賀正

2013年1月 1日(火) 00:00 | 日記

近影
無事に2013年の元日を迎えることができました。ひさしぶりにイケメンな自撮りを載せてみます。
1年前はパソコンの調子が悪くなって、1月1日から秋葉原に走ったりしながら必死に修理をしていたのを思い出します。今年は何もなくてよかったです。

ここで2013年の目標みたいなものを挙げてみます。

趣味を増やそう。熱中できるものが多いほど、生きるのが楽しくなる。

もっと音楽に親しもう。去年はアイドルの、というかアイドリング!!!のライブ以外ほとんど見ていないので、今年はまたいろいろ見に行きたい。それと、前々から考えているもののなかなか実行に移せない「作る」「演じる」という活動もやってみたい。

いいかげん体脂肪をどうにかしよう。そろそろ生活に支障が出てきそうなので、取り返しがつかないレベルになる前に。

今年こそはいい一年にしたいものです。

にわかアイドルファンが2013年のアイドル界に期待すること

2013年1月 9日(水) 01:55 | アイドル

年が明けて1週間以上経ちました。休み中は、実はまだ見終わってなかったTOKYO IDOL FESTIVAL 2012の36時間生放送のビデオを見たり、その映像を編集してH.264形式の動画ファイルで保存したりということをやってました。ぱすぽ☆改めPASSPO☆のメインステージでのセットリストが攻めてるなぁとか、AeLL.は篠崎さんの歌唱力が抜群なだけでなく、なにげに楽曲もいいし西さんのトーク力もすごいんだなぁとか、最後の野外ステージでのまいぷる(アイドリング!!!の遠藤舞さん)の歌声はやっぱりアイドル界最強だなぁとか、いろんな発見がありました。
今年もアイドリング!!!を中心に、いろんなアイドルを遠くから眺めて楽しもうと思っています。アイドル業界全体についてはあまり詳しいわけでもないのですが、そんな「アイドルについてよくわかっていない視点」から、と言い訳じみたことを言ったうえで今年のアイドル界に期待することをメモしたいと思います。

AKB48はメンバーよりスタッフを増員すべきでは?

あいかわらずアイドル界の頂点に君臨するAKB48ですが、昨年はファンが望まない形でのメンバーの脱退が相次ぎました。同じようなことをして脱退させられた人と脱退させられなかった人がいました。グループが急激に大きくなりすぎたことで生じた歪みが、いろいろと表面化しているように見えます。
外から見ていると、本来ならば運営がやるべきこと、負うべき責任の一部を、演者に負わせているような気がするんですよね。AKBは秋元氏を頂点とする完全なトップダウンの組織ですから、秋元氏の意を汲んだ運営スタッフが細かいところまできちんと指示をして、演者は演じることだけに集中した方がうまくいくと思うのですが、そこまできちんとカバーできるだけのスタッフがいないんでしょうね。秋元氏はAKBにばかり構っていられる立場でもないのに、楽曲の作詞まで兼ねていたりするため、超多忙なトップの意志を現場に伝える中間管理職的なスタッフの役割が重要になるわけですが、そうした役割をこなせる人間がメンバーの人数のわりに少なくて、代わりに演者である高橋みなみさんに「総監督」というポジションを押し付けている、というふうに見えます。
よく言えば「大人数のグループアイドルの新しい管理手法」なのかもしれないですけど、運営方針や人事について何の権限も持っていない演者にメンバーの管理の一端を任せるのって、グループ内に亀裂を生じさせる原因になると思うんですよね。少人数かつ小規模事務所のアイドルなら、プロレス団体の社長がレスラーを兼ねるように演者自身が運営に加わるのはありだと思いますが、AKBのような大所帯で所属事務所もばらばらのグループだと、いろいろと難しいんじゃないでしょうか。今は高橋さん個人の能力でどうにか維持されているだけで、もし彼女に何かあったら、グループの求心力は今以上に弱まり、スキャンダルや脱退がさらに増えてしまうかもしれません。やはりグループの管理は、演者ではない大人のスタッフがきっちりとやるべきだと思います。
そのあたり、人数の規模は違いますがPASSPO☆やアイドリング!!!はそこそこうまくやれているように見えます。

それと、AKBおよび系列グループの活動の根幹は劇場公演だから、新しいセットリストをどんどん投入した方がいいんじゃないかと思います。ジャニーズ事務所がSMAPの楽曲のプロデュースをレコード会社に任せて、作家として山崎まさよしさんやスガシカオさん、槇原敬之さんなどを迎えたことで新たなファンを獲得し、SMAPがジャニーズ史上最高の人気を確立したように、AKBも秋元氏がこだわりを捨てて、作詞、作曲、アレンジ、演出で若い才能をどんどん登用し、失敗を恐れず新しいことにチャレンジしていくべきだと思います。このあたりはももいろクローバーZやでんぱ組.incが先駆的ですよね。AKBでもユニットやメンバーのソロ楽曲では、岩佐美咲さんや松井咲子さん、DiVAなどの作品はわりと野心的ですが、その姿勢をAKBのホームである劇場公演でも展開していくべきじゃないか、という提案です。
もちろん、ファンの中にはそうした「冒険」に否定的な人も多いと思います。でも、系列グループを含めてメンバーは増えていく一方なのに、オリジナル公演がほとんど作られないのはどうなのかなぁ、と外から見ていて思います。消滅したチーム4もお下がりの公演ではなく「新しい作家による今までにないオリジナル公演」が実現できていれば、違った展開が見られたんじゃないかと思います。

劇場支配人の戸賀崎さんが「劇場公演に力を入れていきたい」と語っているように、公演の価値を高めることは、グループ全体を底上げするためにきわめて重要だと思います。商業的にも、たとえば休日はAKB劇場以外の箱も使って1日で3チーム同時に公演を開催すれば、その日の売り上げは単純にいつもの3倍になるわけですし、外で公演するときは500人以上のキャパの箱にして、チケット代も劇場より高くすれば利益も出るでしょうし。今くらいの人気があるのなら、それくらいあざとくやった方がいいと思います。公演曲については、たとえば小室哲哉さんにまるまる1公演分プロデュースしてもらうのもいいんじゃないでしょうかね。20年前に作った東京パフォーマンスドールの6thアルバムみたいな感じで。個人的にはあのアルバム、あんまり好きじゃないけど。

まとめると、運営スタッフと作家の体制を大幅に増強しないと、8年めの今年は現状維持すら難しいのではないか、ということです。
もうひとつ言うと、指原さんや大島優子さんや河西さんのネガティブな話題にあえて火をつけるような、炎上マーケティング的なことはもうやめた方がいいと思います。話題作りだけのためにメンバーの神経を無駄にすり減らすのは、見ていてつらいです。

ただの対バンから、対立構造をあおる展開へ

そんなわけで最大勢力のAKB48が「大企業病」に陥っているのではないかという懸念を勝手に抱いているわけですが、前々から言われていた「アイドル戦国時代」がいよいよ本格化するのが2013年だと思っています。
目標の東京ドーム公演を成功させたAKB、今やAKBに迫る集客力のももクロ、実力派として君臨する老舗のハロプロがいて、最近ではアイドル界の一大勢力エイベックスが攻勢をかけています。昨年末には東京女子流が武道館でのライブを敢行し、今年夏にはSUPER☆GiRLSも武道館でライブをやります。Cheeky Paradeがメジャーデビューを果たし、GEMというグループも新たに結成されるそうです。
AKB48のあとにSKE48、NMB48などが続いたように、スパガとチキパの母体であるiDOL Streetは大阪や名古屋などでも活動しています。ももクロと私立恵比寿中学でおなじみのスターダストも、名古屋にチームしゃちほこというグループを作りました。
各地のローカルアイドルも注目が高まっていて、地上波のテレビでもいろんなアイドルを目にする機会が増えました。新潟のNegiccoや福岡のLinQ、名古屋のしず風&絆は、タワーレコードの嶺脇社長のもとでCDを出して、いろんなイベントに参加しています。
こうして業界全体を眺めてみると、アイドル界はかつてないほどに盛り上がっているように見えます。

だからといって、アイドルに関わる人たちがみんな黒字でウッハウハなんてことは決してなくて、本当にもうかっている人なんてひと握りだと思います。ぱすぽもスパガもライブの動員数は順調に増えていますが、かなり派手な広報活動をしているので、収支全体で見るとけっこうきついんじゃないかと想像します。アイドリング!!!も去年あたりから商売っ気をむき出しにして、あの手この手でファンにお金を出させようとする姿を見ると、多くの人がアイドリングに対して抱いているであろう「フジテレビのお抱えアイドル」という印象とはほど遠い現実がありそうです。
また、昨年はYGA、Tomato n'Pineと、TOKYO IDOL FESTIVALのメインステージに立った2組のアイドルが解散を表明しました。どのアイドルも、いつかはその活動を終える日が来るわけです。今年もたくさんのアイドルが生まれる一方で、お別れの機会も増えそうです。

ここ5年ほどアイドル業界はAKB頼みみたいなところがありましたが、さすがにその勢いが今年も同じように続くとは考えにくいので、AKB系以外のアイドルから「業界全体を盛り上げていこう」という機運が、これまで以上に盛り上がるんじゃないかと期待しています。
具体的には、対バン形式のライブやアイドル同士のコラボ企画、あるいは他ジャンルとの交流が増えるんじゃないかということ。コラボ企画ではさっそく「BiSとDorothy Little Happy」というものすごい組み合わせのコラボが実現しました。これドロシーのファンにとっては複雑な心境かもしれませんが、たとえばこれが「Dorothy Little HappyとCheeky Parade」だったらそれほどインパクトがないわけで、あまりに異色すぎるタッグだからおもしろいわけです。
他ジャンルとの交流では、過去にはアイドリング!!!がEvery Little Thingの伊藤一朗さんのアルバムに参加したり、ぱすぽがアーバンギャルドのアルバムに参加した例などがありますが、今後は楽曲だけでなく、ライブでのアイドルとミュージシャンとの共演も増えるかもしれません。最近ではBase Ball Bearと東京女子流の対バンというのもあったようですが、ファンの反応は微妙だったらしいです。J-POP(というかロキノン系)とアイドルソングの両方を、同じ音楽として分け隔てなく楽しむ僕みたいな人は多くないのが現実なんでしょうかね。ももクロと松崎しげるさんのコラボなんかはわりとファンにも受け入れられているみたいですが。今年は、アイドルとミュージシャンの垣根をぶっ壊すくらいのインパクトを見せてほしいものです。

そして対バンライブ。さっそくアップアップガールズ(仮)が「対バン行脚」と題して、Negiccoやひめキュンフルーツ缶などの地元に乗り込んで対バンをやるそうです。アプガは去年のTIFで初めてステージを見たときに強く印象に残っていて、個人的に気になっているグループです。タワレコの嶺脇社長が対バン大好きな方なので、ハロプロ仕込みのパフォーマンスが武器のアプガを軸に、今後もいろいろと仕掛けてくることを期待しています。
対バンの現場でも、アイドル自身の戦略がこれまでとは変わってくるんじゃないかと想像します。対バンイベントが増えると、複数のアイドルが集まってライブをやるだけではインパクトがなくなってくるので、プロレスのマイクパフォーマンスのように「対立」をあおるような方向に行くような気がしています。冒頭に挙げた「アイドル戦国時代の本格化」とはこのことです。そのはしりとして、去年デビューしたベイビーレイズは「乗り込み乗っ取りアイドル」を名乗り、デビュー当時からいろんなアイドルにプロレスを仕掛けてきました。
今年はAKB系以外のいろいろなアイドルたちが、業界全体を盛り上げるために各地でプロレスを展開するんじゃないかと思っています。できれば僕の応援するアイドリング!!!も、積極的にその輪の中に入っていってほしいと思います。

去年のニコはちライブの放送からふくらむ妄想

2013年1月10日(木) 01:15 | アイドル

ニコはちライブ
これまでのアイドリング!!!の放送で、収録日を示す字幕なんて見たことがありません。
今日配信されたファンクラブ向けの12thライブの壁紙には、ステージの上で元気に踊っていたはずのあの子がいませんでした。
あらためて野元さんがいなくなったという現実を思い知らされて、さびしい気持ちになります。
野元さんの扱いがここまでデリケートになっている裏には、いろいろな事情があるんでしょうね。

きのうのニコはちライブの放送を好意的にとらえるとしたら。
卒業した野元さんを気づかったあんな字幕を出しつつ、放送された内容を見ると、自己紹介のところで野元さんの話がノーカットでがっつり映っていました。編集でトーク部分を半分くらいカットすることもできたのに、あえてそれをしませんでした。
野元さんと後藤さん
もっとさかのぼれば、年末最後のニコはちライブで、野元さんも出演している新曲「さくらサンキュー」のPVが初めて流されました。流すのをやめるという選択肢もあったのに、そのまま流しました。しかも、ニコ生では「野元さんも出演しています」という運営側からのコメントも出ていました。
PVが世に出回るころには、再編集で野元さんの出演シーンはほとんどなくなるんじゃないかと想像していて、だとするとニコはちで流したPVは、本来なら日の目を見ないはずの「完成前の試作品」です。それをあえて流した意図とは。
運営側のささやかな抵抗というか、いろいろな事情によるいろいろな制約の中でのせいいっぱいの行動だったんじゃないか、と思ったりします。

尾島さんは年末にイマつぶで、野元さんに対して「いつかまたライブするときがくるさ」なんて書いています。芸能界から離れるという人に対して、いくら尾島さんでもこんな軽いことを言ったりするでしょうか。
番組でもイベントでもお別れのセレモニー的なことを一切しないのは、セレモニーをやると本当に「お別れ」になっちゃうから。
もしかして今年のTOKYO IDOL FESTIVALあたりで大きなサプライズがあるんじゃないかと、今でも心のどこかで期待していたりします。

暴力がこの世でいちばん嫌いです

2013年1月10日(木) 22:43 | 日記

高2自殺:バスケ部主将、手紙に「顧問から体罰受けた」

大阪市教委は8日、同市都島区の市立桜宮高校(佐藤芳弘校長)の2年生の男子生徒(17)が先月23日、自宅で自殺したと発表した。市教委によると、男子生徒は、主将を務めていたバスケットボール部の顧問の男性教諭(47)から体罰を受けていた、と記した手紙を残していた。男子生徒は顧問から顔面を平手打ちされるなど複数回の体罰を受けていたという。市教委は自殺前日にも顧問の体罰を確認しており、自殺との因果関係を調査している。

(2013年1月8日 毎日jp)

尊い命がとても残念な形で失われたのにも関わらず、体罰を「程度の問題」と考える人の多さに失望しています。
「殴りすぎたからだめ」なのではなく、「殴ること自体がだめ」だということ。学校での体罰はDVやパワハラと同じ構造を持つ、逃げ場のない相手を一方的に痛めつける卑劣な暴力行為であり、どんな状況であっても許されるべきではないということに、ひとりでも多くの人に気づいてほしいと思います。

「殴っていいのは、殴られる覚悟がある奴だけ」

暴力は、恐怖と憎しみしか生みません。

まず、暴力とは憎しみの表明です。「私はあなたを憎んでいる」という意志を最もわかりやすく、また相手が最も嫌がる手段で伝えるということにほかなりません。暴力という憎しみの表明は同時に、相手から自分に対する憎しみも生みます。
相手に自分の憎しみを伝えたい。相手からも同じように憎まれても構わない。そして、相手から自分への暴力も許容する。そういう覚悟があるのなら、必ずしも暴力を否定するものではありません。たとえば僕に大好きな人がいて、その人が誰かに殴られたり、ひどい目に遭わされたとします。そうなったらたぶん、その相手を殴ったり凶器で痛めつけたりすることにためらいは生じないと思います。
幸いなことに、これまでそういう目に遭ったことは一度もないので、小学生時代にけんかをしたとき以来20数年間、僕は人を殴ったことはありませんし、殴られたこともありません。

力の拮抗した者同士の暴力は、おたがいに対する憎しみを増幅させるだけですみますが、力の強い者が力の弱い者に対して振るう暴力、たとえば大人が子供に対して振るう暴力は、子供に対して恐怖を生みます。力の差が大きいために、子供は大人相手に憎しみをぶつけようとしても、その何倍もの力で屈服させられます。暴力が繰り返されていくうちに、「逆らえば痛い目に遭わされる」という恐怖心「だけ」が感覚レベルで植え付けられていきます。
暴力が激しいほど、頻度が高いほど、また暴力を振るう理由が理不尽であるほど、子供は「何をやっても殴られる」という逃げ場のない恐怖におびえることになります。そして、運悪く理不尽な暴力の標的になってしまった子供が、運悪く暴力から助けてくれる人に恵まれず、運悪く恐怖に耐えられる、あるいは恐怖から逃げられるだけの強い心を持っていなかったために、子供は最後の逃走手段、すなわち「自殺」を選んでしまったのでしょう。
本当に痛ましく、怒りの気持ちしかわいてこない事件です。

体罰を肯定するということは、「自分が気に入らないことがあれば相手を一方的に殴りたい」、もしくは「気に入らない相手を一方的に殴る権利がほしい」と言っているのと同じです。
別に暴力そのものを肯定することはまだいいんですよ。どこかの漫画のセリフじゃないけど、自分が同じように殴られてもかまわないという覚悟があるのなら。
教師による体罰が一般の暴力と違うのは、そこに「上下関係」が介在することです。男性と女性、上司と部下といった関係に置き換えるとよりわかりやすいと思いますが、物理的な力の差や、社会的な力の差が明確なときの暴力は常に一方的です。殴る方は「殴られる覚悟」どころか、むしろ殴り返される可能性が低いからこそ殴るわけです。殴り返されるかもしれない相手は殴らないわけです。それを人間として最低の行為だととらえるか、あるいは「自分も機会があったら誰かを一方的に殴りたい」と思うか。体罰を否定するか肯定するかの違いは、つまりそういうことです。

人を殴る動機に「愛情」なんてあり得ない

反論もあると思います。「殴らないとわからない子供もいる」。いや、幼稚園児でもあるまいし、殴ってわかるんだったら、殴らなければもっとわかりますよ。相手に何かを理解させるときに、物理的な痛みなんて必要ありません。暴力で子供が言うことを聞くようになるのは、主張が理解されたのではなく、恐怖によって黙らせただけです。これって教育とは最も相容れないやり方ですよね。
人間には暴力よりはるかに大量かつ複雑な情報を伝えられる「言葉」という手段があります。言葉を放棄して暴力に走るということは、極論すれば人間をやめて畜生になるということです。畜生を信頼する人はいません。

愛情があれば体罰をしてもいい? 何だよ愛情って。それは相手に対してではなく、「殴りたいという自分の欲望に応えたい」という、自分自身に向けられた愛情だろうが。殴られた方は痛みと憎しみと恐怖しか感じないんだよ。目の前の憎いガキを一方的に殴りたいという欲望を覆い隠すために、「愛情」という方便を使ってるだけだ。もしくは、一方的に人を殴ることへの後ろめたさに対して、「愛情があるからこそ殴るんだ」と自分に言い聞かせて、暴力を正当化する言い訳に使っているだけだ。もし本当に愛情や善意があれば、人なんて殴れるはずがない。

もうひとつ。そもそも体罰は教育の手段ではなく、集団の秩序を保つための「管理ツール」という考え方もあると思います。他人に著しく迷惑をかける子供は殴ってでも黙らせようということで、最初から「恐怖による支配」を目的として暴力を振るうことが、実際にいろんなところで行われていると思います。これが学校ではなく軍隊のような特殊な組織であれば、そういう考え方も成り立ちうるかもしれませんが、未成年を対象とする教育機関で容易に「恐怖による支配」に頼ってしまうと、子供たちへの影響が心配です。暴力と恐怖が、次の世代へと連鎖されてしまうのではないかと懸念します。
体罰を行う側が「暴力という恐怖によって組織の秩序を維持するためにやっている」という自覚があればまだましなのですが、実際は上に書いたように、体罰の動機が偽りの善意でコーティングされていたりするから、暴力を振るう人間を擁護する人間が現れるわけです。繰り返しますが、人を殴る動機に「愛情」なんて100%あり得ません。あるのは憎しみという感情か、殴られた人の気持ちを考えない冷酷さです。

あとはあれですね、インターネットにありがちな「叩ける対象を見つけたら叩けるだけ叩く」という風潮。見知らぬ誰かを叩くことで快楽を得ている連中。「悪いことをした奴は殴られても構わない」という考えのもと、自分の手を一切汚さず、暴力を振るいたい欲求を教師に仮託することで、自分が誰かを殴った気になるというやつです。つまり自分の快楽のためだけに、見知らぬ誰かの見知らぬ誰かに対する一方的な暴力を肯定する。これはもう論外ですね。
さすがに今回の事件のように、被害者が自殺してしまうような事態になれば教師の肩を持つ人はいませんが、例えば「教師がたばこを吸った生徒を殴って鼓膜を破った」というレベルの暴力だと、殴った教師の方に加担する人間が一定の割合でいたりします。心の醜いあわれな人たちです。きっと悲惨な日常を送っているのでしょう。もちろん同情なんてするはずありませんけど。

過去の自分を否定したくない人たち

もっと踏み込んで言うと、体罰を肯定してる人たちって、自分が殴られた過去を否定したくないだけでしょ? 殴られてもやり返せず、ただ力に屈するしかなかった昔の自分を肯定したいから、今起きている体罰を肯定してるだけでしょ?

「昔は体罰なんて当たり前だった」

当たり前?
そこには「殴られた人の痛み」を思いやる気持ちがどこにもないですよね。
過去に大人に殴られたことがあるなら、殴られたときの痛みや殴った相手への怒り、憎しみ、恐怖といった感情を覚えているはずです。それなのに体罰を肯定するのは、「自分が痛い目に遭ったんだから、今の子供も同じように痛い目に遭わされるべきだ(じゃないと自分が一方的に損をしたことになって、不公平だ)」という気持ちがあるからでしょ? そういう考え方が子供たち、あるいは女性や部下のような力の弱い人たちを苦しめてるんですよ。
子供の頃に大人に殴られて嫌な思いをしたのなら、今の子供には自分と同じ思いをさせたくない、させてはいけないというのがあるべき大人の姿でしょう。「自分が受けてきた苦しみは、次の世代の子供にも等しく与えられるべきだ」という考え方は社会全体に悪い影響を与えるだけだから、即刻捨てていただきたい。僕らみんなにとって迷惑です。

体罰をしながら悪びれもしない無能で利己的な教師。女性を殴り続けて罪の意識をまるで持たないクズ男。あるいはそうした人間に共感し同情するような、一方的な暴力を志向する人間が徹底的に軽蔑され、ゴミ扱いされるような空気が醸成されれば、体罰やパワハラやDVは今より減り、弱い立場の人にとって少しは暮らしやすい世の中になるんじゃないかと思っています。
だから僕は、教師によるすべての体罰を、これからもしつこく否定し続けます。

雪が降ったという記録

2013年1月15日(火) 08:19 | 日記


きのうの昼にスカパーをつけたら映らないチャンネルがあって、何が起きたのかと思って窓を開けて、そのとき初めて雪が降っていたことを知りました。
今朝も雪が大量に残っていて、道も凍っていたので、自転車に乗るのをやめてバスで駅まで行きました。バスはこれまで見たことがないほど混んでいました。
電車は普通に動いているみたいです。

「元SKE48」という経歴って、就職に有利なのかな

2013年1月16日(水) 00:04 | アイドル

SKE48の小木曽汐莉(20)、矢神久美(18)らメンバー9人が15日、名古屋・栄の専用劇場で行われたチームK2公演で卒業することを発表した。
今回卒業するのは小木曽、矢神に加え高田志織(22)、平松可奈子(21)、桑原みずき(20)、上野圭澄(18)、小林絵未梨(18)、原望奈美(17)、赤枝里々奈(16)の9人。それぞれ「20歳という大きな節目に立った今、もっともっと視野を広げたいと思い」(小木曽)、「いつかは夢を叶えるためにここを出ようと、一期生としてSKE48と共に走り続けてきました。そして、胸を張って、自信を持って飛び立てるという時期が“今”でした」(桑原)など、前向きな理由をファンへ報告した。

すでに発表があった矢神さんを含む、9人が卒業するとのこと。SKE48のファンにとっては、残念な知らせだったと思います。
でもきっと、アイドルのファンでいる以上、いつかはこういう日が来ることを覚悟しておかなければいけないんですよね。
明日になったら会えなくなるかもしれないから、応援できるときにせいいっぱい応援するしかない。それがアイドルファンのあるべき姿だと、僕らアイドリング!!!のファンは去年の年末に思い知らされたばかりです。
幸い、9人の卒業まではまだ猶予がありますから、その間に思い出を整理して、最後のステージでお別れを告げればいいと思います。

さて、この卒業をアイドルの側から見てみると。
アイドルという職業はどうしても若さが求められがちで、ある程度の年齢に達すると「アイドルの次」を考えなければいけなくなります。アイドルをやめても芸能人としてがんばっていくか、あるいは別の道を進むか。SKEの場合は拠点が名古屋なので、芸能人として生きていくハードルはAKBより高くなります。松井珠理奈さんや松井玲奈さんくらい有名になれればいいのですが、それ以外のメンバーがSKEの看板を外して、東京や名古屋で活動を続けるのはかなり難しいと思われます。
だから、まだ若いうちにアイドルを卒業して、次の道に進むという選択は正しいと思います。
実際はどうかわからないですが、一般企業に就職するときに「元SKE」という経歴って、下手な有名私大卒よりも有利に働きそうじゃないですか。営業系の会社で体育会がもてはやされるのと同じで。なにせ体力と根性はガチですから。そういえばSKEのメンバーって、わりと大学に行ってる人が多いんですよね。就職活動をするとしたら、21歳がアイドルとしてのタイムリミットですから、平松さんや桑原さん、小木曽さんがそろそろアイドルをやめて次のステップへ踏み出さなきゃ、と考えるのは自然です(あ、でも芸能界を辞めるとまでは断言してないですね)。

それともうひとつ。アイドル活動で、大卒の初任給を大幅に上回るくらいの給料がもらえていたら、今回卒業する9人のうち少なくとも半分くらいは、限界までアイドルを続けることを選んでいたかもしれません。
大学を卒業すると、親からは自立を促されます。自分の給料だけで食べていけるようになることを求められます。そうなったときに、SKEでアイドルを続けるのが現実的なのか。要は「SKE一本で、あるいは卒業後も芸能人として食っていけるのか」。たぶん難しいんだと思います。
今回卒業を発表した小木曽汐莉さんは、たまに「週刊AKB」なんかに出ているのを見て、前からすごくかわいいと思っていたメンバーでした。あんなにかわいい子ですら、アイドルを続けないことを選択するわけです。
なんとも夢のない話ですが、ひと昔前のアイドルみたいに、変に芸能界にしがみついたために不幸な目に遭わされるとしたら、若いうちにすぱっと身を引いた方がいいと思います。

アイドルになるという夢は叶ったけれど、「アイドルになってお金をもうけて、お母さんに家や車を買ってあげたい」という夢は、東京ドームのステージに立っても、紅白歌合戦に出ても、とうてい叶うものではありませんでした。
アイドルという現実をひととおり経験して、今は別の夢を見ているのでしょうか。これまでのアイドル活動がいい踏み台になって、より良い働き場所が見つかればいいなと思います。

スパガ稼農さんの脱退について

2013年1月17日(木) 08:43 | アイドル

仮にあの一件が本当だったとしても、何もせずに黙っておけば当事者以外は誰も不幸にならずにすんだのに、どうして誰にも知られたくないプライベートを暴き立てて、それを雑誌に載せて商売の種にするという、みんなが不幸になるようなことをするんでしょうね。
あの記事の内容は、スキャンダル報道の限度を超えていたと僕は思います。
汚い大人のゲスな好奇心を満たすために、20歳の若者をあんなに傷つけていいはずがない。
たかが雑誌の売り上げのために、メンバーやスタッフ、ファン全員に嫌な思いをさせたことは許されるべきではない。

彼らが何をしたかってことは、たとえば自分の娘の交友が雑誌なりネットなりにあることないこと書かれて、ショックで娘が登校拒否や出社拒否にでもならなければ分からないんだろうな。仮にそうなったとしても、彼らに文句を言う資格はありませんよね。
もし編集者の娘と同じクラスの男子がスパガのファンだったら、その娘さんはきついいじめに遭うかもしれません。そうなったら、誰がどう責任を取るのでしょうか。

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