1969京都フォーク・キャンプ

2009年5月 2日(土) 16:42 | フォーク

さっきの日記をなんとなく「新幹線はうんと速い」というタイトルにしたら、ひさびさにこの曲が聴きたくなったので、家から持ってきたiPodで、「1969京都フォーク・キャンプ」を新幹線の中で聴いていました。

「なれあいシンガーズ」のメンバーだった藤村直樹さんは4月の「高田渡生誕会」にも出演していて、その前には去年10月に京都で行われたバラーズのコンサートでも、オートハープを演奏しながら歌っていました。
藤村さんが高田渡さんの主治医だったことも、なれあいシンガーズのメンバーだったことも生誕会で初めて知りました。なぎら健壱さんが「この方は昔、なれあいシンガーズで『新幹線はうんと速い』というフォーク史上最高にくだらない曲を歌っていたんですよ」というようなことを言っていました。
藤村さんの音源は、フォーク・キャンプのほかに「関西フォークの歴史」というアルバムに入っている「町工場のブルース」という曲も持っています。

1969年当時、高田渡さんは20歳。早川義夫さんや遠藤賢司さんも22歳そこそこで、友部正人さんや西岡恭蔵さんにいたってはまだ10代でした。そんな若者が「自衛隊に入ろう」だの「ちょっとそこ行く夜の蝶々」だの、今の若者の感性ではとうていありえないような歌を歌っていました。そういう時代だったからと簡単に切り捨てることのできない大きな力が、関西フォークにはありました。
僕が19歳の頃にそうした歌に魅了されたのも、「同じ年代の若者なのにすさまじいメッセージと表現力」を感じたからでした。
昔の歌と今の若者の歌を比べることには全く意味はありませんが、ファンのひとりとして、今の若者にも当時の歌と、関西フォークを作った人たちのことを少しでも知ってもらいたいと思う、JR東海道線の電車に揺られる僕です。

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