表現の自由も言論の自由も、先人たちの血と涙で勝ち取った尊い権利だということを忘れないように

2008年5月 2日(金) 00:54 | 日記

たまたま見ていた「NEWS23」の「もの言えぬ人々」という特集が興味深くて、思わず見入ってしまいました。
特集の内容は、「あらゆる圧力によって、言論の自由が脅かされている」というもの。
以前にこの日記でも書いた日教組がプリンスホテルに集会の開催を拒否された事件や、立川の反戦ビラ事件の最高裁での判決、あるいは公立学校での国歌・国旗問題などが取り上げられていました。
いつの世も、国家権力に異議を申し立てる者は徹底的に弾圧されます。たとえば安保闘争。たとえば長野での聖火リレー。権力とはそういうものです。
問題は国家権力の横暴ではなく、国家権力の横暴に対してあまりにも寛容な国民だと思います。中には権力の横暴に対して異議を申し立てる者を糾弾する「国民」すら存在します。プリンスホテルの肩を持つ人間が少なくなかったことには閉口しました。

表現の自由や言論の自由が認められたのは戦後のこと。選挙権でさえ、20歳以上のすべての国民に与えられるまでには、日本国憲法の公布を待たなければいけませんでした。
今、僕たちが当たり前のように享受しているさまざまな権利と引き替えに、戦争でたくさんの日本人が命を落としました。
言論の自由も、選挙権も、戦争で亡くなった先人たちの尊い命の上に成り立っているわけです。
そんな尊い権利を、権利を行使すべき国民が自ら否定するとしたら、これほど愚かなことはありません。
「自分と相反する主張は認めない」という理由で、気に入らない人の言論の自由を許さない人は、いずれその仕打ちは自分に返ってきます。せめて、それくらいは理解してもらいたいものです。

人権にしても、平和にしても、放っておいたらすぐに壊れてしまいます。
権力の横暴を許さず、今日を幸せに暮らすために、僕たち全員が権利を守る意識を持つことが大切です。
たとえば、次の衆院選。「表現の自由や言論の自由を大切にする政党、しない政党はどこか」という観点も、投票の基準になりうると思います。

「与えられることが当たり前」だと考える、受け身な人が増えているんでしょうかねえ。あるいは、自分の頭で考えない人が増えているのでしょうか。いろいろなことに無自覚な人が増えているように見えます。
あまり大げさに考えない方がいいのでしょうけど、楽観視するのも危ない気がします。

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