出来心でTPDビデオコンプリート

2006年3月 1日(水) 02:00 | アイドル

あーあ、買っちゃった(笑)。
TPDビデオ
ついに東京パフォーマンスドールのビデオを全部そろえてしまいました。
まあ正確に言うと武道館ライブ第二部だけ抜けていますが、これについてはすでにDVDを持っているので、実質的にはコンプリートです。

このビデオは、先週土曜日にヤフオクで落札しました。2月26日の日記で書いた「大きな買い物」とはこのことです。落札価格を明かすと「お前アホやろ」と言われそうですが、とりあえず4桁後半とだけ言っておきます。なにせ25人もの入札があった人気商品で、思っていたより値段がつり上がってしまったので。

ちなみに、厚生年金会館のライブを収録したVol.7、8と横浜アリーナでのライブを収録したVol.11、12はすでに持っていますので、この4本は近々オークションに出そうと思っています。ぜひ高く買ってください…と言いたいところですが、そもそもこの4本は普通に中古市場に出回っているんですから、まず高値はつかないんですよね。レアなのはVol.0~6とVol.13です。なにせ今まで一度も見たことがありませんでしたから。
今回のビデオコンプリートは決して安い買い物ではありませんでしたが、都内の中古店を探し回る手間を考えると、まあ妥当なのかな、という気もします。

さっそく、1本目のビデオを見ています。
涼子かわいいよ涼子。
よねみ、歌うますぎ。
知砂ちゃんかっこいいね。
それにしても木原さとみの「おばさん臭さ」が際だちます。当時18歳か19歳とは思えない圧倒的な存在感(笑)。がんばれリーダー!

ついでに2本目のビデオを見てます。
パジャマ姿の麻衣ちゃん、すっごくキュートです。
「ラッキー・ラヴ」の市井バージョンもいい感じですね。
よねみ、17歳にして完成度高すぎ。
やっぱ涼子は美少女だわ。

TPDについては、また別の機会に熱く語らせてください。

紙媒体に初めて自分の名前が載るということ

2006年3月 2日(木) 02:53 | 日記

とあるフリーペーパーのインタビュー記事に、自分の名前が載ります。書店やコンビニでは入手できないので、皆さんがお目にかかる可能性は低いですが、それでも全国で20万部近く発行されているらしいです。
この記事は僕自身が書いたことは書いたのですが、実際はインタビューに同行した先輩に、自分の未熟な原稿を大幅に修正してもらっています。僕の名前が出るなんて、とてもおこがましい話です。
とにかく、紙媒体の記事に僕の名前が出るのはこれが初めてです。

「紙媒体」という書き方をしましたが、ネットでは過去に自分の文章が載ったことがありました。「フォーキー」などというハンドルネームではなく、本名で書いた文章です。
1999年の初頭だったと思います。ある競馬サイトで「予想コラムコンテスト」という企画がありました。グランプリおよび準グランプリには賞金が出るほか、そのサイトで連載を持つことができるかもしれない、というものでした。
僕は競馬の予想を媒介とした自伝的なコラムを書き、コンテストに応募しました。残念ながらグランプリは無理でしたが、それでも準グランプリを獲得し、賞金1万円をもらうことができました。応募が全部で何通あったかは知りませんが、受賞者はグランプリが1人、準グランプリが2人の計3人だけだったので、それなりに高い競争率をくぐり抜けたものと思われます。
コラムは、僕の名前とともにサイトに掲載されました。たくさんの人が僕の文章を読んだと思います。もちろん今となっては読むことはできません。僕自身も文章を保存していないので、どんなことを書いたのか細かいことは忘れてしまいました。
結局、コラムの執筆依頼は来ませんでした。それどころか、コンテストを開催したサイトも今はありません。現在の「netkeiba.com」に統合された、と記憶しています。
これが、初めて僕が公の場で文章を書いた時のことです。

その数か月後、ライターの事務所に所属することになりました。紙媒体のデビューは、とある有名週刊誌の記事です。当然のことながら僕の名前が載るはずがありません。
この1年後にはある雑誌の編集者になりますが、やはり記事に自分の名前が載ることはありませんでした。というか、あまり積極的に名前を載せたくありませんでした。なにせ、世間からはエロ本と認識されているような雑誌でしたから。

ネットに僕の文章が載ってから7年。まもなく紙媒体に、僕の名前が記載された記事が載ります。
7年前、大学卒業を間近に控えながら就職が決まっていなかった僕にとって、自分の名前が載った文章を雑誌に載せることはひとつの夢でした。
それがようやく現実となるわけですが、特にこれといった喜びも感動もありません。
この7年の間、雑誌の記者や風俗誌の編集者、ネットショップの管理者と、いろいろなことを経験してきました。もはや、少しくらいのことでは感動できなくなってしまったようです。

競馬コラム話の続き

2006年3月 3日(金) 02:48 | スポーツ

きのうの日記について、たかしおのさんからコメントをいただきました。あの競馬サイトの予想コラムコンテストを見ていた方、覚えていた方がいたんだなぁと感激しました。
しかし、なにせ7年も前のことなのでほとんど覚えていません。それでも何かを思い出そうとしていたら、ふとあることに気づきました。
「コラムコンテストで準グランプリを取った時の、メールが残っているはず…」

こういう時だけは、昔のメールを捨てずに取っておく習性が役に立ちます。
5000通を超えるメールの中から、意外にすんなりとそのメールは見つかりました。
1999年2月2日。件名「コラムコンテスト結果ご案内」。
このメールで、サイトの名前が「ダービースクエア」であることも思い出しました。

このたびは、コラムコンテストへのご応募ありがとうございました。
選考の結果、あなたは見事準グランプリを受賞されましたので遅くなりましたがご連絡いたします。
賞金は2月下旬ころ、銀行振込にてお支払いいたします。
おりかえし、銀行の口座番号をご連絡ください。

また、当方にて新しく計画しているメールサービスにてコラムの執筆依頼をする可能性があります。この件についてはまだ未確定なので、後日またご連絡いたします。

ちなみにメールの送り主のアドレスが「edge.co.jp」だったので、調べてみたらやっぱりあのエッジ、つまりライブドアだったんですね。さらに調べると、ダービースクエアというサイトはあの堀江氏が立ち上げたもののようです。へー、知らなかった。
それからひとつ訂正。きのうの日記で「コンテストを開催したサイトはnetkeiba.comに統合された」ということを書きましたが、僕の勘違いでした。ダービースクエアはnetkeiba.comではなく、「競馬最強の法則」のサイトの前身です。

ところで肝心のコラムの内容ですが、文章の一部分が見つかりました。
準グランプリの知らせを受けた直後、友人に自慢するためにコラムの原稿をメールで送りました。友人はすぐさまメールを返してくれたのですが、その内容に僕のコラムの引用部分がありました。もしかしたらその友人がコラムの全文を今も持っているかもしれませんが、今のところは彼のメールに記された断片的な文章が唯一の記録です。

テゾロもシンザン記念以後、掲示板にすら載れないレースを続けた。
なまじ若い頃に無傷の3連勝などしてしまったから、「俺は本気を出せばいつでも走れるんだ」などと勘違いしてしまったのだろう。だけど彼が真剣に走らないのは、本気を出して負けるのが怖いから、彼が臆病だったからなのかも知れない。
挑戦をしなければ、いつまでも「無限の可能性」でいられる。そんな自分が好きなだけで、現実から目を背けようとする。臆病な自分をうすうす感じながらも、そんな自分を強がりの心で覆い隠そうとする。

メイショウテゾロを話題にしたのは、予想するレースがシンザン記念だったからでした。
1995年、デビューから3連勝で3歳春のシンザン記念を勝った同馬でしたが、その後1勝もできずに24連敗。98年にひっそり引退しました。そんな同馬にとって、シンザン記念以来たった一度の晴れ舞台が、95年のマイルチャンピオンシップでの16番人気2着でした。馬連のオッズはなんと1000倍を超え、メイショウテゾロ(と上籠騎手)の名前は競馬ファンの脳裏に深く刻まれることとなったのです。
僕が書いたコラムは、自分自身をこのメイショウテゾロになぞらえつつ、ついでに1999年のシンザン記念を予想するという内容でした。
予想そのものはどうでもいいです。本命にエイシンキンボールを推してしまったのは今考えるとあまりに痛いですが、そもそも予想が当たるかどうかは、コラムのコンテストにはあまり関係がなかったので。
挫折を恐れる「天才」、というコラムのタイトルだけは今でもはっきりと覚えています。
挫折をしたくないから本気を出さない。本当の自分は誰にも負けない天才なんだ。現に子供の頃は何だって簡単にできたじゃないか。そんな現実逃避的な思考をしていた、就職も決まっていない当時大学卒業間近の僕。
まあ21歳という若さだったから、ネタとして成立したんでしょうね。

ともあれ、こんな昔の文章をこんなところで晒すのはやっぱり恥ずかしいものです。ところで、もしコラムを保存していた人がいたら僕の本名がばれちゃいますね。別に知られて困るわけではないですが、仮に僕の本名が分かっても、ネット上でそれを晒すことだけはご遠慮いただければと思います。
蛇足ですが、昔は「挫折を恐れる天才」という言葉をネットで検索すれば僕の名前が出てきました。今はもう出てきません。そのことを確認してからこの日記を書きました。やっぱり、ネット上で本名が出るのは恥ずかしいですからね。

駒大苫小牧のセンバツ出場辞退に思う

2006年3月 4日(土) 02:39 | 日記

いつもは当たり障りのないことしか書かないこの日記ですが、たまには賛否両論がありそうなネタを書いてみたいと思います。

駒大苫小牧が、センバツを辞退したというニュース。
以前も部長の暴力事件で騒がれましたが、今回は3年生の飲酒と喫煙ですか。
この手のニュースを見るたび、本当に嫌な気持ちになります。
なんてバカなんでしょう。
ここで言う「バカ」が誰なのかは、おいおい書くとして。

まずはっきりさせておくべきなのは、今回の事件は大会に出る選手とは全く無関係だということです。
「不祥事」なんて言われてますが、高校生10人が勝手に飲んで騒いだことの何が「不祥事」なのか。少なくとも当事者や、当事者の保護者にとっては間違いなく不祥事ですが、学校や野球部にとっては自分たちの関係ないところで起きた「個人が勝手に起こした犯罪」であり、そんなことを未然に防ぐのはまず不可能だし、そもそも「学校およびその活動とは関係ないところで起こす生徒の犯罪」を、学校が取り締まる義務も権利もないはずです。まして高校は義務教育じゃないわけですから。
責任を取るべきは、彼らの保護者だけです。
逆に、校長やら監督やら部長が辞職することで「学校が責任をとった」ふりをすることで、真に責任がある親たちの罪の意識が少しでも軽くなってしまうとすれば、そっちの方が大きな問題です。
別に学校の中で喫煙したわけじゃないんだから、学校としては一方的に「学校の外での犯罪については、我々は一切の責任はありません。でも、犯罪者は犯した罪の程度によって停学などの処分を科します」と言い放ってしまえばいい。一介の私立高校が、学校とは関係ない場所での生徒の行動についていちいち「責任」を取らなきゃいけないとしたら、僕だったらそんな学校の経営をしたり、教師として働いたりしたくないですね。だってバカバカしいから。

そして、言うまでもなく最大の犠牲者は、春のセンバツに出られなくなった選手たちです。
なぜ、他人の犯罪について自分たちが責任の一端を負わなければいけないのか。
少なくとも校長や野球部顧問以下、学校関係者は事件に関わっていない。もちろん他の野球部員も。それなら堂々と大会に出ればいいのに、それができない。
なぜか。
今回の事件で最も大きな問題がそこなんですよね。

要はさっき書いたとおり、学校側は「あいつらが勝手に外でタバコ吸って補導されただけでしょ。うちは無関係だし、聞きたいことがあるなら本人の親にでも聞いてくれ」と言える立場なわけだし、本来はそう言いたいはずです。しかし、それができない。なぜできないかといえば、世間がそれを認めないから。
冒頭で書いた「バカ」とはタバコを吸った高校生でもなければ、「責任」を取って大会出場を辞退し、校長などを更迭した学校でもありません。学校の外で起きた犯罪について、学校に責任を転嫁することを求める社会こそが「バカ」なのです。
だってどう考えてもおかしいですよ、今回の事件の成り行きは。
たとえばこれが「部員同士の暴力事件で2人が重傷」とかだったら、大会出場辞退や顧問の更迭は当然の処分だといえるでしょう。しかし、何度も言うように今回の事件は学校や部活の外で起きたことであり、それについては彼らの保護者がすべての責任を負うべきことで、学校は責任を負わなくてもいい、というより負ってはいけないんですよね。

まさか「普通の高校生がタバコを吸ってもたいした罪にはならないが、高校野球の強豪校の野球部員がタバコを吸ったら大きな罪になる」なんて考えている人はいないと思うけれど。
それでも今回の事件は、そんなふうにしか見えません。
犯罪は本人たちだけの問題だからそこで終わらせればいいものを、わざわざ後輩や学校全体を巻き込まないと気がすまない誰かがいることに、ものすごく強い嫌悪感を覚えます。

高校は、義務教育を終えた人たちがわざわざ勉強をしに行くところです。その一環として部活動があるだけのことです。それ以上でもそれ以下でもありません。まして「子供をしつけるところ」でもなければ「犯罪を取り締まったり、未然に犯罪を防ぐために最大限の努力をする」ところでもありません。
いったい世間は、高校という組織に何を期待しているのでしょうか?

まとまりのない文章ですみませんでした。なんか明日も仕事が残っていたりするのでもう寝ます。

今日は眠いので…

2006年3月 6日(月) 02:54 | 日記

申し訳ないですが日記の続きおよび掲示板、コメントへのレスは明日にさせてください。
それでは、おやすみなさい…。

気が短くてごめんなさい

2006年3月10日(金) 00:39 | 日記

「キレやすい若者」とか小学校の学級崩壊とか問題になっていますが、あれは親の教育がどうこう言う以前に、栄養が足りてないのが原因です。朝食を食べない、夕食もインスタント物やジャンクフードで済ます。栄養が偏れば、精神がおかしくなるのも当然です。育て方や生活環境以前の問題として、栄養のあるものを食べさせることが必要です。そのことが分からずに、「今の社会は病んでいる」などとしたり顔で話すえせ知識人を見るとため息が出ます。まあ、自分の子にろくな食べ物を食べさせない親が増えてきたとすれば、そのことを指して「社会が病んでいる」と結論づけるのはもっともだと思いますが。実際にそういう親は増えているんだろうし。
典型的な一人暮らしの独身男性である僕は、そんなわけで栄養が足りていません。ちょっとしたことで腹が立ってしまうのは、ひとえに人間として必要な栄養素が不足しているからです。

帰りのJR中央線。いつものように武蔵境駅で降りようと思ったら、僕の前をカップルがふさいでいました。混んでいるのは分かっているのだから、降りたい人が後ろにいる時は、自分が先に降りてホームで待機するべきです。しかしそのカップルは、車内を離れようとしません。僕は思わずムカッとして、女性の横を無理やりどかすようにして電車を降りました。今思うと大人げない行為でした。でもこの時は腹が立つのが先で、冷静に物事を考えられる状況ではありませんでした。空腹だったこともあり、いつも以上に気が短くなっていました。

武蔵境駅周辺では、路上での喫煙が禁じられています。条例こそ制定されていませんが、喫煙者はみんな「マナーポイント」という喫煙スペースでたばこを吸うことになっています。
ほとんどの人が、この決まりを守っています。
しかし、今日はその決まりを無視する中年の男性に出会いました。駅のすぐ前を堂々と、歩きながらプカプカとたばこを吸っていました。
煙のにおいに触れた瞬間、再び怒りがこみ上げてきました。
すぐさま男の方を振り返り、わざと不快な顔をして、男の顔をにらみました。
それだけです。
さすがに僕も大人なので、キレたり怒鳴ったり殴りかかったりはしません。それでも「マナーを守らない人間に対して不快な思いをしている」ことを自分なりにアピールしたかったので、「嫌な顔をしてガンを飛ばす」ことをわざわざしたわけです。
その男は、もしかしたらマナーポイントのことを知らなかったのかもしれません。でも、それならば誰かが知らせなければいけません。かといって僕は聖人ではないので、路上でたばこを吸う人間に対して「武蔵境駅では、マナーポイント以外のところでたばこを吸っちゃいけないんですよ」などとやさしくアドバイスできるような心の広さはありません。
大人げないと思われるかもしれませんが、ルールやマナーを逸脱して他人に迷惑をかける人間に対して、それをただ黙ってやり過ごすことは、その人間に対して行為を認めたことになると思っています。だから、どうにかしてそういう人間に「自分は嫌な思いをしている」ことを分からせようと考えます。かといって、直接文句を言ったりすると面倒なことになるかもしれないので、「あからさまに嫌な顔をする」「ガンを飛ばす」「舌打ちをする」といった程度のささやかな抵抗をします。
やっぱり大人げないですね僕は。

自転車置き場では、地面につばを吐く初老の男性を見ました。
嫌な顔をしながら、舌打ちをしました。
「汚ねぇなぁおい」という言葉が喉まで出かかっていましたが、必死に飲み込みました。

気が短いのは嫌ですね。栄養を取るために、週末にサプリメントを買おうと思います。

古井戸の世界、CDになったんだ

2006年3月11日(土) 02:19 | フォーク

「フォーキー★カーニバル」というタイトルの日記を書いているわりには、最近のフォーク事情に疎いフォーキーです。こんばんは。
昨年12月に、古井戸の「何とかなれ」という曲をネタにした日記を書きました。テレビアニメ「アカギ」の主題歌ですが、初めてこの曲が世に出たのが1970年代の前半。実に30年以上前の曲です。
日記では「レコードを譲ってください」みたいなことを書いていましたが、なにせこの「何とかなれ」が収録されたアルバム「古井戸の世界」は当時CD化されていなかったんですよね。10年前からずっと欲しいと思っていたタイトルですが、中古レコードは少ないうえに高くて、今まで手を出せずにいました。
しかし今日、なにげなくアマゾンを眺めていたら、なんと「古井戸の世界」のCDが売られているではありませんか。
まさかこのレコードがCDになるとは。仲井戸さん、あれほどCD化を渋っていたのに。驚きました。
このレコードには「何とかなれ」のほか、古井戸の代表曲と言われている「さなえちゃん」も収録されています。

「古井戸の世界」のオリジナル版が発売された時のレコード会社は、今は亡きエレックレコード。なんか最近、エレックから出たレコードがいくつか復刻されたようで。
たとえば古井戸のセカンドアルバム「オレンジ色のすけっち」。名曲「ポスターカラー」が入っています。もちろんCDが出るのは初めてです。
それから、吉田拓郎のライブ盤「ともだち」。これもよく拓郎氏がOKを出したものだと思います。CD化は初めてですが、僕は7年くらい前にレコードを買ったので、とりあえずCDを買う予定はありません。
ほかにもケメ、ピピ&コットといった懐かしの歌手のアルバムがCD化されています。ケメのレコードもなぜか1枚持ってます。ネタとして買いました(笑)。
しかしまあ、エレックのアルバムが復刻してしまう時代なんですね今は。日銀の量的緩和解除が決定されたばかりですが、やっぱり景気が良くなったってことなんですかね。
今や泉谷しげるの放送禁止ソング「おー脳!」がCDで聞ける時代。デフレからモーレツへ。どうせなら「戦争小唄」も復刻してほしかったなぁ。戦争だ戦争だせんそうだ~。ついでに岡林信康の「ヘライデ」とか。まあヘライデだけは、日本でクーデターでも起きない限りまず商業ベースに乗るのは不可能でしょうけど。

最後に、自慢の品をひとつ。
ゲームは終わり
五つの赤い風船のライブアルバム「ゲームは終わり」。LP3枚組です。以前このアルバムはCD化され、アマゾンで限定発売されましたが、帯付きのレコード盤はかなり貴重です。
忘れもしない、1998年12月。競馬のG1「スプリンターズステークス」で万馬券を当てて、その帰りに愛知県安城市の「がらんどう」という店で買いました。
値段は、1万円でした。

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