ドラマティックでもエキサイティングでもない、
日常のできごとや思いを淡々とつづった日記です。

15年ぶりに買ったノートパソコン

2018年1月 9日(火) 22:45 | 日記

年末に実家へ行ったときにノートパソコンを持っていったのですが、それがとんでもない年代物でして、さすがに今後もこれを使い続けるわけにはいかないからと、意を決して新しいパソコンを買うことにしました。
それがこちら。
マウスコンピューター1
マウスコンピューター2
メーカーはマウスコンピューター。会社の名前は聞いたことがあったのですが、CMキャラクターとして乃木坂46を起用していることは恥ずかしながら知りませんでした。さすがメジャーなアイドルは活躍の場が広いですね。

これまでのノートパソコンは、2003年に買ったエプソンの「NT3000」というBTO(受注生産)の製品です。2003年といえばNegiccoが結成された年です。BTOなのである程度自由にスペックを選べるわけですが、当時使っていたデスクトップ型のパソコンのCPUがPentiun IIIで、それよりは高性能なものがほしかったのと、DVD-Rの書き込みができるマルチドライブが必須だったこともあって、希望に合うパーツを組み合わせていったらかなり高額になってしまいました。過去のメールを見てみたら、支払金額はなんと202,575円。送料と消費税を除いても18万円は楽に超えています。今だったらたぶん、かなり高性能なLet's Noteとか買えちゃう価格です。
それだけ無理をして買ったパソコンなので、それなりに長いこと使えていたのですが、2008年頃からデスクトップとの性能差が顕著になってきて、処理速度の遅さが気になり出したので、使う機会はどんどん減っていきました。最近ではテキストを書くために泊まりがけの旅行などに持って行ったり、年末に年賀状を印刷するときにプリンターが古いからパソコンも古くないと動かせず、やむなくノートパソコンを立ち上げたりするくらいでした。

こちらがその「NT3000」です。キーボードが白くなっている理由は後述します。
エプソン
当時と違ってデスクトップパソコンはじゅうぶん高性能だし、ノートを使う機会は限られているので、さすがに20万円どころか10万円も出すわけにはいきません。今回は安さを優先しました。
かといって性能が低すぎても困るので、メモリーは8GB積むことにして、重量と速度を重視してストレージはSSDにして、ディスプレイは横1366pxの11.6型としました。
以上のような条件で選んでいくと、選択肢はほとんどマウスコンピューターしかありませんでした。

マウスコンピューターもエプソンと同じくBTOで、ウェブサイトでパーツや周辺機器をある程度自由に選べるのですが、通販で買うと納期は月後半になるとのこと。別に入手を急がないのでそれでもよかったのですが、調べてみたら秋葉原に直売店があって、在庫があればすぐに買えるとのこと。テイクアウトなら数千円の送料もかかりません。自分が欲しいと思っていたスペックのノートの在庫がありそうだったので、さっそく行くことにしました。
その日は1月4日で、僕は同日から出勤でしたが、世間は正月休みの人も多かったので、秋葉原も人は少ないんだろうなと思っていたら、マウスコンピューターの直売店は意外と賑わっていて、僕以外にも2~3人の人がその場でパソコンを買っていきました。
ホームページの情報どおり、求めていたパソコンは在庫がありました。ついに15年ぶりに新しいノートパソコンを手に入れました。
スペックはこんな感じです。
マウスコンピューターのスペック
SSDの容量は222GB。重いソフトを入れたりデータをため込んだりしないので、これだけあればじゅうぶんです。
お値段は税抜きで52,900円でした。

さて、普通ならこれですぐパソコンを使い始めればいいのですが、僕にとっては重要かつめんどうな作業が残っています。
ここで、先ほど載せた古いノートパソコンのキーボードを拡大した写真を見ていただきます。
エプソンのキーボード
キーボードの上に、文字が書かれたシールが貼ってあります。これは「Dvorak配列」といって、世の圧倒的多数の人が使っているQWERTY配列とは異なるキーボードの配列です。
Dvorak配列のノートパソコンなんてどこにも売っていないので、ソフトウェアで配列を変更したうえで、こうしてシールでキーの位置を明示しているわけです。
なぜ僕がDvorak配列を使っているか、新しい配列に慣れるまでどれくらい苦労したかは以下の12年前の日記に書いているので割愛しますが、簡単に言うと、母音が左手の打ちやすい位置にあるから長時間タイピングしても手が疲れにくそうという理由です。

さようならQWERTY、こんにちはDvorak(2006年4月27日)
Dvorak奮闘記2日目(2006年4月28日)
Dvorak奮闘記4日目「本気です」(2006年4月30日)
Dvorak奮闘記5~7日目(2006年5月4日)
Dvorak奮闘記18日目「ようやく慣れてきた」(2006年5月15日)

いくら僕がDvorak配列歴12年とはいっても、キーの位置を完全に暗記しているわけではないので、これまでと同様にキーボードにシールを貼る必要があります。
まずは自作の配列表を印刷します。
配列表
これまでならじかにステッカーに印刷して、カッターナイフで切って貼っていたところですが、先のノートパソコンの写真を見て分かるように、一部のシールが摩擦で削れてしまっています。
これを避けるため、今回は「キーボードの上にキー配列を書いた紙を置き、それを透明なシールではさみ込む」という方法を取ることにしました。これならシールがえぐれることはありませんし、万一QWERTYに戻したくなったときもきれいにはがすことができます。
透明カバーフィルム
シールとして使ったのはこれ。通常は写真やラベルを保護する目的で使うものです。
ラベルを貼る作業
ただシールを貼るだけなら簡単なのに、今回はものすごい手間がかかります。透明なシールをはがし、そこに裏返しにしたキー配列のラベルを貼り、シールとラベルが一体となったものをキーに貼り付けていくという作業。2個のピンセットを使いながら、50個近いキーにていねいに貼り付けていきます。だいたい1時間くらいかかりました。
キーボード
ようやく完成しました。

完成したのですが、できてから気づいた大きな問題があります。
透明なシールがつるつる滑って、キーボードを打ちにくいのです。
元のプラスチックのキーや、じかに貼った紙のステッカーであれば、適度に表面がざらざらしているので指が滑らず打鍵しやすいのですが、シールだとどうにも摩擦係数が足りません。今回の日記をこのパソコンで書いたところ、左手が痛くなりました。手の大きさのわりにキーボードが小さいのに慣れないこともありますが、打鍵のときに滑ってしまう手を止めようとするときの負荷が積み重なった影響も大きいと思われます。
もし世の中に安くて表面の摩擦係数が高い透明シールがあるのなら、機会があれば貼り替えたいと思っています。

帰省中に見つけたそれはあかんやろという風景

2018年1月 4日(木) 00:31 | 日記

年末は12月29日から31日まで帰省していました。家庭でのことは特筆するようなできごとはなかったのですが、実家の近所を散策していたときに、とても珍しい光景を見かけたのでここに記録したいと思います。
応仁寺1
碧南市内のとあるお寺。境内の立て看板にポスターが貼ってあって、何やら告知をしています。
応仁寺2
市内の美術館で、ここのお寺と関係のある展示をやるみたいですね。ポスターの左に、雑誌か何かの記事をコピーしたものが貼られています。
応仁寺3
よく見てみると……。トンボが印刷されているではないですか。
トンボというのは印刷業界の用語で、ページの裁ち落としの位置を示すものです。出版業に携わってる人にとってはおなじみです。
応仁寺4
さらによく見てみると……。手書きの修正指示が入っています。なんですかこれ。

つまりこれ、雑誌に載せる原稿をお寺の関係者に確認してもらう段階で、修正を入れたものですね。おそらくは出版社側から色校正の紙が送られてきて、それを修正したうえでFAXかメールで出版社に送ったのでしょう。だから完成品の誌面には正しい内容が載っていると思われます。
お寺はその現物の誌面のページを切り抜いて貼ればいいものを、もったいないと思ったのか、手元にあった修正前の原稿をそのまま使っちゃったんでしょうね。
出版社に頼めば3冊くらい送ってくれそうなものなのに。もしかしたらPDF形式のデータをもらえたかもしれないのに。いくら出版業界の事情を知らないとはいえ、これはいただけない判断でした。

9月の休暇に東北へ行った思い出(3)福島浜通り編

2018年1月 1日(月) 03:46 | 日記

タイムズカープラスの車をはるばる東京から仙台まで走らせて、2017年9月23日は東京へと帰る道のりです。1日めの栃木・会津編、2日めから3日めの昼にかけての山形・仙台編を経て、2泊3日の旅行の中で最も重い4時間あまりの話です。

亘理町から南相馬市までの風景

仙台宮城インターから、本来なら仙台南部道路経由で常磐道に入るべきところを間違えて東北道の方に入ってしまい、かなり内陸部の村田インターまで行ってしまいました。ここから海に向かって田舎道をひた走り、亘理町でようやく国道6号にたどり着きました。
しばらく走っていると、遠くに妙な建物を見つけました。
亘理駅
亘理駅の駅舎でした。郷土資料館と駅をドッキングさせたんだそうです。これは目立つ。
建物の中も気になりましたが、先を急ぎます。

宮城県の最南端、山元町。道沿いに「山元トレーニングセンター」の看板を見つけたので、左折して山道に入りました。
サラブレッドの生産で知られる社台グループが所有する競走馬を育成する施設。昔は競馬をよく見ていたので、名前だけは聞いたことがあります。近くまで行ってみたのですが、馬を見ることはできませんでした。
山元トレセン
福島県に入ってからは、国道6号線よりさらに海沿いの幹線道路を走りました。
南相馬市1
南相馬市の、東日本大震災で津波の被害にあった地域です。すべてが洗い流された地面を、重機で馴らしています。
南相馬市2
この地に風力発電所を建てるべく、建設が進んでいるようです。

太陽光発電のパネルもそこかしこで見かけました。建設中の場所、これから建設する場所も含めて、かなり広範囲で発電できるようにするようです。
太陽光発電1
太陽光発電2
太陽光発電3
国道6号線や海沿いの道では、下の写真のような、津波の被害を示す表示板がいたるところに見られました。
津波の表示
海沿いの道路はあらゆる場所で工事中や通行止めになっていて、何度も引き返したり迂回したりしました。復興までの道のりはまだまだ遠いようです。
工事中

福島第一原発と帰還困難地域

福島第一原発に近づくにつれて、国道沿いの風景はどんどん険しくなっていきます。
浪江町。ここのボウリング場も、震災前は普通に営業していたはずです。
ナミエボウル
国道6号から海の方に向かっていくと、津波の被害をまぬがれた家が建ち並んでいます。人はまばらでした。2017年3月31日にようやく避難指示が解除されて、戻れる人だけが戻ってきたようです。
浪江町
この写真のように、壊れたまま放置されている家も少なくありませんでした。
浪江町の墓地
海が近い高台には、新しい墓地がありました。ここで何が起きたかを想像すると、言葉を失います。
線量計
浪江町に入ったあたりから、そこらじゅうで線量計を見かけるようになりました。海に近い地域では放射線量は低くなっているようですが、浪江町の西部は現在も帰還困難地域に指定されています。

浪江町の南、双葉町は今もほぼ全域が帰還困難地域のままです。国道6号線もこの区間は車のみが通行できて、二輪車や自転車、歩行者は通れません。以下の写真が曇り気味なのは、窓を開けられないからです。
一般車両が走れるのは国道6号と常磐道だけ。すべての道路が、このように封鎖されています。一部の道路では防護服を着た係員が立っていて、許可された作業員や住民のみ通しているようです。
双葉町
双葉町の放射線量
放射線量も、浪江町と比べてずいぶん高くなっています。0.5マイクロシーベルト毎時という数値自体は許容範囲かもしれませんが、除染を優先させた場所でこれですから、国道から外れた地域ではいまだに危険な水準なんでしょうね。
大熊町
福島第一原発を抱える大熊町も、大部分が帰還困難地域です。国道6号沿いの店舗は当然ながら人が寄りつくことなく、このように荒れ放題になっています。
震災から6年が過ぎてもいまだにこんな場所があるなんて、実際に自分の目で見て、大きな衝撃を受けました。

原発事故からの復興を目指す街

国道6号線のうち、帰還困難地域に該当するのは13キロほど。大熊町から富岡町に入ってしばらくすると、二輪車や歩行者が通れないという縛りが解除されます。
その帰還困難地域との境界から南にほんの100メートルほどの場所に、飲食店の新規開店を祝う花を見つけました。
新規オープン
2011年3月11日から止まった時間が、ようやく動き出そうとしています。
富岡駅
常磐線の中でも海から至近距離の富岡駅は、津波の影響をもろに受けて、駅舎が破壊されてしまいました。そこから6年、ようやく新しい駅舎が完成しようとしています。
このほぼ1か月後に、富岡駅までの営業が再開されました。あとは、現在も帰還困難地域に指定されている浪江駅までの区間を残すのみです。
富岡駅のホテル
富岡駅前には新しいホテルも建てられました。
富岡駅周辺
駅の周りの家はほとんどが新築。津波による被害の大きさをうかがわせるとともに、この街をよみがえらせようという気概が見えます。近所にあるスーパーもにぎわっていました。徐々に生活が戻っています。

富岡町から南に12キロほど、楢葉町と広野町にJヴィレッジがあります。震災以降は長らく除染作業の拠点として使われていました。被災地の復興が進み、元のスポーツ施設としての機能を取り戻すべく、新しいサッカー場の建設が進められていました。2019年4月の完成を目指しているということです。
Jヴィレッジ
ここにも線量計がありました。0.14マイクロシーベルト毎時と、そこそこ低い値でした。
Jヴィレッジの線量計
今回の旅行はここまで。広野町のすぐ南のいわき市には、震災があった年の夏に行ったことがありました。当日の日記はこちら。

外泊 - フォーキー☆カーニバル

広野インターから常磐道に乗り、東京まで帰ります。土曜日なので渋滞もありましたが、カーシェアの60時間の期限に無事間に合いました。
観光らしい観光も、レジャーらしいレジャーもない地味な2泊3日でしたが、なかなか有意義な時間を過ごすことができました。記録すべき内容が多くて、日記に書くのがおっくうになるくらいに。

9月の休暇に東北へ行った思い出(2)山形・仙台編

2017年12月31日(日) 23:00 | 日記

田舎にそびえ立つ超高層ビル

栃木・会津編の続きで、2017年9月22日から23日にかけての話です。

喜多方市を出て、国道121号線を北上して山形県に入ります。新幹線も止まる米沢市までは50キロもなく、1時間そこそこで着きます。
まずは上杉神社に立ち寄りました。米沢藩を立て直した上杉氏をまつる神社です。
上杉神社
こんな池があったりして、そこそこ広い神社でした。
日本会議
興ざめしたのはこちら。国粋主義。気持ち悪いですね。神社をそういう場所に使わないでもらいたい。

このあと米沢駅あたりへ行って、米沢牛でも食べようと思ったけどさすがに高いので断念しました。
駅の近くにある金内酒店というお店で日本酒を買ってきました。米どころに来たらやはりお酒は外せません。地酒に詳しいわけではないので、何がいいか前日に少し調べたりもしたのですが、店員さんが勧めるショップオリジナルのお酒を買うことにしました。実際に飲んでみたら、なかなか好きな味でした。
米沢で買った日本酒
米沢市を車でぐるっと回った印象は、大きな駅もあるし大きな商業施設もあるし、昔ながらの街もあるし公園や文化施設もあるし、土地が平らだし、住むにはちょうどいい街だと思いました。

米沢から国道13号を北上して、山形市に向かいます。その途中で、とんでもない光景を見かけました。
スカイタワー41
これ「スカイタワー41」という超高層マンションで、1999年にできたそうです。見てのとおり周りはのどかな田園風景なのに、こんな場所にこんなビルがあるなんて違和感がありすぎて、この感覚をうまく表す言葉が見つかりません。
今回の旅行には一眼レフのカメラを持っていきました。これは撮らないわけにはいきません。せっかくなので、クリックして拡大画像を見ていただければと思います(元画像はこの4倍の大きさです)。
これと似た例で名古屋市北区に「ザ・シーン城北アストロタワー」というのがあって、下町の住宅街にそびえ立つ43階建てのマンションというのもかなり異様な風景なのですが、あれをはるかに上回るインパクトです。日本って広いですね。

オフシーズンの蔵王のスキー場

続いては山形市。市街地を少し歩いてきました。この日のうちに仙台まで行かなければいけないので、滞在時間は短めです。
山形駅
山形駅から少し行ったところにある酒屋さんで、日本酒を買ってきました。酒田市の楯野川。「限定」という文字を見てジャケ買いしてしまいましたが、これもなかなか好きな味でした。
楯野川
ここから仙台へ行くのに、少し遠回りして蔵王のスキー場を経由します。オフシーズンのスキー場もなかなか風情があるものです。
蔵王の風景も一眼レフのカメラで撮影しました。クリックすると別ウインドウで拡大表示されます。
蔵王の風景1
蔵王の風景2
ショップはもちろん営業していません。シーズンが来るとにぎわうんでしょうかね。今の時期に見ると外観がずいぶん傷んでいる感じですが、雪が降ると気にならなくなるのでしょうか。
蔵王の風景3
蔵王の風景4
廃墟もありました。もはやバブル期のようなにぎわいは望めないのが現実です。
蔵王のホテルだったところ1
蔵王のホテルだったところ2
蔵王のホテルだったところ3
蔵王のスキー場をあとにして、仙台に向かおうとしたら、猛烈な霧に見舞われました。
蔵王の霧
さっきまであんなにいい天気だったのに。山の天気は変わりやすいものです。
だんだんと日が暮れていく中で、視界が数メートルしかない山道での徐行運転を強いられました。年に数回しか車を運転しないドライバーにとっては酷な環境です。しばらく窓から顔を出しながら走っていて、ワイパーをかければ窓ガラスの曇りが取れることになかなか気づかなかったのは、山の暮らしに慣れていない平野民の甘えです。

大都会・仙台の街を歩き、B級グルメを楽しむ

山形から仙台はけっこう近いんですね。電車だと60キロちょっと。高速道路を使えば1時間もかからない距離です。
霧の中を運転して疲れたので、途中で仮眠を取りながら、国道286号線で仙台に向かいます。
仙台市内に入ってもしばらくは田舎で、この道で本当に仙台駅に着くのかと少し不安になりましたが、いったん名取市に入って再び仙台市に入るあたりから急に大都会になって、その落差に驚かされました。

仙台には昔、仕事で一度だけ行ったことがあります。このときは駅前のホテルでの会議を取材しただけで、昼前に着いて夕方にはもう出発したので、駅ビルで牛タンを食べるくらいしかできませんでした。だから仙台の街を歩くのはこの日が初めてでした。
まずはホテルにチェックイン。仙台駅から歩ける距離にあるのに駐車場もあるという絶好の立地です。
仙台のホテル
部屋はこんな感じ。ひとりで泊まるぶんにはじゅうぶんな広さです。
宿泊費は前日の喜多方と同じく、朝食付きで6000円ほど。スタッフさんもすごく親切で、朝食には牛肉も付いていて、とてもいいホテルでした。

仙台の夜の街はなかなかにぎやかでした。国分町通りというところが盛り場で、客引きのうっとうしさは新宿歌舞伎町以上でした。
夕食をどこにしようかと調べていたら、どうやら仙台といえば麻婆焼きそばということで、食べることにしました。おいしかったんですけど、ボリュームと脂分が多くて、最後の方はちょっときつくなりました。でもまた食べてみたい。
麻婆焼きそば
街の中心部にある勾当台公園ではちょうどオクトーバーフェストをやっていたみたいでしたが、営業が夜9時までだったので、残念ながら行けませんでした。

東北大学へ行ってみた

大学の風景、特に国立大学って、地域一帯が浮世離れしている感じで楽しいですよね。そうは言っても自分の母校以外の大学なんて十数校程度しか行ったことがないのですが、数少ない体験の中でいちばん好きな風景は広島大学です。
東北大学は、仙台の中心部から少し離れた丘の上にあります。広島大学や筑波大学ほどではありませんが、周辺に大学の施設以外の建物がほとんどないという、なかなかの立地です。
東北大学1
東北大学2
こういう怪しげなサークルの部室を見ると、なんか安心します。大学はこうでなくっちゃ。
東北大学3
「反社会的活動」を警告する看板。「宗教団体」といえば原理研究会ですよね。略称はCARP。いわゆる統一教会。今は名前が変わって「世界平和統一家庭連合」というそうです。紛れもない反社会的組織です。トップが死んでずいぶん経ちますが、いまだに暗躍してるんですかね。
政治セクトといえば中核派です。東北大学は僕の母校である京都大学と同じく、中核派の根城です。たまに中核派の集会に東北大や法政大からの応援部隊が来ていました。今も途絶えることなく活動しているみたいですけど、どういう人がこんなところに入るんでしょうかね。超難関の大学に合格する学力がありながら、家庭の事情などで心に闇を抱えた不幸な人でしょうか。

9月23日は土曜日なので、学生の姿はまばらで、店も開いていませんでした。本当は西側にある理系エリアにも行きたかったのですが、このあとのスケジュールを考えて断念しました。近所にある宮城県美術館に寄ってちょっとした買い物をして、昼前に仙台を後にしました。

ここからは常磐道に乗って南へ行くつもりが、間違えて東北道に入ってしまう痛恨のミス。村田インターで降りて東に向かい、国道6号線を南に走ります。

(福島浜通り編に続く)

9月の休暇に東北へ行った思い出(1)栃木・会津編

2017年12月31日(日) 22:44 | 日記

かなり前の話になってしまいましたが、忘れないうちに記録しておきます。
今年の9月15日から24日にかけて長い休みを取ることができたので、ひさびさに遠出をしてみようと思い立ち、9月21日から23日までの3日間、ひとりで東北地方をさまよってきました。

本当なら新しいバイクで旅をしたかったのですが、残念ながら9月9日に購入手続きをしたバイクの納車は今回の休暇には間に合わず、届いたのは9月30日でした。代わりに車を借りて出かけることにしたのですが、あとで振り返ると、バイクではなく車にして正解でした。
9月9日の時点で、納車が長期休暇に間に合いそうもないことが分かったので、バイクの購入手続きをしたその帰りに「タイムズカープラス」の会員登録をして、旅行に備えました。最寄りのタイムズのステーションが自宅から歩いて行ける場所にあり、駅の駐輪場の近くにもあるので、自分にとっては好都合でした。

「タイムズカープラス」の使い勝手

23日は祝日のため、最寄りのステーションの車は空いていませんでしたが、武蔵境駅の近くに1台だけ使える車があったので、21日の10時から23日の22時までの60時間パックで予約を入れました。
カーシェアのいいところは、すべてオンラインで完結するところ。車に乗って出かけて、最後に給油して、もとの場所に車を止めておしまい。レンタカーのような手続きはいりません。そのぶん利用者の良心にゆだねられているところが大きく、心ない会員が時間を守らなかったり、車を汚したりというトラブルが起きやすいと思われますが、そのあたりは利便性やコストとのトレードオフということだと思います。

最新鋭の車に乗れるのもうれしいところです。いまどきの車はエンジンをかけるときに鍵を回したりしない。基本はリモコン操作。Bluetoothも標準装備です。この日のためにウォークマンにアイドルの曲をたくさん入れたのですが、ペアリングの操作に手こずって、5分くらい迷ってしまいました。

60時間パックの料金体系は、基本料金が18000円(税込み)。これに走行距離に応じて、1キロあたり16円が加算されます。ガソリン代はこの料金に含まれていて、指定のガソリンスタンドで給油すればお金を払う必要はありません。
今回は1033キロ走って、料金は合計34528円でした。これに有料道路の料金を足すと43000円くらいになります。2泊3日の旅行でこの交通費は決して安くはないのですが、これをたとえば3人で使ったと考えると、ひとり15000円弱。僕のようなぼっちに厳しくて、リア充にやさしいサービスです。

個人的におせっかいだと思ったのが、急発進や急ブレーキに対する警告でした。言うほど急発進じゃないし、言うほど急な止まり方をしていないのに、音声アナウンスとともに「急発進○回目です」という文字情報が画面に表示される。本当に危険な運転をしてしまう前の警告としては有効だとは思いますが、そこまで厳しく取らなくてもいいのにと思います。

それより僕が不安に思ったのが、この急発進や急加速の情報が個人情報とともに記録されて、別のサービスに使われてしまうこと。たとえば自動車保険の保険料の算定とか。それだけでなく、僕がこの車でどこを走ったか、どこに滞在したかなどの情報はすべてタイムズ24に記録されているから、やろうと思えば広告会社と手を組んでスマホにターゲティング広告を出すこともできるわけです。行き先がゴルフ場であればゴルフ用品の広告、釣りスポットであれば釣り用品の広告といった具合に。実際にタイムズ24が顧客情報をどこまで商売に利用しているかは分かりませんが、カーシェアのビジネスを始めるときに、データの使い道をいろいろと想定していたんだろうなとは思います。

カーシェアに限らず、「顧客情報の転用の促進」というのは、Tポイントカードあたりから火がついた不可逆的な流れということで、ユーザーはそういう前提のもとでサービスを利用しなければならないということでしょうね。現代ってめんどくさい。
タイムズカープラスの車で東北地方をめぐりながら、そんなことを考えていました。

宇都宮餃子からの鬼怒川温泉

出発は9月21日朝10時。平日なので車も少なめです。喜多方市の旅館に泊まることが決まっているので、福島県方面に向かってのんびりと車を走らせます。
群馬県の南部から北東に走り、宇都宮市に入ります。せっかくなので餃子のお店へ行きました。国道沿いにある、「正嗣」というお店です。
正嗣
太陽の光が当たって、うまく撮れませんでした。
平日の2時だというのに混んでいました。確かにおいしいのですが、個人的な好みとは少し違うかなと思いました。
ずいぶん前に宇都宮へ行ったときに、商業施設の地下の餃子コーナーで4店舗ぐらいの餃子を一度に食べて、それがとてもよかったので、またいつか別の店へ行ってみたいと思います。

ここから鬼怒川温泉に向かって北上します。
国道121号
国道121号。絶景です。
170921_161022.jpg
鬼怒川公園駅。左奥に電車が見えます。白タク行為ダメゼッタイ。Uber? 何それおいしいの?

鬼怒川温泉といえば有名な温泉地ですが、一部では「旅館がどんどん廃業して寂れている」みたいな言われ方をしています。確かに一時期に比べたら観光客が減っているんでしょうけど、実際に行ってみたらそういう印象は受けなくて、平日でも次々と観光バスがやってきました。下の写真のように廃墟のようなビルも確かにありましたが、それはごく一部であって、大半の旅館は建物もきれいで、普通に営業しているように見えました。何より景色がいいですよね。大都会で暮らしていると、ど田舎の風景が恋しくなります。
鬼怒川温泉のホテル
鬼怒川温泉のホテルのプール跡
プールのような施設も見えます。奮発して豪華なホテルを建てたけど、老朽化のタイミングと観光客が減るタイミングが重なって、どうにもならなかったんでしょうかね。

喜多方の宿とラーメン

せっかく車を借りたので、ディープな山道を走りたくなります。有料道路の「日塩もみじライン」という道がくねくねして楽しそうなので、入ってみました。
料金所からすぐのところで、カーナビの地図に「太閤おろしの滝」というのを見つけました。まだ明るいので、写真を撮りに立ち寄ってみました。
太閤おろしの滝
「もみじライン」なんて名前が付いているくらいだから、ここも紅葉の時期はきれいなんでしょうね。
170921_164042.jpg
道中で見られる木の一覧。9月はさすがに緑一色でした。

もみじラインを抜けて、国道121号線をひたすら北上します。福島県の南会津町あたりも温泉街なんですね。硫黄の匂いが漂っていました。鬼怒川と違って秘境っぽい雰囲気が興味をそそりました。

山あいの風景を抜けると会津若松市。このあたりはちょうど8年前に自家用車で走ったことがありました。当時の日記のリンクはこちら。

会津若松の鶴ヶ城
会津若松で喜多方ラーメン

ここより北は未体験ゾーンです。喜多方市は会津若松市から少し北へ行ったところ。この日泊まる旅館に、夜8時前に着きました。
こちらが旅館の外観です。風情がありますね。
旅館外観
中に入るとこんな感じ。
旅館の廊下
部屋もまさに旅館です。普通に4人くらいくつろげる広いスペースを独占する。これこそぼっち旅行の醍醐味です。
旅館の部屋
せっかく喜多方に来たから、喜多方ラーメンを食べようと周りを車で走ってみましたが、このあたりは夜閉まるのが早いんですよね。ネットで見つけためぼしいところはほとんど閉まっていました。
ほぼ唯一開いていたのが、旅館から少し歩いたところのお店。醤油味のスープとたっぷりのチャーシュー、そして一杯のビールで、ひさびさに長い距離車を運転した疲れを癒しました。
喜多方ラーメン
旅館の宿泊料金は、朝食込みで6000円ちょっと。旅館の朝ご飯って、決して豪勢ではないけど、地元ならではの食材があってうれしいんですよね。ビジネスホテルのバイキング的なやつも好きですけど、やっぱりレジャーのときはこういう非日常の体験ですよね。写真を撮ってないので、何を食べたか忘れてしまいましたが。

朝9時頃に旅館を出て、山形県に向かいます。2日めの宿泊地は仙台の中心部。山形県はほぼ未踏、仙台も昼間の数時間滞在しただけなので、わくわくしながら車に乗り込みました。

(山形・仙台編へ続く)

怠けぐせをどうにかしたい

2017年11月30日(木) 23:38 | 日記

1か月ぶりのごぶさたです。あいかわらず平凡でもないけどドラマチックでもない毎日を過ごしています。

昔から怠けぐせがありまして、たとえば部屋の掃除とかものすごく苦手です。休日もつい家で横になって過ごしがちです。必要にかられて仕方なく買い物に出かけたり、たまに思い立ってアイドルのイベントを見に行くぐらい。この日記も、本当はいろいろ世界に発信したい話題があるんですけど、生活の中で優先順位がものすごく低くなっています。

年齢のせいなのか分からないけど、めんどくささがどんどん増幅しています。心と体がさび付いて動かないような感覚。こういうのって誰しもあるものなんですかね。
世の40歳男性は、とっくに結婚して子供も小学生以上に成長している人も多くて、だから休日だからといって一日中寝ているわけにはいきません。がんばってる同世代のパパたちを尊敬します。こちらはずっと独り身なので、気兼ねなくだらだらと過ごしています。

あと文章を書くのにも気力を使うんですよね。若い頃はそれほど苦にならなかったけど、最近はすごく消耗する感じがする。いくらまとまった時間があっても、長い文章を書こうという気持ちになかなかなれません。
これが加齢に伴う能力の衰えによるものなのか、あるいは単に運動や食生活といった生活習慣の乱れが蓄積されてこうなったのか。そのへんを調べる気力もなかなか湧いてこないのが現状です。

なんかこう、しゃきっとしたいですね。気力に満ちあふれたい。たぶんこういうのは、何でもいいから無理やり行動に移して習慣にしちゃうのが近道だと思うんですけど、自分の心をそこまで持って行くためのモチベーションがないので、なかなか難しいものです。お金を払ってジムに通うとか、そういう荒療治が必要なのかもしれません。もう中年といわれる年齢に差しかかっているので、若い頃とは違う生活習慣を身につけることを真剣に考えないとまずいと思いました。

新しいバイクはカワサキのZZR400

2017年10月31日(火) 23:45 | 日記

ZZR400横
ZZR400正面
19年間乗り続けたホンダのNSRに代わり、ようやく新しいバイクを入手しました。
カワサキのZZR400です。250ccから400ccにステップアップしました。2007年製だから10年落ちの中古です。
前のNSRが排気量のわりにパワーが出るマシンだったので、今回もパワーを重視して選びました。

手続きをしたのは9月8日。本来なら9月15日から24日にかけての長期休暇に間に合わせたかったのですがさすがに無理で、納車となったのは9月30日のことでした。
バイク屋さんが家から遠かったので、買ったばかりのバイクに乗って1時間かけて帰りました。4ストロークのバイクを所有するのは1996年から98年まで乗っていたスズキのGSX-R250以来で、同じ4気筒のエンジンということで乗り心地も似ていました。
NSRとの最大の違いはギア比です。NSRでは1速で40km/hあたりまで引っ張るのですが、ZZRでは1速は完全に発進用のギアです。40km/hで快適に走るためのギアは3速です。ギア比の感覚は普通車に似ていて、僕が以前乗っていたシビックのローギアに当たるのがZZRでは1速と2速。セカンドギアが3速で、サードギアが4速。80km/h以上で走る場合は車ならオーバートップ、ZZRなら6速という具合です。いまどき教習所以外でマニュアル車を運転したことがある人は少なそうなので、この説明で分かってもらえるかどうか微妙ですが。
NSRだと80km/hを超えるくらいでようやく5速に入れて、6速を使うのは高速道路などで100km/hを……ときだけです。同じ中型のバイクでもギアの使い方がずいぶん違います。

任意保険に加入して、翌週の週末にさっそく高速道路を走らせました。調布インターから国立府中インターまでの短い距離でしたが、あまり大きな声で言えない速度での運転を試してみました。バイク自体の重量とエンジンの排気量の違いで、NSRより安定して走らせることができました。
ただ気になったのは、高速道路を降りたあと、低速で運転しているときにノッキングのような現象が起きたこと。ひさびさにハードにエンジンを回したことによる一時的なものなのか、そもそも5万キロ近く走ったバイクなのでエンジンが慢性的に弱っているのか、現時点では分かりません。
というのも、10月の週末は3週連続で雨が降り、とてもバイクに乗れるような状況ではなかったから。本当なら22日と29日は、あるイベントを見るためにバイクで遠出しようと計画していたのですが、悪天候のためにすべて流れてしまいました。

ZZRを買って1か月が経つのに、これまでに乗ったのは納車日とその翌週のたった2回だけ。このタイミングで台風に当たるなんて、あいかわらず運がありません。もたもたしていたらずいぶん寒くなってきました。今週末こそバイクで遠出したいと思います。