反社会的行動は社会全体で排除すべき

2008年7月25日(金) 01:44 | 日記

7月24日、時事通信のニュースより。

さいたま市の路上でたばこの煙を嫌がるそぶりを見せた同市の男子大学生(23)の顔を殴り、鼻の骨を折る重傷を負わせたとして、埼玉県警浦和署が同市のアルバイトの男(22)を傷害の現行犯で逮捕していたことが23日、分かった。
男は「(学生の)そぶりに腹がたった」と供述しているという。
調べによると、男は22日午後9時50分ごろ、さいたま市南区別所の路上で喫煙していたところ、通りかかった「嫌煙派」の大学生が自分の顔の前で手を振り、煙を払ったのを見て立腹。大学生ともみ合いになり、顔を殴った。
大学生が「知らない男に顔を殴られて鼻血が出た」と110番。駆け付けた同署員が男を逮捕した。

僕も、被害者の大学生と同じようなことをよくやります。いつ逆ギレされて殴られても不思議ではありません。
実際に、数日前にはこんなこともありました。
中野駅のホームの喫煙エリアではないところで、堂々とたばこを吸っていたスーツ姿の中年の男がいました。
腹が立ったので、その男を「汚物を見るような目」でにらみながら、ホームの端へと歩いていきました。
するとその男、たばこを吸い終わると、ゆっくりと僕の方に向かってきました。何か言うのかと思ったら何も言わず、ただ僕をにらむだけでした。
僕はこれ以上男に関わりたくないので、何も言わずにそそくさとその場を離れました。電車が来たので乗り込みました。男は、これ以上僕を追うことはしませんでした。

「喫煙が許されない場所でたばこを吸う人間」が心底嫌いなのです。
本来ならばたばこの煙が存在しない場所で、あの不快な煙を吸わされることには、ものすごく腹が立ちます。
でも、もっと腹が立つのは「反社会的行為だと知っていながら、あえてその行為を行う自分勝手さ」です。中野駅にはホームの端に喫煙所があるというのに、たった100mほど歩くことすらせず、人前で堂々とたばこの煙をまき散らす無神経さ、あるいは傍若無人さを見ると、「汚物以下の最低な人間だな」と思わずにいられなくなるわけです。

ところで、このように思うのは何も僕だけではないはずです。
しかし、ホームの様子を見ると、みんな男を避けるように、無関心を装っている。
そりゃ誰だって見ず知らずの他人にわざわざ関わりたくありません。一歩間違えば、件の大学生のように痛い目に遭うこともあります。「君子危うきに近寄らず」「触らぬ神に祟りなし」という通り、放っておくのが大人の対応だといえます。
しかし、本当にそれでいいのでしょうか?

迷惑行為を誰もとがめなければ、その行為をする人間は「ここなら大丈夫だ」と思い、何度もその行為を繰り返すようになるでしょう。すると、周囲の人間もそれに触発されて、同様の行為をする人間が増えてしまいます。
放っておけば、迷惑行為による損害が拡大します。結果として、無関心を装う人たち自身の首を絞めることになります。
こうした負の連鎖を断ち切るために、迷惑行為を放置するのではなく、「実際に迷惑がる」ことが必要だと思うのです。

本来なら、誰かが口頭で注意するのが最も効果的ですが、身の危険を考えるとあまりにもリスクの高い行為です。だから、なるべくリスクの低い方法で、迷惑行為をする人間に「迷惑だという感情」や「不快感」、あるいは「怒り」を伝えるべきだと思います。
僕の場合は、5m以上離れた場所からにらむ、あるいは舌打ちするという、かなり陰険な方法を選んでいます。よほどひどい場合は、携帯電話であからさまに写真を撮ったりもします。そして、時々日記にアップしたりもします。もちろん、該当者がこの日記を読むはずはないのですが、たまたまこの日記を読んだ人が「喫煙禁止区域でたばこを吸うことで、ここまで腹を立てている人もいるんだ」ということを知ってくれれば、それでいいと思っています。
要は、相手に「その行為によって不快だと感じる人がいる」ことを伝えるのが目的です。
たばこにしても、電車内での音漏れや携帯電話の着信音にしても、誰も反応しなければ、図に乗ってマナー違反の行動をエスカレートさせるだけです。
だから、誰かが反応する必要があると思うわけです。

少し前に、中央線の車内にものすごくひどい高校生がいました。
どれだけ音を大きくしたらそんなに音が漏れるのか、というくらいの大音量で音楽を聴き、携帯電話もマナーモードにせず、けたたましい音でメールを着信する。何より、本人はそのことを全く気にするそぶりも見せず、当然のように我が物顔でふるまっている。
不快そうな顔をしていたのは僕だけでした。あとはみんな知らん顔。

「子供だから仕方ない」といって放っておいたら、そのまま大人になってしまうだけです。
そういうバカな大人ばかりの社会なんて嫌です。
だから、バカを見つけたらすぐに、バカにはバカであることを自覚させるように働きかけなければいけません。
健全な社会を望むなら、社会をよくするように行動するのは、社会の構成員としての務めだと思います。
反社会的行動を放っておいたら、社会はどんどん反社会的な方向へと傾いていきます。だから、こうした行動は社会全体で排除するよう、僕らひとりひとりが自覚を持つ必要があると思います。
「不快そうな顔をする」だけでも、何もしないよりはずっとましだと思います。僕はこれからも、殴られない程度に反社会的な行動を非難し続けます。

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