経験

2007年1月12日(金) 02:03 | 日記

今日も武蔵境の「肉のハナマサ」に行けなかった。ヨーカ堂もハナマサも夜11時閉店です。夜11時時点では、まだ中央線に乗っていました。

仕事の量が僕の許容量の限界に迫ってきました。かなり無理をしないと間に合わない状況です。そう言いつつも終電2時間前に帰ろうとする、自分に対してスウィートな僕ですが。さすがに2日連続で終電では、明日の仕事に響くので。

3年前までは、深夜2時や3時の帰宅も当たり前でした。しかし、当時とはひとつひとつの仕事の重みが全く違います。こういう書き方をすると、当時僕がいた会社で今働いている人に対して失礼かもしれませんが、当時の給料は今の6割か7割で、労働時間が2~3割長かったので、労働価値は客観的に見ても今の半分程度。事実だから仕方がありません。
だから当時は職場や取材先に長時間拘束されながらも、文句を言われない程度に手を抜きながら仕事をやり過ごすことで、どうにか3年9か月も働き続けることができました。

でも今は違います。明日は取材があるのですが、一流のクライアントからの仕事で、一流の専門家に対して一流の取材をしなければならない。僕が三流の仕事しかできなければ、クライアントとの関係が絶たれてしまいます。同じ編集の仕事であっても、安月給で、山口組系列のフロント企業に搾取されていた3年前までとはわけが違います。緊張感を持って仕事に臨み、確実に結果を出さなければいけません。だから、ある程度の睡眠時間や気分転換によって脳をリフレッシュするための時間を確保することも必要なのです。少なくとも僕にはそういう時間が必要です。「甘い」と言われるかもしれませんが、今の僕の能力がその程度なので、大目に見ていただきたいところです。

ただ、そういった仕事をこなすことでしか得られないものは確かにあって、こうした経験値が今後いろいろな場面で生きてきます。その意味では、前の仕事も「経験を積み、将来に生かす」という目的において、時間と労働力の先行投資でした。だから、搾取され続けた3年前も、決して無駄な時間だとは思っていません。むしろ、体を張って、得がたい経験ができたと思っています。分かる人にはその価値が分かる、かなり貴重な経験です。
でも、今は当時よりずっと効率的な方法で、ずっと有用な経験を得ることができます。その機会を無駄にしないよう、目の前の仕事に対して、しっかりとした目的意識を持って取り組んでいきたいと思います。
年相応にいろいろな技能を身に付けていかないと、40歳くらいで職を失って、飢えて倒れてしまいますので。

去年の10月、昔の職場の先輩数人に会った時に感じたのが、現在フリーでライターや制作の仕事をしている人と、今も職場に残っている人とでは、仕事に対する考え方、視野の広さが雲泥の差だったこと。やはりあの職場は長くいるべきところではない、とあらためて思いました。
もちろんその先輩にもそれなりの事情があるのでしょうが、あんな「優秀な労働者にとって非効率この上ない会社」にとどまる意味が僕には分かりません。仕事に対して何を重視するか、その価値観が違うといえばそれまでですが、自分の価値基準を絶対的なものとするならば、彼に対する僕の評価は大きく下がってしまった。彼の実力なら、編集という仕事をもっと高い場所から見ることができるはずなのに。もったいないことです。
そのあたりの話と、僕が編集という仕事に対して今どのように考えているか、近いうちに書きたいと思います。

だから明日も忙しいんだってば。早く寝なきゃ。

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