宮台真司さんと菅直人さんの講演を見に行きます

2007年3月 3日(土) 14:51 | 日記

今日の夜、吉祥寺でこんなイベントがあるので、出席します。

トークライブ菅直人&宮台真司

■内容■
国民主権をめざす菅直人(衆議院議員)と若者に絶大な支持を受ける宮台真司(社会学者)が夢の競演。テーマは「格差社会と若者の未来」。これからを生きる世代に明るい未来は待っているのか。2人のオオモノに語ってもらいます。

■日時■
2007年3月3日(土)18:40~21:00(開場18:20)
宮台講演⇒菅講演⇒対談⇒質疑応答

■場所■
武蔵野公会堂第1・第2合同会議室
JR・京王吉祥寺駅公園口(南口)徒歩2分

■対象■
10代・20代・30代の若い世代

大学での専攻は社会学でした。とはいっても、最低限の単位と最低限の卒論だけで逃げるように卒業したので、偉そうなことは言えませんが。
著名な社会学者の宮台さんですが、生で見るのは今回が初めてです。これから図書館で本を借りて、井の頭公園あたりで読んでみようと思います。
菅さんは選挙区が僕と同じです。事務所は三鷹駅の北口にあります。生で見るのはやはり初めてになります。このところ民主党が頼りない感じですが、菅さんにはもっとがんばってもらいたいと思います。

イベントは参加無料ですが、事前に登録が必要なので、今日これを見て現地に行ってもたぶん見られないと思います。
対象が30代までとのことですが、どんな人が見にくるのでしょうか。やはり学生と、30代後半の男性が中心になるのでしょうかね。
テーマの「格差社会」については、国会では民主党がいろいろ言っていますが、菅さんが本音ではどう思っているのか気になるところです。格差の何が問題で、どこを修正すべきか、どこを修正すべきでないのか。この方向性がかなり重要だと思います。
個人的には、言い方は悪いですが「上をより伸ばさなければ、下も伸びない」と思っています。そのうえで、分配すべきところを分配すればいい。最初から均衡化を目的とすれば、伸びるべき人や企業が伸びなくなり、結果として社会全体で享受できるものが減ってしまいます。
ありきたりな結論ですが、「努力して結果を出した人が報われる」という社会を築くことと、結果を出した人を社会全体がきちんと評価すること、そして誰もが努力できるような環境を作ることが、政府と社会全体が協力してやっていかなければいけないことだと思います。
そのためにはどうすればいいのか。もし具体論まで踏み込んで、有効な答えを出してくれるなら、菅さんをものすごい勢いで応援したいと思います。

気持ち悪いくらい暖かい日ですね

2007年3月 3日(土) 17:56 | 日記


夕暮れの井の頭公園。たくさんのカップルとすれ違う中、子供たちのはしゃぐ声がひときわ響きます。
3月になったばかりだというのに、何なんでしょうかこの暖かさは。花見シーズンまであと1か月近くあるのに、桜が咲いてもおかしくないくらいの陽気です。
東京に来て二度めの春。いろいろなことを思い出します。1年前のこととか、11年前のこととか。

さっき武蔵野公会堂の前を通ったら、若者の行列ができていました。菅さんのイベントとは関係ないと思いますが、何だったのでしょう。

日記を書いているうちに、すっかり暗くなりました。

金谷ヒデユキ

2007年3月 3日(土) 22:27 | 日記


吉祥寺の丸井の向かいに、大きな看板が立っていました。
金谷ヒデユキといえば、10年くらい前に「ボキャブラ天国」というテレビ番組に出ていました。爆笑問題やネプチューン、海砂利水魚(現在のくりぃむしちゅー)、フォークダンスDE成子坂などがいる中で、ギターの弾き語りというスタイルで人気を集めました。
ミュージシャンとして活動していることは知っていましたが、今は吉祥寺が活動拠点みたいですね。
いつか井の頭公園あたりで見かけることもあるかもしれません。
そういえば、最近楳図かずお先生の姿を見てないなぁ。

「格差」を語ると、どうしてもスケールのでかい話になりますよね

2007年3月 4日(日) 05:33 | 日記

そんなわけで、吉祥寺の武蔵野公会堂で行われた宮台真司さんと菅直人さんの講演会へ行きました。「格差社会」をテーマに、2時間あまりの話を聞きました。
こういうのって、どこまで書いていいものなのでしょう。あまり事細かに書くと問題がありそうだし、間違えて事実と違うことを書いたりすると、たくさんの人に誤解を与えることになり、ご本人に迷惑がかかるので。
そのあたり「後出しジャンケン」にしたかったのですが、午前3時の時点でこの講演に関するブログを書いたのは、ヤフーの検索でヒットしたのはひとりだけ。mixiでもひとりしか書いていません。ということは、明日あたりこの日記がものすごい勢いでいろんな人に見られるかもしれない。うわあ(笑)。
というわけで、内容の紹介は最小限にとどめて、僕の感想や考えを中心に書きたいと思います。

会場となったのは、武蔵野公会堂の2階の会議室。講演やイベントとは無縁の、本当に普通の会議室でした。
主催は学生さん。参加費は無料。限られた予算の中で、イベントホールなんかを借りるのは無理があるのでしょう。もっとも、立派なホールでも小さな会議室でも、話を聞かせていただくことが目的なので全く気になりませんでしたが。
聴衆は100人くらいだったでしょうか。大半が学生で、講演が始まる前にはあちらこちらで話し声が聞こえました。おそらく、大学のゼミ単位で参加しているんでしょうね。講演の中で宮台さんが言うには、わりと偏差値が高めの学校から来ている人が多いようで。僕のようなミーハーな客はごくわずかでした。
講演は18時40分開始。最初に宮台さんが話して、次に菅さん。その後に、ジャーナリストの及川健二さんを交えた対談。最後に質疑応答があって終了という流れでした。

内容について語る前に、検索でたどり着いた方のために、簡単に筆者の自己紹介を。
僕は社会人になって8年の、30歳になったばかりのサラリーマンです。
愛知県で生まれ育ち、京都にある大学に進学しました。学校そのものはわりと有名どころだったのですが、僕自身はきわめて不真面目な学生で、最低限の単位といいかげんな卒論で卒業証書をもらっただけ。かといってサークル活動や遊びにも熱中できず、貴重な4年間を無駄遣いしてしまったことは後悔しています。
就職活動もほとんどせず、卒業後は地元の愛知県でしばらくフリーターをしていました。その後、名古屋でライターとして仕事をしましたが、収入が安定しないため1年も経たずにやめました。
2000年7月。初めて正社員として働いたのは、名古屋の出版社でした。給料は考えられないほど安く、残業代が1円もつかないうえに、仕事が深夜0時を過ぎるのは当たり前。最低限の社会保険こそありましたが、まさに格差社会の最下層。そんな状態が4年近く続きました。我ながらよくあんな仕事を続けられたものです。
その後転職しましたが、次の会社も1年そこそこで辞めて、東京に引っ越しました。2005年11月のことです。翌年1月より、通算3つめの会社で勤務開始。いわゆる編集プロダクションで、広告や雑誌の製作に携わっています。
学歴はおそらくトップクラス。しかし、収入や仕事に関しては長らく最下層を這っていました。最近になってようやく、全体の真ん中あたりに上がってきたところです。ある意味で「上」も「中」も「下」も経験した、格差社会というテーマを語るにはうってつけの人かもしれません。

前置きが長くなりましたが、講演の感想などを語りたいと思います。
「どんな格差がどのくらいあるか」という具体的な格差の実例や、それを解決するための具体的な方法を示すのではなく、その背景となる現代社会の問題点に言及するというアプローチは、きっと相手が高学歴の学生だから成り立つんでしょうね。
格差は拡大傾向にあり、「悪い格差」が蔓延しつつあるというのが宮台さんの見解でした。具体的な現象として、非正規雇用者の増加を挙げていました。
この後、興味深いことをいくつか語っていました。
政治への関心の高さと正の相関関係にあるのが、「恋愛や友人関係で悩みがないこと」。若者が格差問題やその他さまざまな政治問題に対して声をあげないのは、対人関係で悩みを抱える人が多く、みんな政治のことなんて考える余裕がないから。
また、よく言われている「若者の右傾化」は、情報の流通量が増えすぎたことで「精神の空洞化」を起こした人たちが「感情的な安全」を得るために、依存する対象を国家に求めることで起きる。与党はこのような民衆の心の動きを利用している、とも。
なるほど、この論理に従うと実に皮肉な話です。要は、格差社会で下位に押しやられている人ほど、自民党に票を入れるということになります。東京都知事選なら石原に。政策について熟慮したうえで自民党に投票するならいいのですが、そうでない人が多い。
考えてみれば、この前の郵政民営化なんて、郵便局が国営から民営になっても、僕らの生活にはそれほど変化がなかったりします。もちろん郵政民営化は財政と密接に関わる重大なことなのですが、だからといってそれほど差し迫ったことでもありません。そこを分かったうえで冷静に受け止め、別の論点を求めた民主党と、「たかが」郵政をさも国家の一大イベントとして派手に喧伝した自民党の間で、結果として大きな差が出てしまったのはご存じの通り。さまよえる民衆の心をうまく操ったのは、小泉さん率いる自民党だったというわけです。しかし、「政治に関心があり、冷静に考えることのできる有権者」がもう少し多かったら、ここまで自民党が圧勝することはなかったのではないかと考えられます。

格差とは関係ない話ですが、なぜサブカルチャー、あるいはオタク的な文化に造詣の深い人が右傾化するのか、これまで不思議に思っていました。サブカルはメイン=体制と対立するものであって、むしろ左翼的な発想と親和性が高いはずだと思っていました。なぜ左ではなく右なのか。
答えは単純で、「どっちの勢力が強いか」ということ。1970年代までは、若者の間で左寄りの思想が強かった。あるいは「かっこいい」とされていた。それが、左翼がだんだん相対的に弱体化し、ちょうどその頃に「新しい歴史教科書をつくる会」など、右傾化の象徴的な動きが出てきた。それに追い打ちをかけたのが北朝鮮拉致問題や中国での日本バッシング。今ではすっかり若年層の間でも、「右」が多数派となった。要は、どちらに依存すればいいのか、何を信じれば最も「安全」なのか。思想の中身ではなく、強いか弱いかが判断基準になっている。
宮台さんの話を聞いて、そんなことを思いました。

「格差が拡大すれば、下の方で苦しんでいる人は社会の変革を求めて左傾化するはず」などと漠然と考えていましたが、そんなに単純なことではないみたいで。むしろそれとは逆の現象が起きているのが、なんとも気持ち悪いです。
「現状に満足か不満か」ではなく、「差し当たって精神的な充足を得るためにはどうすればいいのか」が判断基準では、話も進まないですよねぇ。人の考え方を変えるのはかなり難しいことだと思うのですが、どうすればいいんでしょう。
そのあたりの話については、明日書きたいと思います。さすがにもう眠いので。

格差問題の中枢は、所得ではなく時間だと考える

2007年3月 5日(月) 01:19 | 日記

きのうの日記の続きです。
格差社会を語るうえで避けて通れないのが、労働者の雇用についての話です。
所得の低さは格差を形成する直接的な要素であるだけでなく、「低賃金・長時間労働」の環境に置くことで、労働者に余計なことを考えなくさせる効果もあります。労働争議や、政治的な運動を起こす暇すらないというわけです。
大企業にはほぼ例外なく労働組合という組織があります。それがうまく機能しているかどうかは別として、曲がりなりにも「経営者に対する圧力団体」としての一定の地位は保障されています。
しかし、中小企業となれば話は別です。

僕が昔働いていた会社は、名古屋の本社の社員が100人以上で、大阪や福岡などに支社がありました。大企業と呼んでもいい規模です。
しかし、組合はありませんでした。
きのうも書いたように、労働環境は最悪でした。正直言って、別の会社で時給850円くらいでアルバイトした方がよっぽどお金になりました。
こんな環境だと、「組合を作ろう」なんて気すら起こらないんですよね。そもそも、嫌になったらさっさと辞めるし、ある日突然会社に来なくなる人も普通にいましたので。それを異常と思わない会社でした。
でも僕は、搾取されっぱなしなのは嫌だからと、組合を作るためにいろいろと法律を調べたりしました。僕の行動に対して、後輩は応援してくれたけど、管理職ではない直属の先輩には全く理解を得られませんでした。
会社の現状を、労働基準監督庁にひとりで訴えに行ったこともありました。しかし、時は不況のまっただ中。「リストラで仕事を失う人が後を絶たず、毎日その対応に終われている。まだ仕事があるだけいい」と言われて門前払い。「経営者が労働者を人間として扱わない」という点では、過剰なリストラも不当な労働条件も同じだと思うのですが。
すべてに失望して、仕事に対するモチベーションも完全に失ってしまったので、労働組合を立ち上げることなく、間もなく会社を辞めました。風呂敷を広げるだけ広げて逃げてしまったことを、後輩に対して申し訳なく思っています。先輩やら上司やらに対しては何も思うところはないですが、中間管理職の人々もかなり搾取されていたわけで、同情する点もないわけではありません。

でも実は、僕がいた会社のような労働環境は、決して珍しくないわけで。おそらく大企業のエリートには僕らの気持ちは分からないだろうし、一流といわれている大学に入った人の多くは、そんな世界とは無縁でいられるのでしょうけど。
そりゃ政治のことなんて誰も考えなくなりますよ。
もし今、日本にヒトラーみたいな人間が出てきたら、そうした労働者の心のすき間に食いついてきますよ。

そうか。分かったぞ。
もし格差が拡大して、所得の低い層が増えると、ますます資本家だけが太り、底辺はさらに拡大する。
この構図において割を食うのは所得の低い人たちだけではなく、「そこそこ収入はあるけど、長時間労働は嫌だし、少なくとも今のままでのんびり暮らしたい」という、中の上くらいの層なんですね。
つまりは、宮台さんのような研究者の地位であったり、講演会に出席していた学生が近い将来就く職業によって得られるはずの地位であったり。そこの土台がおびやかされるのはたまったもんじゃないと。

これだけでは分かりにくいので、もう少し言うと。
仕事柄、日経新聞を読んでいます。日経って、基本的に記事の視点が資本家や経営者寄りなんですよね。政治的には右でも左でもないのですが、経済に関しては明らかに資本家寄り。別にそれが悪いとは思わないけれど、サラリーマンとしては賛同しかねる社説も多く、もう少し気を使って書いてくれよと思います。
経済はグローバル化しています。現在、日本を含め世界はおおむね好景気です。なぜか。中国やインドに代表される新興工業国が、成長途上にあるからです。
これらの国では、工業製品などを先進国より安く作ることができます。トヨタ自動車などのグローバル企業は、こうした国々に生産拠点を移すことで、低コストで製品を生産します。そうすることで業績を上げているわけです。このモデルは、世界のどこかに安価な労働力が存在する限り成立するわけですから、今後も半永久的に続きます。
だから、日本は内需がたいして拡大しないのに、景気回復だと言われているわけです。
とはいえ、企業が儲かったからといって、それがすぐに労働者の賃金に反映されるわけではありません。まずは設備投資、次に株式の配当。それがひと回りして、ようやく賃金に回るわけです。
2006年には個人消費が回復すると多くのエコノミストが言っていましたが、現実はそうなりませんでした。いまだに個人消費は冷え込んだままです。

僕は今の状況を、格差が解消するまでの一時的な過渡期だと思っています。バブル崩壊で体力を失った企業は、どんな手段であれ業績を回復することが至上命題で、そうしないと労働者に賃金が行き渡らないので、個人消費も回復しない。このあたりは、日経新聞の論調と同じです。
ただ、企業業績が良くなった後は、放っておくと企業がお金を全部せしめてしまうので、政策によって無理にでも一般市民にお金を回すようにする必要が出てくると思います。それがちょうど今の段階だと思うのですが、政府が打ち出したのはホワイトカラー・エグゼンプション。よりによって、全く逆の発想です。
さすがに日経新聞も、今回の政府の対応は性急過ぎたと断じています。
別にホワイトカラー・エグゼンプションの内容そのものは、その対象が高所得者に限るのであれば僕らには関係のない話なのですが、どちらにしてもヨーロッパ的な労働観とは正反対の考え方であることは間違いありません。
本来求められるべきなのは、「今以上に働いて、より多くの賃金を稼ぐ」ことではなく、「今と同じ賃金でもいいから、残業をなくして、労働時間を短くする」ことです。
格差が問題なのは所得の差ではなく、自由時間があまりにも少なすぎることなんですよね。宮台さんが「精神的な安全を獲得していない」という原因としても挙げています。

日経新聞では、労働条件の改善を個人消費の拡大という側面でしか論じていない印象です。「消費のためには末端にまで金を行き渡らせる必要がある」というだけ。でも、以前僕が求めたのは、必ずしもお金だけではなかったわけで。
お金がなくても、時間があればどうにかなります。次の職業について真剣に考えることもできるし、お金がなくても楽しいことを見つけられます。
お金も時間もある「勝ち組」はごくわずかです。大半はお金はそこそこあるけれど時間がない、あるいはどちらも不足している人です。そうした人がさらに増えて、世の中に対するあきらめや失望が蔓延すれば、世の中を変えようという機運はさらに弱くなる。それどころか、かつての日本のような全体主義的な動きが起きてもおかしくない。いや、それは考えすぎでしょうか。
とにかく、「勝ち組」の一段下にいる、そうした状況が見える人たちにとっては、こりゃなんとかしなきゃまずいと。菅さんの周囲にいる学生さんも、そうした考え方を共有しているのではないかと思っています。

とにかく、まずは労働者に「時間」を与える政策を打ち出してほしい。時間があれば、いろんなことが解決する糸口になると思う。
菅さんは、今度の選挙の柱に格差問題を挙げようとしていますが、その中身については「労働時間」を重視してもらいたいですね。非正規雇用や最低賃金の問題について具体的な方策を話していましたし、それも大切なことには間違いないのですが、もうひとつ「労働時間の強制的な削減」にまで踏み込んでもらいたいと個人的に考えています。

僕が2004年春まで勤めていた会社は、山口組の有力なフロント企業のひとつとして、今も変わらず活動を続けています。別に売り上げの一部が司さんや高山さんのところへ行くのはどうでもいいんですけど、最低限日本の法律くらいは守れと。こうした企業をなくすために、法律をさらに強化して、運用を徹底するよう求めたいです。
そのあたりの制度が整ったうえで、それでも非正規雇用をあえて選ぶ人がいるのであれば、格差なんて問題と呼ぶに値しないものになるでしょう。

何が言いたいのかよく分からない文章を長々と書いてしまいました。実際の僕も「話にオチをつける」「言いたいことを明確にする」ということが苦手だったりします。人に何かを伝えることより、話すことそのものを目的とすることが多く、よくそのことを突っ込まれていました。けっこう女性的な性格なんです、というと女性の方に怒られてしまいそうですが。

最後に。最大の問題は、宮台さんや菅さんが考えていることを、どうやっていろんな人に伝えるか。これに尽きるんでしょうね。素晴らしい政策やマニフェストを作るより、そっちの方がずっと難しい。どうやったら関心を持ってもらえるのか。やはり「格差社会」だけでは弱いので、もっと身に詰まるようなネタをひとつ用意すべきでしょう。ひとつの方法論として、僕が先に書いた「労働時間の強制的な短縮」なんて、いいと思うんだけどなぁ。世の中には経営者より労働者の方が多いわけで、票を集めるためには労働者にとって利益の大きい政策を掲げる必要があると思うのですが。
でも、子育てやローンに追われる世帯は、どれだけ自由時間がなくなってもいいから、お金を稼ぐことが至上命題だったりするわけで。だとすると、こんな政策はむしろ邪魔になってしまう。
やっぱり難しいなぁ。素人が簡単に考えられることではありません。
菅さん、がんばってください。

ひさびさにフォークな買い物

2007年3月 5日(月) 03:20 | フォーク

土曜日、吉祥寺のディスクユニオンで衝動買いしてしまった品がふたつ。
まずはこちらのCDから。
ホーボーズ・コンサートVI&VII
1974年に東京・池袋で行われたライブを収録したアルバムです。タイトルから分かるとおり、IからVも出ています。
このCDが初めて店頭に並んだのは1998年。名古屋の金山駅の北に「サウンドベイ」という店があるのですが、この店は当時フォーク関係がものすごく充実していました。URCのライブ盤やベスト盤もほとんどここで入手しました。ただ、URCが1枚2000円前後だったのに比べ、この「ホーボーズ」は2800円もしたので、なかなか手が出せないでいました。そうこうしているうちに、このCDは店頭から姿を消してしまいました。
余談ですが、当時発売されたCDの中で、URCの「DEW」などマニアックなものは、現在ではディスクユニオンなどで定価の1.5倍から2倍の値段で売られています。当時ほとんど出荷されなかったうえに、URCの版権が当時の東芝EMIからエイベックスに移ったことも関係しているのでしょう。

さて、このアルバムですが。運のいいことに、定価より安い値段で売られていました。まあ中古ですからね。
今は亡き西岡恭蔵さんや、現在も最前線で活躍するエンケンこと遠藤賢司さんをはじめ、たくさんの人が参加しています。エンケンは、「雪見酒」という曲の中で加川良さんの名前を出しながら、即興で替え歌をしていました。当時の空気がよく分かります。
「キリギリス」「銀河鉄道」「国吉良一」は初めて聴きましたが、キリギリスの曲がすごくいい。アルバム全体として、参加しているミュージシャンはフォーク寄りですが、中身は同時期のライブである「春一番」のようなフォーク臭さ、関西臭さは全くなく、それぞれが好きな音楽を演奏して、歌っている感じ。斉藤哲夫さんの、あんなに明るい歌声は初めて聴いた気がします。
ライブ全体から、開放感というか、音楽を楽しんでいる感じが受け取れます。あるいは、心の奥に深く潜っていくような楽曲もあったりして、全体としてかなり完成度の高いアルバムに仕上がっています。
ぜひ、ホーボーズの他のアルバムも手に入れたいところです。

そして、もうひとつがこちら。
エレックレコード
「エレックレコードの時代」という、本と資料とCDがセットになったものです。
URCレコードとともに、日本におけるミュージシャン主体によるインディーズレーベルのさきがけとなったエレックレコード。岡林信康や高田渡、はっぴいえんどなどを輩出したURCに比べると、エレックはやや「一般人受けをする音楽」を志向したレーベルと思われがちですが、日本の音楽史上に残る記念碑的なミュージシャン、吉田拓郎を輩出した功績を忘れてはいけません。このほか、泉谷しげるや古井戸など、個性的なミュージシャンが多数在籍していました。
本はまだ読んでいませんが、CDは聴きました。
当時放送禁止に指定された4曲が入っている、かなりお宝度の高いCDです。
そのうち3曲は聴いたことがあるのですが、初めて聴いて衝撃的だったのが、まりちゃんズのデビュー曲「ブスにもブスの生き方がある」です。まりちゃんズといえば、90年代前半に「尾崎家の祖母」がリバイバルヒットしたので、若い方でも知っている方は多いと思います。
この曲の存在はずっと前から知っていたのですが、聴くのは初めてでした。
噂通り、実にひどい歌でした。すごいですよこれ。
この曲はまりちゃんズのベストアルバムにも入っていて、今でも普通に買えるみたいなので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。

1998年といえば、フォーク周辺でたくさんの曲やアルバムが復刻された年です。URCの「1968京都フォーク・キャンプ」「1969京都フォーク・キャンプ」は、98年当時にそれほど高くない定価で買ったのですが、今では中古のCDがオークションで5000円とか、とんでもない値段で売られていたりします。エイベックスで再発すればいいと思うのですが、何かできない理由でもあるんでしょうかねぇ。
フォーライフから発売された「エレック・アンソロジー」という2枚組のアルバムも、98年に買ったもののひとつです。泉谷や古井戸、ケメ、ピピ&コット、佐渡山豊など、エレックを代表するミュージシャンの曲がたくさん入っています。ちなみに、吉田拓郎のエレック時代の音源はここには入っていません。版権そのものはフォーライフが持っているのですが、拓郎が当時のエレックとケンカ別れしたことが理由で、本人の意向で外されているのでしょうか。
このアルバムはURCほどの希少価値や需要はなく、ヤフオクで1800円で売りに出されていました。当時の定価が確か3000円を超えていたので、まあ妥当な金額でしょう。アマゾンのマーケットプレイスでは最低価格が3000円と、きわどい金額でしたが。
このアルバムには、放送禁止ソングの横綱「金太の大冒険」も入っていたりします。だからどうしたと言われても困るのですが。
まあとにかく、98年にリアルタイムでいろんなアルバムを入手できてよかったと、今になって思うわけです。

もう一度真面目に競馬を見ようかなぁ、と思った

2007年3月 5日(月) 23:45 | スポーツ

きのうの弥生賞はテレビで見ていました。
上位に入線した馬の父や母の名前を見て、懐かしさを感じずにはいられませんでした。
アグネスタキオンにジャングルポケット、ステイゴールド、マンハッタンカフェ。ちょうど僕が競馬から疎遠になる直前に活躍していた馬です。
結果を見ると、1着から5着までの実に4頭が、サンデーの3世なんですよね。
大種牡馬サンデーサイレンスが去り、今後はサンデーの直系を中心とした内国産種牡馬や、日本で活躍したマル外の産駒が増えます。父親の活躍をよく知る僕にとって、これからの競馬はかなり楽しめるのではないかと、弥生賞を見て思った次第でございます。

1998年は、馬券の収支が年間を通してプラスでした。あの頃の栄光をもう一度ということで、また真剣に競馬を見てみようかなぁ、と考えたりしています。
この日記を書き始めてから、生で競馬を見たのは去年の帝王賞だけ。中央競馬なんて、おそらく4年近く見ていないと思います。府中の競馬場はバイクで30分もかからない距離なんだし、今度の東京開催は絶対に行こうと思います。

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