嘘と期待と願望

2014年3月31日(月) 23:59 | 日記

嘘を言うのってよくないね。
これから発しようとする言葉が、誰かが聞いたら傷つくような嘘だったとしたら、何も言わずに黙ってた方がいい。
ふとそんなことを考えた3月の終わり。

明日から4月。いつもの電車は新しい人たちであふれる。
これから彼らに向けられる言葉と、彼らに向けられる思いは必ずしも同じじゃない。
「期待」っていうと聞こえはいいけど、その正体はただの「身勝手な願望」だった、ということはよくある。

古い人たちは、自分を過信した方がいい。この仕事は自分だからできる。新しい人が簡単にできることじゃない。それくらいの態度がたぶんちょうどいい。
新しい人たちの中には、仕事がなかなか満足にできない人もいる。でもそれは、その人が手を抜いているとか、やる気がないとは限らない。たぶんそれは、能力が足らないから。

「私ができるんだから、あなたにできないはずがない」
「できないのは、あなたの努力とやる気が足らないからだ」

これは「期待」ではなく、「身勝手な願望」という。
足らないのは、やる気ではなく能力。
そもそも労働者は少しでも楽をしたいと考えるのが自然な姿であって、「やる気」という不自然な感情を相手に求めるからおかしなことになる。「足らない能力」と「楽をしたい気持ち」を出発点にして話を始めないと、ものごとはなかなか前に進まない。
ある段階で「能力が劣っている」ってことに気づけば、そこからはもう過度な期待をしなくなる。逆に、劣っている人に対して自分と同等の能力があるはずだと期待するのは、相手を追い詰めることにしかならない。

嘘を言うのってよくないね。
能力が足りない人に、「やればできるはず」なんて安易に言わない方がいい。その言葉が嘘だとわかったら、何も言わない方がいい。
能力が足りない人に、「やればできるはず」なんて安易に思わない方がいい。その願望は高い確率で裏切られる。でもそれはたぶん、やらなかった結果じゃない。やったけどできなかったという結果だ。最初から期待しなければ、裏切られたなんていう嫌な思いをしなくてすむ。
だから、現実をきちんと見据えて、「ここまではやってもらいたい」と、実現できそうなレベルの少し上くらいを要求するのが理想だと思う。

一方で、「過度な期待」を自ら求める新しい人もいる。
自分に期待してほしいと、やる気を前面に出す若い人。だけど、もしその人に十分な能力が備わってなかったら、古い人は新しい人に、「今のあなたに足りないものは、やる気ではなく能力」と伝えてしまった方がいい。やる気はきちんと評価しつつも、期待は能力に沿ってするべき。

若い頃のことを忘れて、若い人の気持ちに寄り添えなくならないように、自分自身への戒めとしても。
ふとそんなことを考えた3月の終わり。

嘘といえば。
明日は4月1日。嘘をついてもいい日だ。日付はまだ3月31日だけど、待ちきれずに先に嘘を言うことにする。

「僕はブサイクで、笑いのセンスもないモテない男です」

嘘を言うのってよくないね。

コメントを投稿

※サーバーの状況によって、投稿完了まで時間がかかることがあります。
※投稿内容がすぐに反映されないことがありますが、ページを再読み込みするとコメントが表示されます。
※入力したURLは公開されますが、メールアドレスは公開されません(管理者に対してのみ通知されます)。