14年目の同窓会、10年ぶりの再会

2006年8月18日(金) 00:46 | 日記

8月12日の夕方。高浜市内の某所で、中学の同窓会がありました。
中学を卒業したのは1992年の3月。あれから14年が経ちます。もっとも、大半の人は成人式の時に会っているので、ほぼ10年ぶりの再会ということになります。
5つのクラスで170人の学年でしたが、この日集まったのは約70人。個人的にはもっと集まるのかな、と思ったのですが、第三者に言わせると、これだけ集まるのはむしろすごいことだ、ということみたいです。

男性陣は、7割近く出席していたようです。
僕らの学年の男どもは全体的にかなり仲が良くて、他の学校にありがちな「学年内の上下関係」や「グループ同士の対立」、「勉強ができる人がその他大勢との間に溝を作る」といった陰湿な人間関係はほとんどありませんでした。
僕も、学年のほとんどの人たちと仲良く過ごさせてもらいました。小学校や高校、大学に対する思い入れはほとんどないのですが、中学だけは特別です。大げさな言い方をすると、その後の僕の生き方はあの3年間で決まりました。今僕が東京で一人暮らしをしているのも、当時の経験があったからです。

仮に僕の学区が別の場所だったら。実家が500メートルほど南にずれていたら。
たとえば「風俗誌の編集者」などという仕事を選べたかどうか。
たとえば、ある日突然東京へ引っ越したりできたかどうか。
きっと、不安や後ろめたさに勝てず、もっと楽な道を選んでいたでしょう。
僕がこれまで、あまりまっとうとはいえない道を、自信を持って選ぶことができたのは、決して僕一人の力ではありません。同じように茨の道を突き進む、仲間の存在があったからです。
彼らには負けていられない。
彼らの前で、恥ずかしい生き方はできない。
中学生の当時から、「その他大勢」に迎合されなかった生き方。そんな友人に囲まれていた僕も、彼らと同じような生き方、考え方を身につけることができました。
「その他大勢」ばかりだった高校でも、たったひとり京都で過ごした大学でも、周りに迎合されることなく、なんとか生きてきました。そのおかげで、社会人になってからはひとくせもふたくせもある仕事ばかりを選んできましたが、周りの人たちの強すぎる個性の中に埋没することなく、自分の居場所をしっかりと確保することができました。
僕が今までしてきたこと、今していることは、決して簡単なことじゃない。僕一人の力では、絶対にできなかったことです。

とはいえ、決して精神的に強くない僕は自分自身を保つのに精一杯で、「なりたい自分」からはほど遠い、無味乾燥な人間になってしまいました。
理想と現実の落差は今でも悩みの種ですが、それでも僕が今日を明るく生きていられるのは、あの中学での出会いがあったからだと思っています。自分は本当に運のいい人間だと思います。

成人式から10年。ほとんどの人が地元の高浜市か、その周辺に住んでいます。
かつてはやんちゃなことをして、警察沙汰になったことがあるような人たちも、今では結婚して子供がいて、職場ではそこそこの地位についていたりします。10年経っているとはいえ、なんだか不思議な気分です。
みんな元気そうで、幸せそうでした。中学生当時からは想像できない姿でしたが、もともと根はいい人たちなので、きっと10年後に会ったとしても、同じように元気に生きているでしょう。
僕も彼らのように、これからも元気に生きていきたいと思います。

女性の方々はあまり来てませんでしたが、顔を見てすぐに名前が出てこない人が2割くらいいたことに、自分でもびっくりしました。絶対に思い出せると思ったのに、ぱっと見ただけでは誰か分からない人がいました。もっとも、他の男に聞くと「ほとんど覚えてない。男でも分からない人がいる」というので、やっぱり僕の記憶力はそれほど悪くないようですが。ただ、個人的に会いたい人、見てみたい人は誰も来てなかったなぁ。みんなほとんど結婚してるみたいだし、いろんな事情があるだろうから、仕方ないけど。

そんな感じで、とても貴重な時間を過ごすことができました。
みんなありがとう。

トラックバック

出会い日記 - 出会い日記

出会い系での勝ち負け、メモ帳

コメントを投稿

※サーバーの状況によって、投稿完了まで時間がかかることがあります。
※投稿内容がすぐに反映されないことがありますが、ページを再読み込みするとコメントが表示されます。
※入力したURLは公開されますが、メールアドレスは公開されません(管理者に対してのみ通知されます)。