責任感

2007年5月23日(水) 02:00 | 日記

もし、自分が誰かの親だったら。
たまにそんなことを考えたりします。

職場の先輩には、すでに結婚して子供がいる人が何人もいます。
みんな例外なく、決して少なくない仕事を効率よくこなして、家庭での時間を大切にします。
男性は「結婚して子供ができて初めて一人前」という見られ方をすることがあります。こういった画一的な決め付けには賛同しかねますが、やはり子供という「守るべきもの」があるからこそ、仕事に対する責任感も強くなる面もあると思います。
自分ひとりの人生じゃないから、決していい加減なことはできない。そんな自覚に対して「一人前」という評価が与えられるのでしょう。

逆に「結婚した男はどうしても家庭が優先になるから、縛りのない独身の方が仕事には有利だ」という考え方も成り立つかもしれません。でも、独身の場合は「仕事に時間を惜し気なく費やす」という人や、「うまくいかなかったら辞めればいいや、誰にも迷惑がかからないし」という中途半端な気持ちを持った人のような、極端なケースが発生しやすくなります。
前者は、仕事においてきわめて大切な「効率」という要素を度外視する傾向があるうえ、そういう人が上司になった場合、部下にも自分の考えを強要し、いたずらに全体の労働時間だけが長くなるということが起きます。僕が昔にいた職場がそうでした。後者の場合は、労働への意欲が相対的に低くなりやすいうえ、肝心なところで責任を放棄してしまうかもしれません。
だから、もし僕が人を雇う立場だったら、家庭がある人の方がいいのかなぁと思うわけです。

では、自分はどうなのか。
明らかに、先の例における後者です。

最近、いろいろな場面で無責任な考えや行動が目立つようになりました。
仕事が遅いのもそう。もっとできるはずなのに、心の中に甘えがあるから、どこかで気を抜いてしまう。背負っているのは自分自身の生活だけだから、たとえうまくいかなくても、苦しむのは自分だけ。もし何かあった場合も、一時的には周りに迷惑をかけてしまうけれど、自分の代わりはいくらでもいるから、大きな問題にはならない。そんな甘えのために、集中力を欠いてしまうことがあります。
この日記における先ほどのやりとりについても、自分の配慮のなさが背景にあります。リアルでの発言でもネットでの記述でも、自分の言ったことに対してはすべて責任を持つべきだと思っていますが、責任の範囲はあくまで自分自身のみ。自分に深く関わる人に対する影響までは考えません。なぜなら、今の自分にはそうした対象が存在しないから。自分がいくら泥をかぶることになっても、そこから先のどこかに影響が及ぶことはありません。だから、時として無鉄砲な言動や行動をしてしまうこともあるわけです。

つまり、自分に対する「外からの抑止力」が、100%ない状態なんですよね。
確かに、自分を縛るものが存在しないのは快適です。
しかし、この快適さは危うさと隣り合わせです。抑止力がなければ、自分があらぬ方向に行った場合でも、社会からあからさまに拒絶されるまで気づかない。それどころか、社会から拒絶されるのも自己責任だといって、自分の行動を肯定してしまうかもしれない。そうなったらますます社会から距離を置かざるを得なくなり、生きていくことが困難になることは免れません。

自分が生きる理由は、生きていればたまには楽しいことがあるかもしれないから。それだけです。生きるためには社会の承認が必要で、生きる手段が必要です。そのために毎日仕事をして、社会の中で最低限果たすべき役割を果たし、同時に生活の手段であるお金を得ているわけです。
生きる理由が積極的なものではなく、働く動機もまた積極的とはいえないために、「責任感」を持ち続けることが難しくなる時があります。
このところ、そんな状態がずっと続いています。

自分自身に対して、最低限の責任を持つことでせいいっぱいの状態。こんなことでは、会社の先輩のように家庭を持つことはまず無理です。
最初から誰かに寄りかかることが前提では、ただ倒れてしまうだけです。簡単には倒れないような強い意志や行動をひとりで示せるようになってはじめて、誰かといっしょに生きていくことを許されるわけです。そんな境地からずいぶん遠いところに、今の僕は立っています。

もし、自分が誰かの親だったら。
仕事だけでなく、普段の行動や言動に対して、これまで以上に強い責任感が求められます。
もちろん、仕事ができなければ話になりません。「できなければクビになって自分が苦しむだけ」ではすみません。子供のために、しっかりと結果を出し続けることが求められます。
果たして、自分はそんな状況に耐えられるのか。
先輩たちは耐えています。
「人にできて、自分だけできないということはない」と思いたいのですが、今のところは行動が全く伴っていません。このままだと、あと5年経っても今日と同じように、インターネットの日記で独り言をつぶやいているだけのような気がします。
でも、仮にそうなったとしても、自分自身が選んだことには常に誠実でありたいと思っています。「本当の自分はこんなんじゃない」などと寝ぼけたことを言わず、今そこにいる「本当の自分」と向き合うことだけは忘れないようにしたいと思います。

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