例外でもないことの例外化と、その背景に迫らない人たち

2012年2月23日(木) 22:33 | 日記

例外が一般化されてしまう風潮

前回の日記で書いたのは、死刑が確定した例の殺人事件が、下記で述べる意味において「例外的」であり、この事件がセンセーショナルに報道されたために、世論が凶悪犯罪の取り締まりや罰則の強化を望むようになりつつあるのを危惧していることです。もし本当に凶悪犯罪が増加していて、それが重大な社会問題になっているのならともかく、そういう現実はないわけですから。

さて、一昨日はこんなニュースが報じられました。これも「例外的」だからこそニュースになったわけですが…。

ワタミ社員の自殺、労災認定 入社2カ月の女性

居酒屋「和民」を展開するワタミフードサービス(東京)の神奈川県横須賀市の店に勤め、入社2カ月で自殺した女性社員(当時26)について、神奈川労災補償保険審査官が労災適用を認める決定をしたことがわかった。横須賀労働基準監督署が労災を認めず、遺族が審査請求していた。
(朝日新聞デジタル)

精神的に追い詰められたときに生じる攻撃的な感情が、自分の外側に向く場合と、内側に向く場合があります。「外側」は当事者の場合と、まったく関係のない第三者の2通りがあります。
このうち最も多いのは感情が「内側」に向くケースで、次に「当事者」、そして最も少ないのが「第三者」です。前者2つはニュースになりにくいのですが、無関係な第三者が殺されるケースは社会に与える影響が大きいため、ニュースとして大きく報じられます。光市の殺人事件や、2008年に起きた秋葉原の無差別殺人は、攻撃的な感情が第三者に向いてしまった最も悲惨な事例といえるでしょう。

上記ニュースで報じられた自ら命を絶ってしまった人も、精神的に追い詰められ、最後は自分自身を攻撃するしかなかったのでしょうか。たまに「死ぬ気になれば何でもできる」などと真顔で言う人がいますが、それは追い詰められた人の気持ちをわかろうとしない、わかりたくない人の言いぐさだと思います。「死ぬことしかできない」という状況に追い込まれる苦しみを、少しでもいいから想像してもらいたい。
僕もえらそうなことを言っておいて、実際に追い詰められた経験はないのですが、苦しんでいる人に対して「苦しいのはあなたが甘えているからだ」と突き放すのではなく、苦しみを取り除いてあげられる存在でいたいと思います。
もっと言えば、女性って男性と同じように働いても給料が不当に安い場合が多くて、有名な大学を卒業しても初任給がバイト以下、みたいなケースを何回か目にしたことがあります。そのことも精神的なプレッシャーの原因になっているとしたら、そういうふざけた仕組みもいいかげんに改められなければいけないと強く思います。

攻撃性が当事者である会社の上司や経営者に向かわず、無関係な人々にも向かわず、自殺という方法で苦しみから逃れる人たち。統計から推測すると、おそらく年間で1万人くらいの人が「外部から与えられた精神的な苦しみに耐えきれなくなって」自殺を選んでいると思われます。それに、年間の自殺者3万人の約半数が該当する「健康問題」についても、その症状がうつ病で、原因が違法な労働環境やいじめ、家庭問題だったりする場合もあると考えるので、間接的な影響を考えると1万人ではすまないかもしれません。もちろんその裏には、自殺までいたらなくても、悩みや苦しみと戦い、攻撃的な衝動をどうにか抑えながら生きている人が何万人、何十万人といることが想像されます。そして、その原因を、決して小さくない割合で「違法な労働環境」が占めているのが現実です。
「自殺」というだけでは大きなニュースにならない。今回のように「労災認定」というレアな条件が加わってようやく、ネットの目立つところで紹介されるニュースとなります。例外的なのは人が亡くなったことではなく、「労災認定」の方です。

事件が例外的であれば、「同様の例外的な境遇に置かれている人が、どうすれば強姦や殺人、自殺をしないですむようになるか」という観点で考えるべきだと思いです。前回書いたとおり、例外をむやみに一般化させてはいけません。一方で、「例外」が一定以上の割合で存在するのであれば、無視するのもよくありません。
悪質な労働基準法違反が背景にある自殺については、その背景こそ報道してほしいし、日本を暮らしやすい世の中にしていくためには、自殺にいたった原因を徹底的に追求するべきだと思うのですが、マスコミが報じたいこと、あるいは視聴者が見たいことは、残念ながらそれとはまるっきり逆なんですよね。みんなが自分自身の問題として、もっと関心を持つべきだと思うのですが。
「違法な労働環境を苦にしての自殺」は、今や「例外的」ですらない、日本社会特有の病理だということは世界からも認められています。労働基準法違反に対する罰則はもっと厳しくすべきだと思いますし、そのために税金を費やして、労働基準監督署の人員を増やしてもいいと思います。それで確実に社会はよくなるはずだから。

ただ実際には、同じ境遇に置かれても自殺しない人の方が圧倒的に多いわけで、その意味では自殺は例外的な事象です。人を殺すのはもっと例外的な事象です。しかし、レアケースだからとその原因を放置しておけば、犠牲者は減りません。
いちばんの問題は「仕事があるだけいいじゃん」「我慢できないなんて甘えだ」なんて本気で考えている人が多いこと。そういう考えが違法なクズ企業をのさばらせて、結果的に自分自身の首を絞めるんですよ。甘えているのは労働者ではなく、ブラック企業の経営者です。経営者が、低賃金と悪条件で働く労働者に甘えているのです。「最近の若い奴はすぐ辞める。甘いんじゃないのか」なんてどの口で言うんだって話です。お前が無能だから社員に見捨てられてるってことに気づけ。
しかも悲しいことに、ブラック企業の従業員自身がそうした考えを持っていることもあります。違法な労働環境に適応している労働者が、適応できない労働者を非難する光景をいろんなところで目にします。よく言われる「奴隷の鎖自慢」ってやつです。僕がかつて務めていた会社もそうでした。働く人間同士でいがみあってどうすんだと、暗い気持ちになりました。
ブラック企業は必要悪ではなく、混じりっけのない「悪」そのものです。存在価値はゴキブリ以下です。一日でも早く根絶やしにすべきです。

光市の殺人事件の犯人が死刑になるなら、労基法違反で従業員を死に追いやった社長も同じ罪に値すると個人的に思っています。ワタミの社長はひとりの従業員を自殺に追いやっただけでなく、何千人という単位で違法かつ暴力的な労働力の搾取をしており、その被害者の中には、健康を害したりうつ病になったりした人も少なくないはずです(調べればいろいろな事例が出てきますし、何より本人が夢だのやりがいだのと言を弄して「労働力と等価の賃金を与えない」という意味のことを宣言しています。ブラックだと思っていないのは本人とその取り巻き、信者だけです)。あの社長は「自殺に見せかけた殺人」と「労働力の強盗」をやって、どや顔で居直っているわけです。殺人と強盗って、刑法ではかなり重い罪なのに。
それに、一部の業界で労働力のダンピングが行われると、めぐりめぐって自分たちの賃金にも影響するわけですから、決して他人ごとではありません。
死刑という刑罰が妥当かどうかは置いておいても(個人的には、死刑はどちらかといえば反対という立場です)、あの社長には元少年と同等か、それより重い刑罰が与えられてしかるべきだと僕は思います。
まあそれは極端な物言いだとしても、悪質な労基法違反の経営者はきちんと「凶悪犯」として扱われるべきだし、労働者の犠牲に立脚しなければ利益を出せないようなビジネスモデルは「欠陥」と評価されるべきで、そんな腐ったビジネスモデルをもてはやす経営者とその取り巻きは「無能」と見なされるべきです。そういう風潮が一般に広がってはじめて、ブラック企業は淘汰されていくと思います。
そのための第一歩として、学校の授業で労働法の精神と実践的な知識を教えるようになればいいと思うんですけど、そういう動きってないんですかね。

自分は、仮に今後どれだけお金持ちになったとしても、違法企業とその経営者を全力で叩き続けます。

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