まことちゃんとフサオくん

2006年2月 1日(水) 00:39 | スポーツ

日曜日にJRA賞の表彰式がテレビで放送されていて、そこでディープインパクトのオーナー、金子真人氏の姿を初めて見ました。
もっと鋭い目つきをした人かと思ったら、人当たりのよさそうな紳士でした。
馬主業だけでなく、本業である社長業もうまくいっているようで。
センスのいい馬名をつけることで知られ、それに加えてここ数年の持ち馬の大活躍。
一度でいいから、あんなダンディーな金持ちになってみたいものです。
今夏の「キングジョージ」が今から楽しみですね。

オーナーといえば、関口房朗氏は今やすっかりバラエティ要員です。昔、名古屋の八事駅の近くに住んでいた時、近所に関口氏の家がありました。ヨーロッパの大使館みたいな立派な家でした。
フサイチコンコルドが日本ダービーを勝ち、さらにフサイチペガサスがケンタッキーダービーを勝った後に愛知県の知事選挙だか名古屋市の市長選挙だかに立候補して落選したうえ、後で票の買収が発覚したという恥ずかしい過去は、関口氏がテレビに出続ける限り僕の記憶から消えることはありません。ちなみに選挙ポスターのキャッチコピーは「いま、世界一運の強い男に賭けたい」。秀逸!

本チャン

2006年2月 1日(水) 23:39 | 日記

先日、テープ起こしと呼ばれる仕事をしました。
「テープ起こし」というのは、インタビューなどを収録したテープを聞きながら、その内容を文字にすることです。
今回僕がテープ起こしをしたのは、某新聞社主催の、財界の偉い人や投資家たちによるシンポジウムです。
みんな難しい専門用語を連発するものだから、言葉を文字に直すのが大変でした。「なんとかキャピタル」だとか、かっこつけて英語の用語まで混ぜたりするからインテリは嫌です。
そんな中、ひとつだけ「おやっ」と思った発言がありました。

「…解説書みたいに、簡易版と本チャンを作る必要があるんですかね」

本チャン。
確かに「本チャン」って言ったよねえ?
いやまあ意味は分かるんだけどさ。
そもそも活字に乗せてもいい言葉なのか本チャン。

さっそくネットの辞書で調べてみたのですが、当然のことながらこんな言葉は載っていません。
次に、グーグルで検索します。すると、検索結果には「本チャン」という言葉を使った大量の例文(?)が。やはり普通に使われている言葉のようです。
さらに「本チャン」という言葉について調べてみると、「オトナ語」というキーワードに行き着きました。
オトナ語とは、人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で2年以上前に紹介された、サラリーマンなら誰でも普通に使ってる、でもよく考えると変な言葉。「なるべく早く」を「なるはや」と言ったり、「明日」のことを「みょうにち」と言ったり。「本チャン」もこうした言葉と同じく、オトナ語として紹介されていました。
本まで出版されるほど人気を博した「オトナ語」ですが、僕が今回「本チャン」という言葉を調べるまで、その存在を知りませんでした。

若者が仲間うちで話す時に使う奇妙な言葉と、大人が電話で取引先と話す時に駆使する奇妙な言葉と、属する社会が違うだけでその精神は同じです。オトナ語や若者言葉とは、社会という得体の知れない存在の中で、ある特殊な概念を共有することで得体の知れない連帯感を得るための、大いなる知恵の産物なのです。
「若者は言葉が乱れている」などと一喝できるような単純なものではないんですよ、きっと。

そういえばこの前、僕の会社の人も普通に「本チャン」という言葉を使っていました。25歳以上の人ならほぼ通じる言葉だと思うので、そろそろ広辞苑や大辞林に載ってもいいと思います。

ところで、シンポジウムにおいて「本チャン」という言葉は話の主題と関係ないところで出てきたため、実際の原稿では断腸の思いでカットさせていただきました。合掌。

六段な方へのレスを兼ねて

2006年2月 1日(水) 23:58 | アイドル

Good-P
グッピーかわいいよグッピー。

去年100円で買った高橋由美子のアルバムです。この頃のグッピーは本当にかわいかった。
アイドルといえば、QMAで新島弥生が答えになる四択もありました。「新島弥生が該当するかは分からないけど、他の三人は明らかに違うので答えは新島弥生!」という完璧なまでの消去法で見事に初見で正解した僕はどう見てもアイドル冬の時代の生き証人です。

最近ブログの調子がよろしくないようで

2006年2月 3日(金) 01:12 | 日記

最近、また日記が重くなっているようです。
パソコンで日記を書く時は、シーサーブログの投稿フォームの画面に入って、そこから文章を送信するわけですが、まず投稿フォームの画面に入れないことがあります。また、いったん投稿フォームへ行けたとしても、日記を書き終えて送信するとエラーが発生してしまいます。夜9~11時は特にシーサーのサーバーが重くなっているようで、なかなか思うように書き込めません。二重投稿をしてしまうこともあります。しかも二重投稿を消そうと思っても、サーバーが重いせいで削除するための画面に行けなかったりして、同じ記事がふたつ並んだマヌケな状態が10分くらい続いたりすることもあります。

無料で使うブログだから、こういった不具合とも付き合っていかなくてはならないわけですが。
ライブドアブログも一時期ものすごく重かったですが、最近はどうなんでしょう。
その他のブログの事情はよく分かりませんが、たとえば土曜の夜なんかでも、問題なく書き込みができるのでしょうか。
とはいえ今さら別のブログに乗り換えるのも面倒だし、シーサーブログの使い勝手は気に入っているので、このまま使い続ける予定ですが、できればシーサーの中の人には、もう少しがんばっていただきたいところです。
書き込みが重いだけならいいですが、時々日記そのものの閲覧ができないことがあるのは困ります。特に携帯で見る時は。
最近またアクセス数が増えているので、もっと快適に見られるサイトになればいいなぁ、と思っています。

節分の巻き寿司と昔のバイトの話

2006年2月 4日(土) 02:35 | 日記

2月3日は節分でした。
節分といえば豆まきです。
子供の頃は「鬼は外、福は内」のかけ声とともに豆をホイホイと投げたものです。

節分といえば、もうひとつ有名な風習があります。
僕はその風習の存在を、高校生の頃は知りませんでした。
大学に進学して京都へ行き、その風習を初めて知りました。
「巻き寿司の丸かじり」です。
恵方と呼ばれる方角に向かって、巻き寿司を切らずにそのまま食べる。そんな風習が、関西に存在しました。

大学2年の時に始めたバイトが、祇園のかに料理専門店での調理補助。僕の担当は「かに寿司」を作ることでした。
かに寿司はコースの最後に出される料理です。巻き寿司やズワイガニをネタにした寿司、あるいはかに味噌の軍艦巻き。それらを作って、客室のフロアに渡すのが僕の仕事でした。
巻き寿司の「太巻き」はのりの上にシャリを乗せ、タラバガニの身を酢とマヨネーズであえて作った具を乗せ、キュウリと卵を乗せて、それを巻きます。9等分、あるいは10等分に切り、コースによって1/9を3個、あるいは1/10を5個皿に盛りつけて、ガリを乗せればできあがり。それほど難しい仕事ではありません。
時々、お客さんから持ち帰り用の太巻き寿司の注文があります。9等分した巻き寿司を、専用の箱に詰めて渡します。持ち帰り用の巻き寿司は、確か1本1200円だったと思います。
実は巻き寿司って、巻くことより切ることの方が難しかったりします。直線的に切るのが非常に難しいです。皆さんも暇があったら一度試してみてください。普通の包丁だと意外に切れません。刃先を水に濡らせば切りやすくなります。

太巻き寿司を毎日せっせと作っていた僕は、やがて京都で二度目の節分を迎えます。
バイト先の店では、昼間から外で太巻き寿司を販売していました。当時のバイト先は、僕が住んでいたマンションの真向かいにあったので、店の様子が嫌でも分かりました。
バイトは夕方から。予想通り、いつもよりよけいに太巻き寿司を巻くことになりました。ただ普段と違うのは、寿司を切らないこと。節分の巻き寿司はあくまで「丸かぶり」が基本なので、切ることはタブーです。
とにかく巻いて、巻いて、巻きまくりました。
でも切る作業がなかった分、それほど面倒くさくはありませんでした。
太巻き寿司は、それなりに売れたようです。

それにしても、長いままの巻き寿司なんて食べるの大変に決まってるのに。
バレンタインデーのチョコと同じく、寿司業界が仕掛けたイベント。どうしてみんな、揃いも揃って乗せられるのかねぇ。何が「今年の恵方は東北東」なんだか。
淡々と巻き寿司を作りながら、そんなことを考えていました。

バイトは、大学3年になる直前に辞めました。

大学を卒業して、愛知県に戻ってきました。
しばらくすると、また節分の季節がやってきました。
そこで見たものは、京都と同じ「巻き寿司」の宣伝でした。
関西ローカルの風習が、まさか愛知にまで広まっていたとは。

東京に来て、初めての節分を迎えました。やっぱり、コンビニでは巻き寿司が売られています。関西から名古屋に広まった風習は、当然東京まで伝播します。
でも実際のところ、東京での巻き寿司の売り上げはどうなんでしょうかねぇ。あんまり売れてないような気がしますが…。

篠原涼子が…

2006年2月 4日(土) 14:58 | アイドル

フジテレビの再放送を見ています。
篠原涼子の口から「東京パフォーマンスドール」という言葉が聞けたのが意外でした。
中居くんグッドジョブ。ウィーラブTPD。

2年ぶりのリアル四人打ち麻雀

2006年2月 5日(日) 06:35 | 日記

きのうは国立市内のゲーセンでのんびりとゲームをしていました。ふと携帯電話を見ると、友人からの着信履歴が。
いったん外に出て、電話をかけてみました。
「4人揃ったから、よろしく。午後7時ぐらいスタートで」

麻雀を打つのは今年の正月以来。しかし、その時はメンバーが3人しかいませんでした。
最後に僕が4人で麻雀をしたのは、おととしの3月でした。当時働いていた会社の同僚と、名古屋の本山駅の近くにある店で打ちました。そういえばあの時の負け分、「今度会った時に払う」と言っておきながらいまだに払ってなかったことを思い出しました。関係者の皆さんごめんなさい。
あれから2年。本当にひさしぶりの4人打ち麻雀です。

午後8時半。JR三鷹駅南口の某雀荘で、長い夜の火ぶたが切って落とされました。
最初の半荘は少しだけプラスで2位。2戦目も同じく2位。可もなく不可もない、まずまずのスタートです。
ここから僕の快進撃が始まります。3戦目で初のトップを取ると、4戦目、5戦目も勢いに乗じて連勝。6戦目こそ最下位に沈みますが、最終戦となった7戦目で4度目の勝利。合計で+124という、今まで麻雀を打ってきた中でも記憶にないような大勝利をおさめました。

今日は気持ち悪いくらいに運がついていました。それを象徴するのが、次のアガリです。
ある局で、下のような形のテンパイをしました。自風の北を暗カンにして、筒子のイーペーコーを確定。六萬・八萬・九萬の3面待ちという絶好の形です。ドラは九萬でした。

│6│6│7│7│8│8│七│七│七│八││北│北│北│北│

ここで、僕はリーチをかけました。
でもこの手、よく見ると単なる3面待ちではありません。
6・7・8筒を引くと、四暗刻に化ける手だったのです。
深夜になって集中力が途切れてきた僕はその重大な事実に気付かず、裏ドラ欲しさに即リーチ。マヌケです。
しかも間が悪いことに、リーチ後の最初のツモで、よりによって6筒を引いてしまいます。四暗刻テンパイをみすみす逃してしまいました。このツモには思わず「うわぁ」と声を上げてしまいました。
ところがこの後、勝負に出た上家がドラの九萬を切ってきました。
リーチ、北、イーペーコー、ドラ1。満貫です。
そして、奇跡が起きました。2枚の裏ドラ表示牌のうち、1枚がなんと西だったのです。
暗カンの北がまるごと裏ドラとなり、満貫の手が一気に倍満まで跳ね上がりました。

仮に僕がリーチをかけず、四暗刻を張っていたとしても、アガれたという保証はありません。むしろ、こんな可能性の低い手はアガれない公算の方が高いものです。
原因が勇み足のリーチとはいえ、結果的に待ちを変えなかったおかげで、アガリを拾うことができました。しかも裏ドラ4枚のおまけつき。まさに絵に描いたようなバカヅキです。運が良かったという以外に、このアガリを形容する言葉は存在しないと思います。

久々の4人麻雀は僕の完全勝利でした。このツキをもっと別のところにも回したいと考えてしまいますが、それは贅沢というものでしょうね。

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