椛の湖フォークジャンボリーを振り返る・前編

2009年8月 9日(日) 23:09 | フォーク

前日に東京から車で来ていた僕は、8月1日の朝8時に実家を出発し、中津川へと向かいました。
豊田南ICから東海環状自動車道を経由し、中央道の中津川インターで下車。市街地を抜け、国道19号をひたすら北上すると、左手に小さな旗が見えました。フォークジャンボリーが行われる、椛の湖オートキャンプ場への道順を示す旗です。
案内板
このような旗と案内板が、交差点ごとに立てられていました。カーナビのない僕にはとてもありがたいことです。スタッフさん、ありがとうございました。

着いたのは10時過ぎ。開場まで1時間以上あります。駐車場は、会場から最も近い第1駐車場は満車でしたが、そこから少し離れた第2駐車場は空いていました。
スタッフの方に案内され、車を止めて外へ。驚いたのは、ほかのお客さんの荷物。まるでキャンプ場でも行くかのように、大きめのリュックサックやクーラーボックス、折りたたみ型のいすなど、かなり大がかりな荷物を持っています。僕は小さなバッグひとつだけ。なんだか場違いな感じでした。
行列
会場はそれほど遠くないのですが、駐車場からバスが出ているので乗ることにしました。
降りたのは会場の入り口から離れた行列の最後尾。並んでいる人たちはみんな50代かそれ以上の世代で、30代以下はほとんどいません。
行列の様子を、東海テレビのカメラが撮っていました。テレビ局の人が僕の前で、お客さんにインタビューをしていました。そうしたらお客さんが盛り上がっちゃって、「私の青春の歌です」なんて言って、五つの赤い風船の「遠い世界に」を歌い出しました。周りの人たちも乗ってしまい、みんなで合唱。インタビューを受けたおじさんが、西岡たかしさんに倣って歌詞の先読みをしたり。これが70年代だったら、みんな絶叫して大合唱になったんでしょうね。

会場からは、早川義夫さんの歌声が聞こえてきました。ジャックス時代の曲でした。リハーサルなのかCDの音なのか判別がつきませんでしたが、周りのお客さんが無反応なのが意外でした。リアルタイムのフォークファンには、ジャックスはやはり異端だったのでしょうか。僕のように、「フォーク以降の歴史」といっしょにフォークを知った人にとっては、ジャックスは当時の最重要バンドのひとつなんですけどね。
ペンダント
開場は11時の予定でしたが、30分繰り上がることになりました。
僕が会場に入ったのは11時40分ごろ。入場券と引き替えに、木製のペンダントを受け取ります。
メインステージ
メインステージの前には、ビールのケースに木の板を置いただけの客席。ステージはすべて手作りです。
客席の後ろには屋台が並んでいます。焼きそばやお好み焼き、ホットドッグ、焼き魚などが売られています。Tシャツも売られていましたが、開演前にソールドアウト。僕も記念に2枚買ったのですが、Mサイズなので少しきつそうです。
サブステージ
奥の方にはサブステージ。ここでは主にアマチュアの人が演奏します。
サブステージの裏で売られていた「あじめカレー」を食べたのですが、これがなかなかおいしかったです。
全日本フォークジャンボリー資料館
さらに奥に行くと、「全日本フォークジャンボリー資料館」と書かれた小屋がありました。
椛の湖では過去3回、1969年から71年までフォークジャンボリーが行われました。小屋の外には当時使われたPOPが展示されていて、中には当時の写真が飾られていました。
テレビでは、70年の第2回フォークジャンボリーの記録映画がビデオで放映されていました。20代の小室等さんや及川恒平さん、四角佳子さんが「ゲンシバクダンの歌」を歌っていました。
この映像、YouTubeにもありました。当時の中津川の様子が分かる、貴重な映像です。
小室等と六文銭 - ゲンシバクダンの歌@中津川

そして、当日の日記(フォークジャンボリーの会場から)でも書きましたが、資料館にはバラーズの皆様も来られていました。
フォークジャンボリーのブログ(’09 椛の湖 FOLK JAMBOREE)に、資料館の3人の写真が載っていますが、この撮影のあとに少しだけごあいさつさせていただきました。

会場には東海テレビとNHKのカメラ。後で聞いたのですが、このフォークジャンボリーは、NHKでドキュメンタリーとして放送されたそうで。もしかしたら、僕もテレビに映っていたかもしれません。
当日は雨の予報でしたが、ここまで心配された雨は降らず、12時の開演を迎えました。

コメント

おけいさんと青木まり子さんと茶木みやこさんを追っかけ前日大阪を夜7時の電車に乗り坂下駅に11時すぎの最終で降りました。
タクシーという手もあるましたが、ここは雨が小降りだったので12時前に歩くことに。5キロの山道は曲がりくねって暗い中不安でしたがセンターラインを目印に携帯の地図で確かめながら約2時間後、やっとキャンプ場の管理棟横に着きました。さすがに前日到着の関西の知り合いもテントで寝ていたようです。2時に着いて3時にもう一人4時にもう一人あとは夜明けを待って続々と。
開場前に様子を見に来られた中川イサトさんからあいさつを受け、まずはほっと。雨は以前、大分の九州フォークジャンボリーで台風接近の豪雨の中見たので気持ちが切れなければなんとかなると思ってました。
ところでカレーを作っていた奥さんは名古屋のライブ仲間です。わたしもいただきました。

もっと晴れていたら、というのはぜいたくかな。
結局、中津川行きのバスで帰ったので土着民以下の3組は見られませんでした。この続きは来年1月の名古屋うりんこ劇場ふぉーくちゃんぽりーで。
バタバタしていたので、碧南の六文銭以来の書き込みで申し訳ございませんでした。来月は曙橋で六文銭、横浜で及川恒平さんのライブに参加します。
衛星放送の番組も仲間に録画を依頼しました。
お疲れさまでした。お元気で。それでは失礼します。

深夜に坂下駅から歩かれたんですか!
2時に着いたということは、9時間近く待ったわけですよね…。恐れ入ります。
前日に雨が降らなくてよかったです。当日は本当にものすごい天気になってしまいましたが…。
本当にお疲れさまでした。

コメントを投稿

※サーバーの状況によって、投稿完了まで時間がかかることがあります。
※投稿内容がすぐに反映されないことがありますが、ページを再読み込みするとコメントが表示されます。
※入力したURLは公開されますが、メールアドレスは公開されません(管理者に対してのみ通知されます)。