盛岡へやって来た

2007年12月 1日(土) 10:24 | 日記


というわけで、きのうの夜から盛岡に来ています。
今はレンタカーを借りて、市内を走っているところです。
実は、東北地方に来ること自体が初めてだったりします。

じゃじゃ麺

2007年12月 1日(土) 13:11 | 日記


うどんの上にひき肉の入った味噌ダレがかかった「じゃじゃ麺」は、この地方のちょっとした名物のようです。

東北自動車道の紫波サービスエリアにて。ジャンクな味がいい感じです。

松川温泉に行きました

2007年12月 1日(土) 15:58 | 日記


盛岡の北、八幡平市にある「松川温泉」に行きました。
峡雲荘という旅館で500円払って入浴。体がとても温まりました、と言いたいところですが、今日はなぜか気温が高くて、10度くらいあります。さすがに山の上の方は雪が積もっているのですが、もっと突き刺さるような寒さを期待していた僕としては少し残念です。
でも、晴れてよかったです。レンタカーの予約をしておいて、雪でも降ったらどうしようかと思ったので。

あのメイセイオペラも走ったオーロパーク

2007年12月 1日(土) 16:44 | 日記


オーロパークこと盛岡競馬場です。
想像よりずっと豪華な競馬場なのでびっくりしました。営業終了後だったので建物の中に入れなかったのが残念でしたが。
それにしても遠かった。市内中心部から離れすぎ。

ここに来た理由など、詳しい話は帰ってから書きます。

魅力的な人とそうでない人が出会った金曜日の盛岡

2007年12月 3日(月) 01:17 | 日記

仕事のために盛岡へ行きました。
金曜日、東京駅午後3時56分発の「はやて」に乗って、およそ2時間半。僕にとって、初めての東北地方です。
とあるパンフレットの制作のために、とある方にインタビューをすることが目的です。
その方はほとんどメディアに登場しないので、事前の情報が限られた中での取材となり、正直言ってかなり不安でした。
ところがそんな不安をよそに、クライアントの方々は行きの新幹線で一杯引っかけていました。取材も、半ばホームパーティーのような感じで、皆さんお酒が入った状態でのご対応。僕はさすがに取材が終わるまで飲むわけにはいかなかったのですが。
そんな変な現場だったわけですが、その取材対象者というのが、またユニークな方でした。
詳しいことは書けませんが、いろいろ考えさせられました。

魅力のある人の周りには、魅力のある人が集まってくる。
いい生き方をすれば、それに共感する人が支えてくれる。
現場では、取材対象者のお知り合いで、今回の取材とは全く関係のない方ともお会いできました。そうした方々を見ていると、人間同士のつながりというか、信頼関係というか、そういったものを築くためには、やはりそれぞれが魅力のある人間でいなければいけない。真剣に生きているから、素晴らしい関係が築ける。そんなことを考えさせられました。
いろいろな人に出会えてよかったと思う半面、自分がそこからあまりにかけ離れているという現実を再確認して、どうにかしなきゃと思いました。
やっぱり、夢とか目標とかはあった方がいいんだろうな、とか。

出版業界に身を置いている人間として、ひとつの目標というか、実現したいと思っていることがあります。最近は忙しさや心の弱さに負けて、そんなことは忘れかけていたのですが、もう一度真剣に考えてみようかな、と思いました。
幸いなことに、自分はお金や地位や名誉に執着のある人間ではないし、世間体もそれほど気にしなくていい立場です。自分の信じるものに対して正直でいられる、いい意味でかたくなな心も持っています。だから、あまりよけいなことを気にせず、大きな目標を達成するために真剣になってもいいのかな、と思っていたりします。

Blanton's
「ブラントン」というバーボンをごちそうになりました。とてもおいしいお酒でした。かなり高価だと思われますが、どうもありがとうございました。

盛岡競馬場と地方競馬のこと

2007年12月 3日(月) 02:23 | スポーツ

土曜日はレンタカーだけ借りて、どこへ行くかほとんど決めていなかったのですが、前日にクライアントの方から「いい温泉がある」と聞いたので、そこへ行ってみることにしました。それが当日の日記でも書いた「松川温泉」です。
もうひとつ、行ってみたいところがありました。それがこの盛岡競馬場です。
盛岡競馬場正面
僕が競馬にのめりこんでいたのは、1993年から2003年くらいまで。その間、数々の名馬を見てきましたが、印象に残る一頭がメイセイオペラという馬でした。
メイセイオペラは、岩手の水沢競馬場に所属する馬でした。
1999年当時、「競馬ファン」のほとんどが中央競馬のファンであって、地方競馬のことを知っている人はごくわずかでした。
僕はといえば、98年ごろから地方競馬にも興味を持ち始めました。グリーンチャンネルの情報番組を見たり、時には実際に競馬場に行くこともありました。99年には笠松競馬場の「オグリキャップ記念」を生で見ました。
情報誌は、名古屋の尾頭橋にある「村田書店」で買いました。地方競馬情報誌の「ハロン」と、もうひとつは岩手競馬専門誌の「テシオ」でした。
「テシオ」は、基本的に盛岡と水沢の情報のみを扱っているだけなのに、作りがものすごくしっかりしていて、写真もきれいで、かなり気合いの入った雑誌でした。

メイセイオペラという馬が活躍したのはちょうどその頃でした。目の肥えたファンなら、交流競走でその存在を知っていたと思います。南部杯、東京大賞典といった地方の大レースで活躍した後、1999年のフェブラリーステークスに出走しました。
メイセイオペラを知る地方競馬ファンにとって、勝負服の色はブルーでなければいけません。菅原勲騎手の勝負服の色です。しかし、メイセイオペラの馬主は中央の馬主資格がなかったため、規定により枠番の色に従った勝負服を着ることになりました。5枠9番だったため、黄色と白の格子模様の勝負服です。騎手の服が違うだけで、テレビや雑誌で見ていたメイセイオペラとずいぶん印象が変わります。
人気はかなり割れました。データを調べたのですが、1番人気はワシントンカラーだったんですね。驚きました。メイセイオペラは僅差の2番人気。なめられたものです。
当時、ダート界の実力を二分していたのは、中央馬ではなく、地方の2頭でした。1頭はもちろんメイセイオペラ。そしてもう1頭は、南関東のアブクマポーロという馬でした。フェブラリーSにアブクマポーロが出なかった時点で、メイセイオペラの勝ちはほぼ決まったようなものでした。
確か、馬券は買っていなかったと思います。買っていても馬連を当てるのは無理でした。2着に入ったエムアイブランは買えなかったから。けれど、単勝なら間違いなく当てていたでしょう。エムアイブランの2馬身前でゴールに入ったのが、メイセイオペラでした。

1999年に大学を卒業して、その年の7月にはフリーライターとして、出版業界に足を踏み入れることとなりました。翌2000年には某出版社で正社員として働くことに。
この頃から、忙しさのため、競馬から少しずつ足が遠のいていきました。
今では、たまにテレビで大きなレースを見る程度。結果をネットで見て、勝った馬の父や母がかつて生で見たことがある馬だったりすると、懐かしい気持ちになります。

盛岡競馬場・馬場
盛岡競馬場のダートコースです。開催期間ではないのですが、砂はきれいにならされていました。

盛岡競馬場・スタンド
JRAの競馬場と比べても遜色ないほど立派なスタンドです。

盛岡競馬場・入り口そばの像
しかし、現実はかなり厳しいようです。正面入り口のところに馬の像があるのですが、その下には「走り続けよう 岩手競馬」の文字。
多大な負債を抱え、存続が危ぶまれている岩手競馬。こんなにきれいで立派な競馬場が、このまま消えてしまうのはあまりにも惜しいと思います。
岩手競馬の情報誌「テシオ」も2006年を最後に、雑誌の発行は止まっているようです。
あの歴史的なフェブラリーSからもうすぐ8年。いろいろなことが変わってしまいました。

競馬を見なくなり、馬券を買わなくなった僕がこんなことを言う資格はありませんが、昔みたいに競馬が盛り上がって、これ以上地方競馬が廃止されないことを願います。

盛岡で撮った写真をもうちょっとだけ

2007年12月 3日(月) 02:43 | 日記

そんなわけで、初めて岩手県まで行ってきました。
当日の日記にも書きましたが、思ったよりも暖かくて拍子抜けしました。
それでももちろん東京よりは寒いわけですが、地元の方も「今日は暖かいですねぇ」と言っていましたし。

焼そばバゴーン
盛岡市内のファミリーマートにて。「焼そばバゴーン」なんて見たの何年ぶりだろう。東京にも愛知にも、普通のコンビニやスーパーにはなかった気がする。逆に、東北地方ではペヤングがレアだったりするのかも。

雪景色
ちょっと山を登っていくと、ご覧のとおりの雪景色。今年は日本海側で大雪が降ったそうで、盛岡も無関係ではいられなかったようですね。

松任谷由美
最後は盛岡とは関係ないのですが、盛岡駅にある本屋さんで発見してしまったので。
「ワープマガジンジャパン」という雑誌の最新号の表紙。写真では見にくいですが、「松任谷由美」と書いてあります。
これって、もしかしてユーミンさんのことでしょうか。
だとしたら、大変ですねこれ。
僕も雑誌のようなものを制作したりプロデュースする立場だったりしますが、表紙で名前を間違えるなんて考えられませんね。しかも、よりによってこんな大御所を。いったい、編集部内のチェック体制はどうなっているのでしょうか。
まあ、そうはいっても事情は分からなくもありません。
まず、この手の雑誌の制作全般に言えることですが、デジタル化によって制作の行程が短くなり、全体的なスピードが速くなったこと。だから、ゆっくり文字をチェックする時間が与えられない。
また、表紙のような重要なページは、編集部内の偉い人が担当することが多いんですよね。実は、かえってその方が危険だったりします。なぜなら、チェックする人がいないから。
でも、だからといって、「松任谷由実」を間違えるかなぁ。ちょっと賢い変換ソフトなら、「まつとうやゆみ」を変換すれば、最初の候補に「由実」が出てきたりするのに。

そんな盛岡の1泊2日でした。来週は沖縄へ行きます。

別の月の日記を見る