お悩み

2010年4月29日(木) 05:08 | 日記

楽しいことを探しに出かけたり、おもしろいものを見つけてひとりで笑ったり、誰かに伝えたり。そんなことがずいぶんと減りました。
仕事以外で、誰かと話す機会も少なくなりました。
最近、日記を書く回数が減っているのもそういう理由だったりします。

なんだか、自分の存在そのものがフェードアウトしていて、このまま消えていってしまいそうな感覚。
楽しいことは20代までにひととおり終わったから、あとはもうどうでもいいやと思っていた。
でも、やっぱりそれじゃ寂しい、という思いも消えなくて。

僕の場合は人格や性格がものすごく個性的というか、世間一般の基準からすれば「欠陥がある」ということになるんだろうけど、そういうものを抱えている以上、いろいろ難しいんですよね。具体的には「初対面の人とうまく話せない」とか、「他人に気配りができない」とか。だから、ここ5年くらいでいろんな人と会う機会があったけど、ほとんど誰ともいい関係を築けなかった。女性も男性も、年上も年下も同世代も。
20代前半までは若さを言い訳にできたからよかったけど、もうそういうわけにはいかない。

ただ、幸運なことに僕には「めちゃめちゃ学校の勉強ができる」という特異な能力が備わっていた。今僕がこうしてのんびりと生きていられるのも、能力をつぶすことなく、高い学歴を得ることができたから。今の僕の生活をつなぎとめているのは、学歴という過去の財産です。
だから、そんなものが今後もずっと続くとは思えない。

別に何か特別につらいことがあったわけではないです。たとえば失恋したとか、信頼していた人に裏切られたとか。
なのに、今の自分が終わりに向かっている気がするのはなぜだろう。
顔がおっさんの顔になってきたとか、ぜい肉が増えてきたとか、そういう目に見える変化もあるけど、そうじゃなくて、もっと内面的なところで閉塞感を感じています。
人間的な欠陥についてはずいぶん昔から、それこそ子供の頃から意識していたけれど、若い頃は「いずれ矯正されるだろう」とか「欠陥を補うほどの長所があればいい」とか思っていて、実際にそれでどうにかなっていました。だけどここ最近は、やっぱりそれではだめだということを、「誰ともいい関係を築けなかった5年間」という現実によって突きつけられています。
本来ならば、この現実を全面的に受け入れて、そのうえでいかに楽しく生きていくかを考えるべきなのですが、心のどこかで拒絶してしまうんでしょうね。それが最初に書いた「やっぱりそれじゃ寂しいという思い」なんだと思います。
でもきっと、人と同じ幸せを求めても、むなしくなるだけの気がする。自分の性格を矯正できればそれも可能かもしれないけど、そんなの現実的じゃない。

たぶんこのあたりのもやもやした気持ちが、閉塞感の正体なのでしょう。
いったいどうすればいいんでしょうかねぇ…。

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