忘年会2018

2018年12月11日(火) 00:17 | 日記

アンコウ鍋
今年も無事に一年が終わろうとしています。
築地でアンコウ鍋。今ではほとんど年に一度しか会わない大学時代の友人たち。今年はいつも幹事をしてくれている人が来られなかったのですが、その代わりに、今日たまたま出張で東京に来ていた大阪在住の友人とひさしぶりに会うことができました。

40歳をとうに過ぎて、みんなそれぞれの会社でそれなりの地位についています。
僕が本当に恵まれていると思うのは、そうして名のある会社で年相応の役割を果たしている友人たちに対して、自分もそれなりに成長している姿というか、1年前とは違う新しい価値を想像できている自分を見せられている、というとおこがましいですが、引け目を感じずに宴の場にいられることです。
自分の力だけでここにいるわけではありません。本当にありがたいと思っています。

そもそも、大学に合格することは学力さえあれば叶いますが、大学に通うのは別問題です。親が学費や生活費を払ってくれたから、無事に卒業できました。
今の会社に就職できたのも、その後も同じ会社で働き続けていられるのも、「京都大学卒」という強烈な学歴と大学で学んだことのおかげだし、それで今日まで生きてこられて、そのうえ決して安くはない宴会のお金を払えるくらいには裕福になれたのだから、老い先が決して長くはない両親のために今の稼ぎを費やして、少しでも「報われた」と思ってもらえるようにしたいと思いました。

余談ですけど、最近話題になっている京都大学の立て看の文化は「必要だ」というのが、今日集まった5人の共通認識でした。そのうちひとりは早稲田大学のすぐ近くに住んでいて、早稲田の立て看も毎日目にしているけど、早稲田のはまじめすぎる、京大のような遊びが足りないと評していました。あくまで個人の感想です。

八事ゲートウェイ

2018年12月 9日(日) 19:39 | 日記

ゲートウェイのユーザーでした

JR山手線に新設される駅の名前が話題になっています。僕は山手線沿線の住民ではないので、駅名が何であろうが直接の影響はないのですが、駅名が決められる経緯や決めた人たちの意図を思うと、日本の政財界の嫌なところがいろいろと凝縮されているように見えて、不快なものを一方的に押しつけられた感じがしています。

ところで我々の世代にとって「ゲートウェイ」といえば、牛柄のロゴのパソコンですよね。持田香織さんがテレビCMに出ていたやつです。
CPUやメモリーやハードディスクなどのスペックを自分で選べる「BTO」のはしりのようなメーカーで、ユーザーの間では当時かなり高評価でした。大都市には「ゲートウェイカントリー」という実店舗がありましたが、店舗というよりはショールームのような位置づけで、メインは通信販売でした。

昔は僕もゲートウェイのパソコンを使っていました。この日記にもいくつか写真を載せました。今もケースは実家に残っているはず。

Gateway2000
パソコンを買うことにしました(2006年7月24日)

ゲートウェイのキーボード
さよならゲートウェイ(2016年1月31日)

このパソコンを買ったのは2000年8月ですから、今から18年以上も前のことです。
当時は名古屋に住んでいて、最寄り駅は地下鉄鶴舞線の八事と塩釜口でした。風俗情報誌の編集者として働き始めた直後で、入社したてなので一括で払えるお金がなく、3回の分割で支払いました。

当時の注文確認メールが残っていたので、長いですが全文転載します(個人情報に関わるところを一部修正しています)。

       ***************************************
       GATEWAY オンラインショップ ご注文確認書
       ***************************************

拝啓
本日はご注文のご依頼をいただき誠にありがとうございました。


ご注文内容の確認後、日本信販株式会社よりご指定の時間にご連絡差し上げて
おりますが、混み合っている場合、オーダ当日にご連絡できない場合もござい
ます。予めご了承ください。

ご契約内容につきまして、事前照会手続き後に日本信販株式会社よりご指定さ
れた日時(土日祝祭日を除く)ご連絡を差し上げます。混み合っている場合は
ご指定日にご連絡できない場合もございます。予めご了承ください。

承認がおり次第、契約書を送付いたしますので、必要事項をご記入・ご捺印の
うえ返送して頂きます。万が一承認がおりない場合は、書類送付の前に、営業
担当よりご連絡致します。お客様と日本信販株式会社との契約締結を以って正
式受注手続きの完了とさせて頂きますので、多少の日数がかかります。又、契
約書による正式契約締結前に諸般の事情により、商品の構成及び価格変更が発
生し、ご注文いただきました構成及び価格で承ることが出来ない場合もござい
ます。事前にご案内させて頂きます。重ねてご了承下さい。

※ 現在納期は正式手続き完了後、2~3週間前後となっており、サーバーに関
  しましては5週間前後となっております。多少前後する場合がございます。
  予めご了承下さい。

構成内容等の変更の場合は再度インターネットにてお申し込み頂き、最終
ページのオーダー変更・キャンセルボタンを利用して受付番号(XXoooooooo)
を入力して下さい。
誤ってオーダした場合も同様に、再度オーダー入力して下さい。
その際、通信欄に誤って入力された受付番号を記載されましても受付致しませ
んのでご注意下さい。

TimeMarketでご購入の方はWeb上に記載されておりますように、変更オーダー
を行うことはできません。

正式契約締結後に、"注文請書"がご請求先のお客様の元へ郵送されますので、
再度必ず注文内容をご確認下さい。記載されていますIDナンバーとオーダーナ
ンバーを保管して下さい。今後、お問い合わせの際に必要となります。


敬具
以下はご依頼頂いたシステムの詳細です。ご確認下さい。

受付日:2000年8月18日 1時 40分
受付番号:PL0000XXXX
基本モデル名:Performance

Performance
ゲートウェイ ネット オプション なし
Intel(R) Pentium(R) III プロセッサ 733MHz (256KBキャッシュ)
Intel 815E チップセット
128MB SDRAM (128MB x1)
15インチ EV500 カラーモニタ
Intel 815Eチップセット内蔵ビデオアクセラレータ (オンボード)
30GB Ultra ATA 100 HDD
増設用HDDなし
3.5インチ フロッピードライブ
20x min/48x max CD-ROM ドライブ
CD-RW
Sound Blaster Audio PCI 64D サウンドカード (no MIDI port)& Boston Acoustics BA735 スピーカ
56K PCI モデム
SMC 10/100 PCI TP ネットワークカード
LAN 周辺機器なし
ISDN TA なし
プリンタ なし
スキャナ なし
ミッドタワーケース
109 Key 日本語 キーボード
MSインテリマウス & Gatewayマウスパッド
Windows(R) 98 SECOND EDITION
アプリケーションなし
Norton AntiVirus (TM) OEM版
追加ソフトウェアなし(↓↓↓ 「一太郎 10」選択可能です ↓↓↓)
ゲートウェイCRTフィルター なし
デジタルカメラ なし
109Key日本語キーボードカバー
PC動産総合保険なし
Gateway インターネット・スタートアップサポートなし
基本ソフトレッスンなし
パソコンスクール6ヶ月 なし
モーモータイムセレクト便 (時間帯指定配送サービス)を希望しない
モーモーコレクト便 (代金着払いサービス [現金のみ])を希望しない
モーモーおまかせ便(組み立てサービス)を希望しない (地域限定)
トータルPCサポートプランを選択しない
サービスを希望しない
■ 商品合計金額 (消費税込み) : 168840円

<各種お問い合わせ>
●お問い合わせに関しましては、本メールへの「返信」の形でご連絡ください。
E-MAIL: websales@site.gw2k.co.jp (業務時間:平日 10:00~17:00)
●お急ぎの場合は、0120-54-2000までご連絡ください。
その際には、本メールの「受付番号」、注文請書の「カスタマーID番号」
「受注番号」が 必要となります。
●納期につきましては注文請書に記載されている専用ダイヤルまでご連絡ください。


以上


日本ゲートウェイ株式会社
〒240-8520 神奈川県横浜市保土ヶ谷区神戸町134
横浜ビジネスパーク Hi-Tech センター
http://www.gw2k.co.jp/

品質確認には万全を期しておりますが、万が一、製品にご満足いただけない場
合には、製品受領後10日以内に、お電話にて日本ゲートウェイまでご連絡
ください。また、製品の返却手続き(運送業者への引き渡し)を、製品受領後12
日以内に完了して下さい。当社にお客様からの返送製品が到着後、当社からの
配送費用を除く代金をお返しいたします。なお、返品送料はお客様のご負担と
なりますのでご了承ください。

このメールでは少し分かりにくいですが、基本スペックはこんな感じです。

(イ) OS - Windows(R) 98 SECOND EDITION
(ロ) CPU - Intel Pentium III 733MHz
(ハ) チップセット - Intel 815E チップセット
(ニ) グラフィック - (チップセット内蔵)
(ホ) メモリー - 128MB SDRAM (128MB x1)
(ヘ) HDD - 30GB Ultra ATA 100 HDD
(ト) フロッピー - 3.5インチ フロッピードライブ (x1)
(チ) 光学ドライブ1 - 20x min/48x max CD-ROM
(リ) 光学ドライブ2 - CD-RW
(ヌ) サウンド - Sound Blaster Audio PCI 64D サウンドカード (no MIDI port)
(ル) スピーカー - Boston Acoustics BA735 スピーカ
(ヲ) LAN - SMC 10/100 PCI TP ネットワークカード
(ワ) アナログモデム - 56K PCI モデム
(カ) モニター - 15インチ EV500 カラーモニタ(ブラウン管)
(ヨ) キーボード - 109 Key 日本語 キーボード
(タ) マウス - MSインテリマウス & Gatewayマウスパッド
(レ) ソフトウェア - なし

これの代金が16万8840円でした。確か送料込み。

その後、パソコン本体について以下のような増強を行いました(外付けの周辺機器は除く)。

(ソ) OSをWindows 98SEからWindows 2000にアップグレード
(ツ) メモリーを256MB追加して、384MBに増量
(ネ) USB2.0の端子を追加

2000年時点ではそこそこハイスペックだったのに

若い人には何のことだかよく分からない項目もあると思うので、スペックについて順番に解説していきたいと思います。

(イ) OS - Windows(R) 98 SECOND EDITION
一般人にとってのWindowsの元祖が1995年に発売された「Windows 95」で、ここからパソコンの歴史が始まったと言ってもいいくらいの革命的なOSでした。その次作にあたるのが1998年に発売されたWindows 98で、その翌年に出された改良版がWindows 98 Second Edition(98SE)です。
Windows 95も使ったことがありますが(使っていたのは1997年に買ったNECのVALUESTARというパソコン)、98SEは95ほどではないけれど不安定で、たまに落ちたり固まったりしたものでした。(ソ)で示したように、後年にWindows 2000を買ったのはそのためです。

(ロ) CPU - Intel Pentium III 733MHz
この頃からWindowsといえばインテルでした(他社のCPUもあったと思いますしもちろん今もありますが)。2000年当時ではPentium IIIの733MHzといえばそこそこハイスペックでした。せっかくローンを組んでまでパソコンを買うのだから、長く使おうと思って性能には妥協しませんでした(実際に2006年まで使いました)。
数字だけ比較すると、今自宅で使っているパソコンのCPUは2016年に買ったインテルのCore i7-6700Kで、周波数は4.0GHz。Pentium IIIは1コア、Core i7は4コアなので、16年で21倍くらいの性能になっている、という計算でいいんですかね。

(ハ) チップセット - Intel 815E チップセット
(ニ) グラフィック - (チップセット内蔵)

グラフィックボードは別売りのものを付けずに、オンボードとしました。そもそも当時はグラフィックボードの存在すら知らず、別売りのグラフィックボードを取り付けるオプションがあったかもしれないけれど、検討すらしませんでした。
別に、マザーボードにくっついているグラフィックの性能で何の不自由もなかったからいいのですが。ハイスペックなゲームをやる人やグラフィック関係のソフトを扱う人でなければ、オンボードでじゅうぶんだと思います。

(ホ) メモリー - 128MB SDRAM (128MB x1)
これはさすがに隔世の感です。現行OSのWindows10だと2GBでは遅すぎ、4GBでもちょっと足りないくらいですが、Windows98の時代はその20分の1、40分の1のメモリーで動かしていました。
もっと言うと、ゲートウェイのパソコンを買った2000年からさらに9年さかのぼった1991年、僕が中学3年生のときに初めて「PC-9801DX」というNEC製のパソコンを買ってもらえたのですが、このときのメインメモリーは640KBでした。128MBのなんと200分の1。当時は「限られた640MBというメモリーをどこにどう割り当てるか?」ということで、CONFIG.SYSというファイルをいじってそれこそ1KB単位での調整をやったりしたものです。一例を挙げると、「Ctrl+Alt+Deleteを同時に押すとシステムをリセットできる」という仕様を有効化させるためにも何KBかの確保が必要で、その何KBのせいでメモリー不足で動かないゲームがあるから、特定のゲームを起動させるときにはそういうよけいなプログラムを常駐させない設定にする、なんてことを往年のPC98ユーザーはみんなやっていました。
そのへんの昔話は、僕よりずっと詳しいおじさんたちがネットの片隅で語っていることと思います。

(ヘ) HDD - 30GB Ultra ATA 100 HDD
ハードディスクの容量が30GB。今となってはUSBメモリーやマイクロSDカード並みの容量ですが、当時はこれだけあれば困ることはありませんでした。

(ト) フロッピー - 3.5インチ フロッピードライブ (x1)
最近の人だと、フロッピーディスクやディスクドライブの実物を見たことがない人も多いんでしょうね。僕は5インチのフロッピーの現物も普通に見たことがあります。
2000年当時でもフロッピーはなくなりつつあったんですけど、Windowsの非常時の起動ディスクがフロッピーで提供されていたりする事情からなのか、当時も標準でドライブが付いているパソコンは多かったみたいです。
ちなみにCD-ROMが標準装備になる前の1990年代初頭には、パソコンにはフロッピードライブが2個付いているのが普通でした。慣例としてAドライブとBドライブがフロッピーディスクに割り当てられていたために、ハードディスクがAドライブではなくCドライブから始まるというのはよく知られた話です。

(チ) 光学ドライブ1 - 20x min/48x max CD-ROM
(リ) 光学ドライブ2 - CD-RW

なぜかCDドライブを2個付けていました。片方は読み込みのみ、もう片方はCD-RやCD-RWに書き込みができるドライブ。今思えば別に1個でよかった。
DVDは書き込みはおろか、読み込みすらできませんでした。

(ヌ) サウンド - Sound Blaster Audio PCI 64D サウンドカード (no MIDI port)
(ル) スピーカー - Boston Acoustics BA735 スピーカ

サウンドカードはこれが標準装備なのか、あえて選んだものなのかは覚えていません。
スピーカーはオプションで選びました。左右だけでなくセンタースピーカーもあるというちょっとぜいたくな構成。今はもうそのスピーカーは使っていません。

(ヲ) LAN - SMC 10/100 PCI TP ネットワークカード
(ワ) アナログモデム - 56K PCI モデム

LANは標準装備ですが、当時はモデムも標準装備でした。ソフトバンクがヤフーBBモデムを配るのはもう少しあとのことで、当時は電話回線でインターネットをやっている人も珍しくありませんでした。
僕はその頃フレッツISDNだったので、電話回線ではなくLANケーブルを使っていました。通信速度は、今の光回線と比べたらさすがにかわいそうなレベルでしたが。

(カ) モニター - 15インチ EV500 カラーモニタ(ブラウン管)
前のパソコンのモニターがブラウン管の17インチだったので、サイズも解像度も低い15インチのモニターは必要なかったのですが、前のパソコンも使い続ける必要があったので、モニターもいっしょに買いました。
2000年当時は液晶モニターがそこまで普及していなくて、当時務めていた会社でもモニターはみんなブラウン管でした。当時最新鋭だったiMacもブラウン管でしたし。2001~2002年頃が、ブラウン管から液晶に置き換えられる過渡期だったと思います。
当時のモニターの事情については、以下の記事が参考になります。

価格破壊の2001年液晶ディスプレイ市場──2002年は解像度に注目(2001年12月29日 ITmedia)

(ヨ) キーボード - 109 Key 日本語 キーボード
(タ) マウス - MSインテリマウス & Gatewayマウスパッド

ゲートウェイのロゴが入ったキーボードは2016年まで使い続けていました。今でも非常用のキーボードとして自宅に置いてあります。
マウスとマウスパッドはとっくの昔にどこかへ行ってしまいました。消耗品だから仕方ありません。

(レ) ソフトウェア - なし
Microsoft Excelとかあると便利なんですけど、自宅のパソコンを仕事に使うわけではないので特に買いませんでした。
国内メーカー製のパソコンだと、あまり必要のないソフトが最初からいろいろと入っていたりするのですが、ゲートウェイのようなBTOのパソコンは必要最小限のソフトしか入っていなくて、そこはとてもありがたいところです。

(ソ) OSをWindows 98SEからWindows 2000にアップグレード
当時Windowsは2系統あって、一般ユーザー向けの95→98のラインと、サーバー向けのNTのラインがありました。2000年、先にNT系の「Windows 2000」が出て、そのあとに98の後継の「Windows Me」が出たのですが、翌2001年には2系統のWindowsを統合した「Windows XP」が発売されました。
僕がWindows 2000を買ったのは確かXPが発売されたあとでしたが、「2000は動作が軽く安定している」という話を聞いていたので、あえて1世代前のOSを選びました。Meは検討材料にすらしませんでした。
実際に、98SEと比べると安定的で軽くて快適なOSでした。

(ツ) メモリーを256MB追加して、384MBに増量
OSを新しくするのに合わせてメモリーも増強しました。Windows 2000ではたった384MBのメモリーでも快適に動きます。今みたいに高い処理能力を要求するようなソフトもなければ、動画サイトでハイビジョン動画を普通に見るような時代でもなかったので。

(ネ) USB2.0の端子を追加
今どきのパソコンには標準でUSB3.0の端子がついています。転送速度がさらに速いUSB3.1という規格もあります。今となってはUSB2.0の転送速度では外付けハードディスクを動かすのがつらいレベルですが、2000年当時はさらに低速なUSB1.1という規格が標準でした。
外付けハードディスクを使うために、当時の基準ではじゅうぶんに高速なUSB2.0の端子を、本体の拡張スロットで追加しました。

日本から突然の撤退。サポートもよかったのに

僕がパソコンを買ってからわずか1年後、ゲートウェイは日本市場から突然撤退してしまいます。

ゲートウェイカントリーを訪れる人びと(2001年8月30日 ITmedia)

名古屋にもゲートウェイカントリーはありました。大津通沿いの、今の矢場とんがあるあたりです。ここも東京の店舗と同じく、いきなり店じまいしてしまいました。
直接の原因はアメリカでの経営不振ですが、日本でも2000年の時点であの光通信と手を組むなど、迷走は始まっていたようです。

ある社員が語る“ゲートウェイの最期”(2001年8月31日 ITmedia)

ゲートウェイはユーザーサポートで高い評価を得ていました。僕も買ったばかりのパソコンのOSがうまく立ち上がらないなどの不具合が発生したときに、深夜2時すぎにサポートに電話をかけたら親切に対応してくれて、すぐに不具合を修正したシステムCDを送ってくれたという経験があります。
その後も、「電源ボタンがめり込んで電源を入れるのが難しくなった」という物理的な不具合を除いて、パソコンはとても快適に動いてくれました。
本当にだめなメーカーだったら撤退しても仕方ないよねと思えたのですが、しっかりしたパソコンを作っていたので、こういう終わり方はとても残念でした。

ゲートウェイは会社として破綻したわけではなく、その後も存続してパソコンを作り続けて、2004年頃には再び日本市場に進出したのですが、2009年に台湾のエイサー社に買収されて、会社としての歴史は終わったということです。

「高輪ゲートウェイ」という駅名はいつまで存続できるんですかね。

「続きを読む」機能の追加と、Movable TypeのSSL化の盲点

2018年11月13日(火) 21:33 | 日記

CSSのみを使って「続きを読む」を設置

Movable Typeで構築している当サイト「フォーキー☆カーニバル」は、トップページにアクセスすると最新7件の日記が全文表示される仕様でした。1件当たりの記事がそこそこ長いので、7件分になるとかなり縦長になってしまい、特にスマホで表示させた場合はスクロールが途方もなく長くなってしまいます。
かといって各記事のタイトルのみを表示させるのも味気ないし、トップページにアクセスするだけでそのまま最新の日記が読める環境は維持したかったので、その折衷案として、「続きを読む」方式にしてみました。

具体的には、トップページとカテゴリー別記事ページ、月別記事ページについて、それぞれ各記事の途中まで表示させて、「続きを読む」をクリックまたはタップすると全文が表示されるという仕様にしました。
HTMLとしてはすでに全文が読み込まれた状態で、CSS3のデザイン処理によって記事の途中から見えなくしているだけなので、「続きを読む」をクリックすると全文が一瞬で表示され、タイムラグは発生しません。

以下のサイトを参考にして作りました。

コピペでできる!CSSとhtmlのみで作る「続きを読む」の開閉ボタン

CSSだけで作る超軽量アコーディオン開閉「続きを読む」「もっと読む」「more read」(スマホ対応)

「続きを読む」の左のアイコンは、「Font Awesome」というウェブフォントを使って表示しています。

これで縦方向のスクロールはぐっと少なくなり、次の記事への遷移が楽になったのですが、一方で記事全文を読むためにはクリックやタップというひと手間が強いられることになります。冒頭に写真があるページだと、タイトルと写真しか見えないから「続きを読む」って何の続きだよという話ですし。
あちらを立てればこちらが立たないということで、どちらかの不便は受け入れないといけません。

盲点は「ポップアップ画像」のHTML

前回の日記で当サイトをSSL化(http→https)したことを書いたのですが、上記の作業に伴って過去の日記をチェックしていたところ、SSL化がなされていないところが見つかりました。
「ポップアップ画像」の画面です。
たとえば下記のページが該当します。

不運の鈴(2017年8月13日)

このページの画像のいくつかは、クリックすると拡大した写真が別ウインドウで開く仕組みになっています。その別ウインドウもHTMLページとして生成されるのですが、ここのHTMLが参照している画像のURLが、「http://」のままになっていたのです。
ここはMovable Typeの一括置換では変更できない場所で、記事ページを再構築しても変わらず、おそらくはMySQLを直接編集して変更することもできず、変更するとしたら以下のふたつの方法にしぼられます。

1. 画像をアップロードし直して、ポップアップ画面のHTMLをあらためて生成する
2. 該当するサーバー内のHTMLファイルを直接編集する

画像をアップし直すのは時間がかかるし、ポップアップ画面を使っている日記は上記を含めて2ページのみで、修正すべきHTMLも合計10個程度だったので、2の方法でHTMLを修正しました。今はすべて「安全な接続」になっているはずです。

動的ページをスピーディーに表示させたい

Movable TypeはWordPressと違って静的なページが生成できて、トップページや記事ページの読み込みがスピーディーなのが大きなメリットですが、静的ゆえにかゆいところに手が届かなかったり、トップページのページ送りなど動的なページ生成が極端に遅くなったりといった不便さもあります。これはMTそのものの問題なのか、ウェブサーバーの仕様の問題なのか、あるいは本サイトの作り方がよくないのか、原因は分かりません。

とにかく当面の課題は動的ページの挙動のスピードアップです。トップページの最下部から「次の7件」をクリックしたときのもっさりとした動きをなんとかしたいです。とりあえずMTの管理画面で、テンプレートモジュールの中でキャッシュを有効にしても差し支えなさそうなところを有効にしたりして、サーバーの負荷を少しでも減らそうと試みたのですが、いくぶんか効果があったのか、表示のスピードが上がったような気がします。

また、本サイトはMovable Type 6.3.7というひと世代古いバージョンで動かしているのですが、PHPのバージョンが7.2だと動的ページが表示されず、7.1で動かしています。今後のことを考えるとMTを最新のバージョン7にアップグレードすべきなんでしょうけど、動作しなくなるプラグインがありそうなので、しばらくあとにしようと思います。

サイトをSSL化しました

2018年11月 9日(金) 22:59 | 日記

今回の日記は、当サイト「フォーキー☆カーニバル」をSSL化した話です。

SSL化とは、ひとことで言えば通信の暗号化です。当サイトにはコメント欄や検索フォームがありますが、そこに入力した内容が、たとえ第三者に通信を傍受されたとしても知られにくくなります。
SSLに対応しているサイトは、アドレスが「http://」ではなく「https://」で始まります。多くのブラウザーでは、アドレスの前に錠前のアイコンが表示され、クリックすると「安全な接続」というメッセージが表示されます。

もともとSSLは、クレジットカード情報など他人に知られたらまずいIDやパスワードを送信する画面で使われていたのですが、近年ではウェブサイト全体をSSL化することが推奨されています。ブラウザーもその流れを後押ししていて、たとえばChromeでは、SSL化されていないサイトにアクセスすると、アドレスバーに「保護されていない通信」と表示されるようになりました。

下記のサイトにSSL化に関する詳細が載っています。

常時SSL化とは?Webサイトの常時SSL化の効果と注意点 | さくらのナレッジ

SSL化する前の当サイトのトップページにFirefoxでアクセスすると、アドレスバーには錠前に赤い打ち消し線が入ったアイコンが表示され、いかにも「危険ですよ」的なメッセージを発していたのですが、今はきちんと緑色の錠前のアイコンが表示されています。今後は当サイトを安心してにご覧いただけます。

SSL化は、ウェブサーバーやサイトそのものの仕様にもよりますが、ワンタッチでできるものではありません。いろいろと段階を踏む必要があります。
「フォーキー☆カーニバル」をSSL化したときの手順は以下のとおりでした。

(1) レンタルサーバーの設定を変更

当サイトはさくらインターネットのレンタルサーバーで運営しています。さくらインターネットのコントロールパネルに「ドメイン/SSL設定」という設定項目があり、ここでSSLの設定を行います。
当該のドメイン名(当サイトの場合は「folky.saloon.jp」)の「変更」のメニューで、「共有SSLを利用する」を選ぶだけで設定は完了します。

従来は、サイトにSSLを適用するためには専門の業者のサービスを導入する必要があって、今でもセキュリティのしっかりしたSSLを利用するためには年数万円から数十万円のサービスを契約することになるのですが、近年グーグルなどがウェブサイトの常時SSL化を強く推奨しているなどの風潮を受けて、さくらインターネットはレンタルサーバーのユーザーに無料でSSLを提供するようになりました。さくら以外の主要なレンタルサーバー会社でも同様の対応がなされているようです。

さて、これでアドレスバーに「https://folky.saloon.jp/」と打ち込めば、これまでの「フォーキー☆カーニバル」と同じ内容で、なおかつ安全な通信が可能なサイトにアクセスできるのですが、実際にアクセスしてみると、真っ白な背景に文字が無造作に並ぶ、なんとも殺風景なページが表示されました。サイトのデザインを規定するスタイルシートのファイル(CSS)が読み込まれていなかったことが原因です。
SSL化したサイトでは、セキュリティの観点から、SSL化されていない領域のファイルは読み込まない仕様となっています。

これでは困るので、サイトのHTMLを書き換えてあげる必要があります。

(2) 各ページで読み込む外部ファイルもすべて「https」にする

サイト上で読み込む画像ファイルや、CSSやJavaScriptなどのファイルも、SSLに対応させる必要があります。
通常のHTMLであれば、全ファイルを一括置換で「http://folky.saloon.jp」を「https://folky.saloon.jp」に変換すればいいのですが、当サイトはMovable Type(MT)というシステムを使ってHTMLファイルを生成する仕組みなので、MTの管理画面で設定を変更する必要があります。

結論から言うと、3つの手順だけですみました。
1点めは、MTの管理画面で「ウェブサイト」のURLの設定を「https」に変更すること。変更して再構築をかければ、全ページのCSSやJSなどのファイルのリンク先も「https」になります。
ただこれには前提条件があって、各テンプレートの該当箇所が<$mt:BlogURL$>というMTの内部のタグで書かれている場合に限ります。タグではなくリンク先のURLを直接打ち込んでいる場合は、テンプレートを手動で直接編集するか、テンプレートで一括置換をかける必要があります。

2点めは、「mt-config.cgi」という設定ファイルを直接編集すること。CGIなどのアドレスについて、「http」を「https」に変更するだけです。

上記2点の対応だけでは、画像のリンクは「http」のままです。そこで最後の3点めとして、画像のリンクは記事ページの一括置換で、すべてのページを「https」に変更します。ついでにサイト内リンクのアドレスも「https」に変更してしまいます。当サイトには3000本以上の記事がありますが、一括置換は管理画面から簡単に行えて、時間も1分程度で完了しました。

これで、全ページが無事にSSL化されました。

(3) 「http://」へのアクセスを「https://」にリダイレクトさせる

SSL化されたサイトが正常に動くことを確認したところで、今後は「http://folky.saloon.jp/*」へのアクセスはすべて自動的に「https://folky.saloon.jp/*」に遷移させるようにします。
その方法は、サーバー内の「.htaccess」というファイルに記述を加えるというもの。ここでその詳細は説明しませんが、「httpsに301リダイレクト」でインターネットを検索すると、やり方が書かれたサイトが見つかると思います。

SSL化の手順は以上です。

SSL化のついでに、PC版のサイトの横幅を少し広げたり、スマホ版のサイトで記事本文の文字を大きくしたりと、デザインの調整もしました。
当サイトをレスポンシブに対応させたのが今からちょうど5年前ですが、当時設定したフォントサイズが、今のスマホの解像度では相対的に小さく見えるようになりました。

当サイトがスマートフォンに対応しました(2013年11月14日)

もとからレスポンシブ対応のデザインテンプレートがあったわけではなく、すべて手作り。我ながらうまくできたと今でも思っています。

東京でひとり暮らしを始めて14年め

2018年11月 1日(木) 23:51 | 日記

愛知県の実家から東京に引っ越したのが、今日からちょうど13年前の2005年11月1日のことでした。
この日記は、ちょうどその2005年11月1日の午前5時57分から始まっています。今見返してみると、携帯電話で撮った小さなサイズの写真が時代を感じさせます。

箱根峠

なぜ箱根峠にいたのかというと、実家から車に乗って、引っ越し業者の段ボール箱に入りきらなかった荷物を自分で運んで東京に来る際に、駐車場で休憩したためです。当時は仕事が決まっておらず収入がゼロだったため、高速道路を使わずに国道1号線ではるばる愛知県から走ってきました。しかもその車は当時乗っていたホンダのシビックではなく、シビックが故障して修理に出していたときに業者から借りていた代車の軽自動車でした。業者としてもまさか代車を東京との往復に使われるとは思っていなかったはず。

そのあたりの詳細は後日の日記に書いてありました。

11月1日から4日のまとめ

なぜ初投稿の日記がこんな中途半端な始まり方をしているかというと、もともとこの日記は、2004年5月に始めたゲームセンターのオンラインクイズゲームのプレイ日記から派生したもので、その日記からゲームに関係ない記事を抽出して独立させたという生い立ちによるものです。実際に初期の日記には、そこかしこにクイズゲームに関する記述があります。

そこからいろいろなことがあって13年。今日まで生きてこられたのは運がよかっただけだと思ってるし、この強運がいつまで続くか分からないし、いつまで東京で暮らすかも分かりませんが、東京に来て14年めとなるこの1年も、命ある限りのんびりと生きていこうと思います。

さらに厳しい食事制限

2018年10月31日(水) 23:46 | 日記

今年の2月に「やせよう」と思い立ってから半年以上が経ちましたが、今もいちおう食事制限を続けています。
当初は順調に減っていた体重も、最近はずいぶんと減りにくくなりました。4か月前の時点からたったの3キロしか減っていないうえ、ここ1か月はまったく体重が変化していないという現実に直面して、これからどうしようか悩んでいるところです。4か月前の日記でも「この先さらに体重を減らそうと思ったら、より厳しい食事制限と、運動する機会を増やすことが必要になりそうです」と書きましたが、いよいよそのとおりになってきました。

実は、9月頃から新しい食事制限を始めています。これまでの「夜は原則として何も食べない」というのをさらに厳しくして、「昼は炭水化物を大幅に減らす」という縛りを加えました。
具体的には、米や麺類のような炭水化物を避けるというやり方です。以前までは「夜は食べないんだから昼は多めに食べてもいいよね」ということで遠慮なく食べまくっていましたが、それをやめて、昼食は会社の近くの弁当屋さんで惣菜だけを買って食べるようにしています。惣菜も揚げ物はなるべく避けて、脂肪も取りすぎないように気をつけています。
摂取できるカロリーは必然的に減ってしまうので、夜になると空腹で苦しい思いをしますが、かなり慣れてきました。

炭水化物を減らした効果はある程度は出ているようで、太っていたときに買った服がさらにゆるくなった感じがするし、他人から「やせた」と指摘される機会も増えたような気がします。
それなのに、体重はほとんど減っていません。

理由はある程度分かっています。実際には上記のような食事制限はそこまで徹底できていなくて、だいたい週2回は高カロリーな夕食をアルコールとともに摂取しています。週4~5日はがんばるけど、週末は自分を甘やかすというスタイル。そりゃ毎日空腹だとやってられないし、週末は外出して体を動かしたり逆に動かさなかったり(ライブハウスで立ちっぱなしだったり)、人と会ったりもしているから、そういうときくらいはおいしいものを食べたい。

現状では、「週4~5日の食事制限」でようやく今の体重をキープできている感じです。その体重は決して健康な人の水準ではなく、標準値より9キロ近くも重いから、本当はもっと減らさなければいけないのですが、苦しい思いをしてまでやりたくないというのが本音です。苦しかったら今日まで続いていなかったでしょうし。

これ以上やせるためには、いよいよ運動が必要になってきました。果たしてそこまで踏み切れるのかどうか。経過はまたいつかお伝えしたいと思います。

アイドルの解散に立ち会った報告

2018年9月30日(日) 23:59 | アイドル

中野サンプラザ
9月22日、中野サンプラザ。PASSPO☆解散。

山中湖交流プラザきらら
9月24日、山中湖交流プラザきらら。ベイビーレイズJAPAN解散。バイクで片道2時間の長旅でした。

先日の3連休はこの2組のほかにベボガ!、AISも解散しました。

年初からGEM、アイドルネッサンス、Cheeky Parade、チャオ ベッラ チンクエッティが解散して、もうすぐバニラビーンズも解散するという、僕らアイドルファンにとっては時代の転換点となった2018年。中でもPASSPO☆は個人的に大好きなアイドルグループだったので、自分にとっては大きな衝撃でした。

実際に2組の最後のライブを見に行ったわけですが、解散を見届けたあと、アイドル全般への興味自体が失われてしまうのではという心配というか、それは心配と呼ぶべきではなくて順当な心の移ろいなのかもしれないけど、そうした変化が起こるのかなと思っていたけれど、今のところはそうでもないみたいです。
とはいえ、アイドルのライブを見に行く機会や、アイドルの動画配信やSNSなどを見る機会はこれまでと比べたら減っているのも事実で、昔から見てきたアイドルが解散するかどうか以前に、アイドルとの向き合い方が変わっているのかもしれません。

つい先ほど、SUPER☆GiRLSの5人のメンバーが1月に卒業することが発表されました。新メンバーの加入が決まっているとはいえ、9人中5人が一度に去るというのはメジャーなアイドルでは異例なこと。3人は初期から8年半、あとの2人も4年間在籍しているから、アイドル活動をやりきったうえでの卒業ではあるのですが。

とはいえ、長期間活動してきたアイドルの解散や卒業を惜しむことができるのも、その姿を長期間見てきたからこそ。サッカーや競馬などのプロスポーツもそうですが、長く見てきたからこそ楽しめることは多くて、たとえば自分にとってプロ野球はそれほど熱心なファンではないけれど、昔の選手を知っているからこそ最近の試合を楽しめる部分があるし、アイドルも90年代と比較するという視点があるし(分かりやすい例だと、ハコイリムスメがカバーしている昔のアイドルの楽曲をリアルタイムで知っていたりします)、たぶん飽きない限りは今後もアイドルをゆるく眺め続けるんじゃないかなと思っています。