めんどくささの個人差

2014年7月25日(金) 00:43 | 日記

先月末あたりから忙しさとめんどくささがいい具合にブレンドされた生活が続いていまして、日記の更新もずいぶんひさしぶりとなりました。僕は変わらず元気です。

めんどくささといえば、人がある行動を取るときに、その行動に対する精神的な負荷は、たぶん人によってかなり違う。
たとえば「ドアは開けたら必ず閉める」という行動。ある人はほとんど無意識にドアを閉めるだろうし、ある人は意識さえすれば苦もなくドアを閉められる。でも中には、ドアを閉める行為は苦痛を伴い、かなり強い動機づけをしないとできない人もいる。
この違いはおそらく生まれつきのもので、原因を本人の努力ややる気に帰するべきではないと考えます。

その場において必要とされる行動を誰かが怠ったとき、ついつい「なんでこんなこともできないのか」と憤ってしまい、さらには「この人はやる気がないに違いない」「自分はこの人に舐められている」などと相手の心理を決めつけてしまいがちです。
でも、それが成り立つのは「自分の常識」が万人に当てはまるという条件のもと。実際にはそんな現実はありませんし、自分の常識をやたらと他人にあてはめようとする人は間違いなく嫌われます。

自分にとっては取るに足らない行動でも、ある人にとっては極度にめんどくさく、大きなストレスを伴う場合があるということは覚えておきたいものです。
問題は、実際にそうした場面に遭遇したときの対処ですが、その行動が組織にとって必要なら、その人にとってストレスフルだろうがなんだろうが協力してもらうしかないと思います。その際には、相手を怠けているだの舐めてるだのと決めつけて責めたりせず、淡々と行動を促すのがいいんでしょうかね。

どうして急にこんなことを書きたくなったかといえば、こんなことを考えずにいられないような状況に出くわしたから。別にたいしたことでもないのですが、それが具体的に何なのかは伏せておきます。
自分の常識があてはまらない状況ってのは、実際けっこうなストレスになるんですよね。

コメントを投稿

※サーバーの状況によって、投稿完了まで時間がかかることがあります。
※投稿内容がすぐに反映されないことがありますが、ページを再読み込みするとコメントが表示されます。
※入力したURLは公開されますが、メールアドレスは公開されません(管理者に対してのみ通知されます)。