音楽と文章

2008年2月18日(月) 03:10 | 日記

とあるライブを見に行きました。
「自分の知り合いがライブハウスで演奏する」という経験自体が初めてで、どんな気持ちになるのかと思っていたら、普通に演奏がうまかったので、普通に客として楽しむことができました。
呼んでいただいて、ありがとうございました。

それにしても、ライブを見るたびに思います。楽器ができる人っていいなぁ、と。
自分も、何かの楽器を人前で演奏できるくらいの腕前があれば、実際にライブに出るかどうかは別として、生きることがもう少し楽しくなるんだろうな、なんて考えたりします。

何かを表現して、不特定多数の人に見てもらいたいという気持ち。僕の場合はそれが「文章」でした。
1999年、大学を卒業して最初の定職が「フリーライター」でした。
あれから9年近くが経ち、最近になってようやく「自分の署名が入った原稿を不特定多数の人に読んでもらえる」という機会が生まれました。不特定多数といっても、「金融業界の限られた専門家」という狭い範囲ではありますが、それでも僕の名前が載った僕の文章は、おそらく数千人の目に触れたと思います。
こうして、高校生の頃からのひとつの目標が、達成できました。

「自分の表現をたくさんの人に見てもらいたい」という気持ちは、ひとつの承認欲求の表れだと思います。
自意識過剰で、かつ友達が少ない僕みたいな人間は、「誰かに認められたい」という気持ちを自分の周辺ではなく、もっと遠いところに求めてみたりします。
その意味でライターという仕事は、そうした欲求を満たしつつ、生活の手段にもなるという、一石二鳥の仕事です。たとえ収入が多くなくても、それを補う要素がこの仕事にはあったりします。だから、面倒くさいし時間がかかるし神経がすり減るわりに実にならない仕事を、ずっと前から続けてこられたわけです。
逆にいえば、友人関係に恵まれているうえに自意識過剰でも何でもない人は、ライターや編集者には向かないような気がします。

知らない人の前で歌を歌ったり楽器を弾いたりするのは、多くの人にとってはかなりハードルが高いことだと思います。テクニック的なこともそうだし、それ以前に「自分を不特定多数の前にさらけ出して、直接的な評価の対象にされる」ことに耐えられる人は、そんなに多くない気がします。
それができるのは、恥ずかしさなどの感情より大きな「自分を表現したい」「承認されたい」という欲求がある人に限られるのではないかと想像します。
もしそうだとしたら、自分もその気持ちはよく分かるので、表現のための手段である音楽のテクニックを持つ人を、僕はとてもうらやましく思うわけです。

ステージでいい音楽を楽しそうに聴かせてくれる人がいれば、ステージの下にいる僕らもいい気分になれます。いい気分になった僕らの姿を見て、ステージの上の人たちは承認欲求が満たされます。
僕が仕事で書いた文章や、プライベートで書いた日記が、誰かの心を動かすことができれば、こんなにうれしいことはありません。
そうやって、送り手も受け手もみんなが楽しくなって、いい気分になればいい。
有名なミュージシャンの人が「世界平和」なんて言葉を使ったりするけど、あれは決して絵空事じゃないと思う。
だって、感動を与える人も受け取る人もいなくなったら、世の中は悲惨なことになりますよ。
自分の幸せと、自分と関わる何人かの幸せを真剣に考えて、何かを発したり訴えたりするだけでも、いろいろなことが好転するような気がします。

酔っぱらっているせいもあって、考えがまとまらず、何を書いているのか分からなくなってきたので、今日はそろそろ寝ます。

コメント

ありがとうございました。
お礼が遅くなってしまって・・・というのも翌日体調を崩し、仕事にも行けずひたすら寝込んでいました。
力を使い切ってしまったようです。

聞きに来てくれただけでも嬉しいのに、こうやってブログに取り上げてくれるなんてめちゃくちゃ嬉しいです。楽しんでくれたなんて私感動して涙でそうですよ~~~ホントにホントにありがとうございます。

私はしゃべるのも好きですが、それは決して自己表現の手段ではなく、やはりフォーキーさんにとって文章であるように、私は音楽以外何物でもないと思うのです。
私は文章で自己表現が出来る人がとてもうらやましいです。お互いないものねだりなんですかね。たまたま私が音楽でフォーキーさんが文章。

家で1人弾くのも嫌いではないけど、人に見られることの緊張感は快感で、日常生活では決して味わうことの出来ない高揚感があります。
私のプレイはもしかしたら自己満足で聴いてる人には空虚な物に思われるかもしれないけど、もしほんの一瞬でも心を響かすことが出来たら、耳を傾けてもらえたら本当に私は幸せだと感じるのです。ライブにかける労力は結構大変だったりするのですが、それ以上のものを得られます。

必死に音楽をやって何になりたいの?なんて問う人も居るけれど、目的動向じゃなく自分に素直にやりたい事をやれるって何よりも価値のある事の一つだと思います。フォーキーさんも私もそういうものを持っているので私たちは凄く幸せ者ですね!!!

ロックの曲が好きだったという頂いたコメントでちょっとビックリしました。
フォーキーさんの子犬のような表情から意外だと感じたのです(^^)

おやすみなさい★

こ、子犬ですか(笑)。
でも自分の場合、いつどこへ行っても、何が起きてもたぶん同じような表情をしているので、心を読むのは難しいと思います。「そんなの誰も読みたくねーよ」と、言われる前に自分で言っておきます(笑)。

とっちらかった内容の日記にレスしていただいて、僕もうれしいです。
何かを表現することの直接の目的は「自分が気分よくなりたいから」なんだけど、そこにはやっぱり相手がいて、その人たちが何かを感じてもらえたら、単なる自己満足を超えた、もっと大きなものが得られるんですよね。
別に、その先に別の目的、たとえば「表現を手段としてお金を稼ぎたい」とか「有名になりたい」とかがあるわけではなくて(全くないわけではありませんが)、「自分が楽しいと思えることをして、それで誰かが楽しいと思ってくれればもっとうれしい」という、すごく単純なこと。
仕事の場合はお金がからむので、100%思い通りに行くことはあり得ませんが、せめてそのうちの20%くらいは自己満足と、誰かの満足を追求するようにしています。
そのためにはやっぱり、どうしても最低限のテクニックが必要で、その上に自分の思いを乗せるイメージ。完全に自己満足の世界だけど、たとえば文章だったら、「誰かにいいね」と言われたら、「ああ、自分の思いが伝わったんだ」と勝手に解釈してしまう。そんなくらいでいいような気がします。

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