カテゴリー「フォーク」 / タイトル一覧

10代の頃から日本のフォークソングが好き。
メジャーな曲からマニアックな作品まで幅広く語ります。

2010年3月15日(月)

在りし日の高田渡

高田渡
ものすごく今さらなのですが、先月NHK教育で放送された「知る楽こだわり人物伝」という番組の、高田渡さんを特集した回を4回まとめて見たところです。
渡さんの実兄が語る子供の頃のエピソードや、「コーヒーブルース」を歌う若い頃の渡さん、あるいは生涯最後のライブの映像など、僕の知らない渡さんの姿がありました。
渡さんが亡くなったのが2005年の春で、僕が武蔵野に引っ越したのが同じ年の秋。たった半年の違いで、渡さんに会うことがかなわなかったんだよなぁ、なんてことをあらためて思って、しんみりしてしまいました。

普段は地面をはいつくばっている人たちが、誰かと話すときに目線だけ高くして、自分と同じ地面をはいつくばっている人たちを見下ろすような言葉を吐く。最近、そんな人が増えてきた気がします。ワーキングプアが派遣労働者や無職の人を見下して、気分だけは権力者あるいは支配者になったつもりで憂さを晴らす。そんなことをしても、みんな不幸になるだけなのに。
高田渡という歌い手は、そうした弱い人の目線で、同じ境遇の人に対して、いつも同じ目線で語りかけていました。嘆いたり、励ましたり、時には偉い方々に向かってつばを吐いてみたり。
今のような時代にこそ、たくさんの人が渡さんの歌に触れてほしいと思います。

2010年1月26日(火)

ともだち始め

ともだち始め
某ネットオークションで買った「ともだち始め」というアルバム。2枚組で、1枚めは西岡たかしさん、2枚めは泉谷しげるさんが歌っています。オリジナルはエレックレコードから1973年に発売されました。
写真の右下にあるのがCDで、大きい方はLP盤です。

レコードは、1998年の夏か秋に買ったと記憶しています。同時期に買った「初期の泉谷しげる・メモリアル」とともにMDにダビングして、自宅でよく聴いていました。当時は両方ともCD化されておらず、曲を聴くためには中古のLPを買うしかありませんでした。プレミア価格がついているかと思いましたが、確か両方とも1500円か2000円程度だったと思います。
このアルバムをウォークマンで聴きたくなったので、最近CD化されたアルバムを買うことにしました。
オークションで買ったCDはデッドストックで、送料込みで1000円ちょっと。最近、ポニーキャニオンから新たにCDが発売されたために、旧盤となったバップのCDの在庫が余ってしまったのでしょうか。それを業者がまとめて安く買って、オークションで売りさばくというビジネスモデルでしょうか。何にせよ、新品同然の2枚組のアルバムを1000円で買えたのはありがたいことです。

さて、この「ともだち始め」というアルバム、2枚組ではあるものの、西岡さんと泉谷さんのソロアルバムといっても差し支えない内容です。ただ、泉谷さんのアルバムには西岡さんが演奏で参加していて、さらに両方のアルバムで中川イサトさんがギターを弾いています。
1998年当時、五つの赤い風船のオリジナルアルバムはすべて持っていました(「モニュメント」「ボクは広野に一人居る」やビクターのSFシリーズなどのベスト盤的な作品や、ライブ盤「ゲームは終わり」は除きます)。西岡さんのソロアルバム「満員の木」もありました。当時、僕が最もよく聴いていたのが五つの赤い風船でした。
そんな西岡さんのソロ作「ともだち始め」の存在を知ったのは、確か「日本フォーク紀」という本だったと思います。この本はつい最近「日本フォーク紀コンプリート」としてリメイクされましたが、日本のフォークを語るうえでの貴重な資料として、長らく中古市場でプレミア価格がついていました。
(参考…日本フォーク紀コンプリート
ただ、このアルバムに興味を持ったのは西岡さんの存在より、泉谷しげるさんの「おー脳」という曲が収録されていたことでした。とてもテレビでは流せないような内容の歌だということを知り、どうしても原曲を聴いてみたかったのです(ちなみに「初期の泉谷しげる・メモリアル」のLPを買ったのも同様の理由で、「戦争小唄」という曲が聴きたかったからです)。
実際に聴いてみると、「おー脳」も確かにいいのですが、1曲めの「春夏秋冬」のギターがとてもいい感じです。オリジナルアルバムの「春夏秋冬」より、こちらの方が好きです。イサトさんと西岡さんの演奏で、アルバム全体がブルージーな雰囲気になっています。

そして、西岡たかしさんです。
2曲めの「風言葉」が好きなんですよね。春の風のような明るくてやさしいメロディと歌詞が、風船時代とはまた違った形で表現されていて、すごく心地よくなります。そうかと思えば、6曲めの「てきとうな話」のように、冷たい北風のように突き刺さるメロディがあったり。とても深みのあるアルバムです。

余談ですが、僕はこのアルバム以外に、西岡さんのソロでは「スープ」「ライブ・夢商人(ゆめあきんど)」のLPを持っています。いずれも1999年当時はCDでリリースされていませんでした。名曲「上野市」などが入ったとてもいいアルバムで、こちらも最近になってCDで復刻されました。
一方で、五つの赤い風船の「おとぎばなし」などのCDは廃盤になっていて、入手しづらいみたいなんですよね。中古市場では定価以上の価格で売られているようです。どうしてポニーキャニオンは再発しないんでしょうね。何か事情があるのでしょうか。

2010年1月19日(火)

「浅川マキは○○○○じゃない!」


ここ2日、有名人の訃報が続いていますね。

浅川マキさんといえば、1994年に「BSフォークソング大全集」という番組で「かもめ」という曲が流れたのですが、曲が終わったあとのなぎら健壱さんの第一声が、

「浅川マキはフォークじゃない!」

番組そのものを否定するような自由すぎるひと言があまりに印象的で、忘れられません。

そんな浅川マキさんの曲が2曲だけウォークマンに入っていたので、帰りの電車で聴いているところです。
艶やかで寂しげな声がいいですね。
67歳ということは、小室等さんと同世代でしょうか。まだ若いのに…。

2010年1月11日(月)

「幻のフォークライブ傑作集/加川良ライブ/中津川フォークジャンボリー'71」というレコードを買いました

加川良ライブ/中津川フォークジャンボリー'71
ひさびさにアナログ盤を買ってみました。
ディスクユニオン新宿本館の地下1階で見つけたレコードです。
「幻のフォークライブ傑作集」というタイトルで、内容は加川良さんが1971年の中津川フォークジャンボリーで歌ったときのライブ音源。
こんなレコードが出ていたなんて、知りませんでした。

帰って「日本フォーク紀コンプリート」という本で調べてみると、このレコードはSMSという会社から1978年に出された、URCレコードに保管されていた音源を初めてレコード化したものだということ。制作にはURCを立ち上げた秦政明さんも関わったそうです。
「幻のフォークライブ傑作集」のシリーズは、加川良さんのほかにも、高田渡さんや岡林信康さんや五つの赤い風船などが中津川で歌った音源が出ているそうです。フォークジャンボリー以外のライブ、たとえば高石友也さんや遠藤賢司さんのワンマンライブ、さらには泉谷しげるさんのライブ盤まで出ていたりします。
ただし、このシリーズはほとんどCD化されていません。作品のラインナップを見ると、このまま人知れず埋もれてしまうのはあまりに惜しいと思うのですが…。

加川良さんのレコードの話に戻ります。

A-1 姫松園
A-2 教訓I
A-3 僕とボビー・マギー
A-4 求めます
A-5 お前と俺

B-1 ウサギとカメ
B-2 木枯らしエレジー
B-3 教訓III
B-4 戦争しましょう
B-5 伝道

大半の曲の音源はすでにCDなどで持っているのですが、聴いたことがなかったのがB面の「ウサギとカメ」と「教訓III」。この2曲のために、中古のアナログ盤に1050円も払いました。いや、CD化されていないアルバムが1050円というのは、むしろ安いというべきかもしれませんね。

「ウサギとカメ」は、「もしもしカメよ…」で始まる童謡の、ちょっとエロい替え歌でした。曲の前のMCも含めて、良さんのちょっと意外な一面が見えました。
「教訓III」は、良さん本人による「教訓I」の替え歌なのかなと思っていたら、岩井宏さんがバンジョーを弾いていたこと以外は「教訓I」と全く同じでした。歌の前に「先に『教訓II』を歌われましたので、『教訓III』で勝負したいと思います」と言ったことで、A面の「教訓I」と区別する意味でも、タイトルの表記が「教訓III」になったものと思われます。
蛇足ですが、「教訓II」はなぎら健壱さんが歌った「教訓I」の替え歌です。

意外だったのが、A面の「僕とボビー・マギー」。これは加川良さんではなく、中川五郎さんの歌です。良さんのステージの最中に五郎さんを呼んで、まるで良さんのライブに呼ばれたゲストのような感じで五郎さんが歌っているんですよね。この曲そのものの音源はずっと前から持っているのですが、歌の前にこういうやりとりがあったなんて知りませんでした。

「求めます」「木枯らしエレジー」(加川良さんのセカンドアルバムに入っている「こがらし・えれじぃ」と同じ曲)、「戦争しましょう」と「伝道」の4曲も、フォークジャンボリーでの音源を聴くのはこれが初めてです。同じステージで歌った「ゼニの効用力について」は収録されなかったんですね。
A面の「姫松園」や「教訓I」「お前と俺」は、CD化されているフォークジャンボリーのライブ盤でも聴くことができますが、このレコードにはCDには収録されていない良さんの語りが入っていて、当時の中津川の空気をより鮮明に伝えてくれます。

ジャケットや盤の状態があまり良くないのが残念ですが、それを差し引いてもいい買い物だったと思います。

2009年12月11日(金)

セメント・フォーク大全集

セメント・フォーク大全集
昔のフォークソングやニューミュージックの曲ばかりを集めた楽譜の本です。
最近、自分の中でひそかな弾き語りブームが到来しています。年末で忙しいのに、夜寝る前にひとりでギターを弾いて歌を歌うのが日課になりつつあります。そんな浮かれた気分にまかせて、ついついこんな本にも手を出してしまいました。
「セメント・フォーク大全集」には531曲、「セメント・フォーク大全集II」には419曲が掲載されています。
内容は、昔の「新譜ジャーナル」という雑誌に掲載された楽譜をそのまま転載したものです。

ところで、「セメント・フォーク」のセメントって何なんでしょう。
プロレスでセメントといえば「真剣勝負」を意味するので、てっきり「本気で硬派なフォークソング」ということかと思ったのですが、実際に本を見てみたら、この場合のセメントという言葉は「こてこて」という意味で使われているようです。
確かに曲目を見てみると、いい具合にこってりしています。昔の雑誌にはこんな曲の楽譜も載っていたんだと思うと、とても感慨深いです。

というわけで、こってりした大全集の中身を少しだけ紹介してみます。
こちらは「セメント・フォーク大全集」に載っていた、いとうたかおさんの「あしたはきっと」。
あしたはきっと
もし1973年の日本の20代が100人の村だったら、この曲を知っている人は、たぶんひとりかふたりだと思います。いい曲なんですけどね。

続いて、岡林信康さんの「流れ者」。
流れ者
日雇い労働者のことを歌った曲です。初版には載っていなかったのですが、第2版で追加されました。
選曲にはアルフィーの坂崎幸之助さんも参加したようですが、この曲を選ぶなんて渋すぎます。
岡林さんでいえばこのほかに「手紙」「がいこつの歌」「くそくらえ節」と、公共の電波に乗せるのが難しいような曲の楽譜が載っていました。すばらしいです。

最後に「セメント・フォーク大全集II」から、加川良さんの「戦争しましょう」です。
戦争しましょう
こういう曲が当たり前のように載ってるんですよね。ほかには泉谷しげるさんの「戦争小唄」とか。
これ以外にも紹介したい曲が山のようにあるのですが、きりがないからこのあたりでやめておきます。

これまでは耳コピでフィーリングにまかせてコードを鳴らしていたわけですが、これがあれば正しいコードがわかるので(といっても、ここに書いてあるコードや楽譜自体が編集者やライターの耳コピというケースも多そうですが)、僕の弾き語りライフもより充実しそうです。
「弾き語りライフ」といっても、壁に向かってささやくように、隣の住人の迷惑にならないようにひとりでこっそり歌うという、ものすごーく寂しいものなのですが…。本当はもっと大きな声で、自由に歌いたいのに。

2009年10月26日(月)

中川五郎さんと古川豪さんの講義

『埋み火の記憶を辿る・知られざる「日本フォーク」秘史』というイベントに参加しました。
中川五郎さんと古川豪さんが講師になって、日本のフォークの歴史などについて講義するという内容です。古川さんからご連絡をいただいて、とてもおもしろそうな内容だったので、行ってみることにしました。
会場は池袋の豊島区民センター。ほかのお客さんは、主催者や出演する方と何かしらつながりがある様子で、僕だけが一般参加という感じでした。

まずは日本のフォークソングの歴史について。アメリカでヒットしたフォークソングの模倣から始まり、やがて英語ではなく日本語訳で歌い始める人が現れて、さらにはオリジナル曲を歌う人が現れて、というフォークの歴史を、その歴史を切り開いたパイオニアのひとりである中川五郎さんが語りました。
昔のできごとについては本を読んだり、テレビで見たりしてなんとなく知っていましたが、時代を作った張本人のお話を聞いて、当時のことをより深く理解することができました。
「関西フォーク」がたくさんの人に支持されて、既存の流通市場とは異なる形でレコードを売ったりコンサートを開くことができたのは、歌い手や聞き手だけではなく、プロモーターや放送局のディレクターなど、たくさんの人が支えてくれたからだと古川さんは言いました。「帰って来たヨッパライ」や「受験生ブルース」のヒットで始まった日本のフォークが、そのままメジャーでのムーブメントになったのではなく、URCというインディーズレーベルで、少なくとも1970年までは非メジャーで展開していったことは、それを裏側で支えてきた人がいたからだったんですね。

次に語られたのは、中川五郎さんの「わいせつ裁判」について。僕はあまりこの裁判について知らなかったので、とても興味深くお話を聞かせていただきました。その話の前段として、「春歌」について古川さんが語っていたのが印象的でした。今では「春歌」が死語になってしまったのが残念だ(うちのパソコンは「しゅんか」が変換できない!)、みんなで歌うことがなくなったことが寂しい、そんなことを語っていました。

フォークは1970年に終わった、と五郎さん。今、世の中で語られている「フォーク」とは、70年以降の、形だけが受け継がれた音楽だと言います。今年8月に中津川でフォークジャンボリーが行われたのですが、マスコミの受け止め方は「昔を懐かしむ」というものであり、そういう風潮がもどかしいと、ご自身のホームページでも語っています。僕もその日は中津川にいて(参考…椛の湖フォークジャンボリーを振り返る・後編)、元ガロの大野真澄さんが「学生街の喫茶店」という曲を歌っていたのを見ましたが、あの曲が評判だったと五郎さんが言ったときは、僕も苦笑してしまいました。
NHKのドキュメンタリーはまだ見ていないので、見たら感想を書きたいと思います。

講義は2時間半以上にもおよび、たくさんの貴重なお話を聞くことができました。これまで見たり聞いたりしたいろいろな事実から昔のことを想像したりしていたのですが、実際にその場にいた方のリアルなお話を聞いたことで、フォーク黎明期の時代背景やムーブメントについて、よりくっきりとした輪郭が浮かび上がってきました。
ただ、せっかくいろいろなことを聞いたのに、周りにフォークファンがいないので、誰とも話題を共有できないのが残念です。ここでお話の一部を紹介することしかできないのがもどかしいところです。

2009年9月19日(土)

「第4回フォークキャンプコンサート」のLP盤を買いました

第4回フォークキャンプコンサート
これ、CDではなくレコードです。
「第4回フォークキャンプコンサート」のLP。オークションで8000円出して買いました。
1969年の夏に、京都の円山公園で行われたライブの実況盤です。

このアルバムは、1969年10月に、URCレコードというインディーズのレコード会社から出されました。
2003年に、一度だけCDがエイベックスから限定生産で復刻されましたが、当時はフォークをのんびり聴くような余裕がなかった時期で、CDが出ていたことすら知りませんでした。買えばよかったと猛烈に後悔しています。今ではCD盤にもプレミア価格がついています。
ただ、復刻版のCDには、オリジナルに入っている岡林信康さんの曲が、版権の関係で収録されていません。そのうちの1曲が「ヘライデ」で、歌詞の中に「皇太子殿下」や「美智子妃殿下」という言葉が出てくる、まず間違いなく公共の電波には乗せられない曲です。
そういう意味でも貴重なレコードなので、かなり値が張りましたが、買うことにしました。
レコード自体、買うのがたぶん10年ぶりぐらいです。

ひさびさにターンテーブルを回して、聴いてみました。
半分近くが聴いたことのない音源。その中でも僕が特に聴きたかったのが、当時20歳だった豊田勇造さんが歌う「労務者とはいえ」という曲でした。
古いレコードだけあって全体的に雑音が多いのですが、この「労務者とはいえ」は特に雑音がひどい感じでした。以前のオーナーが、この曲ばかり何度も聴いたのかもしれません。
第4回フォークキャンプコンサート
「第4回フォークキャンプコンサート」は、これまでに買ったレコードの中で2番めに高価でした。
ちなみに1位は五つの赤い風船の「ゲームは終わり」で、なんと10000円もしました。買ったのは11年前の1998年です。

ところで、さっきネットで調べてみたら、同じレコードが別の場所で5800円で売られていました。
買うときにもっと調べればよかったなぁ。
やっぱり、心が疲れているときには重大な決断をすべきではないですね。熱くなることを抑えて、心の平静を取り戻すことに全力を傾けるべきだと思いました。

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