1年前より健康に近づいた

2019年3月31日(日) 21:25 | 日記

先日、健康診断へ行ってきました。
前回が去年の2月なので、1年と1か月ぶりになります。
この日記でも何度か書いたとおり、前回の健康診断の結果を受けてダイエットを始めました。そのおかげで体重はこの1年あまりで10kgほど減りました。それだけでなく、コレステロールなどの数値も前回より改善しました。

健康診断の当日に受け取った暫定の結果ですが、こんな感じでした。

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「悪玉コレステロール」と呼ばれるLDLコレステロールの数値が減りました。まだ標準より高い値ですが、順調に減っています。中性脂肪が少し増えているのは気になりますが。
肝機能についても、AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTPがすべて大幅に改善しました。

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血液と尿はこんな感じ。白血球が減って標準値におさまったのは朗報です。尿蛋白も正常な値になったようです。

メタボリックシンドローム判定は「非該当」でした。
実際にはBMIが基準値を少し上回っていたり、腹囲も標準よりかなり太かったりするのですが、脂質も血圧も血糖値も基準値におさまっていて、危険な状態ではないという判定です。

去年から体重を減らすために食生活を見直して、肌荒れがなくなるなどの効果がわりとすぐに出たのですが、ここ半年弱は体重の減りが停滞して、現状の体重をキープするのがやっとでした。それでも体の中身が健康に近づいたことが今回の健康診断で分かったので、今年も気をゆるめることなく、食事制限を継続していきたいと思います。

今日はうれしい誕生日

2019年2月20日(水) 22:16 | 日記

今年も誕生日を迎えることができました。
1年前とほとんど境遇が変わることなく、1年前と同じ部屋で、1年前と同じようにひとりで誕生日の夜を過ごしています。
この1年、大きな病気や大きなけがどころか、小さな病気も小さなけがもなく、事故もなければ事件に巻き込まれることもなく、恐ろしいくらいに平穏な日々を過ごしてきました。この1年でいちばんつらかったことは、去年の5月に自宅のパソコンのWindowsが起動しなくなったこと。今もそのときの不具合が残っていて、「October 2018 Update」を適用できずにいます。悩みらしい悩みはそのくらいです。人としてもっと悩まなきゃまずいことはたくさんありそうな気がしますが。

毎年同じようなことを言っているような気がしますが、自分は本当に恵まれているし、運がよかったし、なにより周りのみなさんが僕のような人間を見捨てず生かしてくれたおかげです。ありがとうございます。

ケーキ1
先日の日曜日には、六本木でケーキを食べる機会がありました。

ケーキ2
こちらは今日食べたケーキ。お店が開いている時間に間に合ってよかったです。

1年前との違いは、アイドルのライブやイベントへ行く機会が減ったこと。何か新しい趣味を見つけなければと思いつつ、なかなか重い腰を上げられないでいます。
ダイエットも年明け以降ややさぼり気味で、去年の秋頃より2キロほど重くなってしまっています。春に向けてもう一度体を絞りたいと思います。

来年の誕生日も無事に迎えられればいいのですが、遠くない未来に訪れるであろう不景気に耐えられるかどうか、正直あまり自信がありません。それまでに何か生き延びるための手段を見つけたいところです。

里帰りと「ボートレースチケットショップ高浜」のこと

2019年1月 6日(日) 15:30 | 日記

今年は1月2日と3日に「ニューイヤープレミアムパーティー」というアイドルのライブに出かけていたのと、翌4日は会社で仕事があったため、年末年始恒例の里帰りは4日の夜から6日までの2泊3日でした。
きのうの夜は弟夫婦とその子供たちも愛知県高浜市の実家に来ていました。今日の夕方に実家を出て、夜に東京の自宅へ帰ります。

最近のホットなトピックといえば、実家の近所に「ボートレースチケットショップ高浜」がオープンしたことです。南中学校の西側の道を碧南方面に行くと、右手側にあります。
ボートレースチケットショップ高浜

去年の8月の時点で建物は完成していて、オープンしたのは10月1日。愛知県には競艇場が常滑と蒲郡の2か所にありますが、その2場の全レースの舟券のほか、他場のレースも買えるそうです。

ボートレースチケットショップ高浜についての詳細は、下記のサイトに載っていました。

ボートレースチケットショップ高浜(愛知県高浜市) 愛知県で4箇所目となる場外舟券発売場オープン! - SG競艇予想

県内では4か所めの場外ということですけど、名古屋2か所と中部国際空港の次が高浜市って、どういう判断でこうなったんだろう。豊橋や豊田や岡崎という中核市を差し置いて、愛知県民にすら存在を知られていない高浜を選ぶなんて。
上のサイトでは「車でのアクセスが便利」と書いてあるけど別にそんなこともなく、高速道路や自動車専用道路からかなり離れているうえ、国道23号からも少し離れていて、現地は片側1車線の県道からさらに入ったところです。車での来場者を見込むなら高浜市の外れではなく、刈谷ハイウェイオアシスの周辺や豊田南インターの近くにでも作ればよさそうなものなのに、なぜ高浜にしたんだろう。常滑競艇がそこそこ近いから(親もたまに遊びに行きます)、高浜や碧南あたりは意外と競艇に親しんでいる人が多い地域なのかも。

それでも高浜市は人口4.5万程度の田舎であり、隣の碧南市と合わせても11.5万人。ほかに刈谷安城半田東浦あたりが商圏になっているとはいえ、こんなところに場外舟券売り場なんて作ってお客さんが来るのかと思ったら、きのうは大盛況だったようで、臨時駐車場も満車でした。でも今は正月休みの何もやることがない時期であって、普段の平日はどうなんでしょうね。近所の事業所で働いている人が休憩時間にちょっと立ち寄って1レースだけ買う、みたいな使い方もありそうですが。

実家の周りにはここ何年かでコンビニが2件もできたり、家も増えてきたりと、このご時世なのにポジティブな方向で変化を遂げています。実家の地価が上がったときに、相続にどんな影響があるのかは注視したいところですが。

調布の深大寺へ初詣見物に行きました

2019年1月 1日(火) 23:56 | 日記

「初詣」ではなく「初詣見物」です。仏も神も信じていないので、もとより参拝するつもりはありません。
東京に引っ越してずいぶん経ちますが、そういえばプライベートで正月に正月らしいことを一度もしたことがないと思い、今年はせっかく実家ではなく自宅にいるので、初めて近所の初詣スポットへ出かけることにしました。

目的地は調布市内にある深大寺(じんだいじ)。自宅からそれほど離れていないので、自転車で行くことにしました。真冬なのでかなり厚着をしたのですが、今日の昼は気温がそれほど下がらず、自転車をこいだら汗をかくくらいでした。
自転車が止められるか心配でしたが、現地にはそこそこ広い駐輪場がありました。

今日は絶対に混んでるんだろうなと思って事前に調べたところ、中に入るための長い行列ができているとのこと。実際に行ってみたら、なかなかの混みっぷりでした。本堂に向かう行列は、写真ではちょっと分かりにくいですけど、午後3時台でこんな感じでした。奥が本堂への入り口です。
行列1
ちょっと引いたところからの写真がこれ。左側にパトカーの姿も見えます。警察官の姿も見えました。ここから本堂までは80メートルくらい。
行列2
こんな感じで入場規制をかけていました。本堂が空いたら、列の前の方から順番に中に入り、いっぱいになったらまた規制するというシステムです。
入場規制
行列は境内におさまらず、道路まで伸びていました。最後尾はここ。「矢田部茶屋」の駐車場あたり。行列の総延長は150メートルほどに達していました。
行列3
僕の前を歩いていた人が「ここ2、3年でいちばん並んでる」と話していました。今年は例年以上の大盛況だったんですかね。
これからの世の中は、こういう「人をリアルに集められる物理的なコンテンツ」を持つプレイヤーが強くなるのかなとか思いました。もっと言えば「スマホで代替できないコンテンツ」。いわゆるパワースポットのブームはそういう位置づけだと思うけれど、あらゆるものが電子データで置き換えられる世の中で、パワースポットのようなフィジカルかつスピリチュアルなものの需要は相対的に高まっていくのかもしれないと、この行列を眺めながら考えていました。

せっかく深大寺に来たんだから本堂も見たかったけれど、さすがにこの行列に延々と並ぶのもつらいので、今回はメインステージをあきらめてサブステージと物販のみを楽しむことにしました。

本堂以外の風景はこんな感じです。
深大寺1
深大寺2
深大寺3

こちらは物販エリア。境内には本当にたくさんのお店がありました。この地域の名物である「深大寺そば」や、そばにちなんだ和菓子が売られていて、焼いた団子やおでんには行列ができていました。
下の写真のショップでは店内でそばも食べられます。日章旗のところの帯には「奉祝 天皇陛下御即位三十年」と書かれていました。古くから皇室と交流がある寺社です。
売店
せっかくなので「そばまんじゅう」を買ってみました。そば粉が入った皮がなかなかいいお味。ダイエット中なので今日の夕食はこれでおしまいです。
そばまんじゅう

こちらは深大寺の境内から少し離れたところにある、深大寺そばのお店「湧水」。元日から営業しているんですね。午後3時台なのにこんなに並んでいました。機会があったら、オフシーズンのすいてるときにでも行ってみたいと思います。
湧水

以上の写真は、12月に買ったばかりのスマートフォン「Xperia XZ Premium」で撮影しました。これまで使っていたスマホと比べると、カメラの撮りやすさも写真の画質も段違いです。さすがに高いお金を出して買っただけあります。

2018年を振り返る

2018年12月31日(月) 18:57 | 日記

職業も住居も去年と同じ。2006年から同じだから13年間ずっと同じ。今年もとりたてて大きな変化のない1年でしたが、ひとつだけ変わったことがありました。
体重を減らしたことです。
本格的にダイエットをしたのは生まれて初めてのことでした。今年2月から始めて、10キロほど減らしました。
やり方は単純で、「基本的に夕食は食べない」というもの。運動は特にせず、食事制限のみ。

体重が減ったのはとても大きな変化で、まず見た目が変わりました。特に、横から見たときのシルエットがようやく人間の範囲内におさまるレベルになりました。
それから、慢性的な体の不調が治りました。たとえば、去年の5月頃の忙しい時期に舌の裏にいきなり突起物ができて、痛くはないけれど取り除くことができず、ずっと異物感を抱えたまま生活していたのですが、ダイエットを始めて2週間くらいで突起物は消えました。もうひとつ、太ももの肌荒れに悩まされていましたが、こちらもほぼ消えました。今思えば、当時はカロリーオーバーの生活でよほど栄養が偏っていたんでしょうね。もしあのままの生活を続けていたら、何らかの病気にかかっていたかもしれません。
もうひとつメリットをあげるとしたら、「ズボンの股のところがすり切れて穴が空く」という現象が起きなくなったことです。知らない間にデニムの股に穴が空いて、太ももの内側が擦れて痛い思いをするという、あのつらい状況がなくなるのはありがたいこと。スーツを買い替える回数も減るので、経済的にも大きな効果がありました。

ただ秋以降は体重がまったく落ちず、10月7日に記録した直近の最低体重を上回る状態が続いています。寒くなって汗をかかなくなり、運動する機会も減ったことと、11月以降は忙しくなって食事制限をゆるくしたことが要因だと思われます。今後は食事を少し制限するくらいでは体重を減らすのは難しそうです。食事制限をさらに厳しくするか、もしくは運動するか、いずれかの方法を取る必要がありそうです。食べ物を減らすのはつらいから、運動する習慣をつけるのがいいんでしょうね。
とにかく、太っているころの生活には二度と戻りたくないので、「基本的に夕食は食べない」という習慣は今後も続けるつもりです。

2018年の変化としてもうひとつだけ挙げるとしたら、アイドルに対する興味が少し薄れてしまったことです。
今年はとにかくアイドルグループの解散が多い年でした。
個人的に大好きだったアイドルも今年9月に、長年にわたる活動を終えることとなりました。

アイドルの解散に立ち会った報告(2018年9月30日)

振り返ると、若い頃にはまっていた「競馬」という趣味もだいたい10年くらいで落ち着きました。アイドルを本格的に見始めたのも今から10年前なので、アイドルの解散が続いたことは自分にとってあまり関係なく、もともとそういう周期なのかもしれません。
もう人生も半分を過ぎたし、今みたいに体が満足に動くのもあと10年くらいでしょうから、もうのんびりしていられません。2019年は新しい趣味を見つけて、年末に「今年もとりたてて大きな変化のない1年でした」などと言わなくてもすむような生き方を探りたいと思います。

新しいスマートフォンと過去の携帯電話の変遷

2018年12月16日(日) 02:01 | 日記

4年ぶりの新機種

Xperia箱
今日、新しいスマートフォンが届きました。
ソニーの「Xperia XZ Premium」という機種です。
J-PHONEの頃から長年使い続けてきたソフトバンクモバイルをやめて、nuroモバイルに乗り換えました。ソフトバンクは少し前に電話もネットもつながらなくなる事故がありましたけど、それとは関係なく、前から解約を予定していた時期がたまたま先日の事故と重なっただけです。

シャープの「304SH」は、さすがに4年も使っていると電池の減りが早くなってきたのと、動画のサイトを見たりアプリを使ったりするとメモリーが足らなくなることが増えてきたので、次の更新期間で買い替えようと思っていました。月額料金を下げるために、次はSIMフリーにしようと思って調べてみたところ、自分のほしいスペックに合うものがnuroモバイルのXperia XZ Premiumしかなかったので、機種そのものが1年半落ちという点は目をつぶって、これを選ぶことにしました。

Xperia本体
さっそくヨドバシカメラで画面にガラスフィルムを貼ってもらいました。これまで扱ってきた携帯電話の中でいちばん大きな画面にフィルムをうまく貼り付ける自信がなく、失敗すると取り返しがつかないので、今回初めてお店に任せました。貼り付けの料金は650円でした。
まだ使ってないんですけど、5.5インチの画面の大きさにちょっと驚いています。304SHも初めて使ったときは片手で文字を入力するのがたいへんでしたが、さらにひと回り大きい新機種は慣れるまで時間がかかりそうです。それと304SHに比べて筐体が滑りやすいので、片手で使っているときは今まで以上に落とさないように気をつけないとまずそうです。でもカバーは重くなるので使わない主義です。

月曜にソフトバンクの解約の手続きをしたのですが、ウェブで手続きを進めようとすると自社のサービスの案内がしつこいくらい出てきて、なかなか最後までたどり着けないような仕組みになっていました。途中で離脱させるように仕向けてるんですね。ウェブだけでなく電話での確認も必要だったんですけど、そこでも解約の理由とか移転先とかいろいろ聞かれたりして、めんどくさい思いをしました。

19年間で使った携帯電話たちの思い出

ここで、僕が今まで使った携帯電話の変遷を振り返ってみます。
今回のXperia XZ Premiumが通算9台めで、過去の8台はこんな感じでした。

(1) J-D01(三菱)1999年春~2001年夏頃

記念すべき初携帯電話は、J-PHONEの「J-D01」という機種でした。
手元に現物がなく、ネットにも使えそうな写真がなかったので、ここでは写真は載せられませんが、ボタンのところはふたが閉まるようになっていて、ふたを閉じた状態でも2つのボタンでメールの確認ができるような造りになっていました。
J-PHONEの代名詞といえば「写メール」ですが、この機種にはまだカメラはありません。ディスプレイはモノクロ。インターネットを見る機能もありません。「着うた」も始まってなくて、着メロは和音すらありませんでした。その代わり、単音という縛りはありながらも着信音を編集できる機能はあったので、自分で音階を打ち込んで、高田渡さんの「自衛隊に入ろう」のサビを着メロにしていました。

僕はポケベル世代なので、文字を打つのはいつも「ベル打ち」でした。知らない人のために説明すると、たとえば「おはよう」と入力する場合、通常は「111116888111」と打ち込むところ、ベル打ちでは「15618513」となります。ベル打ちをしていた人は1999年当時でもたぶん少数派だと思うのですが、僕は完全にベル打ちに慣れてしまっていたので、スマートフォンに切り替える2012年までベル打ちを貫きました。

J-D01はかなり使い勝手がよかったのですが、残念なことに、2001年夏ごろにどこかで紛失してしまいました。

(2) 不明(松下電器のJ-P02か三菱のJ-D04)2001年夏頃~2003年秋

前の携帯電話をなくしたので、急きょ入手したのがこれ。実家で探せばたぶんどこかにあると思いますが、あまり思い入れのない機種だったためか、明確な記憶がありません。
おまけに当時は会社でも携帯電話を持たされて、それがわりと似たような機種だったので、よけいに記憶があいまいになっています。

先のJ-D01と違ってボタンを覆うふたはなく、折りたたみ式でもないので、ディスプレイもボタンもむき出しの状態。ディスプレイはモノクロではなかったと記憶していますが、フルカラーでもなく、昔の雑誌でよくあった2色刷りみたいな色だった気がします(このへんも会社用の携帯と記憶がごっちゃになっているかもしれません)。カメラがなかったのは確実です。インターネットはかろうじて使えましたが、機種が古いために表示できないホームページがほとんどでした。
2003年夏にゲーセンの「クイズマジックアカデミー」というゲームをやり始めて、そのプレイヤーデータを確認できるホームページがこの機種では見られなかったので、インターネットが使える機種に変更することにしました。

(3) J-SH53(シャープ)2003年秋~2005年夏

買ったのは2003年10月頃だったと思います。当時の最新鋭機種。J-PHONEを買収したばかりのボーダフォンのフラッグシップモデルとして、かなり気合いの入ったキャンペーンを行っていた記憶があります。
2002年頃から携帯電話は折りたたみ型が主流になり、J-SH53もこのタイプ。もちろんカメラもインターネットもばりばりに使えます。

当時の紹介記事があったので掲載します。

ケータイ新製品SHOW CASE J-フォン J-SH53(ケータイWatch)

この頃が「クイズマジックアカデミー」にいちばんはまっていた時期で、この携帯とともに各地のゲーセンを巡ったものです。当時撮った写真もいくつか残っていますが、サイズが240×320pxなのが時代を感じさせます。この「フォーキー☆カーニバル」の前身となる日記サイトを2004年5月から始めたのですが、当時はディスプレイの性能や、電波が3Gのさらに前の2G回線だったことを考えると、携帯電話でサイトを見るには写真のサイズはこれくらい小さくないと不親切だったんですよね。

(4) V603SH(シャープ)2005年夏~2008年2月

V603SH
ここからは手元に現物があります。
J-SH53はとても使い勝手がよくて気に入っていたのですが、2005年の夏のある日、何の前触れもなくいきなり故障してしまいました。
そこであわてて入手したのがこちら。この分厚さが2005年のクオリティです。

V603SH2
今思うととてもユニークな機種でした。カメラのレンズは光学2倍ズーム。テレビはワンセグではなくアナログを受信できます(当時の地上波テレビはアナログからデジタルへの過渡期でした)。ディスプレイ部分は回転できるので、携帯電話を閉じて横に置いた状態でテレビを見ることもできました。
ただこの機種は2005年夏時点にはすでに実用化されていた3G回線には対応しておらず、2Gだったので、回線速度の遅さが致命的でした。

ケータイ新製品SHOW CASE V603SH(ケータイWatch)

(5) 822SH(シャープ)2008年2月~2010年3月

822SH
ここからは過去の日記にも記録があります。

携帯電話を買い替えてみた(2008年2月17日)

2006年にボーダフォンはソフトバンクに買収されて、この機種以降はソフトバンクモバイルです。
ようやく3Gに対応して、ワンセグも使えるようになりました。上の日記に書いてあるのですが、前の機種では見られなかったホームページがあったんですね。当時のウェブ担当者は新しい携帯電話が出るごとに動作をチェックしたり必要に応じて修正したりする必要があったので、めちゃめちゃたいへんだったと思います。
前の機種からパワーダウンしたのはカメラ機能のみ。そのほかはまあまあ快適に使えました。

_822SH2
画面は横方向に回転するので、テレビを見るのには便利です。

(6) 943SH(シャープ)2010年3月~2012年10月

943SH
943SH2

機種変エクスタシィ(2010年3月15日)

いわゆるガラケーはこの機種が最後となりました。画面の解像度が上がり、Wi-Fiにも対応するなど、かなり現代的です。
しかし2012年頃になると世の中の趨勢がスマートフォンになり、ウェブサービスもだんだんとスマホに移り始めたので、ガラケーを使い続けるのは難しくなりました。

(7) ARROWS A 101F(富士通)2012年10月~2014年10月

101F

ついにスマートフォンにしました(2012年10月17日)

初スマホはこの機種。世間的にはあまり評判のよろしくなかった富士通のスマホです。
ここまで9年間シャープの機種を使っていたのですが、ちょうど会社に不祥事があったタイミングで、シャープだけは使いたくないということで選んだ結果が富士通でした。
個人的には決して悪いマシンではなかったと思うし、自分で電池を交換できるところはすごくいいと思うのですが、使っているとすぐ熱くなってしまうのはマイナスポイントでした。

101F2
この機種もJ-SH53と同じく突然電源が入らなくなり、買い換えを強いられることになりました。

(8) AQUOS Xx 304SH(シャープ)2014年10月~2018年12月

304SH

新しい携帯電話(2014年10月27日)

J-PHONE→ボーダフォン→ソフトバンクの機種としてはこれが最後。結果としていちばん長く使うことになったのがこの機種です。4年間もよく持ちこたえました。終わりの方は電池の減りが早くなったとはいえ、まだ実用に耐えるレベルでした。

どんどん大きくなっていく携帯電話

手元にある歴代の6台の携帯電話を並べてみたのがこちらです。
6台

右に行くほど新しい機種です。最新のXperiaの大きさが突出しています。
携帯電話は読んで字のごとく携帯する道具なので、手軽に持ち運べることが重要です。それなのに時代を追うごとにどんどん大きくなっていくのは、2005年当時の人が見たら時代に逆行しているように見えるかもしれません。
個人的には、右から3つめの101Fくらいの大きさの方が使いやすいんですけど、今のスマホの性能や電池の持ち時間のままでこのサイズにすることは難しいんですかね。

XperiaはまだSIMを有効にすらしていないので、これから設定したいと思います。

忘年会2018

2018年12月11日(火) 00:17 | 日記

アンコウ鍋
今年も無事に一年が終わろうとしています。
築地でアンコウ鍋。今ではほとんど年に一度しか会わない大学時代の友人たち。今年はいつも幹事をしてくれている人が来られなかったのですが、その代わりに、今日たまたま出張で東京に来ていた大阪在住の友人とひさしぶりに会うことができました。

40歳をとうに過ぎて、みんなそれぞれの会社でそれなりの地位についています。
僕が本当に恵まれていると思うのは、そうして名のある会社で年相応の役割を果たしている友人たちに対して、自分もそれなりに成長している姿というか、1年前とは違う新しい価値を想像できている自分を見せられている、というとおこがましいですが、引け目を感じずに宴の場にいられることです。
自分の力だけでここにいるわけではありません。本当にありがたいと思っています。

そもそも、大学に合格することは学力さえあれば叶いますが、大学に通うのは別問題です。親が学費や生活費を払ってくれたから、無事に卒業できました。
今の会社に就職できたのも、その後も同じ会社で働き続けていられるのも、「京都大学卒」という強烈な学歴と大学で学んだことのおかげだし、それで今日まで生きてこられて、そのうえ決して安くはない宴会のお金を払えるくらいには裕福になれたのだから、老い先が決して長くはない両親のために今の稼ぎを費やして、少しでも「報われた」と思ってもらえるようにしたいと思いました。

余談ですけど、最近話題になっている京都大学の立て看の文化は「必要だ」というのが、今日集まった5人の共通認識でした。そのうちひとりは早稲田大学のすぐ近くに住んでいて、早稲田の立て看も毎日目にしているけど、早稲田のはまじめすぎる、京大のような遊びが足りないと評していました。あくまで個人の感想です。