3月11日

2013年3月11日(月) 23:58 | 日記

2年前の今日のことは、今でもよく覚えています。
会社のデスクでパソコンに向かい、原稿だかメールだかを書いていたら、あの恐ろしい揺れが襲ってきました。
あの日は「雑誌の広告特集の色校正をクライアントに届ける」という仕事がありました。地震の直後にバイク便の業者に電話をかけました。電話はつながりました。
その直後、電話が極端につながりにくくなりました。ネットで地震の現実を知り、そのあまりにも現実離れした現実に、ただ驚くしかありませんでした。
数十分後に、バイク便の方が会社に来ました。バイク便を利用したいほかの社員が、電話がつながらないからと、バイク便のスタッフに直接要件を伝えていました。会社からクライアントへの荷物は、無事届けられました。今考えると、ずいぶんむちゃなことをしていたものです。

電車はすべてストップ。夜になって、少しずつ電車が動き出しました。会社に荷物を置いたまま、超満員の地下鉄を乗り継いで、深夜1時すぎにようやく荻窪駅までたどり着きました。「富士そば」が奇跡的に営業していたので、遅めの夜食を食べてから、6キロの道のりを歩いて帰りました。
井の頭通りには、ほとんどタクシーは走っていませんでした。
家に着いて、津波の被害や原発のことを目の当たりにして、言葉を失いました。

「どうして自分みたいな人間が生き残ったんだろう」
あの震災のことを思うと、ついそんな思いが頭をよぎってしまいます。自分よりたくさんの人に必要とされ、たくさんの人に愛されていた人たちが亡くなり、僕のような誰からも好かれない人間が生き残るなんて、こんなことが許されていいのかと。
でもこの考え方って、人の命に序列をつけるってことです。亡くなってもいい命、価値のない命があるという考え方は、僕はしたくありません。
だから僕はこの先もしっかり生きようと思うし、僕以外のすべての人に対して、今ある命を尊重したいと思います。人間だからいい人もいるし、悪い奴もいる。だからといって、その命に優劣はつけられないし、つけたくない。自分も含めて。

だから、必要以上に自分を卑下するくせは直さなきゃいけないと思いました。自分自身に向けた刃は、何かの拍子に別の誰かに向かうかもしれないし、きっと周りの人にもそういう危うさを感じさせてしまうから。
運良くつながった命。もっと自分を大切にしようと思います。

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