なぜ、生きているのか?

2007年5月30日(水) 01:21 | 日記

なぜ、僕は自殺しなかったのか?
なぜ、あなたは自殺しなかったのか?

なぜ、僕は生きているのか?
なぜ、あなたは生きているのか?

人はひとりでは生きられません。
たくさんの人との関わりの中で生きています。
周りの人から「お前は生きてもいいよ」という承認を得ることで、生きる理由を与えられています。
他人に対して裏切りや不誠実を繰り返せば、生きることへの承認が得られない代わりに、社会から拒絶されます。

その意味で子供はつらいと思います。承認を得るための場所は、家庭と学校というきわめて閉鎖的な社会に限られる場合がほとんど。そこで承認を得られず、拒絶されることが苦しくないはずはありません。
社会から拒絶される理由を自ら作った元農相と、理不尽な理由で拒絶されてしまった子供は、同じ自殺でもその意味は全く異なります。

今、僕がこうして生きているのは、周りの人の善意により生きることの承認を得られていることと、そのための最低限の責任を果たしていることが理由だと思います。
努力をしてもなかなか社会の承認を得られない、ワーキングプアのような人もいます。その一方で、人の善意を平気で踏みにじるような人間もいます。
前者が正しく報われて、後者は容赦なく切り捨てることが「平等」だと思うし、そういう社会になってほしいと思っています。

僕が、あなたが、なぜ生きていられるか。
その意味を深く考えれば、簡単に他人の邪魔をしたり裏切ったりできないはずだと思います。
それでも邪魔をしたり裏切ったりする人間は、自分で自分の命の価値を落としているのだと思います。そういう命と、真面目に毎日を生きている人の命は、決して等価ではないと、僕は思っています。

そう考えると、僕自身の命もぎりぎりの承認の上にようやく成り立っている、決して重くないものだといえます。ひとたび崩れれば、もう生きていられない。このごろよく考えるのは「自分は40歳になっても生きていられるのか?」ということ。そんな心配をする前に、それなりの行動を起こせよと言われそうですが、心配するだけして何もしないという心理を含めて自分の弱さであり、命の軽さだと思っています。

「なぜ生きているのか?」と聞かれても、自信を持って答えられない僕の日記は、この先果たしていつまで続くのでしょうか…。

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