富士山麓から熱海へ

2007年3月16日(金) 02:26 | 日記

先週の土曜日、車で遠出した時の話です。

今から12年前、オウム真理教という未曾有の犯罪集団がいまして。
その集団が「サティアン」と呼ばれる施設を作ったのが、山梨県の富士山麓にある上九一色村でした。
95年に犯罪集団の元締めが逮捕されて、施設は解体されました。
その跡地に作られたのが、「富士ガリバー王国」というレジャー施設でした。
地面に横たわる45メートルのガリバー像がシンボル。オープンは1997年でした。
僕がこの施設の存在を知ったのは、当時好きだったテレビ番組「BLT」。不定期で行われていた企画で「ザ・命名ショー」というのがあって、オープンを間近に控えたガリバー王国のスタッフが、「ガリバー王国の年間パスの名前を考えてほしい」ということで出ていました。
年間パスの名前は「リリパットパス」になったと記憶しています。ただ、この名前を考えたのが故・中島らも氏だったのか、漫画家のひさうちみちお氏だったのか、あるいは別の人だったのかはよく覚えていません。大竹まこと氏ではなかったことは覚えています。
余談ですが、過去にBLTの公開録画を見に、よみうりテレビまで行ったことがあります。その時の企画も「ザ・命名ショー」でした。「クイズ合わせて100%」だったらもっと楽しかったのに。
まあそれはともかく。

富士ガリバー王国は、2001年に閉園。やはり場所の悪さが最大の原因だったようです。確かに、周辺に大都市がないうえに、電車で行くことができず、最寄りのインターチェンジから車で30分もかかる場所では仕方がないのかもしれません。

今、富士ガリバー王国はどうなっているのか。それを自分の目で確かめたいと思ったのが、旅行の目的のひとつでした。
富岳風穴から、青木ヶ原を横切る道路を東へ。さらに、静岡県方面へ向かって南へ車を走らせます。
県道を左に入ると、かつてのガリバー王国があった場所にたどり着きます。
ところが。
旧上九一色村の別荘地
その場所は私有地となっており、勝手に進入することはできなくなっていました。このあたり一帯が別荘地となっているようで、写真の看板のそばには管理組合の事務所がありました。
行こうと思えば中まで行けたのかもしれませんが、不法侵入者として警察に通報されてしまうと困るばかりか、いろいろな人に迷惑がかかるので、おとなしく引き下がることにしました。
ガリバー王国の跡地、今はどうなっているんだろう。激しく気になりますが、ここまで来て何もせずに帰るのは悔しいです。とはいえ、別に在りし日のガリバー王国に行ったわけでもないので、現場を見たからといってどうってこともないのですが。

山梨県を後にして、静岡県富士宮市へ。
県境には牧場があり、牛たちが走っていました。写真では見づらいと思いますが。
富士宮市の牧場
街に出ると、ところどころに「富士宮やきそば」と書かれたオレンジ色の旗が立っていました。せっかくなのでどこかで食べていきたいと思ったのですが、国道139号沿いにめぼしい店がなかったので、結局行きませんでした。
旧上九一色村と熱海へ行くことを決めていたのだから、途中で富士宮市を通ることくらい分かっていたはず。事前に調べておけばよかったと、ちょっと後悔しています。

富士宮市から南下して、富士市へ。東海道線に沿うようにして車を走らせます。
途中で立ち寄った沼津では、今度オープンするゲーセンが入るビルに、ソープランドを発見しました。沼津にもこういう店ってあるんですね。元風俗誌編集者として、この手の施設の存在にはつい注目してしまいます。
ソープランドするが

熱海に着いたのは夜の10時半過ぎでした。
こんな時刻に熱海に来てどうするのかという話もありますが、まあ遅くなったものは仕方ありません。
当日の日記にも書きましたが、熱海へ行くのは2回目でした。
初めて来たのは1996年の夏。あの日はちょうど、海沿いの国道で祭りが行われていました。別にその祭りが目的で行ったわけではなく、たまたま熱海へ行ったら偶然にも祭りの日で、予想外のハプニングに興奮したことを覚えています。
祭りの会場を眺めたり、祭りが終わった後の夜の海岸を歩いたり。もう10年以上前の話ですが、いろいろなことを思い出します。
でも、駅から海岸への道とか、その日に泊まったホテルの周りの風景とか、すっかり忘れてしまっていました。ちなみにそのホテル、不況のあおりを受けて98年ごろにつぶれてしまったのですが。

10年ぶりに来てみましたが、あの時歩いたはずの道を思い出せません。
お宮と松の銅像は、あの時のままでした。でも、海岸の風景もずいぶん変わってしまった気がします。
当時20歳、今30歳。あの当時の1.5倍も生きているという事実。時を重ね、経験を重ね、それなりに成長してきたつもりですが、同時にたくさんの記憶を失いました。
もちろん、重要ではない記憶、忘れてしまいたい記憶から順番に消えていくわけですから、当時の記憶も、今となってはその程度のことでしかないわけで。
前向きに考えるなら、その後の10年、特に1999年から2004年あたりまでの記憶が濃密だったから、相対的にそれ以前の記憶が消えてしまった。数年前まで充実した生活を送っていたことの裏返しとも言えなくもありません。
じゃあ今はどうなのか。「ひとり慰安旅行」と称して、たいした目的もなく車を熱海まで走らせて、しかも国内有数の温泉地に来ておいて温泉にも入らないなんて、幸せな人のすることではありません。数年後には、この時期の記憶はきれいに消えてなくなっていることでしょう。とはいえ、数年後にも楽しいことが全くなく、今と同じような気分で過ごしていたら、この程度のイベントでも気持ち悪いくらい鮮明な記憶が残っていたりするかもしれません。
そうならないように、早くどうにかしなければと日々考えてはいるのですが、なにぶん行動が伴わなくて。
そんなことをひとりでぼーっと考えた、熱海の夜のビーチでした。

熱海の案内
上の写真は、JR熱海駅の近くにある案内板。海と山に囲まれた、変な地形です。観光地としてはともかく、住むのは大変そうな土地です。
熱海のソープランド
出ましたソープランド。さすがは温泉街。この手の施設は充実しています。近隣には無料案内所なんかもありましたし。

熱海を出たのは深夜0時。ここから高速道路を使わずに武蔵野市まで帰りました。
国道135号から1号に入り、平塚からは129号。ひたすら北上して、橋本五叉路を抜けて16号へ。八王子市で右に曲がって都道20号を抜けて、甲州街道、東八道路を経由して自宅に帰りました。深夜で道もすいていたため、3時間そこそこで戻ることができました。
次に富士五湖やら熱海やらへ行くのは、いつになるでしょうか。もし今度行くとしたら、10年経っても風化しないような強烈な思い出を作りたいものです。

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