例外が一般化されてしまう風潮

2012年2月22日(水) 00:33 | 日記

こういう背景があったんですか。恥ずかしながら知りませんでした。

楽なログ : 子供ばかり責められるのはなぜか

これって特殊の中の特殊な例であって、マスコミが必要以上に騒いだりタレント弁護士が必要以上に騒いだり、司法が冷静さを失って暴走したりと、本当にろくでもねえ事例でした。

それとは別に僕が気持ち悪いなと思うのは、こういう特殊な例がああいう形で見世物にされた結果、「少年犯罪は凶悪化している」とか「刑罰を強化すべきだ」「死刑可能な年齢を引き下げるべき」みたいな考えが、議論の対象にすらならないくらいに浸透しつつあることです。
国の統計を見ると、少年犯罪は減少傾向にあるし、殺人や強姦などの凶悪犯罪も減っています。そっちが本当なのに、多くの人が事実とは逆のことを事実だと認識して、その誤った事実に基づいてものごとを考えたり判断したりしているんですよね。

ごくごく一部の特殊な例だけを見て、あたかも全体が悪いかのように錯覚している、あるいは錯覚させられている光景は、凶悪犯罪や少年犯罪だけでなく、いろんな場面で見られます。「給食費の未納」とか、「生活保護の不正受給」とか。そういうところにいちいち腹を立てて、しまいには社会的弱者全体に疑念の目を向けたり、弱者を助けるためのシステム自体を目の敵にする人の姿を見ると、うすら寒い思いがします。
誰とは言わないですが、けっこう身近にそういう人がいましてね。心から失望しました。彼らを叩くことが、目の前にいる僕を叩くこと、そして自分自身を叩くことと同義であることになぜ気づかない。でもこれが平均的なテレビ視聴者の姿なのかもしれません。

そうやって、誤った事実に基づいた誤った認識が世の中の空気を支配してしまうと、本当に困っている人、救われるべき人が救われなくなることを心配してしまいますし、その「救われなくなる人」のグループに自分や、自分の大切な人が入ってしまう懸念は高まるばかりです。
見知らぬ誰かを叩くってことは、見知らぬ誰かに叩かれるのを許容することなんですけど、それで本当にいいんですかね。
そういう殺伐とした世の中にしないためには、影響力のある人とかメディアとかが、間違ったことに対してきちんと「間違っている」と大声で言ってくれることが必要だと思うんですけど、今回の事件に対する報道とか、大阪市の首長に関する一連の報道を見る限りでは、先行きは暗いですよねぇ……。

コメントを投稿

※サーバーの状況によって、投稿完了まで時間がかかることがあります。
※投稿内容がすぐに反映されないことがありますが、ページを再読み込みするとコメントが表示されます。
※入力したURLは公開されますが、メールアドレスは公開されません(管理者に対してのみ通知されます)。