ひさびさに長すぎる自分語り

2013年7月18日(木) 02:58 | 日記

ここ2年ほどはわりと穏やかに過ごせていたのですが、最近になってまた怒りっぽくなってきたというか、秘められた攻撃性が外へ向くような傾向が見え始めました。
何か気に入らないことがあると、気に入らないという感情を必要以上にアピールしたくなって、ちょっと気を抜いたら感情が外に漏れてしまった、ということが何回かありました。
今のところはほかの人に大きな不快感を与えるようなところまでは至ってないと思いますが、少なくともいい印象は与えていないはずです。

もともとそういう人間だってことは自覚しています。
幼い頃から「思いやりがない」ってたくさんの人から指摘されてきました。
思いやりのなさのために人を傷つけ、その痛みが自分に跳ね返ってきたことを、大人になってからも何度も経験しました。
今では必要以上に人間関係に対して臆病になり、「人を傷つけると自分もつらい。そうならないためには、他人と深く関わらないことしか方法がない」というきわめて後ろ向きな考えのもと、仕事関係以外であまり他人と会ったり話したりしないように過ごしています。
たぶん、多くの人はさびしさから逃れるために、何らかの方法で誰かとつながろうとします。でも僕はひとりでさびしさに適応する生き方を模索し、今ではプライベートで人と会う機会が極端に少なくても、毎日笑って過ごせるような生き方を確立できました。学生の頃のひとり暮らしとは違って、今は夜中に突然さびしくなって人のぬくもりが恋しくなるようなことはまったくありません。それも人としてどうなのかと思わなくもないですが、自分の人間性を受け入れ、適応するために「成長」した結果だと思っています。

ただ困ったことに、周りに人が誰もいない環境で過ごすと、人格のゆがみを見直したり矯正したりする手段がないから、ちょっと気を抜くと生来の気の短さが顔を出してしまいます。何かのきっかけでふと自分の口から汚い言葉が出てしまい、そこでようやく人間性の負の部分がブーストされていた現実に気づくわけです。
自らを律することができないのは自分の甘さですが、現実問題として、一日の半分近くを誰からも干渉されない密室で過ごしていれば、緊張感を持続させるのは難しいものです。

「思いやりがない」のともうひとつ、「自分にとって理不尽なものが許せない」という性格があって、たとえ相手が大企業やヤクザや警察や国家権力でも、お世話になった身近な人でも、間違ったものには絶対に迎合しないという信念があります。最近は平和や人権を脅かすような勢力が増長していたり、誰かを差別したくてたまらないような人間の声がでかくなっていたり、法律を無視して労働者をこき使うような経営者が大手を振って歩いていたりと、自分にとっては理不尽で不愉快なことだらけで、そういう環境が自分の攻撃性を刺激している面はあります。
リアルな人付き合いが少なくて、人間関係でのトラブルや悩みが一切ないから、そういうところに目が行きやすいんですよね。その点においては、今問題になっているレイシストたちと境遇は似ているといえます。

今は自分の攻撃性が極端な形で外に出ることはありませんが、このままあと何年かすると、電車が遅れたときに駅員に食ってかかるおっさんみたいにならないとは限りません。もしかしたら今の時点ですでに、何年か前に比べて目つきや顔つきが悪くなっているかもしれません。まだはっきりとした自覚はないのですが、心が少しずつ荒んでいるんじゃないかという不安はあります。それでも、差別主義者になるほど心が卑しくなることだけはあり得ないと断言できます。僕には「品性が下劣な自分」に耐えられるほどの図太さはないし、下劣さは誰かを不幸にすることはあっても、幸せにすることはあり得ないから。

本音を言うと、「やさしさ」を補充できるような機会がほしいなーって思います。ここまで後ろ向きなことばかり書いてきたので、リアルで会ったことのない人は僕のことをよほど性格が悪い人だと思うかもしれませんが、実際にはそこまで悪くはないです。少なくとも相手をなじったりしないし、間違っても手を出したりしません。わりと紳士的です。いつでも相手の意志を尊重し、おたがいが自由であることを大切にします。相手の行動を束縛するなんてことは絶対にありません。すぐ笑うし、笑わせるのが好きです。笑いのセンスはそこそこあると思います。自分の幸せは周りのみんなの幸せによって成り立つものだと思っています。他人を蹴落とすなんて発想は僕の頭の中には存在しません。人並み程度には心が暖かいと思います。
何をアピールしてるんだあたしは。

昔みたいにすぐにネガティブになって自分を責めたりすることがなくなったのは、精神衛生上はいいことだと思います。ただ、ネガティブな感情が内ではなく外に向くことで、他人に嫌な思いをさせているとしたら、どうにかして直さないといけません。
だからって、理不尽なことに目をつぶり、現実に迎合しようという気はさらさらありません。迎合なんてサルでもできる。理想を捨てた人間はただの肉の塊です。ほらまた攻撃的になってるよ。

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