10代の頃から日本のフォークソングが好き。
メジャーな曲からマニアックな作品まで幅広く語ります。

加川良という歌手のこと

2017年4月 6日(木) 00:21 | フォーク

加川良
年末から体調を崩して入院していたことを知らず、訃報に触れたときは本当に驚きました。
あの飄々とした歌いっぷりをもう見られないと思うとさびしいですが、残してくれた歌はずっと聴き続けたいし、歌い続けたいと思います。

加川良という名前を初めて知ったのは1993年、高校2年生の頃。吉田拓郎さんの楽曲に「加川良の手紙」というのがあって、それが最初でした。
その翌年には、NHKの「BSフォークソング大全集」というテレビ番組で、歌う良さんの姿を初めて見ました。「下宿屋」という曲でした。
僕がフォークソングにのめり込んだ大学1年の冬、1996年2月頃に「教訓」というアルバムを手に取って、そこで初めて加川良さんの曲に本格的に触れました。「教訓I」の詞は衝撃的でした。最初はあの独特の語尾を伸ばす歌い方がなじまなかったけど、だんだん歌い方も含めて好きになりました。
3枚めのアルバム「やぁ。」は当時CD化されていなかったのですが、たまたま立ち寄った大津のパルコでレコードを見つけて、カセットテープにダビングして聴きました。「フォーク・シンガー」という曲はなかなか強烈でした。
冒頭の写真はそのときのレコードと、手元にある良さんのCDとレコードです。「幻のフォークライブ傑作集 加川良ライブ中津川フォークジャンボリー'71」は新宿のディスクユニオンで買ったものですが、今もCD化されていないようです。

ライブを初めて見たのはかなり遅くて、確か2006年の祝春一番。豊中の服部緑地の野外ステージでした。テレビでしか見たことがなかった加川良さんはとてもかっこよくて、歌声も素敵でした。

いつだったか忘れましたが、春一番のステージで「戦争しましょう」という曲を歌っていました。別の年には有山じゅんじさんや坂田明さんも歌っていたのですが、本人が歌ったのは、2014年だったか15年だったか。日本の国家権力がおかしくなってきた時期に良さんが歌ったあの曲が、昔懐かしい反戦歌ではなく、今の政権を風刺するような曲に聞こえたのをよく覚えています。

今日の帰りには「駒沢あたりで」というアルバムを聴いていました。70年代後半の、力が抜けた感じの曲と歌声も好きです。

今年の春一番には加川良さんはいないけど、良さんが残した歌を、良さんの仲間たちとともに、心の中でいっしょに歌いたいと思います。

祝春一番2016

2016年5月 3日(火) 10:47 | フォーク

服部緑地
今年も大阪の服部緑地に来ました。
早朝から新幹線に乗って、新大阪から3駅。開演35分前に着いたら、いつものように長い列ができていま
した。
飛び交う言葉はもちろん大阪弁です。毎年のことだけど、こうして大阪のフォークファンが集う場所の空気を吸うのはいいものです。これで、待ってる間にたばこを吸うおっさんがいなければ言うことがないのですが。

今日は「祝春一番2016」の初日です。ライブには加川良さんや、吉田美奈子さんが出演します。今年は3日間の開催ですが、僕が参加するのは今日だけです。
ライブの感想は後日書きたいと思います。

自分にとって10年めの春一番

2015年5月 5日(火) 10:46 | フォーク

祝春一番2015
僕が東京に引っ越したあとの2006年から、5月はここ服部緑地へ行くのが例年の行事です。
祝春一番2015。僕にとっては10年めの大阪。毎年、ここの空気を味わうことを楽しみにしています。

なんか今日はチケットがものすごく売れたみたいで、早い時間からずいぶん人が並んでいます。
開演は11時。もうすぐです。

金山サウンドベイとフォークとアイドル

2015年1月 5日(月) 00:26 | フォーク

サウンドベイ
きのう、東京へ帰る前に何年ぶりかに金山のサウンドベイへ行きました。
フォーク関連のCDが充実している店で、今ではプレミア価格の「1969京都フォーク・キャンプ」なども16年くらい前にここで買いました。

ひさびさに来てみたら、今もフォークや古いロックの音源がたくさんありました。
こんなタイトルの日記を書いておきながら最近のフォーク関連の動きに疎くて申し訳ないのですが、五つの赤い風船のオリジナルアルバムがハイクオリティCDで出てるのを知って驚きました。
風船のアルバムは1995年に東芝EMIが出したときにひととおり買いました。そのあと2002年頃にもエイベックスから復刻されましたが、2008年のポニーキャニオンの「エレック・URC復刻プロジェクト」のときにはなぜかラインナップから外されていたんですよね。
今回の復刻版は、調べてみたら愛知県の独立系の会社が手がけているようです。風船と同じくURCレコードの音源をCD化した作品で、しかも2014年に初めてCD化されたひがしのひとしさんの「マキシム」というアルバムを買いました。ひがしのさんは2009年に京都の「七夕コンサート」でお目にかかったのが最初で最後となりました
もうひとつ、ワーナーミュージックが2013年に復刻していたエレックレコードの「唄の市SECOND 番外編II」というライブ盤のCDも買いました。URCもエレックも5年おきくらいに版権がぐるぐる回っていますが、そのたびに眠っていた音源が新たにCD化されたりしています。あれから40年以上経つのに、僕らの世代にとっては「新しい」音楽に触れられるのはありがたいことです。「幻のフォークライブ傑作集」もいつかCD化されるんでしょうかね。
CD2枚
金山のサウンドベイはあいかわらずマニアックな品ぞろえで安心したのですが、前回来たときと比べるとちょっとした変化がありました。
フォーク関連のCDが並ぶ棚の左と上に、アイドルの中古や新譜のCDが置いてあったのです。
左側の中古CDの棚はAKB系などのメジャーどころから、アフィリア・サーガやKNUのような通好みの作品まで置いてありました。
フォークの棚の上は、最上段が昔のアイドルの音源。その下が現代のアイドル。アイドリング!!!とかAeLL.とかALLOVERとか、地元のしず風&絆などがありました。その下がグループサウンズコーナー。そこから下の棚がフォークという並びでした。フォークもみんなが知ってるメジャーな作品より、先に挙げたようなURCレコードやエレックレコードの音源、岡林信康さんや遠藤賢司さんといった濃い作品の方が目立つようになっていました。
フォークの右の棚が昔のロック。J・A・シーザーとか村八分とか外道とか、若い人は絶対に知らないミュージシャンのCDに広い場所を割いています。
CDの棚
古いフォークや古いロックと新旧のアイドルが渾然一体となったCD売り場。名の通ったCDショップだから、決して好みや思いつきだけでこういう陳列にしているわけではないはずです。商売として、利益を出すためにやっているとすれば、「昔のフォークやロックに興味があるしアイドルも聴く」という人が僕以外にもそれなりのボリュームでいるということになります。まあ実際は、握手会が終わったあとにCDだけ売りに来る人があまりに多いから、仕方なくアイドルのCDを置く棚を増やしているだけかもしれませんが。
さすがに、世の中に「ひがしのひとしとBiSのアルバムを両方持ってる」「岩井宏とBELLRING少女ハートのCDを両方持ってる」という人が僕以外に何人もいるとは思えないので。「高田渡とアイドリング!!!のアルバムを両方持ってる」という人なら50人くらいはいそうですけど。

あと余談というか個人的なメモですが、昔の職場が金山のサウンドベイのすぐ近くにあって、ひさびさに職場があったビルに行ってみたら、普通のオフィスビルになっていました。昔はビル1棟まるごとその会社が借りていて、自社ビルに移転したあとは確か専門学校になっていました。12年も経てばいろんなことが変わります。

ライブで間近に見たミュージシャンの訃報

2014年6月 5日(木) 14:14 | フォーク

七夕コンサート案内
毎年、京都の拾得というライブハウスで開催される「七夕コンサート」を5年前に見に行きまして(京都・拾得の七夕コンサート)、翌年からこの時期になると案内のはがきが届くのですが、今年はいつもと同じ案内に、いつもと違う文字が刻まれていました。
ひがしのひとしさんが亡くなったことを、このはがきで知りました。

僕の母親とほぼ同じ世代ですが、5年前に見たときは、年齢を感じさせないアスリートのような肉体が印象的だったので、なおさら驚きました。まだ歌うのをやめる年じゃないのに、突然の訃報にただ驚くしかありません。

実際にライブを見たことがある方が亡くなるのは、おおげさな言い方をすると、自分の記憶の一部がえぐられたような感覚に陥ります。
「思い出」と「実存」のうち片方が失われて、ふたつの存在をつなぐ縄が断ち切られ、「思い出」はこれから僕の記憶の中を漂い続ける。
うまく表現できないのですが、本人が存命で精力的に活動を続けているのと、そうでないのとでは、たとえ見る機会がなかったとしても、「思い出」の質が変わってしまう気がします。

人はみんな年齢を重ねていくから、こういうことは今後も増えていきます。悲しいけど、ただ静かに受け入れていくしかありません。

祝春一番2014の思い出

2014年5月31日(土) 13:04 | フォーク

祝春一番2014
5月3日のことなのでずいぶんと時間が経ってしまいましたが、あとで今年の春一番を振り返れるように、あらためてライブのことを書きたいと思います。

春一番ではいつも出演者は事前に公表されるのですが、タイムテーブルは明かされません。まさかオープニングアクトが中川イサトさんなんて思いもしませんでした。
開場と同時に開演するのも春一番ならでは。僕が服部緑地に着いたのは開演10分前で、すでに長い列ができていました。僕が会場に入れたのは、イサトさんが1曲演奏し終わったあとでした。
半世紀近くにわたって、関西フォークを卓越した演奏技術で引っ張ってきたイサトさん。ギターの音色と指の動きは、いつ見てもほれぼれします。

会場を見わたすと、ももいろクローバーZの国立ライブのTシャツを着ているおじさんがいました。まさか本当に国立まで行ったのでしょうか。

続いてはギタリストの押尾コータローさん。プロデューサーの福岡風太さんからは「中川イサトの一番弟子」と紹介されていました。過去にイサトさんのギター教室で学んでいたからですが、本人によると「一番弟子」というわけでもないみたいです。
最近では柏木由紀さんのソロライブでゆきりんとセッションしたりと、いろいろなところで活躍しているのですが、春一にもよく出演します。師匠のイサトさんとのコラボで「その気になれば」も聴かせてくれました。

次は中川五郎さんが率いる「スペシャル・バンド」。五郎さんは1960年代の終わりから、社会に対するメッセージを直接的な言葉で投げかけてきたフォークシンガーで、その姿勢は今も変わりません。
「何が悪い、平和と愛を信じること」と五郎さんは歌いました。歯の浮くようなきれいごとだと思う人もいるかもしれません。僕は不満だらけの現実に迎合するくらいなら、臆面もなくきれいごとを言える人間でありたいと思っています。

このあと、出演者が入れ替わる時間に、風太さんが印象的なことを言っていました。
「こんな自由なライブは大阪しかできない。東京で何度かやろうとしたが、できなかった」
この日も東京からたくさんのミュージシャンが来ていたし、風太さん(と生前のあべのぼるさん)の人脈があれば出演者は集まりそうな気がしますが、出演者と観客とスタッフがゆるくつながれる自由な空間を作るには、東京だとめんどうな制約が多いのかもしれません。楽屋で酒も飲んじゃいけないって言われたら、その時点でアウトでしょうから。

曽我部恵一さんも、春一では何度か見ています。出番のずいぶんあとに、客席でファンのサインに応じたりしていました。

桜川唯丸一座も春一で見るのはたぶん3回め。こういうフォークともロックともまったく違うジャンルの音楽が見られるのも春一のおもしろさ。日によっては漫談や大道芸もあったりします。
江州音頭に乗せてノンストップで踊り続ける若い男性のダンサーが、出番が終わったあとにステージの前でほかのミュージシャンのライブを見ていたのですが、そのうちのひとりが東京女子流のツアーTシャツを着ていました。

出番がない日もいつも客席にいる、春一の最重要人物のひとり、大塚まさじさん。今回は中川イサトさん、大瀧詠一さんを偲んでかナイアガラTシャツを着た村上律さんとのセッションで「ガムをかんで」などを歌いました。
まさじさんは俳優として映画にも出るとのこと。ちょっと興味があります。

風太さんも絶賛するハンバートハンバートは、僕にとってはかなりひさしぶり。ニューアルバムの新曲を中心に数曲。イサトさんとのコラボもありました。

アーリータイムス・ストリングス・バンドはおそらく2009年の「高田渡生誕祭60」で見て以来。長年のフォークファンにとってはおなじみの顔ぶれです。
そのアーリーをしたがえて登場したのは斉藤哲夫さん。こちらも高田渡生誕祭以来です。「僕の古い友達」という懐かしい曲も歌いました。

林亭のふたりは、おなじみの楽曲「夜行列車のブルース」や、高田渡さんの「生活の柄」を歌いました。この日はたくさんの人が渡さんをカバーしていました。もし健在であれば今年65歳。名曲は歌い継がれます。

ここで思いがけないゲストが登場しました。朝野由彦さん。70年代の春一ではおなじみのミュージシャンです。
春一のライブ音源がよかったので、朝野さんのアルバムも買ったのですが、まさか生で歌っている姿を見られる日が来るとは。前年の田中研二さんに続くサプライズでした。
風太さんによれば、70年代の春一ではいとうたかおさん、ダッチャさん、「『風景』を歌ってたの、誰やったかな」といってすぐに思い出せなかった中塚正人さん、そして朝野由彦さんの4人が「しのぎを削っていた」とのこと。春一番のライブ盤をすべて聴いている僕は、もちろん4人の曲はよく知っていますが、こういう裏話は当時をリアルで知らない僕にとっては新鮮でした。
飛び入りということで、歌ったのは「オリオン座」一曲だけでした。風太さんからは「ギターが下手になった」と突っ込まれていました。

続いては佐藤GWAN博さん。出演者の中ではおそらく最年長。林亭の佐久間順平さんとアーリーの竹田裕美子さんを従えて、いつものように立て気味にしたギターを弾いていました。

いとうたかおさんは高田渡さんの「魚つりブルース」、シバさんは「手紙を書こう」、松永希さん(旧姓・宮武)は「いつか」と、高田渡さんの曲を歌っていました。

最後は中川五郎さんが中心となって、全員で「We Shall Overcome」の大合唱。まるで60年代末の反戦フォークみたいなノリに思われそうですが、五郎さんにせよ風太さんにせよ、2011年の原発事故とその後の政府の対応、憎しみを煽り戦争をもいとわない国のトップに対して、怒りを隠すことなく表明しています。
愛とか平和とか「きれいごと」を叫ばずにいられない気持ちは、亡くなった忌野清志郎さんの例を持ち出すまでもなく、表現者として自然な感情だと思うし、僕も強く共感します。
僕が年に一度必ず大阪へ行くのは、おおげさな言い方をすると、ずっと東京にいると薄れてしまいそうな、人として大切な感情を確認するためです。

祝春一番初日、終演

2014年5月 3日(土) 19:30 | フォーク


今日の出演者は個人的に熱いラインナップだったので、とても満足できました。
出演者リストになかった朝野由彦さんが来たのには驚きました。70年代の春一番のCDに何曲か入っているのを聴いて、オリジナルアルバムまで買ったりしたのですが、最近また音楽活動を始められたそうで。今回は飛び入りで一曲だけ歌いました。
思いがけないサプライズ。4日間の日程のうち、今日を選んで本当によかった。

詳細な感想は後日書きたいと思います。