「相手が何を望んでいるのか」が読み取れない

2012年10月13日(土) 03:10 | 日記

目の前にいる相手が何を望んでいるのか、何をしてほしいのかを相手の言葉や行動から読み取る想像力が、普通の人と比べて著しく劣っている。
だから、相手が望んでいることにいつも応えられない。

ここ数日いろいろあって、自分の人間性の重大な欠陥が具体的にどこにあるかを、今さらながら気づくことができました。
過去をいろいろ振り返ってみると、思い当たることだらけです。

これまで、自分が人から好かれない理由を、漠然と次のように考えていました。

思いやりが欠けている。
やさしさがない。困っている人を助けようとか、相手がいい気持ちになれるようにふるまおうとか、そういうことがなかなかできない。最低限のことは意識していればできるけど、ちょっとでも気が抜けたり、想定外のことが起きたりすると、ほかの人が当たり前に気を配れることでもできなくなってしまう。
こんな態度では、いつまでたっても他人から好かれるはずがない。

他人に対する興味がない。
共通の話題がない初対面の人との会話が続かないのは、まさにこの理由。相手から聞かれたことに対しては一生懸命話すけれど、こちらから相手に問いかけることは少ない。何を聞けばいいのかわからない。なぜなら、そのもととなる「聞きたい」「知りたい」という気持ちが生まれないから。
こんな態度では、いつまでたっても人脈が広がるはずがない。

思いやりがない人や、他人に対する興味が薄い人なんて、いろんなところにいると思います。でもそういう人たちが必ずしも社会から虐げられているわけではなく、中には一定の地位を得ている人もいます。
問題は、思いやりのなさや興味のなさが、いつどのように発現して、どのような形で相手に不快感なり不信感を与えるのかということです。
僕の場合、それが「相手が何を望んでいるのかが読み取れない」「その結果、相手が不快になるような行動を、無自覚のうちに取ってしまう」という形で出てしまうわけです。
これって人付き合いをするうえでは最悪です。この欠陥を覆すほどのメリットを提示し、相手がそれを認めてくれなければ「付き合う価値なし」と判断され、その人との関係を深めることができなくなります。
ビジネスにおいては、「相手のニーズをつかむ」という営業職にとって最も重要な能力のひとつが欠けているわけで、これでは営業は務まりません。これといって専門的な能力を持たない僕にとっては、この先も食いぶちが確保できるかどうか、不安でなりません。
「そんな人間がよく編集者とかライターとかやってられるな」と言われてしまいそうですが、実際に人間性の欠陥に起因する対応のまずさで顧客の信頼を失いつつあり、さらにはライターの技術でも信頼を失いつつあるので、今の仕事ができなくなる日は本当に遠くなさそうです。

こうして自分の人間性の欠陥がむき出しになるたびに、新たに人間関係を築いていこうという意欲がどんどん失せていきます。欠陥を改善できるあてもなければ、欠陥を補うほどの魅力や特技があるわけでもない。ただでさえ人との交流が少ないのに、さらに内にこもってしまうという悪循環にはまっています。
この欠陥は先天的なもので、幼い頃から思いやりのなさはいろんな人から指摘されていましたし、自覚もしていました。自分自身の欠陥から逃げずに向き合いながら、欠陥の存在を前提としたうえでの最大限の幸せを模索していきたいと思います。

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