心境

2010年7月15日(木) 01:40 | 日記

ひとつ前の日記を書いた次の日に、たいして詳しくもない政治の話で毒を吐いたところで誰も幸せにならないのに、と軽はずみな行動を少し悔やみました。
前回の日記に補足するとしたら、多くの選挙区で民主党の現実的なオルタナティブが自民党だけだったことが、民主党も自民党も支持しない国民にとって不幸だった、ということです。かつての社会党のような、十分な力を持った革新政党が今の日本には存在しないんですよね。僕も1年前は民主党にそういう役割を期待していたのですが、ふたを開けてみれば自民党とたいして変わらなかったわけですから、民主党に取って代わるべき政党は決して「民主党以上に右巻きの政党」などではなく、「中道もしくは革新政党」でなければいけませんでした。
もし自分の選挙区に支持する政党や候補者がひとりもいなければ、誰に投票しても死に票になります。今回の参院選は、極論すればそういう選挙でした。不幸なのは、民主党と自民党を支持しない有権者全員です。

…そんな感じの冷静な意見が、日曜深夜の段階で書ければよかったのですが、心の中に悪いものがたまっていたのか、つい攻撃的な言葉を吐き出してしまいました。

心のきれいな人になりたい。
でもそれはさすがに望みが高すぎるので、せめて普通に人と接することができるようになりたいです。

他人に対する思いやりや気配り、あるいは他人との共感といった感覚がものすごく鈍いことが根底にあって、それを過剰に意識するために、他人と関わることを避けてしまいます。たとえばライブへ行ったときにたまたま隣になった人に話しかけてみるとか、そういうことができないわけです。共感できないから話が続かないし、相手が何を求めているかを察するのが苦手だから、相手を不快な気持ちにさせてしまうのではないかという不安が常につきまとうのです。逆に僕が話しかけられたときは、人と話すことそのものは好きなので気持ちよく応えるのですが、やはり相手の気持ちをくみ取ることができず、いつも言葉につまってしまい、気まずい思いをしてしまいます。

幼い頃の自分の行動や、それに対する大人からの評価を思い返すと、人間性に問題があるのは生まれつきのことでした。でも若い頃は、それも自分の個性だと信じていました。今思うと、周りの人たちに対してかなり痛い言動や行動を繰り返してきました。特に大学時代なんて、思い出したくないことだらけです。
それを考えれば、自分が若い頃から志していた職種に近い仕事にありつけて、東京でひとりで生活できているだけでもありがたいことです。僕が生きていることを許容してくれている周りの人たちには、いくら感謝しても足りません。
でもその一方で、「生活できているだけ」では満足できないという思いもあります。もう少し幸せになれないものか、とついつい考えてしまいます。

去年は人間性を矯正できそうな機会が何度かあって、勇気を出して踏み出してみたのですが、いずれもうまくいかず、よけいに自信をなくす結果に終わってしまいました。
これまでは「そのうちなんとかなる」などと楽観的に考えていましたが、それも「誰にも受け入れられなかった」という現実の前に崩れてしまいました。
今は、そんな自分の人間性とうまく付き合いながら世の中と折り合いをつけて、笑うことを忘れずに生きていければいい、という心境です。最初に書いたように、普通に人と接することができるようになればいいのですが、それも僕にとっては簡単なことではありません。
みんなと同じようにふるまえないという悲しさ、人に受け入れられない寂しさや不安は死ぬまで消えないと思いますが、後ろ向きに考えても何もいいことはないので、これからもひとりで楽しいことを探し続けていきたいと思います。
この日記も、そんな楽しさがあふれる内容にしたいと思っています。

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