ふと受験生だったときを思い出してみる

2014年2月 3日(月) 23:59 | 日記

朝、いつものように武蔵境駅へ向かうと、交差点でたくさんの若者が信号待ちをしていました。
今日は日本獣医生命科学大学の入試の日です。
信号が青になると、100人近い受験生たちが大学の校門に吸い込まれていきました。心なしか足取りは重たい感じ。無理もないですね。楽しいことをしに行くわけじゃないですから。

自分が大学を受験したのは、今から19年前のことです。
18歳になったばかりの、2月のそんなに寒くない金曜日。京都へ行くのは、小学校の修学旅行以来でした。
試験は土曜日と日曜日の2日間。出発前から試験1日めのことを、今でも鮮明に覚えています。
当時はまっていたアニメ「セーラームーンS」の最終回の録画を予約して出かけたこと。
金曜日の夜にホテルの部屋のテレビをつけたらKBS京都の「競馬展望」という番組がやっていて、土曜日の阪神のメインレースである仁川ステークスの予想をしていたこと。
そのホテルでは、コンビニで買った普段は飲まないペットボトルの緑茶を飲みながら、最後の悪あがきで英語の長文の参考書を読んでいたこと。
1日めの昼食を買ったコンビニが、当時愛知県に1軒もなかったセブンイレブンで、レシートをもらってちょっとテンションが上がったこと。

それ以外の記憶は、ほとんどありません。
1日め、試験を終えたあとどうしたんだっけ。たぶんホテルの送迎バスに乗ってさっさと帰ったはず。あのホテルの周りには何もなかったし、夕食を食べたらさっさと寝たんだっけ。何も覚えてない。
入試2日めのことも記憶がありません。確か午前中に国語、午後に数学があったと思います。いや国語は1日めの午前だったかな。
数学は150分という長丁場でした。解答用紙と別に計算用の白い紙を渡されて、両方とも提出しました。

同じ高校で、同じ大学を受けた人はたぶん30人くらいいましたが、あの学部を受けたのは僕だけ。話し相手のいない孤独な空間でしたが、今以上に性格がひねくれていた当時の僕にとっては、むしろ孤独こそが日常。今も昔も「どうせなるようにしかならない」という投げやりな性格がいい方に働いて、試験はまるっきり緊張せずにのぞめました。そしたら運良く合格できました。

そんなわけで、誰も頼んでないですけど、僕がいかにして難関国立大に合格できたか、どんなふうに試験にのぞんだかを振り返ってみたいと思います。
これから入試を受ける方には「もう遅いよ」って話かもしれませんが、難関国立大を目指す高校2年生の皆さんと、高校2年生の弟や妹やお子さんや甥や姪などがいる大人の方は、参考にできるところは参考にしていただければ幸いです。

【数学、物理、化学】

(1) 基礎となる理論は覚えていて当たり前

特に物理や化学はそうですが、決まっていることはそのまま覚えていなければどうにもなりません。覚えていることを前提として、それをどう展開していくかが問われるわけです。暗記が苦手で理系を選んだ人もいると思いますが、こればかりは覚えるしかありません。どっちがサインでどっちがコサインか迷ってたらたぶん受かりません。ブドウ糖の構造式なんて考えて導き出すものではありません。
化学なんてなにげに覚えることが多いし、記憶だけでも足りなかったりするから、けっこうたいへんでした。
その点、数学は覚えるべきことは少ないので、ある意味楽です。

(2) 問題を解きまくって、試験に慣れる

過去問に当たって、理論や定理から問題の解答にいたる道筋をいろんな方法でたどってみる。これを時間が許す限りやりまくる。
こういう訓練を重ねることで、実際の試験でも頭が柔軟に動くようになります。僕の場合、センター試験から二次試験の間は学校が休みだったので、1日6~7時間くらいは何かしら問題を解いていたと思います。
いきなり難しい問題に挑戦して、わからないからすぐに答えを見るのは非効率です。自分ひとりで解けるぎりぎりの問題を解いていきながら、「自力で解答にたどり着く」という経験を重ね、そして徐々に難易度を上げていくのがいいと思います。
もちろん、基礎をきちんと覚えているのは前提条件です。基礎ができてないのに過去問を解いてもたぶん効果は薄いと思います。
本番が近づいてきたら時間配分も意識して、脳だけでなく体全体を試験モードに近づけていくことも重要です。

【英語】

(1) とにかく英語の長文を読みまくる

僕は英語があまり得意ではなかったので、まずは「英語の長文に慣れる」というところから始めました。試験には制限時間があるので、きちんと時間内に英文を読みきれないと話になりません。英文を読むときはわからない単語に引っかかったりせず、とりあえず読み進めてみる。読んで大筋を理解する。細かいところを調べるのはそのあと。こっちの方が、わからない単語に出くわすたびに辞書で調べるより、言葉の意味が頭に定着するような気がします。
暗記が苦手な僕にとって、単語は単語帳では覚えられないので、文章の中で理解するようにしていました。

(2) 「音」を意識する

僕は英語があまり得意ではなかったので、字面を追いかけるだけではなかなか理解が進みませんでした。だから英文は実際に音読してみたり、それができない環境では頭の中で音読して、英語を「音」で理解するよう心がけていました。これは中学生のときに通っていた塾の先生に教わったことでもあります。
言語って文字より音声の方が先にできたわけだから、理にかなってますよねきっと。

【国語(現代文)】

現代文については「こういう勉強をしたらうまくいった」というのはないんですけど、ひとつのきっかけになったのが、高校2年の春から始めた日記でした。もちろん、1993年の話ですからブログとかSNSの日記なんかではなく、ノートにシャーペンで字を書くタイプのリアルな日記です。
ポイントは、日記といえど日々の記録にとどめるのではなくて、「誰かに読んでもらう体で書く」ということ。実際に僕の日記は他人に読まれたことはないんですけど、たとえば「未来の自分に向けて書く」という設定でもいいかと思います。
実際にどんなことを書いていたかというと、たとえば学校やプライベートで起きたこと。友人と話したこと。買い物をしたこと。あるいは、好きなスポーツの結果とその感想。当時は競馬とF1のことをよく書いていました。誰かに説明するような感じで。架空の読者に対して、自分の心の中の風景と同じ風景が見せられるように、最適な表現方法を探り続けながら。
これをやると何がいいかというと、「頭の中にある抽象的な概念を言語化する」という力が鍛えられます。抽象的な概念と具体的な言語の間をスムーズに行き来できるようになれば、たぶん現代文の読解もスムーズにできるようになる。自分ではそんなことまるっきり意識していませんでしたが、毎日欠かさず日記を書いているうちに、知らないうちにそういう力がついていたみたいです。高校3年生になって、現代文の学年順位が突然上がりました。
今自分が文章を書く仕事をしているのも、このときの体験がもとになっていたりします。

【試験の心構え】

・試験って要はスコアアタックです。目の前の問題を解くことだけに集中しましょう。スポーツじゃないんだから、他人の存在なんて関係ありません。ただひたすら孤独に、点数と戦うのが試験です。

・やっぱり平常心が大切。初めて来た場所で、周りは知らない人ばかりという環境では緊張してしまう人もいるかもしれませんが、いかに慣れない環境であろうと、とにかくスコアアタックに入り込むこと。よけいなことは考えちゃいけません。本番で実力以上のものは絶対に出せないんだから、気負っても仕方ありません。開き直りましょう。

・昼食は糖分を取るのがいいかもしれない。菓子パンなんかおすすめ。確か僕も甘いパンを食べました。

これはあくまでも「実際に大学に合格した人がたまたまこういうことをしていた」という一例であって、「こういうことをしたから大学に合格した」という因果関係ではないことにご注意いただければと思います。同じことをしても効果があるかもしれないし、ないかもしれません。

昔同じことを語ってた

2014年2月 5日(水) 00:54 | 日記

きのうは受験勉強に関する日記を書いたんですけど、さっき調べてみたら、ちょうど3年前にも似たようなことを書いていたことに気づきました(現役で超難関大学に合格した16年前のこと)。前に言ってたのとほぼ同じことをドヤ顔で語ってしまったことに恥ずかしさを感じるとともに、3年も持たない自分の記憶力のなさにがっかりしました。
どうりで19年も前のことをすらすらと思い出せたわけだ。3年前に同じことをやってたわけですから。
同じ人が書いた文章だから、語りたいポイントは違っていても、大筋ではほとんど同じです。同じすぎて気持ち悪くなります。でも3年前の記事の方が内容が実践的ですね。

自分にとって大学受験は「流れに乗って成功した体験」だったから、実際そんなに詳しく覚えてないんですよね。「流れに逆らって成功した」とか「がんばったけど失敗した」とか、困難に立ち向かった経験の方が記憶に残るものです。たとえば僕の場合、センター試験の数学Iや数学IIで満点を取ったことより、世界史が79点だったことの方が思い出に残っていたりします。
成功した人たちのサクセスストーリーの中には、もちろん血のにじむ努力をして、数え切れないほどの挫折を乗り越えた末に成功を勝ち得たというものもありますが、逆に「流れに乗って生きていたら、いつの間にかうまくいってた」という類の話もあるはずです。ただ、後者のストーリーはあまりおおっぴらに語られることはありません。
ほかの人にとっては「血のにじむ努力」になりそうなことでも、本人にとっては「流れに乗ってやったこと」だったりするから、その人の話からは「こんなふうにして苦しみに耐えた」みたいな教訓やノウハウは得られない。これから努力をしようという人にとっては、そういう話はたいして参考にならないわけです。それ以前に「流れに乗って成功した」という体験を本人の視点で語れば、ただの自慢話にすらなりかねません。
そこを無理やり思い出して、自分なりに「血のにじむ努力」とまではいかないけれどそれなりにがんばった部分をピックアップして、記事にまとめたのがきのうの日記です。
逆にいえば、受験勉強と友達との時間とゲームとアニメをきちんと両立させたうえで、空いた時間はきちんと勉強しようという姿勢で大学受験にのぞむ人にとっては、しっくり来る内容かもしれません。僕も10代の貴重な時間を受験勉強だけに費やすのは本末転倒というか、「手段の目的化」の最悪なパターンだと思っているので、よほどの事情がない限りはおすすめしません。

あと、今の高校1年生や2年生にアドバイスするとしたら何でしょうかね。「授業はちゃんと聞きましょう」ってことでしょうか。どうせ学校に毎日何時間も拘束されるんだから、その時間に勉強しとかないと損でしょ、という単純な話です。特に進学校と呼ばれる高校ではハイレベルな授業をしているはずなので、授業についていきさえすれば、家でやることは「授業についていくための準備」程度ですみます。なんなら家じゃなくて、授業の前の休憩時間でもやれそうなこと。プライベートな時間は友達と遊んだり、バイトでもしたり、家でごろごろしていればいいと思います。
これも過去に日記で書いたことじゃないかと思って不安になったので検索したら、書いてなかったようです。よかった。
今後も「フォーキー☆カーニバル」は新鮮な情報満載でお届けしていきたいと思います。

アイドリング!!!4期生の渋はちライブ

2014年2月 6日(木) 03:41 | アイドル

花
今日のアイドリング!!!の渋はちライブは、2010年春に加入した4期生4人によるスペシャルライブでした。
僕にとっては、去年のクリスマスに見た3期生スペシャル以来の渋はちです。

2009年に3期生が加入して以来、今につながるアイドリングのいい雰囲気ができあがっていた中で、4期生の5人は個性を発揮できるまで時間を要しました。尾島さんは大川さんとの相撲企画のおかげで、早くから身体能力の高さとふてぶてしさを見せつけてくれましたが、ほかの4人はなかなか目立てませんでした。それでも時間を重ねていくうちに、野元さんの運動神経と泣き芸と大食いデブキャラ、伊藤さんの適当キャラとパクリキャラ、倉田さんの毒舌キャラ、後藤さんのすべり芸が開花されて、今では4期生はテレビでもライブでも欠かせない存在になりました。

今回の衣裳は、最近ではいちばんアイドルっぽいカプリコのCMのやつ。ライブは4期生が加入して最初のシングル曲「目には青葉山ホトトギス初恋」と、アイドリングのデビュー曲「ガンバレ乙女(笑)」で幕を開けました。
メンバーの自己紹介のテーマは「4期生の第一印象」。22号の倉田さんが伊藤さん、後藤さん、尾島さんのことを話したあとに、おそらくステージ下の森Dにうながされて、24号野元さんのことも話してくれました。伊藤さんも、後藤さんも、尾島さんも、14歳だった野元さんとの思い出を語りました。
森さんもメンバーも、野元さんが今いろいろとたいへんな状況にあることは知っているはずです。それでも、3年近い時間を過ごした仲間を今でも大切に思う気持ちをファンに見せてくれた。これがアイドリングというチームの素敵なところです。
尾島さんが「まなは最初は正統派を目指していた」みたいなことを言ったら、伊藤さんが「今でも正統派をあきらめてないみたい」と答えました。やっぱり野元さんの近況を知ってるんですね。
4人のメンバーがひとりずつソロで歌ったとき、伊藤さんは「まなみの分も歌います!」と宣言してからの「ロマンティック浮かれモード」。野元さんがカラオケでいつも歌っていた曲だそうです。
最後のあいさつでは、尾島さんが「いつか、どこかのおデブちゃんもいっしょにライブがしたい」と言ってました。
みんなから好かれたまなちゃん。いつかまた、5人で歌うところを見たいものです。

さて、4期生だけでライブをやると聞いて、やっぱり真っ先に気になったのは尾島さんです。
いつもの10人体制の渋はちと違って、今回は4人しかいないから、必然的に歌のパートは多くなります。天性の音痴である尾島さんがライブを無事に乗り切れるのか。尾島さんがひとりで歌うたびにひやひやしながら見ていましたが、思いのほかうまく歌えててびっくりしました。音痴なりに努力した結果。尾島さんはできる子でした。「粉雪が舞う街並みで」のサビだけソロで歌った直後に、安心したせいで「遙かなるバージンロード」のセリフが飛んだのはご愛敬。いつものようにダンスの振りが最小限なのもご愛敬。
伊藤さんの歌唱力が安定していたことにも驚かされました。アイドリングでは少ない「かわいいアイドル声で歌えるメンバー」ですが、これまでは音程がなかなか安定しないのが課題でした。でも今日は、普段あまり歌わない曲のパートもばっちり決めてきました。
倉田さんはいつも以上にかわいかった。もともとダンスのスキルが高いし、いろんな表情を見せてくれるのですが、今回は気心の知れた同期だけのライブということで、いつにも増してリラックスした表情に見えました。
そして後藤さん。気をつかってばかりの先輩と手のかかるNEO期がいないと、こんなに明るくなるんですね。今日の後藤さんは輝いていました。中島みゆきさんの「糸」をソロで歌っているときは、あまりのはまり具合に一瞬AeLL.の西恵利香さんに見えました。

「サマーライオン」を歌ったときは、くじ引きで選ばれた観客6人を問答無用でステージに呼んで、黒ひげゲームで黒ひげを飛ばした人がサビの「強く抱きしめてよライオン」のところをメンバーといっしょに歌うという、特典だか罰ゲームだかわからないゆかいな催しがありました。観客も油断していられません。試されています。でも愛があれば乗り越えられるはずです。ステージに立ったファンの男性は、見事に愛で乗り越えてみせました。

ばらばらすぎる個性が集まった4期生。確かに、本人たちが言うようにそこまで仲が良くないのかもしれないけど、もしかしたら、みんなの適度な距離感がいい雰囲気を作っているのかも。
心地よい空気感の、とても楽しいライブでした。

コーヒーブルース

2014年2月 8日(土) 01:35 | 日記

ひさしぶりに三条堺町のイノダっていうコーヒー屋へ行きたいフォーキーです。
京都といえばおとといの水曜日、アイドリングのライブが終わったあと、渋谷で大学時代の友人たちとお酒を飲みました。

「それコーヒーにも投資できる?」
CFD投資の話題になったときに、某大手飲料会社で働く友人に聞かれました。
「コーヒー豆が高騰してたいへんやねん」

さっそく携帯のトレード画面でコーヒー豆のチャートを見ると、確かにここ1週間で価格が急激に上がっていました。
米国コーヒー先物CFD5月物
食料系の先物取引は、価格変動が大きいし先が読みづらいということで、これまでずっと避けてきました。
でも今年に入ってから銀と原油のCFD投資の調子があまりよくないし、ひさびさに会った友人から「コーヒー」という言葉が出たのは何かの必然ではないかと思い、ここはひとつコーヒーのCFD投資で遊んでみようと思いました。

1月下旬には1ポンド=115セント付近で推移していた米国コーヒー先物の5月物の価格は、きのう(2月6日)の時点で145セントまで高騰していました。急激に上がったあとは必ず調整が入るはずだと考え、CFDの価格が143だったときに145のショートを1万枚注文。時価で1万4500ドル、日本円では148万円分です。価格が1ドル動けば、約1万円の損益が発生することになります。
夜10時ごろに注文を出して、30分ほどで145に戻って約定。140で決済注文を入れました。その後は144~146を行ったり来たりの値動きが続いていたので、新たに150での指値注文も追加して、寝ることにしました。
米国コーヒー先物CFD5月物15分足
朝起きてトレードツールを立ち上げたら、さっそくコーヒーが約定されていました。寝ている間にコーヒーのCFDは140セントで無事に決済され、5万円の利益を獲得しました。Aくんありがとう。
ただ、コーヒーの価格は140どころか、一時は134近くまで下がっていました。暴落と呼んでいいレベルの極端な落ち方です。うまくやれば10万円の利益が出せました。でも、そうやって欲をかき始めるとろくなことにならないので、ここは「ひと晩寝たら5万円増えた」という幸運を素直に喜びたいと思います。生まれて初めてコーヒーCFDのショートを仕込んだ日にさっそく暴落するなんて、よく考えたらものすごいビギナーズラックですから。

でも過去5年のチャートを見ると、1月時点での115セントはむしろ底値に近いんですね。2011年には米国コーヒーのスポット価格が300セントまで上がったこともあるので、ショートで狙うならデイトレードと割り切った方がよさそう。ただ、サクソバンクFX証券の場合ですが、コーヒーはスプレッドが原油などと比べるとべらぼうに大きいので、よほど自信があるときでなければ、デイトレでは安易に手を出さない方が賢明かもしれません。
中長期的な戦略としてはある程度値下がりしたところでロングを仕込んで、異常気象などの突発的な要因で高騰するのを気長に待つのがいいかもしれませんね。

雪すごいね

2014年2月 8日(土) 17:40 | 日記

東京都武蔵野市某所にある自宅の窓から。12時30分。
自宅1
同じ場所から、16時32分に撮影した写真がこちら。
自宅2
首都圏では20年に一度の大雪なんて言われていますが、確かにこれは悲惨です。仕方がないので、家から一歩も出ずに引きこもっています。
明日の午前まで雪が降るそうですが、洗濯物を乾かせるかどうかが心配です。

ありえないほど人が少なかった運転免許試験場

2014年2月10日(月) 02:32 | 日記

府中運転免許試験場
自動車の免許の更新へ行ってきました。
待たされるのは面倒なので、あえて大雪の翌日を選んで行きました。
府中運転免許試験場は、バイクだったら自宅から15分もかからない距離ですが、雪が積もりすぎてバイクを出すこともままならず、自転車に乗ることすら危険だったので、家からバスと電車を乗り継いだところ、40分近くかかりました。
そのかいあって、試験場には人がめちゃめちゃ少なくて、手続きは実にスムーズに進みました。狙いどおりです。ただ、受付のタイミングと講習が始まる時間がうまく合わなくて、40分くらい待たされてしまったのは不運でした。

前回の更新は3年前。東日本大震災の2日後のことでした。あんな悲惨なことがあった直後だったので人は多くなかったのですが、今回はそれ以上に閑散としていました。講師の方の話だと、日曜日はいつも教室が超満員になるそうですが、今日は3分の1にも満たない60人程度。前回と同じくらいの時間帯に行ったのに、整理番号も前回の半分以下でした。どんだけ少ないんだよって話です。

ちなみに僕が受けたのは違反者講習でした。というのも、去年の秋に練馬区内をバイクで走っていたときに、誤って進入禁止の道路に入ってしまったらしく、警察に捕まってしまったからです。普段走らない道だと、どっちへ行ったら帰れるのかを考えるのに注意力を奪われて、細かな標識を見落としがちになってしまいます。うかつでした。
講習を受けた人の内訳は女性が2割弱で、ほとんどが男性でした。仕事で車に乗る機会が男性の方が多いからでしょうかね。
交通ルールの教則ビデオは、コンサバでオーソドックスな作りでした。6年前に見たときは確か有名な俳優を起用していたと思うのですが、そういうのはやめたのでしょうか。密かに楽しみにしてたのに。

最後に本気を出したまいぷるの卒業ライブ

2014年2月14日(金) 23:05 | アイドル

Zeppダイバーシティ
25人の主役がいるナンバリングライブとは違う。今日は最初で最後の特別な日。24人のメンバーが、まいぷるのために歌う。
「アイドリング!!!3号遠藤舞」としての最後のステージ。

最初で最後の、アイドリング!!!リーダーの本気。いつものアイドリングのライブでは長めのMCも今日はそこそこに、30曲近い歌をど真ん中で歌う。いつもは控えめなハモりパートも今日は目立ってた。
アイドル界屈指の実力者が本気で主役を張るライブ。ほかのメンバーも目の色が違う。ライブ後にふたりのメンバーが卒業することを知らないのに、何か鬼気迫るものを感じた11thライブを思い出した。
メンバーとファンにとっての記念碑的なライブというだけでなく、純粋にアイドルのライブとして見ても、すばらしい内容だったと思う。

ライブが終わって、あらためてまいぷるの存在の大きさを思い知る。
その大きな存在が、ようやくグループアイドルという殻を破って、ボーカリストとしての本気を見せてくれる。こんなに楽しみなことはない。
24人になるアイドリング!!!。まいぷるが去るのは寂しいけど、みんな大好きなメンバー。やっぱり楽しみしかない。

誰からも愛されたリーダーの卒業という特別な日だからこそ成し得た、アイドリング!!!の7年半の到達点。
寂しさはあとから感じればいい。今はただ、いいライブを見られたという喜びを感じています。

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