成人の日

2008年1月15日(火) 00:51 | 日記

もう日付が変わってしまいましたが、今日は成人の日でした。
この3連休はあまりの寒さに家に閉じこもっていましたが、今日はちょっとドライブに出かけました。
稲城の鶴川街道から多摩ニュータウン方面に抜ける道がつながっていたことに驚きつつ、鎌倉街道経由で相模原へ。あまり人の歩かないような道ばかり走ってきましたが、ところどころで晴れ着姿の女の子を見かけました。

僕が成人式に出たのは、今から11年も前のことです。
当時は京都市内に住む学生で、成人式のために愛知県に里帰りしました。
ひさびさに会う同じ中学の友人たちは、相変わらずやんちゃで元気でした。昔からおとなしかった僕は高校、大学と進むにつれておとなしさに磨きがかかっていたため、宴会場でのハイテンションなノリに取り残されていました。
自分のことをおとなしいと評したわりには、その後何回か引っ越したり、何回か職を変えたりして、しかもわざわざ妙な職業を選んだりして、かなり好き勝手やってきました。
おととしの夏、成人式から約10年後に同窓会があり、当時の友人たちと再開するわけですが、彼らの10年前では考えられないくらいの落ち着きっぷりに驚きました。昔はヤンキーで鳴らした人たちも世帯を持って、子供がいたりして。
かたやそのころの僕は、思いつきで東京に引っ越して1年近く、相も変わらず編集者というよくわからない職業で、世帯を持つわけでもない。勝手気ままな29歳。
いつの間にか、僕の方がうわついた大人になっていました。
10年も経つと、いろんなことが変わります。時間は僕らを待ってくれません。

ひさびさの国道16号は、3連休の最終日の夜ということですいていました。
特に目的があって出かけたわけではないのですが、せっかくここまで来たので、八王子のとあるラーメン屋に寄ることにしました。ずいぶん前に行列ができていたのを見て、以前から気になっていた店です。
駐車場がないので、ちょっと離れた駐車スペースに車を止めて、歩いて店まで行きます。

今年成人式を迎える人たちは1987年生まれ。ということは、その親は1960年前後に生まれたことになります。
物心ついたころには学生運動は終結。オイルショックで高度成長期が終わり、「モーレツからビューティフルへ」の時代に多感な少年時代を過ごしているわけです。
ひと世代前の「俺たちが世界を変える」という気概はどこにもなく、最初から「かっこよさ」を追求する世代。
20代がちょうど1980年代に重なり、バブル時代を最もいいときに体験できた世代。
ちょうど「W浅野」と同世代ですね。そう言ってわかっていただけるのは27歳より上の方だと思いますが。
そんな80年代の血と汗と涙が染みついた親のもとに生まれた子供は、物心ついたときにはバブルが崩壊。モーレツでもビューティフルでもない「失われた十年」に、多感な少年時代を過ごしています。
バブルの絶頂期と、リストラの恐怖におびえる90年代との落差に肩を落とす親。そんな背中を見て育てば、「いい学校を出てもあまり意味がない」「将来が不安だ」と思うのも無理はないでしょう。
それでも、たぶん就職には困らないんだろうな。僕らのときは大変だったのに。だから、みんな簡単に辞めてしまう。将来に大きな夢や希望がなければ、どうしても目先のことを優先してしまう。
新入社員をどう育てて、優秀な人材をどうやって辞めさせないようにするか、今の経営者はひと昔前よりずっと苦労していると思います。
まあ時代によって形は変わっても、20歳そこそこの若者はみんな好き勝手に生きるものです。30歳くらいになると、たいていの人は放っておいてもどこかに落ち着きます。だから我々大人は、彼らを変に縛り付けようとせずに、暖かく見守るくらいがちょうどいいと思います。

ラーメン屋は、ひとつだけ席が空いていました。しばらく待ち、出されたラーメンを一気に食べます。
行列にだまされた気分です。
まあ、どんな味かわかっただけでも収穫です。
車の中でひとりで歌を歌いながら、甲州街道を走ります。八王子から自宅までは、夜なので1時間もかかりませんでした。

あと1か月と少しで31歳になってしまいます。
こんなに未熟な人間なのに、否応なしに年齢を重ねてしまうことがとても不安な今日このごろです。

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