今日も最終電車より

2007年4月20日(金) 01:13 | 日記

うまくいかないことって、誰しもたくさんあるわけです。
それをすべて「自分の責任だ」と思い込むのは、たいていの場合は「困難から逃げずに向き合っている自分」を肯定するための、自分勝手な心の所業です。力がおよばないことに対してまで「自分の意識が足りないせいだ」というのは、力がおよばないことを認めたくないという、自分自身に対する過大評価である場合が多いわけです。
もちろん、自分の取った行動に対して反省をすることは、次に同じ過ちを犯さないために今何をすべきかを考える契機を与えるという点で有益なことであり、ある程度の自意識は持っていた方がいいと思います。

問題は、両者のバランスの取り方なんですよね。
どこまでが真摯に反省すべき領域で、どこからが自意識を肥大させる領域なのか。これらの境界線を見極められる人が、何かうまくいかないことがあった時に「成長」と「立ち直り」の両方を獲得できるのでしょう。
境界線を見誤ったら最悪です。すべてを自分で受け止めてしまうと、まず立ち直るのが大幅に遅くなる。その過程で得られるのも成長ではなく、ひがみ意識や劣等感になってしまう。
今の僕が、まさにそんな感じです。
原因はいろいろ考えられますが、そのうちのひとつは「自分は能力の高い人間だと思いたい」という願望です。つまりは現実を認めようとしないんですね。

ある友人は、そんな自分を指して「エリート病」だと言いました。別にたいしたことのない人間なのに、小さな失敗を過剰に気にしてしまう。「エリートには小さな失敗すら許されない」という心理。平凡な人間が、そのプライドにおいてのみ「エリート」と同化し、同じ心理行動を取ることでエリート気分を味わう。もちろんここでの「エリート」とは実体としての存在ではなく、イメージとしてのエリート像です。
何のことはない、少し前にここで批判してた「権力者に同化するにわか右翼」と同じです。
ここまで自分自身を見透かしてしまうと、よけいに暗い気分になって、立ち直るのに時間がかかってしまいそうです。

えっと、要は仕事でうまくいかないことがありまして。明日うまいこと収束すればいいのですが…。もう心配で心配で。
この前もかなり危ないミスがあったので、これ以上誰かに迷惑をかけるわけにはいかないし。

やっぱり社会人って大変です。こうやって日記に愚痴を書いたりせずに、困難を自分の力で乗り越えたりうまいことかわしたりしている大多数の皆さんのように、僕もなりたいと思います。

今、武蔵境駅に着きました。今日の中央線は平和でした。

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