新聞や雑誌に自分の文章が載るということ

2008年12月 3日(水) 02:04 | 日記

12月2日付けの某全国紙のある記事広告に、小さなスペースですが、僕が書いた文章が掲載されました。
その前の日曜日にも、某紙の記事広告で、僕が文章を書いたインタビュー記事が、わりと大きなスペースで掲載されました。
それが僕の仕事なので、いまさら何を思うこともありません。ただ、何ごともなく無事に掲載されてよかった、ということだけです。
でも、10年前の僕にとっては、自分の書いた文章が紙媒体で活字になること、それがたくさんの人に読まれることが、大げさにいえば僕の夢でした。

僕の文章が初めて商業誌に載ったのが、今から9年以上前の1999年のこと。そのときは、自分の文章が有名な雑誌に載るということだけで舞い上がってしまい、掲載紙をまともに見ることすらできませんでした。そのくらい、雑誌に文章が載るということは、当時の僕にとって特別なことでした。

しかし、その1年後の2000年に名古屋の出版社に就職したことで、雑誌に載るというハードルがずいぶんと低くなってしまいました。隔週誌で、僕が担当するページが毎回10ページ以上、しかも時間がない中で書き殴った文章がそのまま活字になってしまったわけですから、ありがたみも何もありませんでした。
もちろん、全国で10万部以上発行している実話系週刊誌と、東海地方のみで数万部の雑誌、しかも風俗情報誌と比較するのは乱暴な話だと思います。それでも、自分の文章が載った雑誌が書店やコンビニに並べられることの意味が、僕の中で軽くなってしまったのは事実です。

今の仕事は2006年1月に始めました。媒体は新聞や雑誌の広告、あるいは企業のPR誌のようなものがメインとなりましたが、不特定多数の人たちの目に触れるという意味では、かつての風俗誌以上に、1998年当時の僕が目指していたものに近いといえます。
ところが、いくら全国紙に僕の文章が載っても、昔のような感慨はほとんど得られませんでした。
載ったのが純粋な記事ではなくて広告だったから、というのも理由だと思いますが、それだけではないような気がします。
紙媒体を介さずに、不特定多数の人に対して自由に情報を発信できる場所、つまりこの日記が存在するせいなのか。
あるいは、出版業界で何年も働いたことで、感覚が鈍ってしまっただけなのか。

もうすぐ発売される、ある有名な週刊誌に、ある有名なエコノミストのインタビュー記事が載ります。
広告扱いとはいえ、僕が書いた文章がほぼ100%そのままの形で載るので、いつもの記事広告より達成感があります。きっと、たくさんの人があの記事を読んで、よくも悪くもその内容に影響されることでしょう。

仕事で文章を書くときも、この日記も、目的は「人の心を動かすこと」にあります。直接話さなくても、文字だけで見知らぬ人に思いを伝えられるのが、文章のいいところです。それが楽しいからこういう仕事をしているわけだし、プライベートでもウェブ日記を書き続けているわけです。

コメントを投稿

※サーバーの状況によって、投稿完了まで時間がかかることがあります。
※投稿内容がすぐに反映されないことがありますが、ページを再読み込みするとコメントが表示されます。
※入力したURLは公開されますが、メールアドレスは公開されません(管理者に対してのみ通知されます)。