僕がドジな理由は、生きることに真剣でないか、そもそも人としての能力が低いか、あるいはその両方だ

2007年9月25日(火) 13:38 | 日記

仕事で使う交通費のため、スイカに5000円チャージすることになっていました。
それでさっき、5000円をチャージしてきたのですが、間違えて個人用のスイカにチャージしてしまいました。

普段は2枚のスイカを使い分けています。1枚は定期とプライベート用、もう1枚は仕事用です。本来なら仕事用のスイカにチャージすべきところを、会社に置いたまま出かけてしまい、間違えて普段使う方のスイカに5000円を入れてしまったというわけです。
仕事用のスイカにはあらためて5000円チャージしますが、プライベート用のスイカの分は自分で使うことになります。別に損したわけではないのですが、普段はあまり電車に乗ることがなく、定期の区間外ではたまに新宿へ行く程度なので、5000円を使い切るのはかなり先のことになりそうです。武蔵境のリトルマーメイドでパンを買うという手もありますが。
どちらにしても、不本意な間違いであることは事実です。

一見すると「ちょっとしたドジ」という程度の話ですが、僕はこうした失敗にこそ、人間の本質が表れると思っています。
人として大切な何かが欠けていたから、その欠落部分がひとつの現象となって現れたと思います。
その「欠落」とは、自分が普段から問題意識を持っている事柄だと思います。タイトルに書いた通りです。

まあ人間誰しも何かしら欠けているところはあるわけで、人の価値は「何が欠けているか」ではなく「何ができるか」によって判断されるものです。とはいえ、何もできない僕の場合、人として欠けている大切なものをどうにかするのが先だったりするわけで。
まず直すべきなのはそんなネガティブ思考だと言われそうですが、無能で欠落の大きい自分を肯定できるほどあつかましくなるのは無理です。
とりあえず、このだらしない体をどうにかすることから始めようかなぁ。欠点をひとつでも減らしていかないと、そろそろ取り返しのつかないことになるので。
自分への戒めとして、この日記を書き残したいと思います。

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