川田亜子さんの自殺に思う

2008年5月27日(火) 01:45 | 日記

イメージが大切な芸能人にとって、自らのブログに後ろ向きなことを書くのは、多くの場合その人にとってマイナスになります。
極端に言えば、楽しいことや面白いこと、あるいは自分をよく見せることだけを書けばいい。時々ネガティブなことを書くのは、「本音を語って好感度アップ」という効果を狙うため。ポジティブな本音は語っても、ネガティブな本音は語らない。それが芸能人のブログのあるべき姿だといえます。
実際に、多くの芸能人はそうしていると思います。でもみんな、本当はつらいこと、腹の立つこと、いろいろな悩みを抱えているはずです。
不特定多数の人の前に自らの姿をさらし、不特定多数の人に絶えず厳しく評価される仕事。浮き沈みの激しい芸能界。そのプレッシャーやストレスは、我々会社員の比ではないと思います。
きっと、そうした悩みは身近な人に相談したり、あるいは別の方法で発散させたりして、どうにかやり過ごしながら、僕らの前ではいつも明るく元気な姿を見せてくれる。仕事の一環としてのブログも、悩んでいるそぶりは見せず、元気な自分を演じる。それが芸能人の仕事なのでしょう。

時々、日記で後ろ向きなことを書きます。
僕は有名人ではないので、仮にこの日記で僕に対するネガティブなイメージを読者の方に与えたとしても、そのことが直接的に僕の仕事や生活に関わるわけではありません。だから、気兼ねなく自由な日記を書けます。
でも、本当は僕だって、楽しいことや面白いことだけを書きたい。「フォーキーさんって、いつもポジティブで面白くて素敵ね」と思われたい。読んで気が重くなるようなことは、できれば書きたくない。
じゃあ、なぜそんなことを書くのか?
ここのほかに、悩みを打ち明ける場所がないからです。話し相手がいないからです。

仲のいい友達がいたり、愛し合う恋人や妻がいたりすれば、状況も変わっていたでしょう。
僕の場合、この日記を書き始めたのは2004年の春ですが、最初の1年くらいはほとんどネガティブなことは書いてないと思います。以前は、何でも話せる相手がいたのです。
それが、2005年あたりから、自虐的というか、自分自身を攻撃するような言葉をつづった日記が少しずつ増えてきます。

昔から、つまらないことで悩んでいました。
もう10年以上前のことですが、ある仲のよかった女性に対して、悩んでいることを話しました。
「それで、結局どうしたいの?」と、煙たがられるだけでした。悩みの解決に向かわないような会話は、無駄だからと嫌われました。
そんなことが何回かありました。
その人と楽しくやっていくために、つまらない悩みは、自分の心の中に押し込むことにしました。

それから数年後。かつてのナイーブさはなくなって、悩みを打ち明けるときも、「こんなことを言ったら相手はどう思うだろうか」ということを絶えず想像しながら、ある程度は相手を嫌な気持ちにさせないように話せるようになりました。
当時の話し相手は、以前の相手とは違って、僕の話を聞いてくれました。それから何年かは、変な悩みを抱えることなく過ごすことができました。

話し相手がいなくなった現在は、今日のこの日記のように、心の中にあるもやもやしたものを時々吐き出してやらないと、気持ちが詰まってしまいます。大げさに言うなら、悩みや愚痴やネガティブな言葉を読むに堪えるレベルに加工して(加工したつもりが、読むに堪えない内容のままのことも多いですが)、インターネットで全世界に叫ぶことで、心の平静を保っています。
本来ならこんなことをせずに、自分の心の中だけで悩みを消化すべきなのでしょうが、この年齢になってもまだナイーブさが抜け切れていないようです。
とはいっても、別にこれといって大きな悩みや大きな問題を抱えているわけではないので、基本的にはそれなりに楽しく過ごしているつもりです。

芸能界に身を置く人が、毎日のように後ろ向きのことを日記に書くなんて、相当つらかったのでしょう。
話し相手もいなかったんだと思います。
実際、そこそこ仲のいい相手に対して、簡単に悩みを打ち明けたりすることはできません。「こんな重い話をしたら、相手は迷惑だろう」という気づかいがどうしても生まれます。
あるいは恋人がいたところで、それほど仲がよくなかったら、十数年前の僕みたいに重い話をすること自体がはばかられることになると思います。
僕なんかよりはるかに厳しい仕事で、しかも会社員からフリーになったばかり。亡くなった直接のきっかけが何だったのかは推測の域を出ませんが、女性にとって極めてつらい経験をしたとも言われています。
誰にも打ち明けられず、追いつめられて、最後には自分を攻撃して、自分を消してしまう。
ブログでつらい心境を打ち明ける前に、話せる相手がいれば、そんな最悪の事態は免れたかもしれません。

仮に今後、僕が独立してフリーになったら。
仕事を得るために、何か大きなものを犠牲にしたり、何かつらい現実を受け入れる必要が出てくるかもしれません。
そのときに、周りに話し相手がいなかったら。ひとりで悩みを抱えることになったら。
僕は、生きていけるのでしょうか。

この話題に触れるべきか、やめておくべきか迷いましたが、今日考えたことを文字にして残しておこうと思い、書くことにしました。

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