ドラマティックでもエキサイティングでもない、
日常のできごとや思いを淡々とつづった日記です。

新しいバイクはカワサキのZZR400

2017年10月31日(火) 23:45 | 日記

ZZR400横
ZZR400正面
19年間乗り続けたホンダのNSRに代わり、ようやく新しいバイクを入手しました。
カワサキのZZR400です。250ccから400ccにステップアップしました。2007年製だから10年落ちの中古です。
前のNSRが排気量のわりにパワーが出るマシンだったので、今回もパワーを重視して選びました。

手続きをしたのは9月8日。本来なら9月15日から24日にかけての長期休暇に間に合わせたかったのですがさすがに無理で、納車となったのは9月30日のことでした。
バイク屋さんが家から遠かったので、買ったばかりのバイクに乗って1時間かけて帰りました。4ストロークのバイクを所有するのは1996年から98年まで乗っていたスズキのGSX-R250以来で、同じ4気筒のエンジンということで乗り心地も似ていました。
NSRとの最大の違いはギア比です。NSRでは1速で40km/hあたりまで引っ張るのですが、ZZRでは1速は完全に発進用のギアです。40km/hで快適に走るためのギアは3速です。ギア比の感覚は普通車に似ていて、僕が以前乗っていたシビックのローギアに当たるのがZZRでは1速と2速。セカンドギアが3速で、サードギアが4速。80km/h以上で走る場合は車ならオーバートップ、ZZRなら6速という具合です。いまどき教習所以外でマニュアル車を運転したことがある人は少なそうなので、この説明で分かってもらえるかどうか微妙ですが。
NSRだと80km/hを超えるくらいでようやく5速に入れて、6速を使うのは高速道路などで100km/hを……ときだけです。同じ中型のバイクでもギアの使い方がずいぶん違います。

任意保険に加入して、翌週の週末にさっそく高速道路を走らせました。調布インターから国立府中インターまでの短い距離でしたが、あまり大きな声で言えない速度での運転を試してみました。バイク自体の重量とエンジンの排気量の違いで、NSRより安定して走らせることができました。
ただ気になったのは、高速道路を降りたあと、低速で運転しているときにノッキングのような現象が起きたこと。ひさびさにハードにエンジンを回したことによる一時的なものなのか、そもそも5万キロ近く走ったバイクなのでエンジンが慢性的に弱っているのか、現時点では分かりません。
というのも、10月の週末は3週連続で雨が降り、とてもバイクに乗れるような状況ではなかったから。本当なら22日と29日は、あるイベントを見るためにバイクで遠出しようと計画していたのですが、悪天候のためにすべて流れてしまいました。

ZZRを買って1か月が経つのに、これまでに乗ったのは納車日とその翌週のたった2回だけ。このタイミングで台風に当たるなんて、あいかわらず運がありません。もたもたしていたらずいぶん寒くなってきました。今週末こそバイクで遠出したいと思います。

19年間乗り続けたバイクとの別れ

2017年9月23日(土) 09:49 | 日記

5月21日。高速道路でバイクを走らせていたら、オーバーヒートでエンジンが焼き付いてしまい、エンジンが止まってしまいました。

高速道路で250ccのバイクを時速100キロで走らせるときは、少しの風でもふらつくマシンを制御しながら、道路の状況を注視し続ける必要があるので、なかなか水温計に目を配る余裕はありません。エンジンがおかしくなる前に水温計はHを示していたはずで、その時点で気づくことができれば最悪の事態は免れたのかもしれません。悔やまれます。

急にエンジンが回らなくなって驚きましたが、落ち着いてクラッチを切り、ゆっくりとバイクを路肩に止めました。
次のインターチェンジまで1キロほどだったのと、インターチェンジまでがほぼ平らだったので、バイクを押して高速道路の外に出ました(危険なので本当はやらない方がいいです。すぐに保険会社に電話するのがいいです)。外は午前中とはいえかなり暑かったので、重いバイクを押して歩くのはかなりたいへんでした。

外に出たところで、近所にバイク屋さんがあるわけでもなく、当然エンジンもかからないので、バイクをコンビニの外に置いたまま、保険会社に連絡してトラックを呼ぶことにしました。
NSR
こちらが動かなくなったNSRの最後の姿です。正式名称はNSR250RのRC21。1990年に生産されたバイクで、僕が買ったのは1998年秋のことでした。そこから19年近くにわたって、何度も修理しながら乗り続けてきました。
過去にはこんな大手術も経験しました。

高速道路でバイクが壊れた(2012年3月25日)
3か月ぶりに戻ってきたバイク(2012年6月24日)

買ったときは実家の高浜市に住んでいただから三河ナンバー。当時はまだ京都の大学へ通う学生だったので、NSRで京都へ行くこともありました。ライターの仕事を始めたころは、実家から名古屋までの通勤に使っていました。名古屋に引っ越してからも、車を買うまでは会社までバイクで通勤。東京に来てからは乗る頻度こそ減ったものの、年に数回は高速道路に乗って遠出をする機会がありました。
北は福島から西は京都まで、と書いてみるととたいした距離ではないですが、それでも合計5万8000キロほど、地球1周半の道のりを走ってきました。

出先から都内のバイク屋さんまで、業者の車に乗せてもらい、いったんバイクを預けました。修理するとしたらエンジン自体を載せ替えるしかなく、もはや27年落ちのバイクのエンジンが良好な状態で残っていることなんて期待できないから、最初から廃車を覚悟していました。バイク屋さんの診断結果は予想どおりでした。
ありえないくらい長く乗り続けてきたので廃車は仕方ないのですが、この19年間いろんな思い出を作ってきたバイクなので、別れはやはり名残惜しいものです。

こうなったら廃車手続きを淡々と進めるしかありません。必要な書類が自宅に残っていなかったこと、分割払いで買った関係で購入者の名義が自分ではなかったことが原因で手続きが手間取り、こちらも忙しくて手続きを後回しにしていたら、気づいたら3か月近く経っていました。
ちょうど8月は実家へ行くことになっていたため、NSRを買った知立市内のバイク屋さんへ行って、廃車手続きに必要となる販売証明書を発行してもらいました。19年前のデータでもきちんと残ってるんですね。その前にお店が現存していてよかった。こういうときに販売店が廃業していたらどうなるんだろう。

東京に戻り、バイク屋さんに書類を渡して、すべての廃車手続きが完了したのは8月25日のことでした。バイクが動かなくなってから3か月あまり。ようやく肩の荷が下りました。

移動手段が自転車だけというのは何かと不便なので、9月9日に新しいバイクを買いに行きました。この日は夕方からPASSPO☆のライブを見に行ったので、昼間に埼玉県まで電車を乗り継いで、お店で現物を見て、その場で購入手続きをして、それから日本青年館へ行きました。
実は今週1週間は休みを取っていまして、この休みに間に合わせたかったのですが、残念ながらバイクはまだ手元にありません。中古なので、整備や登録などが月内いっぱいまでかかるとのことです。
だからこの休暇はバイクではなく、バイクを買ったのと同じ日に会員になったタイムズカーシェアの車を乗り回しています。今は仙台市内の旅館でこの日記を書いています。

不運の鈴

2017年8月13日(日) 23:52 | 日記

5月の大型連休には関西へ行くのが通例になっていまして、今年の5月5日には豊中の服部緑地で「祝春一番」というライブを見に行き、翌6日は京都を散歩していました。
今回書くのは、京都で起きた世にも奇妙なできごとと、その奇妙さから訣別するためにきのう起こした行動に関することです。

京都は学生時代に暮らした街ですが、いまだに行ったことのない場所がたくさんあります。今回は出町柳から叡山電鉄に乗って終点の鞍馬まで行って、鞍馬寺から山道を歩いて貴船神社にいたる旅を楽しんできました。
叡山電鉄
観光仕様の電車。座席が外側を向いています。精華大を越えるとほぼ山の風景です。

鞍馬駅を降りて、ケーブルカーに乗って鞍馬寺へ行きます。外国人観光客の姿もありました。せっかくなので大きな画像を載せてみます。以下、画像をクリックすると拡大します。
鞍馬寺
ここから山道を延々と歩きます。
山道1
山道2
山道3
1時間半かけて歩いて、ようやく貴船神社に着きました。
貴船神社の鳥居
貴船神社の絵馬
神社に絵馬コーナーがあったのでのぞいてみると、「モラハラ夫と無事に離婚できました」というなかなか重たい報告がありました。
世の中から不幸な人がひとり減り、不幸になるべくしてなる人間がひとり増えたことを喜びながら、僕もその幸運にあやかろうと、神社の売店でちょっとしたグッズを買うことにしました。この判断が、後に数々の不幸を引き起こすことになるとは知らずに。

幸運をもたらすはずだった鈴。その上品で澄んだ音からは、とても不幸なんて連想できません。いろんな色の鈴が売っていた中で紫を選んだのは、好きなアイドルの担当カラーが紫だから。縁起がよくないので、どこの誰とは書きません。
不幸は鈴を買ったとたんに訪れました。長いこと山道を歩いてのどがかわいていたので、近くの自動販売機で水を買うために510円を入れたのですが、お釣りの400円が出てきません。誰かのいたずらで、お釣りの出口にコインが差し込まれていました。

余談ですが、貴船神社から貴船口駅に向かうバスの中には、愛乙女☆DOLLの朝比奈花恋さんにそっくりな人が、友達の女性とふたりで乗っていました。らぶどるはこの日は東京でライブがあったので本人ではないのですが、双子の姉妹かというくらいそっくりでした。

そんなこんなで東京に帰ってきまして、貴船神社の鈴はパソコンのラックに吊すことにしました。
鈴
自販機のことはたまたまで、この先は幸運がやってくるだろうと期待したのですが、その後もいろいろな不幸が僕を襲いました。思いつく限りでは以下のとおりです。

・絶対に録画したかったテレビ番組の録画に失敗
・旅先でバイクが再起不能の故障
・いまだに治らない口内炎が舌にできた
・某アイドルの全席指定のワンマンライブの座席が、かなり早くチケットを買ったのに良くない席だった(これは鈴を買う前のことですが)

もちろん悪いことばかりではなく、いいこともいろいろあったのですが、高速道路でバイクのエンジンが止まったときにはさすがに呪われてると思いました。オーバーヒートに気づかずにエンジンを高回転で回し続けた自分も悪いのですが。

普段はオカルトや占いの類はまるっきり信じてなくて、星座占いや血液型占いなんて気にしたことすら一度もないのですが、鈴を買ったタイミングと、嫌なことが立て続けに起きたタイミングが一致したのはさすがに気持ち悪かったので、問題の鈴を手放すことにしました。わざわざ京都の神社で買ってきた鈴を、壊れても汚れてもいないのに捨ててしまうのはもったいないのですが。
公園の木に吊した鈴
実はおとといから高浜市の実家に来ていまして、鈴は市内のとある公園の木に吊しました。
たまたま僕との相性が悪かっただけかもしれないので、これからはこの鈴が誰かにとっての幸運のお守りになってくれることを願います。

東京都議会選挙について

2017年7月 2日(日) 22:55 | 日記

国政においても、既存の野党ではない自民党の対抗勢力が出てきたら、有権者の票は簡単にそっちに流れてしまう可能性が高いことを示した都議選ではないかと思います。
小池都知事が率いる「都民ファースト」は、そもそも小池知事が安倍首相と同レベルの右翼で、自民党とどこがどう違うんだという話ですが、むしろそうだからこそ、国政でやりたい放題の自民党にあきれた有権者が「自民党じゃないけど自民党とそんなに違わない勢力」に票を入れたのが、今回の都民ファーストの躍進につながったと理解しています。

個人的には小池氏の主張にはこれっぽっちも賛同できないのですが、たとえそうであっても、現政権はまさに「権力は腐敗する」という格言どおりあまりにもひどすぎるので、たとえ小池氏が安倍首相と同レベルの愚かな政治家であっても、変わらないよりは変わった方がましだと思ってしまいます。これで小池知事が重大な過失をやらかさずに過ごせたとして、次の国政選挙で小池新党が出てきたとしたら、自民党は議席を大きく減らすことになりそうです。
もし自民党が総裁を変えず、安倍首相がそのままトップの座に居座り続けていたら、生粋の左翼である僕でも「小池新党に勝ってもらいたい」と願うと思います。でも実際には、「このままでは自民党政権は持たない」という党の判断で安倍首相が辞める可能性の方が高いと考えているので、次期総裁が岸田氏か石破氏かは知りませんが、「小池首相になるんだったら、まだ岸田さんや石破さんの方がましかなぁ」と思っています。

いずれにせよ、今回の都議会選挙の結果で安倍政権の寿命は確実に縮まったので、その点はよかったと思います。あとは武蔵野市選挙区で、僕が投票した民進党の松下さんが当選してくれればいいのですが、厳しそうですね。

きのうは憲法記念日

2017年5月 4日(木) 11:07 | 日記

「改憲の機は熟した」だの「2020年までに改憲する」だのと自称立法府の長がのたまっていたようですが、朝鮮戦争に直接巻き込まれずにすみ、ベトナム戦争に派兵せずにすんだこと、仮にこの先朝鮮半島で何か起きても日本はせいぜい自衛隊が沿岸の警備だけすればいい、そのための「言い訳」が成り立つということなど、今の憲法は後にも先にも日本国民に恩恵を与えてくれているのですが、そんな平和憲法を変えたがる動きを、国民のひとりとしてなんとしても止めたいと思っています。

もっと言うと、今の総理大臣がやりたいことは9条の無効化より立憲主義の否定と基本的人権、国民主権の削減で、共謀罪なんてまさにその象徴なわけですが、この総理大臣は自分が作りたがっている憲法なり法律が、いつか政権交代が起きて敵対勢力に握られたときにどういう使い方をされるか、想像したことがあるんでしょうかね。日本会議が共謀罪で根こそぎ逮捕される世界を。
改憲を考えるなら「次に来る政権の権力を縛る」という視点が欠かせないと思うんですけど、まるで自分が死ぬまで首相をやり続けるような感覚でいろんなことを決めていて、あーこの人は本当に頭が悪いし人格が劣等感でできてるんだなーと思わずにいられないし、そういう人間に権力を持たせたらどうなるかという最も極端な例が今の北朝鮮だということを踏まえたら、もう自民党内の人でも何でもいいからトップを別の人間に替えてくれよと切実に思っているところです。

今年の花粉症メモ

2017年3月 5日(日) 23:38 | 日記

花粉症をわずらっています。
それほど重くはないのですが、コンタクトレンズを使う身にとってはなかなかつらい季節です。
そのつらさも年によってずいぶん違うもので、去年とおととしはそこまででもなかったのですが、今年は去年より花粉の量が多いといわれていて、今からとても心配です。

今後のために、今年の花粉症の記録を記しておきます。
なんとなく症状が出始めたのは2月の下旬。23~25日頃でしょうか。晴れた日に目のかゆみを感じるようになりました。
だんだんきつくなり始めたのが3月に入ってからのこと。2日頃から、目のかゆさがひどくなりました。
今日は昼から夕方まで、池袋で「IVVGP」というアイドルのフリーライブが野外であって、最初から最後までずっと見ていたのですが、途中で何度もくしゃみが止まらなくなりました。くしゃみが頻繁に出るようになったのはきのう、つまり4日からです。

症状の重さは今のところ例年並みの感じです。いちばんひどい年はコンタクトレンズが白く曇ってしまうこともあったのですが、そこまでの兆しはありません。これくらいの症状で花粉のシーズンが終わればいいのですが。
今後花粉について何も触れなければ、花粉症の症状は例年どおりもしくは例年以下ということ。もしひどくなったら、あらためてメモします。

6日遅れのケーキ

2017年2月27日(月) 01:05 | 日記

ケーキ
誕生日の当日に食べそびれたケーキを、6日経ってひとりで食べていました。基本的に甘いものは好きです。お酒も好きです。

今日はずっと家でパソコンをいじっていました。四半世紀前からパソコンに触れていて、MS-DOSの真っ黒な画面にコマンドを打ち込むことにも慣れているのに、プログラミングは一切できません。自分でWindowsの簡単なアプリケーションすら作れません。周りからはパソコンに詳しい人扱いされていますが、実際は素人にすね毛が生えたようなものです。

土曜日に「USB赤外線リモコンアドバンス」という機械を買って、パソコンから赤外線リモコンを送信できるようにしました。本当はコマンドプロンプトから直接リモコンを操作したいのですが、そういう単純なアプリすら作れないので、その代わりとして「公式のアプリを立ち上げて、自動的にマウスのカーソルを動かしてアプリ上のボタンをクリックするバッチファイル」なんてのを作っていました。「立ち上げたアプリのウィンドウの位置を決まった場所に設定するフリーソフト」「あるキーを押すと、決まったキー操作やマウス操作を行うフリーソフト」「コマンドラインからキー操作を出力するフリーソフト」の3つのソフトをバッチファイルから起動させるという力技で、どうにか目的の操作を実現できました。
自宅のパソコンでの録画環境の改善にまつわる話なのですが、詳細は後日紹介したいと思います。