東京に集う高浜市出身ナナロク世代(笑)

2007年2月15日(木) 01:33 | 日記

今日、友人から電話がありました。
いつもの麻雀の誘いかと思って聞いてみると、地元の友人が、最近東京に引っ越したとのことでした。

僕に電話をかけた友人は、同じ地元の中学を出ています。ずっと地元の愛知県高浜市に住んでいましたが、仕事の関係で、3年くらい前から東京に住んでいます。
彼は、やはり同じ中学を出た別の友人とともに、三鷹駅南口にある同じマンションに住んでいます。いわゆるシェアというやつです。
僕が今、ここ武蔵境に住んでいるのも、先に東京で暮らしていた彼らの存在があったからです。

当時の友人が、またひとり東京にやって来ました。
ただ彼は僕らと同じ三鷹周辺ではなく、練馬区の方に住んでいるようです。とはいえ、最寄り駅が西武新宿線で、環七と環八の間とのことなので、それほど遠いわけではありませんが。
とにかくこれで、同じ中学の卒業生4人が、東京に住むことになりました。

高校や大学の同級生ならともかく、中学の同級生が、地元から遠く離れた場所で4人も集まるのは、かなり珍しい例ではないでしょうか。
奇しくも、みんな1976年生まれ。僕は77年生まれですが、早生まれなので同学年。話題の「ナナロク世代」です(笑)。
あの中学でいっしょだった友人は、僕を含め、ひとくせもふたくせもある人間ばかりでした。
小学校や高校に対して全く思い入れはないのですが、中学だけは強い愛着があります。
今の僕の人格が形成されたのは、紛れもなくあの3年間でした。

普通なら常識やら世間体やらに縛られて、思ったことをなかなか実行に移せないものです。それ以前に、常識に疑問を持つということを、大半の人はしません。
いちいち考えたり、判断したりしなくてもいいように、社会に整備されたプラットフォームが「常識」なのだから、常識を疑うことは、ある意味では本末転倒な行為です。それに、常識に逆らうことは社会に逆らうことであり、リスクを伴います。
だけど、「それでも自分が正しい」という強固な信念があれば、たとえリスクがあっても、自信を持って突き進むことができます。

大学を出て、数か月フリーターで、就職したと思ったら固定給の出ないフリーライター。その次は、超低賃金かつ超ハードワークで、残業代ゼロの風俗情報誌編集者。
普通なら、こんな選択はしません。
それでも自分の意志を貫き通した結果、今では編集者やライターとして、毎日苦しみながらも、そこそこ人に認められる仕事ができるようになりました。決して裕福な暮らしではないですが、信念を曲げずに生きてきたおかげで、夢や目標を少しずつ形にすることができました。
もし、周りに流されて、自分の思いを抑えながらも普通に就職活動をしていたら? 考えても意味のないことです。僕は「あえてこの道を選んだ」のではなく、「選びたいから選んだ」だけ。常識や世間体を考えれば躊躇して当然の選択でも、自信を持って選ぶことができた。その背景には、間違いなく中学時代の友人たちから受けた影響がありました。
自分の思ったこと、やりたいことに対して自信を持つ。周りにそういう人がいなければ、なかなか自分だけではそこまで思い切れない気がします。そういった意味で、当時から個性的な考え方を持っていた彼らの影響は大きかった。

東京で新生活を始めた彼が、これからどんな人間になるのか楽しみです。

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