5年前に仕事を辞めた理由と、その後のこと

2009年6月10日(水) 02:37 | 日記

なんとなく、僕が過去に仕事を辞めたときのことと、辞めた後にしばらく無職だったときのこと、再就職したときのことを書こうと思います。

■少ない給料と長すぎる労働時間

僕はかつて名古屋で風俗誌の編集者として働いていました。勤務先は出版社で、最初から正社員でした。
入社したのは2000年の8月。まだ23歳でした。入社時の給料は、最初の3か月は研修期間ということで月給15万円。その後は16万円になり、毎年少しずつ昇給して、辞める直前の2004年初頭の月給は19万7000円でした。もちろん、すべて手取りではなく総額です。実際に銀行に振り込まれるお金は、ここから保険や税金などが引かれた額となります。
ボーナスは年2回ありましたが、1回あたりの額は1か月分に満たず、2回合わせても1.5か月分程度でした。
しかも、こんな安い給料なのに、月平均320時間ほど働いていました。時給換算すると600円を切ります。悲惨というほかありません。

■なぜ、そんな仕事を4年近く続けたか

もともと編集者やライターになりたいという思いがあって、大学を出てしばらくはフリーライターのようなことをしていたのですが、金銭面で厳しくなりました。そんな折り、正社員で編集者になれる仕事を求人誌で見つけました。編集者としてのキャリアを積むことができて、しかも生活もそれなりに安定するということで、たとえそれが風俗情報誌であっても、迷うことなく働くことを決めました。
しかし、先に書いたとおり、給与も労働時間も悲惨なものでした。それでも、最低3年は経験を積まないと次のチャンスをつかめないと思い、覚悟を決めて働き続けました。
ただ、こういう仕事は誰でもできるものではなく、すぐに辞める人も少なくありませんでした。曲がりなりにもこの仕事を続けられたのは、雑誌の編集という仕事に対して、ある程度の適性があったということでしょう。

■だんだん気持ちが切れてきた

キャリアを積むという目的がほぼ達成された3年めの後半あたりから、仕事に対するモチベーションが低下していきました。その最大の理由は待遇面です。長時間ぶっ続けで働いて、短時間で膨大なページ数を制作しているのにも関わらず、もらえる給料はわずか。その雑誌は当時かなりの利益をあげていたはずなのですが、社員には全く還元されない。だんだん、自分のしていることがばかばかしくなってきました。
そんなある日、肉体的にも精神的にも疲れ果てた僕は、帰宅途中の深夜3時に、車で交通事故を起こしてしまいました。左からトラックが来ていたのにそれを確認できず、道に飛び出してしまい、激突。車の左側のドアが全壊しました。トラックを見落とすなんて、よほど弱っていたのでしょう。この事故をきっかけに、「もうこんな仕事は続けられない」という思いがますます強くなりました。
この頃、雑誌の制作でも立て続けに大きなミスをしました。仕事に対する緊張感は完全になくなっていました。

■上司の人間性に失望

いつだったか、僕の後輩が仕事中に社用車で交通事故を起こしました。事故の一報が入ったときの営業部トップの対応が、今でも忘れられません。
まだどんな事故かも分からない状況で、その上司は事故を起こした社員を案じるどころか、「何をやってるんだ」と怒り出したのです。
人の心配すらできない上司の人間性に失望するとともに、このまま働き続けると自分も同じような人間になるかもしれないと思い、怖くなりました。

■労働基準監督署に訴えたのに…

始業時間が決まっていて、遅刻5回以上で罰金5000円などとふざけたことを言うくせに、残業代は1円も出ないという矛盾。だったら遅刻という概念があること自体おかしいだろう、そもそも残業代を出さないのは労働基準法に違反していると、怒りをぶつけた先は労働基準監督署でした。
貴重な土曜日の休みをつぶして、名古屋市内にある労働基準監督署へ。僕が悲惨な現状を訴えて、返ってきた答えは「仕事があるからいい。今はリストラで職を失う人が急増していて、そちらの対応に追われている」。時は2003年夏、日本はまだ不況にあえいでいました。そう言われて、引き下がるしかありませんでした。

■労働組合を作ろうと思って挫折、そして退社

自分たちの権利は自分たちで勝ち取るしかない、労働組合を作るぞと同僚に吹聴していたのは2003年も終わりのこと。実際に労働基準法などの法律を読んだり、労働組合についてもいろいろ調べたりしたのですが、組合を作るのに必要な手続きがけっこう大変なことが分かり、挫折しました。1日13時間以上働きながら、そうした活動を行うのは物理的にも精神的にも無理でした。
これ以上ここにいても、得られるものよりも失うものの方がはるかに大きい。2004年2月に会社を辞めることを伝え、翌3月、逃げるように会社を去りました。
当時、僕は実家から会社に通っていたため、低賃金でしたが少しばかり貯金がありました。だから、会社を辞めることには何の抵抗もありませんでした。

■しばらく、何もする気が起きなかった

3月で会社を辞めて、次の仕事に就いたのは5か月後の8月でした。
あの仕事をしながら就職活動をするのは、精神的にとても不可能でした。それどころか、過酷な環境で長く働きすぎたせいで、見えない精神的な疲れがかなりたまっていて、もう一度働こうと思える精神状態になるまで時間がかかりました。もちろん、実家暮らしで生活費がほとんどかからなかったから言えたことであって、その点で僕はかなり恵まれていました。
不思議なもので、いざ暇になると何もする気が起きなくなるものです。たとえば遠くへ旅行に行くとか、長期休暇でなければできないことをしなければもったいないのに、だらだらと家で寝ていたり、ゲーセンに入り浸ったりする毎日でした。
旅行のようなレジャーは、仕事の疲れやストレスを解消するためにするものであって、ストレスがない暇な人間にはレジャーすら必要ないってことなんだな、ということを実感しました。

■重い腰を上げて就職活動をスタート

仕事を辞めて2か月あまりが経った6月に、実家の近くにある会社へ面接に行きました。
前の仕事ではスーツなんて着たことが一度もなかったため、あわててスーツを買いに行きました。
まともな企業のまともな面接は初めての経験。甘い気持ちで面接に臨んだ自分が恥ずかしくなるような面接で、結果は不採用でした。
その後、愛知県内の某制作会社に面接に行きましたが、やはり不採用。ひとりかふたりの募集で何十人も応募するわけですから、競争率も何十倍。簡単には雇ってくれません。
ただ、この時点でもまだ「真剣に仕事を探そう」という気持ちではなく、どこか雇ってくれたらいいなぁ、という甘い考えでした。そうこうしているうちに、少ない貯金がだんだん底をつこうとしていたので、徐々に焦りが出てきました。
7月にはいくつかの転職サイトに登録し、2社からスカウトのメールが来ました。最初に行ったところは名古屋の有名な出版社でしたが、面接で落とされてしまいました。次に行ったのが愛知県内の某ショップで、通信販売事業を新たに立ち上げるという仕事でした。相手はこちらのプロフィール、特に学歴(京都大学卒)に注目したようで、ぜひ採用したいとのこと。編集とは全く異なる仕事でしたが、なんとなく面白そうだったし、給料も前の仕事より5万円ほど高かったので、ここに決めることにしました。

■新しい仕事は長続きしませんでした

2004年8月に始めた通販事業の仕事ですが、2005年10月で辞めることになりました。
通販はウェブサイトを通じて行うことになり、いちおう僕が「店長」という立場で、サイトの運営や制作、お客さんへの対応、商品の仕入れや配送といった業務を行っていました。ただし、店の運営は決してうまくいったとは言えず、売り上げが少ないためにボーナスが大幅にカットされるなど、つらい状況が続きました。
何より、「モノを売る」という仕事が僕には向いていないようでした。仕事の拘束時間は前職より短かったのですが、精神的な重圧は前職以上でした。
1年あまりで辞めてしまったものの、ウェブサイトを制作するスキルが得られたことと、商品を売ることの難しさや売る人の気持ちを理解できたことは大きかったと思います。
その後は2005年11月に東京に引っ越して、今度は真面目に就職活動をした結果、年末に某制作会社に拾ってもらい、2006年1月からそこで働いています。

■当時を振り返ってみると…

風俗誌の編集者をしていた頃は、とにかく余裕がありませんでした。休みはただ寝るだけ。たくさんの友達と疎遠になったりもしました。今みたいにたまにライブを見に行ったり、旅行に出かけたりするようになったのは、東京に引っ越してからのことです。疎遠になった何人かの友達とも、僕が東京に来てから連絡を取り合うようになりました。
編集者としてのキャリアを手に入れた代償は、決して小さくありませんでした。それでも、得られたものも少なくありません。何より、普通に就職して普通に一般企業に勤めている人たちとは全く異なる経験をしてきました。それが何の役に立つか、実際に役に立っているかどうかはなんともいえませんが、少なくとも僕がこうして日記を書いていられるのも、日曜日に井の頭公園をのんびり散歩していられるのも、あのときいろいろとがんばったからなんだろうなぁ、と思います。

■昔も今も、恵まれているんだと思う

かつて務めていた会社では恨みとストレスを抱えっぱなしだったり、最近では1月から4月頃にかけて精神的にひどく落ち込んでいたりと、ネガティブな気分になることが多かったのですが、それでも2000年夏以降は、金銭的にピンチになったり、けがや病気でリタイアしたこともなく、これまで大きな危機を迎えることはありませんでした。
家庭の事情で何かをあきらめなければいけない人や、子供を養わなければいけない人、あるいは借金を背負ってしまっている人…。昨年秋以来の不況を背景に、本当に苦しんでいる人はたくさんいるはずです。それにひきかえ、自分は何も背負っていない自由な人間。今のところは仕事そのものにこれといった不満もなく、すぐに解雇される可能性もきわめて低い。なのに、なぜネガティブになる必要があるのか。悩んでいる自分が、時々情けなくなります。
だけど、幸せとか不幸なんて相対的なもので、自分自身の過去との落差で決まるものだから、ほかの人と比べたところで意味はありません。極端な話、「自分がつらいと思ったらつらい」ということです。すぐ横で、もっとつらい目に遭っている人が笑っていたとしても。
逆に言えば、「自分が楽しいと思ったら楽しい」ということだから、どんな状況でも楽しいことを見つけられるよう、なるべく笑うことを心がけていれば、今後もそれなりに楽しんでいけるのかな、と思ったりします。振り返ってみると、かつての悲惨な労働環境の中でも、編集の現場は笑いであふれていました。
さっきも録画した「アイドリング!!!」を見て、ひとりで笑っていました。きっと、毎日たくさん笑うことができれば、あまりお金がなくても幸せになれるような気がします。

コメント

あなただけ今晩は。

日記拝見いたしました。やはり編集者という仕事は労働環境が厳しいのですね。貴重な体験談有難うございました。
わたしもライターになりたいと思っています。しかし現実的には経済的、体力的に厳しいらしいことは推測できます。わたしも転職を考えているのですが、やはり出版業界はよした方がいいのでしょうか?悩んでいます。

井の頭公園、もしかして吉祥寺周辺にお住いなのでしょうか?実はわたしもそうです。

コメントありがとうございます。
自分も武蔵野市内に住んでいるのですが、井の頭公園からはちょっと離れています。駅で言うと武蔵境が最寄りです。

出版業界は、確かに昔と比べると厳しいと思います。書籍や雑誌が売れなくなっている背景があって、ライターなど外注先の1本あたりのギャラもかなり安くなっています。
そうした中でフリーで食べていくとしたら、やはり「専門分野に特化」か「ほかの人にはない取材源や情報源を持つ」、このいずれかが必要かと思います。テクニックはその次です。「いかに質の高い一次情報を提供できるか」、昔も今もこれに尽きると思います。

会社勤めの場合は、ごく一部の大手などを除くと、程度の差はありますがだいたいブラックと考えていいかと思います。そこは「経験を積むため」と割り切って、嫌になったら後ろ足で砂をかけて逃げ出すくらいでいいかと思います。
ただ、ある程度以上の実力と自信があればそれなりに続けられる職業で、先に書いたような「価値のある一次情報に当たれる」という武器があれば、大金持ちになれることはないにしても、人並み以上の生活はできるのではないかと思っています。

再び今晩は。

コメントへの返事をどうも有難うございます。

 「専門分野に特化」「価値のある一次情報に当たれる」というアドバイスはなるほど大変参考になりました。

 実は私、現在転職活動中の身です。つい数日前にアニメーション制作会社の制作進行職を辞しました。この日記にある編集者の仕事内容・労働環境とかなり似たような仕事でした。一日の平均拘束時間は約13時間30分、週の合計労働時間は平均75時間というなかなかタフな仕事でした。「正社員」なのに国民健康保険と国民年金を自分で払わなければならないというかなりグレーな職場でした。(私が働いていた会社はそれなりに名前の通った業界でも中堅に属するアニメ制作会社であったにも関わらずです。しかもその他のほとんどのアニメの制作進行職が「業務委託」というなんとも怪しげな雇用形態なんです・・・。)

名古屋市内にある労働基準監督署へ。僕が悲惨な現状を訴えて、返ってきた答えは「仕事があるからいい。今はリストラで職を失う人が急増していて、そちらの対応に追われている」

日記にこのように書かれていますが、これは本当に愕然としますね。公の監視体制が機能していないのですね、きっと。また業種に対する偏見もあったのでしょうか?


 編集の仕事も転職活動の選択肢にはしているものの、「憧れ」で入ってしまうとまた”痛い目”に遭いそうなので慎重に検討中です。私もフォーキーさんのこのページを参考にブログで文章を書いて腕試しをしていこうと思っていたりします。

ご存じならばアドバイス頂ければありがたいのですが、

①紙の媒体(雑誌、単行本、新書など)でのライターの執筆料とネット上で記事を書くときの執筆料はどちらが高いのでしょうか?

②雑誌や本など紙の出版部数は減っていると聞きますが、その分ネット上で内容の濃い文章が掲載されているような印象を個人的には感じています。そういう意味ではライターの活躍の場の絶対数は減っていないような気がするのですが、実際のところ中からみてどうなのでしょうか?

長々と書き込みすみませんでした。

お返事が遅くなり、申し訳ございません。
ものすごい職場ですね…。従業員にここまで働いてもらわないと回らないようなビジネスだとしたら、経営者がとんでもない無能か、そもそもビジネスモデルそのものが破綻しているのか、あるいはその両方でしょうね。
アニメ業界の労働環境についてはネットでよく目にするのですが、噂どおりなんですね。
ある産業で従事している人がまともに生活できないとしたら、そんな産業はなくなればいいと思います。サービスを享受する人が幸せになっても、そこで働く人が不幸だったら何の意味もないですから。「すき家」のゼンショーなんてその典型だと思います。
日本でも「業種別労働組合」が広まればいいのに、と思います。それと、この日記でも過去に何回か書いていますが、日本でも労働争議がもっとカジュアルなものになって、みんなが気軽に行動を起こすことで、腐った経営者が生きられない健全な世の中になってほしいと思っています。
それと、労基署の人員を増やして、労基法違反の会社や経営者を、どんな小さい会社でも徹底的に叩いてもらいたい。それが実現できるのなら、増税だって受け入れます。

1つめのご質問に関して、自分の狭い経験からお話しします。
今から12年前に、雑誌協会に加入している某雑誌の原稿を書いたときに、そのギャラは400字あたり3万~4万円でした。内容は「事件」の取材。雑誌協会に加入していない雑誌の同様の原稿は、ギャラはその半分程度でした。今ではもう少し安いかもしれません。
あと、サブカル(音楽や映画、ゲーム、アニメなど)やグルメ、旅行などは原稿料が安い傾向があるみたいです。
ネットについては、僕の直近の仕事で「2000文字程度で12万円」というのがありました。クライアントは誰もが知ってる超有名メディアで、内容は専門性が高く、普通のライターでは書けないような内容です。そう考えると、そこまで大きくないメディアのそこまで専門性の高くない記事の執筆料は、400字あたり数千円というレベルと思われます。

2つめのご質問については、自分は限られた世界しか知らないので、正確なことは存じ上げません。ただ、現状でも紙媒体で仕事をもらえないと、十分なお金を得ることは難しいみたいです。確かにネット上にはすぐれた記事や読ませる力がある文章が以前より増えていると思いますが、それが即座にお金に結びつくかというと、どうやらそうでもないみたいです。
自分の会社でも、以前よりウェブ関連の仕事は増えていますが、やはり実入りが多いのは紙媒体の仕事だったりします。

今後ライターとして活躍するためには、現実的にはどこかの会社に属するか、あるいは複数人でチームを組むことが求められると思います。仕事を発注する側としては、やはり個人よりチームの方が信頼感があって、発注しやすいですから。

このコメントがお役に立てるか心許ないですが、ノラさんの今後のご活躍をお祈りします。

上のコメントで訂正があります。「2000文字程度で12万円」ではなく「15万円」が正確な数字でした。
ただ、この中からインタビューの対象者への取材謝礼と、カメラマンの撮影費を支払うため、実質的には「400文字あたり約1万5千円」という単価になってしまいます。
これがフリーのライターであればそんなに悪くないかもしれませんが、会社組織だとなかなかつらいものがあります。
そして言うまでもなく、「誰もが知っている有名メディア」でない媒体の場合は、単価がもっと安くなると思われます。

どこの馬の骨かも分からない私にお忙しい中お返事有難うございます!

具体的な数字と補足・訂正までいただき、感謝しております。

以前と比べ単価が下がったとはいえ、現在でもまだ紙媒体の方が収入になるようですね。大変参考になりました!撮影費と取材謝礼も差し引くと半分以下に減ってしまう・・・。なるほど、生々しい情報ですね・・・。

フリーランスの方はアルバイトと二足の草鞋も珍しくないというのがこの数字から容易に推し量ることができます。

「憧れ」の業界はどこも似たような状況なのですね。しかも情報が閉じていて分かりにくいことが多いのも共通している。

「業種別労働組合」が広まることには私も賛成です。アメリカはその結束力と影響力も大変強く、抜け駆けも絶対に許さないと聞きます。

労働問題は今や限られた業界の話ではなく、日本社会全体の問題になってきているような気がします。とはいえ「空気を読む」ことが得意な日本人に未だに権利意識が低いことも問題ですね。「自分勝手」と「意見をはっきり述べる」ことが混同されやすいというか。ヨーロッパやアメリカでは弛まぬ努力によって権利を勝ち取るという意識が強いと聞いたことがあります。正しい知識を弱い立場の者同士で共有し、協力していきたいですね。インターネットがその橋渡しになればいいと常々思っています。

ありがとうございました!

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