祝春一番2014の思い出

2014年5月31日(土) 13:04 | フォーク

祝春一番2014
5月3日のことなのでずいぶんと時間が経ってしまいましたが、あとで今年の春一番を振り返れるように、あらためてライブのことを書きたいと思います。

春一番ではいつも出演者は事前に公表されるのですが、タイムテーブルは明かされません。まさかオープニングアクトが中川イサトさんなんて思いもしませんでした。
開場と同時に開演するのも春一番ならでは。僕が服部緑地に着いたのは開演10分前で、すでに長い列ができていました。僕が会場に入れたのは、イサトさんが1曲演奏し終わったあとでした。
半世紀近くにわたって、関西フォークを卓越した演奏技術で引っ張ってきたイサトさん。ギターの音色と指の動きは、いつ見てもほれぼれします。

会場を見わたすと、ももいろクローバーZの国立ライブのTシャツを着ているおじさんがいました。まさか本当に国立まで行ったのでしょうか。

続いてはギタリストの押尾コータローさん。プロデューサーの福岡風太さんからは「中川イサトの一番弟子」と紹介されていました。過去にイサトさんのギター教室で学んでいたからですが、本人によると「一番弟子」というわけでもないみたいです。
最近では柏木由紀さんのソロライブでゆきりんとセッションしたりと、いろいろなところで活躍しているのですが、春一にもよく出演します。師匠のイサトさんとのコラボで「その気になれば」も聴かせてくれました。

次は中川五郎さんが率いる「スペシャル・バンド」。五郎さんは1960年代の終わりから、社会に対するメッセージを直接的な言葉で投げかけてきたフォークシンガーで、その姿勢は今も変わりません。
「何が悪い、平和と愛を信じること」と五郎さんは歌いました。歯の浮くようなきれいごとだと思う人もいるかもしれません。僕は不満だらけの現実に迎合するくらいなら、臆面もなくきれいごとを言える人間でありたいと思っています。

このあと、出演者が入れ替わる時間に、風太さんが印象的なことを言っていました。
「こんな自由なライブは大阪しかできない。東京で何度かやろうとしたが、できなかった」
この日も東京からたくさんのミュージシャンが来ていたし、風太さん(と生前のあべのぼるさん)の人脈があれば出演者は集まりそうな気がしますが、出演者と観客とスタッフがゆるくつながれる自由な空間を作るには、東京だとめんどうな制約が多いのかもしれません。楽屋で酒も飲んじゃいけないって言われたら、その時点でアウトでしょうから。

曽我部恵一さんも、春一では何度か見ています。出番のずいぶんあとに、客席でファンのサインに応じたりしていました。

桜川唯丸一座も春一で見るのはたぶん3回め。こういうフォークともロックともまったく違うジャンルの音楽が見られるのも春一のおもしろさ。日によっては漫談や大道芸もあったりします。
江州音頭に乗せてノンストップで踊り続ける若い男性のダンサーが、出番が終わったあとにステージの前でほかのミュージシャンのライブを見ていたのですが、そのうちのひとりが東京女子流のツアーTシャツを着ていました。

出番がない日もいつも客席にいる、春一の最重要人物のひとり、大塚まさじさん。今回は中川イサトさん、大瀧詠一さんを偲んでかナイアガラTシャツを着た村上律さんとのセッションで「ガムをかんで」などを歌いました。
まさじさんは俳優として映画にも出るとのこと。ちょっと興味があります。

風太さんも絶賛するハンバートハンバートは、僕にとってはかなりひさしぶり。ニューアルバムの新曲を中心に数曲。イサトさんとのコラボもありました。

アーリータイムス・ストリングス・バンドはおそらく2009年の「高田渡生誕祭60」で見て以来。長年のフォークファンにとってはおなじみの顔ぶれです。
そのアーリーをしたがえて登場したのは斉藤哲夫さん。こちらも高田渡生誕祭以来です。「僕の古い友達」という懐かしい曲も歌いました。

林亭のふたりは、おなじみの楽曲「夜行列車のブルース」や、高田渡さんの「生活の柄」を歌いました。この日はたくさんの人が渡さんをカバーしていました。もし健在であれば今年65歳。名曲は歌い継がれます。

ここで思いがけないゲストが登場しました。朝野由彦さん。70年代の春一ではおなじみのミュージシャンです。
春一のライブ音源がよかったので、朝野さんのアルバムも買ったのですが、まさか生で歌っている姿を見られる日が来るとは。前年の田中研二さんに続くサプライズでした。
風太さんによれば、70年代の春一ではいとうたかおさん、ダッチャさん、「『風景』を歌ってたの、誰やったかな」といってすぐに思い出せなかった中塚正人さん、そして朝野由彦さんの4人が「しのぎを削っていた」とのこと。春一番のライブ盤をすべて聴いている僕は、もちろん4人の曲はよく知っていますが、こういう裏話は当時をリアルで知らない僕にとっては新鮮でした。
飛び入りということで、歌ったのは「オリオン座」一曲だけでした。風太さんからは「ギターが下手になった」と突っ込まれていました。

続いては佐藤GWAN博さん。出演者の中ではおそらく最年長。林亭の佐久間順平さんとアーリーの竹田裕美子さんを従えて、いつものように立て気味にしたギターを弾いていました。

いとうたかおさんは高田渡さんの「魚つりブルース」、シバさんは「手紙を書こう」、松永希さん(旧姓・宮武)は「いつか」と、高田渡さんの曲を歌っていました。

最後は中川五郎さんが中心となって、全員で「We Shall Overcome」の大合唱。まるで60年代末の反戦フォークみたいなノリに思われそうですが、五郎さんにせよ風太さんにせよ、2011年の原発事故とその後の政府の対応、憎しみを煽り戦争をもいとわない国のトップに対して、怒りを隠すことなく表明しています。
愛とか平和とか「きれいごと」を叫ばずにいられない気持ちは、亡くなった忌野清志郎さんの例を持ち出すまでもなく、表現者として自然な感情だと思うし、僕も強く共感します。
僕が年に一度必ず大阪へ行くのは、おおげさな言い方をすると、ずっと東京にいると薄れてしまいそうな、人として大切な感情を確認するためです。

コメント

かなりの前の記事ですが いま 読ませてもらいました
僕も 行っていましたから よく分かります
ただ 音楽 詳しくないから 参考になります
行ったのが 少しおそくて イサトさん 途中から でした
残念です
最終日も行きましたが 盛り上がりました
天気がよくて 気持ちいい ライヴでした

風太さんはじめ運営の方々もかなりたいへんそうなので、この先どれだけ続くか心配な面もありますが、こういうおもしろいライブは日本中でここしかないので、来年もぜひまた来たいと思っています。

いま通っているヤマハギター教室の先生と ライヴなどの話をするんですが 公演には かなりの経費がかかり まったく 儲からない らしいんです
いま 儲かっているのは AKBくらい だよと おっしゃって いました
運営がしんどいと思いますが 春一番 頑張ってほしいです

ライブは入場料だけでは赤字で、物販で利益を出しているという話はよく聞きますが、春一番は物販もそんなにないうえ、チケットもそれほど高くないので、特に厳しそうな気がします。
何年か前はTシャツを売っていたんですけど、また作ってほしいと思います。

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