今日も帰りは遅めです

2007年11月 1日(木) 00:50 | 日記


他人の信用を失ったら、行き着く先は死です。
個体としての生命なら生き延びる方法があっても、社会的に死んでまで生きたいとは思えません。

今のところは問題は起きていないし、現状については隠すことなく報告しているので、仮に何か起きたら周りの人が必死にフォローして、どうにかするんだと思います。
不安な点がいくつかあって、そのうちいくつかは自分ひとりで制御できないことだったりしますが、いずれにせよ問題が起きれば、最終的に責任を問われるのは僕です。問題が起きれば、信用が失墜することは避けられません。
そうなった場合にどうするかを考えるより、今は目の前の問題を解決することが先決です。

4年前の2003年秋。仕事で立て続けに問題を起こしました。今みたいに問題回避のために必死になる間もなく、突然に、しかし必然的にそれはやってきました。
超長時間労働と劣悪な待遇、あり得ないくらいに安い賃金。労働力と賃金の非等価交換。搾取に次ぐ搾取。我慢はとっくに限界を超えていました。モチベーションは最低。単純な人為ミスも止められる状況ではありませんでした。

今は当時とは違います。それなりにお金をもらって、相応の責任もあります。だからこんな夜遅くまで、問題を回避するために、そして僕に関わるすべての人が幸せになれるように、僕なりに対処しているわけです。
もしそれが失敗すれば、僕にはそれだけの能力がなかったことになるし、僕の能力を信用したすべての人を裏切ることになるわけです。
そうなると、預金残高が大変なことになっている僕には一大事なわけです。
すんなりと別の仕事に就ければいいのですが、世の中は僕のような能力の低い人間に対して寛容ではありません。

いくら鈍感な僕でも、さすがに危機感があります。やっぱり死ぬのは嫌です。まだ心の準備ができていません。
4年前と違い、何ひとつ言い訳のできない状況。でも、今生きている大人たちのほとんどは、そんな場面でも言い訳をせず乗り越えてきたわけです。
ネットの日記にこんなことを書く時点ですでに負けている気がしますが、ほかにぶつける場所がどこにもないので勘弁してください。こんなことはとても他人には話せないし。せめて文字にすることで、相手の時間を完全に拘束することなく、でも同じように悩んでいる誰かの心に響いたらいいなぁ、なんて思ったりする精神のきわめて弱い大人が携帯電話で日記を書いています。

生きる動機を失いつつある今日このごろ。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

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