ブログは「精神的な成長を阻害する」そうです

2008年12月14日(日) 13:31 | 日記

法政大学教授で教育評論家の尾木直樹さんという方が、仙台で行われた教職員組合の講演でこんなことを話したそうです。

尾木教授は、インターネット機能付きの携帯を持つことで人への不信感が強くなるなど「基本的な人間関係の構築ができなくなる」と指摘。ブログについても「思春期に自分を客観的に見つめる本来の日記と違い、読む人を考えて自分を演じることになる。精神的な成長を阻害することだ」と危険性を訴えた。(アサヒコム)

ネット機能付きの携帯はどうなんでしょうね。パソコンのインターネットなら、小学生でも簡単な操作であんなものやこんなものまで見られるわけですから、パソコンよりはるかに機能のしょぼい携帯のネット機能を取り上げたところで、そんなに意味がないような気もします。

それより、問題は後半部分です。
ブログについて「読む人を考えて自分を演じる」ことが「精神的な成長を阻害する」とありますが、自分を演じることは、自分を客観的に見つめて、さらに客観的な視点を積み上げるという、すごく創造的な行為だと思うんですけどね。
「本来の日記」を書くのはあまりにも簡単です。ブログでもmixiの日記でも、他人に読まれることを考えているとは思えないような文章がそこらじゅうに落ちています。そんな日記であっても、「自分を客観的に見つめる」という手順を経て書かれています。少なくとも、過去の行為を頭の中で反復することは確実に行われています。
そこに「どう表現したら伝わりやすくなるか」「どうすれば面白くなるか」「そもそも読者はどんな日記を求めているか」などの視点を加えることで初めて、日記という表現を通じて「自分を演じる」ことが成立します。「自分を客観的に見つめる」ことが阻害されるどころか、ただ日記を書くよりはるかに広い視点からの客観性が要求されるわけですから、これを定期的に続ければ、「本来の日記」より何倍も「精神的な成長」に貢献しそうなものです。
仮に自分の経験ではないフィクションによって、本来の自分よりかっこいい人間を演じて他人の気を惹こうとする場合でも、その中身がどこかからのコピペではなく、書き手のオリジナルの文章であれば同じことです。

もっとも、この日記も読む人のことを考えながら書いているつもりですが、これを書いている本人の「精神的な成長」がどうだったのかを考えると、この教授が言ったことは、実は的を射ているのかもしれませんが。

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