「格差」を語ると、どうしてもスケールのでかい話になりますよね

2007年3月 4日(日) 05:33 | 日記

そんなわけで、吉祥寺の武蔵野公会堂で行われた宮台真司さんと菅直人さんの講演会へ行きました。「格差社会」をテーマに、2時間あまりの話を聞きました。
こういうのって、どこまで書いていいものなのでしょう。あまり事細かに書くと問題がありそうだし、間違えて事実と違うことを書いたりすると、たくさんの人に誤解を与えることになり、ご本人に迷惑がかかるので。
そのあたり「後出しジャンケン」にしたかったのですが、午前3時の時点でこの講演に関するブログを書いたのは、ヤフーの検索でヒットしたのはひとりだけ。mixiでもひとりしか書いていません。ということは、明日あたりこの日記がものすごい勢いでいろんな人に見られるかもしれない。うわあ(笑)。
というわけで、内容の紹介は最小限にとどめて、僕の感想や考えを中心に書きたいと思います。

会場となったのは、武蔵野公会堂の2階の会議室。講演やイベントとは無縁の、本当に普通の会議室でした。
主催は学生さん。参加費は無料。限られた予算の中で、イベントホールなんかを借りるのは無理があるのでしょう。もっとも、立派なホールでも小さな会議室でも、話を聞かせていただくことが目的なので全く気になりませんでしたが。
聴衆は100人くらいだったでしょうか。大半が学生で、講演が始まる前にはあちらこちらで話し声が聞こえました。おそらく、大学のゼミ単位で参加しているんでしょうね。講演の中で宮台さんが言うには、わりと偏差値が高めの学校から来ている人が多いようで。僕のようなミーハーな客はごくわずかでした。
講演は18時40分開始。最初に宮台さんが話して、次に菅さん。その後に、ジャーナリストの及川健二さんを交えた対談。最後に質疑応答があって終了という流れでした。

内容について語る前に、検索でたどり着いた方のために、簡単に筆者の自己紹介を。
僕は社会人になって8年の、30歳になったばかりのサラリーマンです。
愛知県で生まれ育ち、京都にある大学に進学しました。学校そのものはわりと有名どころだったのですが、僕自身はきわめて不真面目な学生で、最低限の単位といいかげんな卒論で卒業証書をもらっただけ。かといってサークル活動や遊びにも熱中できず、貴重な4年間を無駄遣いしてしまったことは後悔しています。
就職活動もほとんどせず、卒業後は地元の愛知県でしばらくフリーターをしていました。その後、名古屋でライターとして仕事をしましたが、収入が安定しないため1年も経たずにやめました。
2000年7月。初めて正社員として働いたのは、名古屋の出版社でした。給料は考えられないほど安く、残業代が1円もつかないうえに、仕事が深夜0時を過ぎるのは当たり前。最低限の社会保険こそありましたが、まさに格差社会の最下層。そんな状態が4年近く続きました。我ながらよくあんな仕事を続けられたものです。
その後転職しましたが、次の会社も1年そこそこで辞めて、東京に引っ越しました。2005年11月のことです。翌年1月より、通算3つめの会社で勤務開始。いわゆる編集プロダクションで、広告や雑誌の製作に携わっています。
学歴はおそらくトップクラス。しかし、収入や仕事に関しては長らく最下層を這っていました。最近になってようやく、全体の真ん中あたりに上がってきたところです。ある意味で「上」も「中」も「下」も経験した、格差社会というテーマを語るにはうってつけの人かもしれません。

前置きが長くなりましたが、講演の感想などを語りたいと思います。
「どんな格差がどのくらいあるか」という具体的な格差の実例や、それを解決するための具体的な方法を示すのではなく、その背景となる現代社会の問題点に言及するというアプローチは、きっと相手が高学歴の学生だから成り立つんでしょうね。
格差は拡大傾向にあり、「悪い格差」が蔓延しつつあるというのが宮台さんの見解でした。具体的な現象として、非正規雇用者の増加を挙げていました。
この後、興味深いことをいくつか語っていました。
政治への関心の高さと正の相関関係にあるのが、「恋愛や友人関係で悩みがないこと」。若者が格差問題やその他さまざまな政治問題に対して声をあげないのは、対人関係で悩みを抱える人が多く、みんな政治のことなんて考える余裕がないから。
また、よく言われている「若者の右傾化」は、情報の流通量が増えすぎたことで「精神の空洞化」を起こした人たちが「感情的な安全」を得るために、依存する対象を国家に求めることで起きる。与党はこのような民衆の心の動きを利用している、とも。
なるほど、この論理に従うと実に皮肉な話です。要は、格差社会で下位に押しやられている人ほど、自民党に票を入れるということになります。東京都知事選なら石原に。政策について熟慮したうえで自民党に投票するならいいのですが、そうでない人が多い。
考えてみれば、この前の郵政民営化なんて、郵便局が国営から民営になっても、僕らの生活にはそれほど変化がなかったりします。もちろん郵政民営化は財政と密接に関わる重大なことなのですが、だからといってそれほど差し迫ったことでもありません。そこを分かったうえで冷静に受け止め、別の論点を求めた民主党と、「たかが」郵政をさも国家の一大イベントとして派手に喧伝した自民党の間で、結果として大きな差が出てしまったのはご存じの通り。さまよえる民衆の心をうまく操ったのは、小泉さん率いる自民党だったというわけです。しかし、「政治に関心があり、冷静に考えることのできる有権者」がもう少し多かったら、ここまで自民党が圧勝することはなかったのではないかと考えられます。

格差とは関係ない話ですが、なぜサブカルチャー、あるいはオタク的な文化に造詣の深い人が右傾化するのか、これまで不思議に思っていました。サブカルはメイン=体制と対立するものであって、むしろ左翼的な発想と親和性が高いはずだと思っていました。なぜ左ではなく右なのか。
答えは単純で、「どっちの勢力が強いか」ということ。1970年代までは、若者の間で左寄りの思想が強かった。あるいは「かっこいい」とされていた。それが、左翼がだんだん相対的に弱体化し、ちょうどその頃に「新しい歴史教科書をつくる会」など、右傾化の象徴的な動きが出てきた。それに追い打ちをかけたのが北朝鮮拉致問題や中国での日本バッシング。今ではすっかり若年層の間でも、「右」が多数派となった。要は、どちらに依存すればいいのか、何を信じれば最も「安全」なのか。思想の中身ではなく、強いか弱いかが判断基準になっている。
宮台さんの話を聞いて、そんなことを思いました。

「格差が拡大すれば、下の方で苦しんでいる人は社会の変革を求めて左傾化するはず」などと漠然と考えていましたが、そんなに単純なことではないみたいで。むしろそれとは逆の現象が起きているのが、なんとも気持ち悪いです。
「現状に満足か不満か」ではなく、「差し当たって精神的な充足を得るためにはどうすればいいのか」が判断基準では、話も進まないですよねぇ。人の考え方を変えるのはかなり難しいことだと思うのですが、どうすればいいんでしょう。
そのあたりの話については、明日書きたいと思います。さすがにもう眠いので。

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