9月の休暇に東北へ行った思い出(3)福島浜通り編

2018年1月 1日(月) 03:46 | 日記

タイムズカープラスの車をはるばる東京から仙台まで走らせて、2017年9月23日は東京へと帰る道のりです。1日めの栃木・会津編、2日めから3日めの昼にかけての山形・仙台編を経て、2泊3日の旅行の中で最も重い4時間あまりの話です。

亘理町から南相馬市までの風景

仙台宮城インターから、本来なら仙台南部道路経由で常磐道に入るべきところを間違えて東北道の方に入ってしまい、かなり内陸部の村田インターまで行ってしまいました。ここから海に向かって田舎道をひた走り、亘理町でようやく国道6号にたどり着きました。
しばらく走っていると、遠くに妙な建物を見つけました。
亘理駅
亘理駅の駅舎でした。郷土資料館と駅をドッキングさせたんだそうです。これは目立つ。
建物の中も気になりましたが、先を急ぎます。

宮城県の最南端、山元町。道沿いに「山元トレーニングセンター」の看板を見つけたので、左折して山道に入りました。
サラブレッドの生産で知られる社台グループが所有する競走馬を育成する施設。昔は競馬をよく見ていたので、名前だけは聞いたことがあります。近くまで行ってみたのですが、馬を見ることはできませんでした。
山元トレセン
福島県に入ってからは、国道6号線よりさらに海沿いの幹線道路を走りました。
南相馬市1
南相馬市の、東日本大震災で津波の被害にあった地域です。すべてが洗い流された地面を、重機で馴らしています。
南相馬市2
この地に風力発電所を建てるべく、建設が進んでいるようです。

太陽光発電のパネルもそこかしこで見かけました。建設中の場所、これから建設する場所も含めて、かなり広範囲で発電できるようにするようです。
太陽光発電1
太陽光発電2
太陽光発電3
国道6号線や海沿いの道では、下の写真のような、津波の被害を示す表示板がいたるところに見られました。
津波の表示
海沿いの道路はあらゆる場所で工事中や通行止めになっていて、何度も引き返したり迂回したりしました。復興までの道のりはまだまだ遠いようです。
工事中

福島第一原発と帰還困難地域

福島第一原発に近づくにつれて、国道沿いの風景はどんどん険しくなっていきます。
浪江町。ここのボウリング場も、震災前は普通に営業していたはずです。
ナミエボウル
国道6号から海の方に向かっていくと、津波の被害をまぬがれた家が建ち並んでいます。人はまばらでした。2017年3月31日にようやく避難指示が解除されて、戻れる人だけが戻ってきたようです。
浪江町
この写真のように、壊れたまま放置されている家も少なくありませんでした。
浪江町の墓地
海が近い高台には、新しい墓地がありました。ここで何が起きたかを想像すると、言葉を失います。
線量計
浪江町に入ったあたりから、そこらじゅうで線量計を見かけるようになりました。海に近い地域では放射線量は低くなっているようですが、浪江町の西部は現在も帰還困難地域に指定されています。

浪江町の南、双葉町は今もほぼ全域が帰還困難地域のままです。国道6号線もこの区間は車のみが通行できて、二輪車や自転車、歩行者は通れません。以下の写真が曇り気味なのは、窓を開けられないからです。
一般車両が走れるのは国道6号と常磐道だけ。すべての道路が、このように封鎖されています。一部の道路では防護服を着た係員が立っていて、許可された作業員や住民のみ通しているようです。
双葉町
双葉町の放射線量
放射線量も、浪江町と比べてずいぶん高くなっています。0.5マイクロシーベルト毎時という数値自体は許容範囲かもしれませんが、除染を優先させた場所でこれですから、国道から外れた地域ではいまだに危険な水準なんでしょうね。
大熊町
福島第一原発を抱える大熊町も、大部分が帰還困難地域です。国道6号沿いの店舗は当然ながら人が寄りつくことなく、このように荒れ放題になっています。
震災から6年が過ぎてもいまだにこんな場所があるなんて、実際に自分の目で見て、大きな衝撃を受けました。

原発事故からの復興を目指す街

国道6号線のうち、帰還困難地域に該当するのは13キロほど。大熊町から富岡町に入ってしばらくすると、二輪車や歩行者が通れないという縛りが解除されます。
その帰還困難地域との境界から南にほんの100メートルほどの場所に、飲食店の新規開店を祝う花を見つけました。
新規オープン
2011年3月11日から止まった時間が、ようやく動き出そうとしています。
富岡駅
常磐線の中でも海から至近距離の富岡駅は、津波の影響をもろに受けて、駅舎が破壊されてしまいました。そこから6年、ようやく新しい駅舎が完成しようとしています。
このほぼ1か月後に、富岡駅までの営業が再開されました。あとは、現在も帰還困難地域に指定されている浪江駅までの区間を残すのみです。
富岡駅のホテル
富岡駅前には新しいホテルも建てられました。
富岡駅周辺
駅の周りの家はほとんどが新築。津波による被害の大きさをうかがわせるとともに、この街をよみがえらせようという気概が見えます。近所にあるスーパーもにぎわっていました。徐々に生活が戻っています。

富岡町から南に12キロほど、楢葉町と広野町にJヴィレッジがあります。震災以降は長らく除染作業の拠点として使われていました。被災地の復興が進み、元のスポーツ施設としての機能を取り戻すべく、新しいサッカー場の建設が進められていました。2019年4月の完成を目指しているということです。
Jヴィレッジ
ここにも線量計がありました。0.14マイクロシーベルト毎時と、そこそこ低い値でした。
Jヴィレッジの線量計
今回の旅行はここまで。広野町のすぐ南のいわき市には、震災があった年の夏に行ったことがありました。当日の日記はこちら。

外泊 - フォーキー☆カーニバル

広野インターから常磐道に乗り、東京まで帰ります。土曜日なので渋滞もありましたが、カーシェアの60時間の期限に無事間に合いました。
観光らしい観光も、レジャーらしいレジャーもない地味な2泊3日でしたが、なかなか有意義な時間を過ごすことができました。記録すべき内容が多くて、日記に書くのがおっくうになるくらいに。

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