぶんだけよけいに信頼を失い、よけいに相手から嫌われるだけなので、だったら最初から正直なことを言った方がましだよねということで、自分は日頃から嘘をつかないようにしています。

自分がそういう態度なので、他人の嘘も苦手です。相手が嘘をつくということは、嘘を言われている自分は悪意を向けられているか、少なくとも舐められている、尊重されていないと判断するので、嘘をつく人間の評価は僕の中では最底辺です。

嘘が嫌いなのはたぶん親の影響だと思います。生まれ持った性格も母親の遺伝があるかもしれないし、母親がそういう態度だったから自分も多大な影響を受けているはず。もしかしたら、ほかの人だったらがまんできるレベルの嘘でも、自分は見逃せなかったりします。

一方で、嘘をつかずに正直でいられるというのは、自分が恵まれている証拠なのかもしれないと思うようになりました。

嘘をつかない、つまり「その場を取り繕う」必要に迫られないというのは、「その場を取り繕わなくても何とかなる」という自信の裏返しであり、その自信の根拠には自分の能力とか人脈とか、何かしらの裏付けがあります。
そうした裏付けを持たない人が、それなりの頻度で自分を取り繕うための嘘をついたりするのかもしれません。
あるいは、今はそれなりに能力があって人脈に恵まれているとしても、過去のある時期に能力のなさを責められ、自尊心を深く傷つけられている人は、時間が経って財や権力を得てもなお過去の劣等感を拭い去れず、行動様式を変えられないというパターンもありそうです。

この劣等感というやつが、場合によっては自分の一生を縛り付けてしまうのかもしれない。

普通の人は、学校の勉強ができなくてもそこまで気に病まないけれど、たとえば父親と祖父が大物政治家という家系に生まれた息子は大きな期待をかけられてしまうから、その息子がもし勉強がまったくできなかったら、少年期から親族からの失望を一身に背負い、大きな劣等感を抱えてしまうことになる。
子供にとっては、たまたま政治家の家系に生まれただけで、ほかの人と違って勝手に期待されて勝手に裏切られて、いい迷惑です。こんな環境では、性格がゆがむなという方が無理な話です。

そんな劣等感にまみれた少年期を過ごした人は、大人になって成功しても劣等感は消えないまま残るだろうし、もし挫折する場面を迎えたら、少年期の悪夢がまたよみがえってくる。これまで自分を慕っていたと思っていた人が離れて、見捨てられて、見下される。最初から低いところにいたら痛くないのに、いったん権力の座についたところからたたき落とされると、かなりショックです。
そんなときでも自分を支えてくれた仲間がいれば、その人たちに対して精神的にすがろうとするのは、人間として自然な欲求だとは思います。

また、「類は友を呼ぶ」とはよく言ったもので、たとえ自分が落ち目になっても支えてくれる人というのは、その人たちもまた同じような劣等感を抱えていたりします。自分と似た境遇だから、同じにおいを感じて、放っておけなくなるのでしょう。そうして傷をなめ合い、おたがいに承認欲求を満たし合うわけです。
そのこと自体は、別に何も悪いことではありません。そこに集まる人々が、社会的にまっとうな人であるならば。

でも世の中そうはうまくいかないわけで、劣等感でつながる人間関係には、高い確率でろくでもない人間が混ざってきます。
でも自分はとにかく心が傷ついていて、慰められたいという思いが強すぎるので、自分を慕って近づいてくる相手がヤクザであろうが詐欺師であろうが、そんなことは二の次です。自分が慕われていること、それだけが重要です。自分のあずかり知らないところでお年寄りを相手にインチキな商品を売りつける会社の社長であろうと、「傷ついた自分の味方になってくれた人」が目の前にいれば、迷わずその肩を持ちます。

詐欺師とつるんでいることを指摘されたときには、自分は知らない、聞いていないなどと平気で嘘をつきます。見ず知らずの知らない人たちに対して嘘をつくことより、自分の味方になってくれた人に迷惑をかけることを拒みます。法律より自分の感情、正義やモラルより身内の論理を迷わずに優先します。なぜならば、自分にとって法律や正義やモラルは劣等感しか与えてくれないけれど、仲間は承認欲求を満たしてくれるから。

たとえ1億人から不誠実だと指を差されても、自分の味方をかばいたい。たとえ国政の最高権力者であろうと、いやむしろ最高権力者だからこそ、劣等感がこじれると、そんなことを平気でやってしまいます。

今でも僕は「嘘」が苦手です。でもそれはきっと嘘そのものというより、自分の承認欲求を満たすためなら他人に対するどんな不誠実な態度もいとわないというあまりにも利己的な生き方が嫌なんだろうなぁと、最近の政治関連のニュースを見ていて思いました。

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